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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~カサンドラ篇~
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38話 もしものおはなし 2


(あんなに強烈に殴って、グレンまで宇宙船を降ろされたらどうしよう)


「ルナ。あの人のパンチ、ものすごかったね」


 ミシェルが興奮気味に言ったが、ルナはグレンのことが心配で、うまく返事ができなかった。


(夢だけど。すべては夢だけども)


 あまりにリアルすぎて、たまに夢だということを忘れそうになる。

 おろおろしていると、ルナとミシェルも呼ばれた。


「ええと、ミシェルさん。ルナさん。おふたりとも居住区はK37区で――出身星はL77。グレンさん、K35地区、出身星は、L18――と、まちがいないでしょうか」

「は、はい……」


 あたしたちも降ろされちゃうんだろうか。ドキドキしながら、ミシェルと返事をした。


「あの六人にナンパ――というか、無理やり誘われて、それで、このグレンさんに助けてもらったと。ええ、正確には三人ですか。あとの三人は、店を出てから一緒にグレンさんたちに絡んできたと――と、最初にナイフを出したのは、あの革ジャンの男ですね」


「はい」

 いつのまにかいたルシアンの従業員が返事をした。一部始終(いちぶしじゅう)を見ていたのだろうか。


「で、一発でノックアウトですか。すごいですねえやっぱり。L18の軍人さんは」


 私も見たかったですねえ、と、なんだか妙にひと懐こい初老の警察官は、ストレートの真似(まね)をした。グレンは苦笑している。


「分かりました、……で、お嬢さんがたにケガはありませんね?」

 彼はそういって微笑む。ミシェルもルナも、うなずいた。

「分かりました」

 そう言って、黒い手帳を懐にしまうと、

「彼らは今回の事件で宇宙船を降ろされます。準備期間その他に一週間の猶予(ゆうよ)がありますが、その期間なら彼らに対して、今回の事件に対する賠償請求(ばいしょうせいきゅう)ができます。どうしますか?」


 ルナとミシェルは顔を見合わせた。――賠償請求。

 そこまで――いや、もうあいつらには関わり合いたくない。

 二人そろって、「それはいいです」と言うと、警察官のおじさんは「そうですか」といい、「では、あとはよろしくお願いします」とパトカーにもどって行く。


 従業員のお兄さんは、突然ルナとミシェルに頭を下げて、「このたびは大変申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


「じつは、あのお客様方は、この店だけでなく、過去に二度ほどこの区画で問題を起こし、役所に通報されております。しかし、これまで二度のもめ事も、実質的に被害者の方が賠償請求を放棄(ほうき)されましたし、宇宙船側としても、仏の顔も三度まで、ということで二度まではイエローカードですませておりましたが――。お客様には、ほんとうにご迷惑をおかけしました。店側としましても、はっきりした犯罪か、被害者の方の通報があるまで身動きが取れませんので。重ね重ねお客様に不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」


 何度も頭を下げるものだから、ルナとミシェルは逆に恐縮(きょうしゅく)してしまった。


「この宇宙船は、重犯罪の経歴がある人物は乗れない規則になっておりますが、このK34からK37地区までは、お住まいの方のご職業や出身星の影響か、通報の多い地区です。無論、警備員や役員の数も必然的に多く、常に気をつかっておりますが、お客さま方もどうぞ、お気をつけください。もし、この地域が住みにくいと思われましたら、いつでもほかの地区に転居できるよう手配いたしますので」


 お店のひとは再度頭を下げて、無料ドリンクのチケット五枚つづりと、K05区の温泉宿の宿泊チケットを、ルナとミシェルにくれた。


(グレンは、護衛術の講師だけじゃなく、このお店で私服警備員をしてる?)


