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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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312話 セパイローとpi=poと、はじまりの予感 2


 さて。

 ルナは、みんなとマタドール・カフェに行って大好きなチョコレートを飲み、セシルとレオナたちと、雑貨店やショッピングモールをうろついたおかげで、だんだんご機嫌が戻ってきた。


 ついでに、夕食も外で取ろうと、K12区のレストランを検索していた矢先に、アンジェリカの訪問があった。


 ルナとミシェルは、いつかアンジェリカをハンシックに連れて行きたいと思っていたのだ。行き先はK12区から、K38区に変わった。


 ハンシックはいつも通り盛況だったが、奥の大きなテーブルは、幸いなことに空いていた。


「えっうわっジャンバラ焼きがある! わああ、この山盛りエビ、むかし、フィフィ族の国に行ったとき食べたことある! 美味しいんだよね~、わぁ、カーダマーヴァ村の春巻きだ!!」


 メニューを見たとたんに振りきれたアンジェリカのテンションは、あっさりルナとミシェルを置いてけぼりにした。

 たしかにハンシックは間違いなく美味しいし、L03生まれのアンジェリカが懐かしく感じる料理も多いだろうが、こんなに喜んでくれるとは思わなかった。


「もっと早くこの店知りたかったよ~!! 今度姉さんも連れてこよ! あっラグバダの青いお酒がある!!」

「あれもこれも食べたくなるよね。セットメニューもいいけど、いろいろ頼んで、取り分けてみる?」


 ミシェルが言うと、アンジェリカが目を輝かせた。


「それでもいい?」


「あたしらはかまわないよ!」

 レオナのでかい声は、やかましい店内でもはっきり聞こえた。

「いつもそんな感じで頼んでるじゃないか!」


「あ、あたし、このジャンバラ焼きと、カーダマーヴァの春巻きは絶対食いたい。ほかにオススメある?」

「ご飯もの入る隙間あれば、ジャーヤ・ライスめっちゃ美味いし、マルカ産魚介パスタ……あっ! 見て見て! 今日からアストロス産になってる! ジュエルス海東海岸の町ビリギュスの魚貝だって!」


「それ、大盛りふたつ頼んだよ! みんなで食べよう」

 セシルが遠くの席から叫んだ。


「やった! あと、エラドラシスの腸詰めでしょ。ソーセージ自体もおいしいんだけど、一緒についてくるフライドポテトにかかってるパウダーがメッチャおいしいの!」

「それ食べたい!」

「腸詰めってかソーセージは絶対グレンが頼んでるでしょ」

「ポテトそっちについてくるけど、別に頼む?」

「うん!」


「イチゴ味のボタって何?」

「これこのあいだ食べた。もちもちしたミルクプリンみたいなやつだった。美味しかったよ」


「おい待て。ルナ・ノワ入荷してんじゃねえか」

「あと一本だぞ!」


 バーガスが店側にある冷蔵庫を覗いて興奮気味に叫ぶと、ジェイクが応えた。バーガスは迷うことなく取り出した。


「じゃあこれ一本、つけといてくれ」

「あいよ!」

「あたし注文票持ってくね」


 けっこうな種類のメニューを書いた注文票を持って、ミシェルが席を立った。


「もう! 楽しみしかないんだけど!!」


 ウキウキソワソワ、手を揉み込むアンジェリカの隣で、クラウドが聞いた。


「そろそろ聞いてもいい? 頼みごとってなんだい?」

「あっ……うん」


 急に我に返った顔で、アンジェリカは自分の後ろでふよふよ浮いているpi=poを指さした。


「この子、シンリンっていうんだけど」


 森林の名を体現するような、濃いグリーンのまぁるいpi=poは、アンジェリカの紹介に、ピピッピプー、と聞きなれない電子音を発した。

 アンジェリカがpi=poを連れてやってきたときはなにごとかと思ったが。

 ようするに、頼みごとというのは、ルナのpi=po、ちこたんの機能を、シンリンに移植してくれないか、というお願いだった。


「なんだ。そんなことか」

 クラウドが肩をすくめた。期待外れという顔だ。


「そんなことでも、けっこう、たいしたことなんだよ」

 アンジェリカがため息まじりに言った。

「シンリンにもとから入ってる料理レシピが、あたしと姉さんにはあんまり合わないの」


「そうなの?」

 ルナのウサ耳がピコン、と立った。


「侍女たちを全員帰しちゃったからさ。今はあたしと姉さんのふたり暮らし。家事から掃除から、家のことはぜんぶ自分たちでやらなきゃいけなくなったわけで……」


 新しい家に越したあたりは、それなりにやっていたが、だんだん厳しくなってきた。アンジェリカもそれなりに仕事が多忙だし。


「移植するのは料理レシピだけ? お掃除機能はいいの?」


 ルナがpi=poを真正面からつかまえて聞くと、アンジェリカはうなずいた。


「掃除は、姉さんが大好きだから、ものすごくマメにやってくれるの。だから家はいつもキレイだよ。掃除はいいんだけど……問題は、毎日のごはん」


 船内のすべての住宅には、使う使わないに関わらず、かならずpi=poが置いてある。それは、主に防犯と、特別な「理由」があってのことだ。

 備え付けだったpi=poは、現在サルーディーバの護衛用に使っている。アンジェリカは、せっかく使うならと、自分の分は、言語機能特化型を購入した。


「ステラ・ボールかと思ったけど、違うんだな」

 クラウドは、「シンリン」の背面を見て言った。

「L21ソレイユ社製のキャンディ1400型か。形はかぎりなくステラ・ボールに似てるけどね……。言語機能特化型。へえ」


「うん。ステラ・ボールってL33のステラ社製でしょ。あれの言語機能ってL系惑星群とリリザの都市部しかないの。これ、S系にアストロスまでの言語搭載っていうのが、魅力的で」


