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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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312話 セパイローとpi=poと、はじまりの予感 1


 ルナは、夢を見ていた。

 久方ぶりの、遊園地の夢だ。もう、子グマとか大グマの夢はこりごりだと思っていたルナだったが、とりあえずクマもヤギも鳥かごもなかった――ほっと一安心、夜の遊園地を歩いていると、黄金色の明かりが見えた。


「第76セクト、ディア・スペース・グライダー、ディア・スペース・グライダー」


 機械音声が聞こえた。電車のアナウンスだ。

 振り返れば、ぽうっと明るい光が標識を照らし出す。


「第76セクト、ディア・スペース・グライダー」。


 ディアは昼だ。つまり、ここは「昼区画(ディア・セクト)」なのか。

 昼区画とはいえ、今は夜。真っ暗な世界に、石畳の道路だけが、ルナのアムレトに照らされて、ぼんやり見えた。


 ルナは、ひと気がまったくない石畳を、黄金色の光に向かって、てくてく歩いた。

 やがて、光の中身が見えてきた。


 ふたり乗りがせいぜいの小さな宇宙船が、中心の軸に引っ掛けられた頑丈なロープにいくつもつながっていて、ぐるぐる回転している。

 リリザなどの遊園地では見たことがあるが、ZOOカードの世界では見たことがない遊具だった。

 看板がある場所まで行くと、「スペース・グライダー」と書いてあった。


(すぺーす・ぐらいだー?)


 スタッフであろうスズメが羽根を差し出し、「ちゅん!」と鳴いたが、とりあえずルナは、べつに遊具に乗る気はなかった。

 ぼんやり、ぐるぐる回る遊具を眺めていると、見覚えのあるシカの姿が見えた。


「あれ?」


 黄金色のシカが、ぐるぐる、回転している。いや、回転しているのは宇宙船。シカは乗っているだけだ。ルナはだんだん目が回ってきた。


 チャンカチャンカチャンカチャンカ……。


 妙にノリのいい、祭りのお囃子(はやし)みたいな曲が流れている。

 回転するスピードが、音楽に合わせてますます上がる。


 チャンカチャンカ、チャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカ……。

  

「目が回る!!!!!!」


 早朝、目が回ったまま目覚めたルナは、気分が最悪だった。まんまるのほっぺたは限界まで膨らみ、久しぶりに奇行が出た。


「ムキャー!!!!!!!!!!!!」


 まんまるいウサギが、大広間を、端から端まで叫びながら転げまわるさまは、どう贔屓目(ひいきめ)に見てもどうかしていた。


「もういや! めんどい! なにも考えないのだ!!!!!!」


 夢なんか知らない!! そう言いながら奇声をあげ、床を転げまわるルナに、レオナとセシルは同情した。


「いろいろありすぎだわね、あの子の身辺は」

「あたしがL18でバリバリ傭兵やってたときも、こんなに忙しくなかったさ」

「アンジェちゃんの事件が終わって、ノワに連れまわされて、次はダニーの世話だったろ。フローレンスにはだいぶ引っ掻き回されたしね! 今度はなにが始まるのやら」

「ちょっとはのんびりさせてやりたいもんだけど」

「ルナちゃん連れて、デパートでも行ってこようか? パーッと買い物したら気が晴れるかも」

「ここはアズラエルと二人っきりでデートさせてやったらどうだい? しばらくデートしてないだろ」


 二人が心底からの哀れみで真剣に話し合っているうち、子ども二名はルナと一緒に転げまわり始めた。こっちは完全に楽しんでいる。


「ムキャー!!!!!!」

「うギャー!!!!!!!」

「ゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!!!!!」

「目が回るーっ!!!!!!!」


 セシルとレオナは額を押さえた。

 子どもらも、一度くらい野性に解き放ってこなければ、なにをしでかすか分からない。赤子のチロルまで参加しかけたので、母親たちは決意した。


「遊園地でも行こうか? ルシヤちゃん誘ってもいいじゃない」

「遊園地って、ルナちゃんのトラウマになってやしないかい」

「じゃあ、近くの公園でバドミントンでも……」


 二人は、広間の入り口で、転がりまわる生き物を眺めながら、結論の出ない会話を続けていた。


「ルナ、転がるのも楽しげだが、一緒にリズンかマタドール・カフェにでも行かないかね?」


 救済は意外なところから入った。ちこたんが、「ルナさん! どうしました!!」とエマージエンシーを掲げる前に、エーリヒが、ルナを茶に誘った。


「もちろん、ご婦人方も」


 レオナとセシルは快諾(かいだく)した。ネイシャとピエトもだ。ルナはめずらしく屋敷にいたアズラエルに抱えられ、ふぎふぎ泣きながら、屋敷を出た。





「まぁこれは……もしかしなくても、あれだわね……」


 ルナが久方ぶりの奇行に走っていたころ。

 バンビは、古い紙の匂いがする、辞典並みの分厚い本の表紙――皮表紙を、せわしなく閉じたり開いたりしていた。

 妙にリアルな、神話まがいの夢を見たのが二週間前。


 ――いやあれは、「まがい」でなく、本物により近い、「記憶」だったのかもしれない――。


 ルナたちに出会うまえなら、気にも留めなかっただろう明晰夢(めいせきむ)に、バンビは興味を抱いた。

 あれはおそらく、マ・アース・ジャ・ハーナの神話だろうと思ったのは、夢を見た日の午後だった。


 仕事が終わると、彼はめずらしく地下の研究所へは行かず、マ・アース・ジャ・ハーナの神話の電子書籍を探した。何冊か購入して読んでみたが、昨夜見た夢の内容と合致(がっち)する話が見当たらない。


