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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~かごの中の子グマ篇~
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308話 かごの中の子グマ Ⅲ 1


 ルナは、また、遊園地の夢を見た。


 入り口からすぐの大広場は、めずらしく、たくさんの動物でごったがえしていた。


 ずいぶんなひとごみに紛れ込んでしまったので、観覧車を目印に、ルナはまっすぐ進んだ。どうしてこんなに人が集まっているのか、不思議に思ったが、しばらく進んで分かった。華やかな音楽が聞こえてきたからだ。


 大きな野外劇場で、ミュージカルが行われている。みんな、それを観に集まっているのか。


「あっ!」


 人にもまれ、ルナは転んだ。


「いたた……」


 起き上がると、目線の先に、おかしなものを見つけた。


 それは、観劇のための特等席なのか――大きなクマのぬいぐるみが、王座みたいな椅子に座って、悠然とワインを傾けている。

 周りには、着飾ったキツネや、サル、フラミンゴ、孔雀――、とても華やかな動物の着ぐるみたちが、王様クマを囲み、優雅に談笑している。


 その王様クマの隣に、鳥かごが置いてあるのだ。

 中には、小さな子グマがいた。

 子グマはだるそうに、眼を閉じてしまっている。

 鳥かごの周りには、おいしそうなお菓子や、あふれんばかりのおもちゃが並べられている。子グマはそれらに見向きもしない。


「お薬を」


 真っ黒な老ヤギが、うやうやしく、瓶から透明な薬を、スプーンでひと匙掬い、子グマに飲ませる。

 子グマはわずかに口を開けてそれを飲み、またかなしげに眼を閉じた。

 ルナは思わず叫んだ。


「どうしてこんな鳥かごに入れてるの!? かわいそうじゃない!!」


 王様ぐまは驚いてルナを見たが、鷹揚に微笑んだ。

「危ないからだよ」

 王様ぐまは、「私は跡取り息子が大切なのでね」といい、「お嬢さんもワインをどうかね」と勧めてきたのだが、ルナは断った。


 こんなところにいてはだめだ。

 このままでは、子グマの病気は治らない。


 ルナは、子グマの入った鳥かごを持ち上げた。そのまま、走り出す。


「な、何をするんだ! 私の息子が! 跡取り息子が!!」

「つかまえてくれ!!」


 ルナは、人ごみの中を走った。


「だれかそのウサギを捕まえろ! ピンクのやつだ!!」


 ルナは懸命に走った。大きな手が、追ってくる。おおきなくまの大きな手が、ルナと鳥かごを捕まえた。


「さあ、わたしの息子を返せ!!」





「……!!」


 五回目だ。

 ルナは悲鳴こそ上げなかったが、飛び起きた。


 ――朝だった。


 窓の外はすっかり明るく、アズラエルはもう起きているのか隣にはいない。

 ルナは深々とため息を吐いた。


 フローレンスの家族は、あのあと、一日も経たないうちに宇宙船を降りたという話を、カザマから聞いた。

 ルナたちの降船は無事取り消され、いつもの日常に、もどった。


 ……はずだ。


 まだ、同じ夢を見るということは、なにも解決されていない――フローレンス家族がもたらした「災厄(デサストレ)」は、あの夢には、関係なかったということなのだろうか。

 ルナは首をかしげながら、ベッドから降りた。


 日曜日だった。

 昼も間近になった時間帯――インターフォンが鳴ると、みんなは大げさに反応した――特にレオナ――フローレンスがもたらした「災厄」は、まだ尾を引いているらしい。

 ルナは、今回ばかりは、用心深く、相手をたしかめた。

 最近は、pi=poにドアを開けさせないようにしていた。彼らは、フローレンスを「排除」する可能性があったから――。


「ど、どちらさまですか……」


 ルナが見たことのないおじいさんが、ドアップで、インターフォンに映っていた。


『突然の訪問をお詫び申し上げます。先日は、お世話になりました。わたくし、イーヴォと申します。ダニエル坊ちゃまの、世話役でございます』


 見たことがなくはなかった。先日、ムスタファのパーティーで、きちんと挨拶をかわしたひとだ。

 画面向こうには、痩せた黒ヤギ――執事がお辞儀をしている。真っ黒なリムジンが、けっこうな存在感を持って、屋敷に横付けされていた。


「こ、こんにちは! 今あけます!!」


 清潔なYシャツと、サスペンダーにスラックス、革靴といった格好のダニエルが、世話役のイーヴォ老人に手を引かれて、屋敷に入ってきた。

 ずいぶん薄着だなと思ったら、老人の手には、ダニエルのものであろうジャケットと、マフラーがある。


「ダニー! 来てくれたのか!」


 ダニエルの来訪に顔を輝かせて、ピエトがキッチンから走ってきた。


「ピエト……!」


 ダニエルも、一瞬だけ、嬉しげに顔をほころばせた。そして、緊張した顔でルナを見た。彼の顔色はあいかわらず青白く――その顔を、ますます蒼白にして、切羽詰まった口調で言った。


