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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~かごの中の子グマ篇~
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307話 わがままな黄ヘビ Ⅱ 2


「いや、私は、まるで分からない」


 ムスタファは、助けを求めて飛び込んできたフローレンスの父親――エーディトを、応接室に通したが、彼の言い分には首を傾げるところばかりだった。

 しかし、鷹揚(おうよう)で知られた彼は、怒ることもなく、だまって話を聞いた。


「ニュースは見たよ。本当に驚いた」

「君では、ないのか……」


 フローレンスの父親は、てっきり、黒幕はムスタファだと思っていたのである。彼が娘に頼まれて、降ろそうとした人物は、――つまりアズラエルは、ムスタファと懇意だった。だから、ムスタファを怒らせたのではないかと、彼はようやく思い当ったのだ。


 詫びに来た彼を、ムスタファはいつもどおり親切に迎えた。


 予想に反して、ムスタファは寝耳に水、という顔だった。ほんとうに、彼は関わっていないらしい。


 そもそも、取り乱してムスタファを詰問したが、彼がダロズ・システムズとスカルトン航空を買収する目的が見えない。


 ムスタファとは、事業を通じて、昔から懇意にしていた。宇宙船に乗ってからの仲ではない。

 ムスタファ親子の乗船チケットを手配したのも、エーディトだった。


「では、いったいなにが……起こったのだ」


 彼は翌日、屋敷から救出されて、やっと事態を知ることができた。

 三日間は、電話向こうのパニックをしずめるのと、なにが起こったかを詳しく調べることで手いっぱいだった。


 彼は、ルナたちの降船を、やはり取り消してもらおうと連絡を取ったが、ルナたちの降船を手配した役員は、すでに解雇され、宇宙船を降ろされたと聞いて、仰天した。


 彼はやはり、触れてはならないゾーンに触れてしまったことを痛感した。


「私だけではなく、ララさんも、彼らと懇意だ」

「ララさんが……!?」


 同じ船内の株主同士で、知らない仲ではない。


「だが、彼は、私情をはさむ人間ではないだろう。それに、私も調べたが、スカルトン航空を買収したのは、ララの会社ではない」

「……」

「ララは、ヴォバール財団の代表ではあるが、知らないと言っていたよ。彼が経営する傭兵仲介業は上場企業ではないし、社名は「ベテルギウス」だ――もっとも、傭兵仲介業で上場というのは少ないが――タツキという人物は、同じヴォバール財団内の経営者だといっていた。おそらく、ララに頼めば、スカルトン航空の買収は取り消せるのではないかね。彼も、なぜスカルトン航空の買収が必要だったのか、理解できない顔をしていた」

「――あ」


 彼は、すっかりそのことを忘れていた。ララも、傭兵仲介業を展開している――最初に、ララのもとに向かうべきだった。


「こんなことを私が言えた義理ではないが、フローからすこし、離れてみてはどうかね」


 憔悴したエーディトを労わるように、ムスタファは言った。


「彼女のわがままを増長させた原因が、自分にもあると自覚しているならば、そうしたほうがいい――L67に、君の妹が、つつましい暮らしをしているとか」

「……ええ」

「私も彼女を知っている。若いころは、社交界の花であった女性だ――厳しくも、温かい人物と聞いたよ。どうかね、しばらく、フローを彼女のもとに預けてみては」

「それを、わたしも考えていたところだ……」


 エーディトの、その言葉は本音だった。実際、彼は娘を甘やかしすぎたことをひどく後悔していた。


 おそらく、妻とは離婚することになるだろう。彼女は、フローレンスを屋敷に放り出して、ひとりホテルに逃げている。


 彼は、ララのもとにも行った。ララの返事はムスタファと同じで、まったくなにも、知らないようだった。


「ニュースは見たよ」

 ララは、だいたいムスタファと同じことを言った。

「タツキは身内だ――知らん人間じゃないからね、なんで買収したのか聞いてみるよ――ま、裏があることは確かだ。あの子が航空会社を欲しくて買収したんじゃないだろう」


「裏?」

 フローレンスの父親は目を見張った。

「それはやはり――ルナという女性と、関係があるのですか」


「どうかな」


 ララは、ルナが降船されるところだったということは初耳で、目を丸くしたが、怒りはしなかった。「なるほど」と、今回の異常事態の原因が分かったような顔で、逆に、気の毒そうな目で彼を見た。