 ルナがチケットを眺めながら考えていると、従業員と話していたグレンが、話を終えて近寄ってくる。

 ようやく落ち着いたのか、ミシェルがグレンに礼を言った。


「ホントに助かりました。ありがとうございました……っ」

「礼をいわれることじゃない。俺も仕事だし」

 グレンは笑って言った。

「じゃ、グレンおつかれ」

「おう」


 お店の人がグレンにそう声をかけ、店に戻っていく。グレンの仕事は、今日は終わりということだろうか。

 タクシーが到着したので、「来ましたよ、タクシー」といって、ルナとミシェルを見送ろうとしたグレンに、ミシェルがものすごい大声で怒鳴った。


「あの、お仕事、終わりですか!?」

「え?」

「あたしたちと、いっしょに、飲みませんか!?」


 グレンは確実に面食(めんく)らっていた。ルナも面食らっていた。まさか、ミシェルがナンパするとは。


「助けてもらったお礼させてください!」


 ミシェルが、グレンに一目ぼれした!?

 ルナが衝撃の事実にぽっかり口を開けていると。


「……いいけど」


 グレンが承諾(しょうだく)した。

 いいの!? ルナは口をぽっかり開けたままグレンを見た。


「できれば体隠して、先にタクシーに乗っててくれ」

 グレンはそう言って、店のほうに戻っていった。


 体を隠して?

 ルナとミシェルは、意味が分からずに――それでも言われたとおりに、タクシーの後部座席で小さくなって待っていた。

 グレンが言った意味は、彼が着替えて店から出てきたときに分かった。数人の女の子が、彼にまとわりつくように、いっしょに店から出てきたからだった。


「うわあ……」

 ミシェルが外からは見えないタクシーの中で、すごい顔をした。

「モテそうな感じだもんね……」


 ルナはすかさず聞いた。

「ミシェルも好み?」

「いやまさか」

 ミシェルは真顔で言った。

「イケメンだとは思うけど。あのひとぜったいルナ狙いでしょ」

「へぁ!?」


 ルナは叫んだ。

 どこに、そんな気配があった? ルナにはわからなかった。


「いやだって、あの人ルナのほうばっか気にしてたよ? てゆか、ルナばっか見てた」

「ウソだぁ!?」

「いやホントだって。……あ、いやいやいやいや!? 誤解されないように言っとくけど、あたしは好みじゃないよ? ホントに! ぜんぜん! まったく!」

「じゃ、じゃあなんで、声なんかかけたの……」


 ミシェルは、とても不思議そうな顔をした。


「なんでだろうね……。でも、声かけてほしそうな顔してた気がする……」

「そうかな!?」

「イヤわからんあたしの勘違いかも! でもオッケーもらったし! あ~ホントめっちゃ緊張した。あたし、ナンパ? したの初めてだもん。断られるの覚悟でお誘いしちゃったもんね……」

「あたしも、ぜったい断られるかと思ったよ」


 あの愛想笑いで。


「いや、ルナが誘ってたら即効オーケーだったと思う。あたしが誘うのはちがうっていうか、お邪魔虫になるかなと思って」

「ほへぁ!?」


 ルナたちが小声で盛り上がっているうち、グレンはなんとか、引き留めようとする女の子たちから逃げてタクシーまでやってきた。

 グレンが助手席に逃げ込む――いや、本気で逃げ込んでいた――顔からは愛想笑いが消えていた――。


「556ストリートのほうに入ってくれ」とpi=poの運転手に言うと、車はすぐさま、滑り出すように動いた。

 女の子たちの「グレェエエン」という黄色い悲鳴を置き去りにして。


 隠れてくれと言われた意味がわかったルナとミシェルは、本気で安心のため息をついた。後部座席で身を縮めていたおかげで、ルナたちはあの女の子の群れに発見されずに済んだ――気がする。