「あの、今日はお願いに来たんです」


 ダニエルはそう言ってから、咳き込んだ。


「坊ちゃま!」


 ですから、お止めしましたのに、と嘆くイーヴォ老人の手を振り切って、ルナにすがりついた。


「お願いです、僕がお詫びします――だから、フローを宇宙船から降ろさないでください!」





「――じゃあ、なにかい。あのダニエルって子は、フローレンスに嫌われてるのは知りながら、それでも恋してたってことかい」


 レオナは、しばらく紅茶なんて見たくもないよといいながら、紅茶缶を棚の奥にしまい、コーヒーを淹れた。


 ルナは、まだ寒い季節なのに、ダニエルが薄着だった理由が分かった。彼はきっと、執事がジャケットを着せるのももどかしく、大急ぎでリムジンを走らせ、ここまで来たのだろう。


 ――フローレンス家族の降船を知って。


「ダニエル君って子はかわいそうだとは思うけど、あの小娘のことは、もうどうにもできないんじゃないか」

「うん……アズが説明してくれてるけど、納得してくれるかな」


 ルナも心配そうに、大広間のほうを見やった。


「フローが、ぼくを嫌ってるのは知ってた」


 大広間のソファには、アズラエルとピエト、ダニエルが座っている。ダニエルの隣にはイーヴォが。

 おとなたちにはコーヒー、子どもには、砂糖入りのホットミルクが差し出されたが、ダニエルは、ミルクに手を付けず、か細い声で言った。


「フローは僕が、パパの子だから、声をかけてくれたんだ。いわゆる、社交辞令ってやつ。でも、僕は、それがうれしかった」


 ピエトは、複雑な目でダニエルを見つめている。


「……パパから聞いたけど、もうフローは宇宙船に乗ることはないだろうって。フローのパパも、株主じゃなくなっちゃったから……もうチケットを買うしか、宇宙船に乗ることはできないって」

 ダニエルは、ぽろぽろ、涙をこぼした。

「フローはわがままな子だから、きっと、ピエトにも、アズラエルにも、ルナさんにも意地悪を言ったのだよね……でも、僕も謝るから、どうか、」


「ダニー、あのな」

 アズラエルは嘆息気味に言った。

「フローレンスの家族が宇宙船を降りたのは、親父の会社が大変なことになったからで、俺たちがなにかしたわけじゃねえよ」


「え?」


 それに近い結果にはなったが、という言葉を、アズラエルは飲み込み、つづけた。


「たしかに、俺たちはフローレンスのせいで大変な迷惑をこうむった。ピエトがアイツと付き合わねえってンで、アイツは俺たちを宇宙船から降ろそうとしたわけだが、俺たちが、その仕返しに、フローレンスたちを降ろせと、宇宙船に言ったわけじゃない」


「じゃ、じゃあ――」


 イーヴォも横から、ダニエルに、やさしく言った。


「ですから、イーヴォも申し上げたではありませんか、ぼっちゃま。フローレンスさまのご家族は、会社の危機をなんとかしなくてはならないので、宇宙船をお降りになったのです、と」

「……ほんとに」


「それに、フローは、あのままじゃ不幸になる」


 ここからは、月を眺める子ウサギからの、受け売りだ。


「わがままを止めてやれる人間も周りにいなかったし、そういう環境だった――フローレンスが行ったのは、親父の妹の家だ。ずいぶん厳しいひとらしいから、ビシバシしつけられるって」


 わがままも、多少はおさまるだろ、とアズラエルは言った。

 ピエトも便乗して言った。


「ダニー、フローレンスは、もっと素敵なレディになるために、宇宙船を降りたのさ!」


「……それは、ほんとう?」

 ダニエルの頬に、やっと赤みがさした。


「ほんとに決まってるだろ! 月を眺める子ウサギが――むぐっ!!」


 ピエトは、アズラエルの大きな両手で頭と口を押えられた。


「フローは、もっと素敵なレディになるの?」

「ああ、そうだ」


 ピエトを押さえつけたアズラエルが確信を込めて言ったことで、ダニエルは、やっと、安心のためいきをついた。


「そうか――」

 