 アンジェリカは、仕事柄、全世界あちこち(おもむ)くことがある。滅多にないが、S系惑星群にも足を伸ばしたことがあるので、S系言語の翻訳機能は必要だった。

 L系惑星群もたくさんの言語がある。ラグバダ語は分かるし、似通(にかよ)ったアノール語はすこしわかるけれど、ケトゥインやエラドラシス、少数民族になるとお手上げだ。


「王宮護衛官もみんないなくなったからね。防犯のために、pi=poは起動したほうがいいって、メリッサにも言われていたんだ。でも、あたしも姉さんも機械苦手だし……。逃げてたっていえばそうなんだけど。やっぱ必要かもと思って」


 もと次期サルーディーバである姉だ。いくら住む区画が安全だといっても、やはり護衛は欲しい。

 それに、なにより。


「やっぱごはん。毎日の、ごはんだよ……!!」

 アンジェリカはテーブルに突っ伏した。

「あたしも姉さんも、料理だけはニガテなんだ……!!」


 カザマやメリッサが、気を利かせてたまに作りに来てくれるし、アントニオも、店のメニューを持たせてくれるが、みんなそれなりに忙しい。


「デリバリーもお弁当も、美味しいけど、飽きるんだよね」


 特に姉さんは好き嫌い多いし――アンジェリカがぼやいたところで、料理の第一弾が来た。アンジェリカの薄暗い表情は、一気に晴れた。


「美味しそーっ!!!」




 

「はっ? えっ? この人もZOOカード使うひとなの?」


 皆がたらふく食べ、しゃべり、飲み、食べ、しゃべり――だんだん客が引けて行くのを眺め、午後九時を過ぎたところで、ネイシャとピエトがセシルに連れられて帰り――最後の客が帰ったのを見送って、ハンシックのメンバーもルナたちの席に来た。


 一年に何度あるか分からない大ご馳走だった……とずいぶん膨らんだおなかをさすって満足げなため息を吐くアンジェリカは、本人のあずかり知らぬところでハンシックの皆に紹介されていた。


 素っ頓狂な声を上げたのは、バンビだった。


「あっハイ。ZOOカード使うひとでーす」


 あまりにも食べ過ぎて、アンジェリカの返事はたいそう気の抜けたものになった。


「ああ……まじで美味かった。ホント美味かった」


「喜んでもらえてよかった」

 手放しでほめられたシュナイクルも嬉しそうだった。


「今度姉さんと一緒に来よ」

「そこはアントニオじゃないんだ」

「アントニオは来たことあるんじゃない? けっこう食べ歩きしてるらしいし」


 ミシェルとアンジェリカの掛け合いを聞きながら、なにか言いたげな顔でそちらをじっと見ていたバンビは、ピピピピピ、という電子音に、我に返った。


「移植終わったよ~」


 ルナの呑気な声。いつのまにかいた「ちこたん」は、「シンリン」とケーブルでつながれていた。ピピピピピ、のあとにピピッピプーの間抜けな電子音。「シンリン」のほうだ。

 料理データの移植が終わったのだった。


「違う会社のやつだと、遠隔で移植できないんだね」


 知らなかったよ、と口を尖らせたルナは、ケーブルをバンビに返した。


「L55のオブライエン社とL33のステラ社のは、ある程度互換性(ごかんせい)があるんだけどね。L21のソレイユ社って、最近pi=po業界に進出してきた会社でしょ。だから、まだほかの社との互換性が少ないのよ」


「そうなんだ……あたし、何も調べずに、そのまま店頭に置いてあるやつ買っちゃったから」

 やっとアンジェリカが身を起こした。


「そう悲観するもんでもないわよ。これはこれで、翻訳機能がすごいし、多分、pi=po業界じゃトップクラスじゃない? 旅行サポートも充実してる。――ほら、どこに行きたいか言えば、チケットからホテルからぜんぶ手配してくれるわよ」


「えっ!? ホント!?」

 アンジェリカは飛び起きて、「シンリン」に駆け寄った。


「ここ見て。pi=poの基本的な使い方としては、機能を増やしたいときは、アプリをダウンロードするのね。いらないアプリは削除しちゃってかまわない。――ついでだから使いやすくしといてあげるわね」


「助かる! あたしも姉さんも機械弱くって……」

「そうそう。これ、防犯機能スタートしてないよ」

「えっまじか」

「うん。えっと、とりあえず料理と、翻訳と旅行アプリを前面に出しといて」


 バンビはちらりと、ルナを見た。明日にでも、相談しに屋敷を訪問しようと思っていた。そちらのほうから来てくれたのはよかったが、なかなか話すキッカケがない。

 そう思っていたら、クラウドに声をかけられた。


「バンビ、このあいだK19区の遊園地で起こった事件の概要を話すから、聞かないか」


 見れば、シュナイクルとルシヤとジェイクが、ペリドットと一緒に、ストーブのそばに陣取っている。


「聞くわ。ちょっと待ってて」

「基本的なとこ、あたしとルナでセットしとくよ」

 ミシェルがそう言った。

「――あ、うん。お願い」


 バンビはpi=poを両手で挟み込んで、それからルナを見た。ルナのウサ耳がぴこぴこ揺れている。アンジェリカのpi=poのために、なかなか話ができない。ルナもなんだか、自分に話がありそうだ。なんとなく、そんな顔をしていた。

 バンビは迷ったが、とりあえず、ストーブのほうへ行った。





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