 見つかっていたらどうなっていたことか。


「悪かった。びっくりしたろ」

 グレンがさっきの接客用の笑顔はどこへやら、苦い顔を隠しもせずそういって。

「どこか行きたいところがあるのか?」

 と後部座席に聞いてきた。


 ルナとミシェルは顔を見合わせ、「マタドール・カフェって知ってる?」とミシェルが聞いた。グレンは、今度こそ本物らしき笑顔で、「知ってる」といった。


「よかったー! まだ混んでない」


 今夜のマタドール・カフェはすいていた。カウンターに二、三人、テーブル席はまだたくさん空きがある。


「いらっしゃい」

 マスターの声。

「どこでも、好きな席にどうぞ」


 カウンターに近い真ん中あたりの席を選んで座ろうとしたミシェルだったが――グレンが奥の席を見て立ち止まり、苦い顔をした。そして、入り口近くの席にしようといった。


「知り合いでもいた?」


 なんだか会いたくなさそうな顔だったので、ミシェルが聞くと、グレンは苦笑いした。


「ああ。母星が一緒なんだ。……気にしなくていい」


(オギョ!?)


 グレンが背を向けた相手はなんと、クラウドとロイドだった。クラウドもグレンを見てちょっと嫌な顔をしたが、そのあとずっとこっちを見て、目が動かなくなった。

 ルナには分かっている。ミシェルを見ているのだ。


「あっ! キラ」


 クラウドの視線には一切気づかないミシェルが、入り口を見て手を振った。

 カランカランとドアが開いて、入って来たのは、キラと――キラの母親だった。


(キラのお母さん!)

 ルナは、状況も忘れて叫びそうになった。

(キラは、お母さんときてたんだ!)


 そういう可能性もなくはなかった。キラはお母さんとものすごく仲がいい。キラのお父さんは、キラが幼いころに亡くなったので、ずっと親子二人だけの生活だった。


(そうか)


 キラは、ルナに断られたらもうひとり候補がいたとアンジェリカはいっていたが、お母さんだったとは。


(リサにチケットが来た現実のケースだと、キラはお母さんと一緒に行こうとしたけど、断られたってゆってた)


 キラのお母さんは、キラみたいに派手だけれども、キラほどパンクではない――どちらかというとすごくオシャレなお母さんだと思う。見た目も若いし、キラと同じくらい多趣味だ。キラとはぜんぜんちがう趣味だけれども。


「マタドール・カフェにいるなら声をかけてよ!」


 キラがほっぺたをぱんぱんにして駆け寄ってくる。そして、グレンに気づいて素直に目を丸くした。


「あれ? ルナとミシェル、いつもより恰好(かっこう)派手じゃない? ――え? だれ?」


「あっ、えっと、このひとは……」

 ルナが説明しようとしたところで、


「ルナちゃん、ミシェルちゃん、こんばんはぁ。ご一緒していいかな? ……あれ? そっちのイケメンはだれの彼氏かな~」


 少し遅れて追いついたキラのお母さんが、いつもの明るい笑顔で、盛大な勘違いをカマそうとしたとき――。


「……エルウィン? もしかして、エルウィンじゃない?」


 カウンターから声がした。デレクが、カウンターから身を乗り出して、こっちを見ている。

 正確には、キラのお母さんを。


「……デレク!?」

 キラのお母さんの声も、裏返った。


 ルナのウサ耳が、ビビビビビーン!! と立った。


(デレクとキラのお母さんが知り合い!?)


「うわ! 懐かしいわねえ……!」

「元気にしてた? エルウィンは全然変わってないね!」


 デレクが満面の笑顔になる。おまけに、一瞬で酒でも入ったようにほっぺたがバラ色に染まった。エルウィンと、名前で呼ばれたキラのお母さんも、顔を輝かせてカウンターに駆け寄った。


「キラのお母さんとデレクってともだち!?」


 ミシェルも驚いている。無理もない。


「……や。あたしもいまビックリしてる」

 キラもだった。口を開けている。

「L77に来る前の知り合いかなあ? あたしの母さんね、L19出身なの。元軍人だったんだよ。父さんと結婚するためにL77にきたの。だってL77でデレク見たことないしねえ」