「はいはーいっ! お昼ごはんのお時間ですよ!」


 すっかり、正午はすぎていた。ルナがオムライスを運んでくる。オムライスとスープ、サラダが乗ったプレートを。

 もちろん、ダニエルの分もだ。

 ダニエルは、オムライスに、ケチャップでクマの顔が描かれているのを見て、顔を輝かせた。


「……おいしそう!」

「あ、あの、ダニエル君、食べられる? こういうの、だいじょうぶ?」


 ルナは慌てて聞いたが、ダニエルは、頬を紅潮させて、イーヴォに許可を求めた。


「た、食べてもいい?」

「ええ。けっこうですよ」


 イーヴォはうなずいた。そして、ルナに向かって、笑顔を見せた。


「ダニエルさまは、さいわいにもアレルギーは持っていらっしゃいませんし、玉子料理はお好きでいらっしゃいます」

「そ、そう……! よかった!」


 フローレンスのときのように、「こういうものはいただかないの」と言われたら、どうしようと思っていたルナだったが、ダニエルは大喜びで、スプーンを持った。


「よかったら、イーヴォさんは、ダイニングで」

 バーガスが促すと、

「おお、わたくしの分まで……。ですが、お坊ちゃまのお食事が終わるまで、わたくしはここで見届けたいと思います」

 嬉しそうにオムライスを崩すダニエルの横顔を見ながら、イーヴォはうれしげに、涙を拭いた。

「ダニエルさまが、ご友人の家でお食事を召し上がるのは、はじめてでございます」


「美味しい! この料理、とてもおいしいです!」


 お世辞ではないようだった。ダニエルは、小さな口いっぱいにチキンライスを掻きこみ、むせた。


「おぼっちゃま、ごゆっくり、お召し上がりくださいませ」

 イーヴォがあわてて、ダニエルの背をさすった。


「ゆっくり食えよ!」

 そういうピエトも、早食いだ。


 ふたりは競争するように、すっかりオムライスを食べ――イーヴォを感激させた。

「坊ちゃまが、お食事をすべていただかれた!」と。


 その日、ダニエルは、帰ってきたネイシャとも友達になり、三人で一時間ほど遊んだ。

 熱を出してしまったので帰らざるを得なかったのだが、「ピエト、ネイシャ、どうか遊びに来て」と息を喘がせながら何度も言い、老人に背負われて、帰っていった。

 ルナはその姿を、複雑な表情で、見送った。


「そもそも、ダニエルの病気って、なんなんだろ」


 すっかり寝る用意を整え、ベッドに潜り込んだルナとアズラエルに、ピエトが聞いた。今日は、ピエトも一緒に寝たいと言って、枕持参で押しかけて来たのだ。


「さあな――原因不明の病気で、治すことができねえから、親父さんは、地球行き宇宙船に、ダニエルを連れて乗ったんだ」

 アズラエルは、決まり文句を口にした。

「この宇宙船は、奇跡を起こすってウワサだからな」


「原因不明の病気って――アバド病じゃねえよな?」


 ダニエルの症状は、たしかに、アバド病の後期症状に似ていた。熱が高く、咳き込み、顔も青白くて、頬だけが紅潮している。


「アバド病じゃァねえよ。なんの病気か分かれば、治療もできるんだろうが」

「じゃあ、ダニーが飲んでる薬は、なんなの」

「俺は医者じゃねえから知らねえよ」

「ルナ、ダニーの病気、治らないの?」


 毛布に潜り込んで天井を見上げ、考えごとをしていたルナは、さっぱり聞いていなかった。


「え? う、う~ん……」


 ともかくも、ルナは明日、ふたたびZOOカードで調べてみようと思った。なにしろ、フローレンスの「災厄」を調べておくと約束したジャータカの黒ウサギはまったく出てこず、謎の夢も見続けているわけで。


「ダニエルの病気、なんなのかなあ」


 ピエトはそう言いながら、目をこすり、瞬く間に寝息を立てはじめた。


「寝つきのいいヤツだ」


 アズラエルが呆れてピエトのほっぺたを突ついていると、隣では、うさこもすっかり、眠りの世界に旅立っていた。


「こいつらは、眠れないっていうことが、なさそうだな」



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