 あれは、マ・アース・ジャ・ハーナの神話だ。それは間違いない。

 なんとなく、話の展開に記憶がある。


 いつ読んだのだったか。子どものころには違いないが。それも、父母とよく星外に旅行に行っていたあたりだ。


 歴史だの神話だの、ファンタジーに童話、そういったものをよく読んでいたのは本当に幼いころで、記憶があるころからは、専門書がほとんどだった。


 ――いいや。大人になってからも、あの話を記憶の細胞から呼び起こした気配がある。


 それも、地球行き宇宙船に乗ってからだ。

 そうだ。真砂名神社の奥殿にあるギャラリーだ。ハンシックの皆と見に行った――。

 あの絵の中に、「バンヴィ」の話があった。


 バンヴィは、親であるセパイローの興味を引こうとし、親がつくった星をまねて自分も勝手に作ってしまった。そのために、ラグ・ヴァダを追放された。


 親や兄弟たちによって、館を追いだされる子どもの姿が描かれている。大人の姿をした神たちは、さまざまな表情をしていた。

 憤っている者、悲しんでいる者、困惑している者――しかし、皆の視線の先にあるものは、たったひとつ。


 子どもの手にある、小さな星。

 それが、今L31と呼ばれている、「アルビレオ」。

 科学の星の中央星だ。


 バンヴィは追放されたが、ラグバダ語で、アルビレオが「才能の神」とされている由縁を考えると、親であるセパイローの心が推し量られる気がする。

 バンヴィはたしかに、星をつくる才能があったのだろう。けれど、末子とはいえ、甘やかすわけにはいかなかった。皆が勝手に星々をつくり始めては困るから。


 L系惑星群の星に「バンヴィ」の名はない。追放された証拠だ。

 追放された者は各地を行き来する。よって、バンヴィを、「風の神」とする民族もある。


 バンビは、自分のZOOカードが「贋作士のオジカ」だったことも思い出し、苦笑した。なんとなく、バンヴィの気持ちが分かるような気もしたのだ。

 自分が「バンビ」と名乗り始めたのは、バンヴィという神から名をもらったのではないけれど――単に、童話の子ジカが好きだったから。


 バンビはふたたび、手元の本をパタパタと開いては閉じた。

 この本に出会うまでの、多少の苦労を思い返しながら。


 じつは、電子書籍のマ・アース・ジャ・ハーナの神話に、バンビが求めた話はなかった。

 船内の書店にも図書館にも、「バンヴィの話」が書いてあるマ・アース・ジャ・ハーナの神話がない。 


 バンビはショートスリーパーなので、寝不足の心配はなかったが、深夜、本を探しに店を出ることが増えた。

 船内の書店はすべて回った。ネットでも、あらゆる書籍を探した。


 どの本にもバンヴィの話が載っていないことを奇妙に感じたバンビは、ようやく、自分は「探し方」を間違えているのではと思った。


 調べ直してみると、マ・アース・ジャ・ハーナの神話は、地球とラグバダのものと、二種類あり、さらに、ラグバダとアストロスに残る神話が類似している。

 しかも、バンヴィの物語は、アストロスで出版された本にのみ掲載されていることが分かった。


 バンビは、アストロス版の電子書籍がないか調べてみたが、なかった。


 幼いころ、エラドラシスの集落で読んだ本は紙媒体だったが――しかし、紙媒体もそうそう、見つからなかった。あのエラドラシスの集落から、借り受けることは可能だろうか。

 送ってもらうのに、数ヶ月はかかりそうだ。


 アストロスにはおそらく存在する。アストロスまで購入しに行くか。

 書店か、それとも図書館か。

 今の位置なら、数日でアストロスに着くはず。ひと足早く、行ってみようか。


 さんざん悩み、あちこち探したすえ、地球行き宇宙船の中央区役所に、紙媒体の古書籍だが、アストロス版があることが分かった。バンビは、面倒な手続きを踏んでまで、古書籍を借りる方を選んだ。


 L3系生まれのバンビにとって、紙媒体の書籍はほとんど憧れの「本」である。


 L3系では、紙媒体の書籍はないに等しい。すべてウェアラブルデバイスから、宙に表示されるデジタル液晶の読みものばかりだ。


 子どものころ、エラドラシスの古い国に長期滞在したとき、バンビは初めて紙でできた本を見た。

 ずっと昔、本は紙ばかりだったという「伝説」を、この目で見たという感動――バンビは、休暇中ずっと、紙でできた本に埋もれて過ごした。

 あの経験は、貴重だったと思う。今でも忘れない。


 バンビは、つまり、L3系の住民にしては、「紙慣れ」していた。

 デイジーとマシフが紙媒体で書類を保存し、バンビに渡したのも、バンビの提案があったからだった。かさばるが、紙媒体での保存をと。

 デイジーたちは、バンビがそう言わなかったら、電子媒体の保存をしていただろう。だが逆に、紙のほうが敵の目を欺けた。敵は電子媒体ばかりを探し、紙を見ようともしなかった――そういう利点もあったが、今は別だ。


 古い伝説を辿るには、紙書籍のほうが、ロマンがあっていいと思っていた。


 中央区役所は、書籍の持ち出しは厳禁なのだが、バンビが研究者ということと、保険をかけたうえでの持ち出しが認められた。一週間のみだったが。


 読みたいのは「バンヴィ」の伝承だけで、それはすぐに見つかった。創世記の一部だからだ。


 なぜ、アストロス版にしか記述がないのか、理由は分からなかったが――。

 バンヴィは、アストロスに追放されたということか? 


「こいつは、あれかも」

 もしかしたら、クラウドかルナあたりが知っているかもしれない。

「相談してみるか」





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