「ええっ!?」

 ルナが叫んだのに、キラのほうが驚いた。


「そんな驚くこと? ――ああ、でもL19って遠いしね。あたしも一回しか行ったことないよ。母さんの実家。でも母さん、軍人生活短かったみたいだし。あたし、デレクと母さんが知り合いだったほうがびっくりした。マタドール・カフェ、母さんはまだ一度も一緒にきてないから今日来たんだけど。……なんだろね、これ。運命の出会い?」


 彼女独特の無邪気なしぐさでコン、と頭を拳で叩いて、首を傾げてみせる。


 ルナは、唐突に閃いた。

 セルゲイの過去の夢を見たときに、どうしてキラが、L47にいたのか。

 あれは――キラじゃなかったのだ。


「とりあえず母さんは盛り上がってるから、あたしもこっちに混ぜて♪ っと、はじめまして! あたしキラです!! どっちの彼氏!?」


 親子のたいへんな勘違いは解けていなかった。ルナはあわてたが、

「今日知り合ったばかりなんだ。俺はグレンだ。よろしくな、キラ」

「え? 今日!?」

「そう! 聞いてよキラ! じつはルシアンでさ……」

「ルシアン行ったの!? ふたりが!?」


 キラは、いつもより派手目の、ふたりの格好の意味が分かったようだった。

 “カレシ”ワードはすっかりスルーされて、会話は勝手に進んでいく。ルナはほっとした。


「何を飲みます?」

 マスターが注文を取りにくる。


「あたしレッドアイかな。みんなは?」


 キラが真っ先にそう言い、ルナはシャンディ・ガフ――ビールのジンジャーエール割り――に、グレンはビール、ミシェルはソルティードッグを注文する。

 今日はまったく混んでいない。キラ親子のあとも、新しい客は入ってこない。デレクがキラのお母さんと話す時間は、たっぷりありそうだった。

 カクテルを作ったあとは動かなくなってしまったデレクの代わりに、キラがドリンクを取りに行って、「カンパァい♪」とにぎやかな声が響いたあとだった。


「あの……」


 人影が、ミシェルの上に差す。

 クラウドが、顔を真っ赤にして――まるでキラの頼んだレッドアイのように顔を赤くして――ミシェルに話しかけていた。


「こんばんは――その、ハジメマシテ……えーっと」


 緊張のあまり、クラウドは恐ろしく小さな声で、どもっていた。


「その、ご一緒しても、かまいませんか……?」


 一瞬にして場が静まる。だが、それはさっきのような、無遠慮な闖入者(ちんにゅうしゃ)に対する嫌悪ではない。ミシェルもキラも、クラウドの美形さに絶句しているのだった。


(みんなで飲み会したときと同じだ)


 グレンは窓の方を向いていた。クラウドはミシェルだけを見ていたが、無視するわけにもいかなくなったのか、鬱陶(うっとう)しそうに顔を上げ、「どうも」とグレンに向かって小さく会釈した。


 ミシェルとキラが「え!? こっちも知り合い!?」と叫ぶ暇もなかった――今度はロイドがやってきて、キラが頼んだカクテルと同じくらい真っ赤な顔で、キラに話しかけてきたからだ。一オクターブも高い、上ずった声で。


「あの……っ。こんばんは、その、その、イヤでなかったら、お、(おご)らせて? レッドアイ好きなの? ここの、美味しいよね。ぼくも、……あの……。好きなんだ……」


 ルナはふたたび、さっきもらったチケットをポケットから取り出した。


「クラブ・ルシアン」。

 そして、温泉のチケットは、「椿の宿」だった。


(どうあっても、アンジェたちとは、会うことになっていたかもしれない)


 ルナがふと顔を上げてグレンのほうを見ると、ニッコリ、笑った。

 夢の終わりを告げるように、時計がカチッと時を刻んだ。

 



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