「……ほんとに、いや、わたしも、今回のことはほんとに知らないが、……おまえさん、そりゃ、触れちゃならんもんに触れたんだよ」

「わたしも、そう思っていて」

 力なく彼は言った。

「たぶんね、アンタがどうこうできるような人間じゃないからね、あのひとは」

 ララは、パイプをふかしながらそう言い含めた。


「――何者なんです?」


 たしか、L77から来た、ふつうの女性だったはずだ。娘が交際する相手として、ピエトのことや、その義両親となるアズラエルやルナ、同居人のこともある程度調べた。軍事惑星群の名家である、ドーソン家の嫡男がいっしょに暮らしていることは驚いたが、ピエトはまぎれもなく原住民で、その義両親は、傭兵とL77の中流家庭の子。

 彼は、ここまで大問題になるとは思いもよらなかったのだ。


 ララは、その問いには答えず、逆に聞いた。


「兆候は、あったのかい?」


 買収のことだ。


「――いいえ。まったくの……いや、本当に、寝耳に水で……」


 エーディトの顔は一気に憔悴へと傾いた。

 昨日今日の話ではない。買収の話は、かなり以前から進められていたのだろうと、ララはそう言ったのだ。


 おそらく、エーディト家族が地球行き宇宙船に乗ったあと、彼の本社では株主総会が開かれ、密かに進められていたということ。

 エーディトの代表取締役の解任と同時に。


 エーディトはそれに気づいていなかった。そのことへの悔やみと憤りと、困惑だ。


 しかしララは、買収の話も分かる気がした。概況(がいきょう)を見るだけでも、エーディトの会社は、現在、ほとんどが火の車で、メインの二企業だけで持っているようなものだったからだ。

 彼は強引にやりすぎ、手を広げ過ぎた。


 ――おまけに、L系惑星群に帰れば、彼には、警察星への出頭が待っている。


 ララは知っていたが、彼のまえでは言わなかった。

 ちなみに、これは、ララもだれも知らないことだが、ウィルキンソン財閥は、アンナの予言など知る由もなく、買収の話を進めていた。先日の予言の開示によって、ついに本格的に動いたところだ。


「“亢竜(こうりゅう)()いあり”という言葉を知っているか」

「――は?」

「うちの一族に代々伝わる、(えき)の言葉でね。ひとの人生には波がある――あんたはすこし、自分を慎むべきだった」

「……」

「これに懲りて、娘のわがままにつきあうのはやめるんだね」

「……そうします」


 なにもかもを見下したような傲慢な男だったが、ララも気の毒になるくらい、小さくなっていた。


「わたしから、ルナに口利いてやるよ」


 ララは、「何者なんです?」という彼の疑問に対する返答はしなかったが、そういった。


「謝罪が効くかどうかは知らないがね」

 

 生体認証は、もう一度登録し直すとしても、彼は早晩、宇宙船を降りなければならなくなっていた。


 地球行き宇宙船の理事解任はともかくとしても、問答無用で叩きつけられた代表取締役の解任は、納得いかない。


 株主総会の総意があったかもしれないが、あれは、エーディトの会社だ。


 今朝がた、ヒステリックに離婚を突きつけて去った妻との話し合いも必要だし、娘は、屋敷で、執事に当たり散らしている。


 なにもかもが、メチャクチャだった。


 だが、こんな事態を招いたのは、すべて、娘を甘やかしすぎた自分にもあると、エーディトは自覚していた。

 携帯電話が鳴った――彼は、「失礼」といって電話に出た。


「旦那様、航空会社を買収したのは、タツキという人物の“潜龍(せんりゅう)”ではなく、“セプテントリオ”という、傭兵仲介業者です」


「――セプテントリオ?」

 聞いたことがなかった。


「代表取締役は、タツキ・W・シンギョウジ。でも、名義が――アロンゾ・D・ヴォバールとなっていて――ダロズ・システムズは、同じく“セプテントリオ・ホールディングス”に。代表者名が、サクラ・B・ウィルキンソンですが、名義はパーヴェル……」


 彼は最後まで聞けなかった。


「ウィルキンソンだと!?」


 L系惑星群内に八社を持つ彼の会社より、巨大な財団である。サクラ・B・ウィルキンソンは、いまや、その巨大な事業を運営するトップの名で、経済界では有名な人間だ。

 ララの高笑いが、彼に電話を切らせた。


「……なにがおかしいんです?」

「あはっ! アハハ! そういうことか!」


 ララは膝を叩いて笑った。電話の声は、ララにも届いていたらしい。


「謝罪に行くんだね。そうでないと、アンタの会社は消滅するぞ」


 ――千年前の会社が“生きている”なんて。

 ララは戦慄した。

 パーヴェルもアロンゾも、やはりただ者ではなかった。





 フローレンスが父と母とともに訪れたのは、K38区の屋敷ではない。中央区のロイヤル・ホテルだった。

 母親は、多少頭が冷えたのか、屋敷に帰ってきた。フローレンスが、涙ながらに飛びついたが、自分のことで手いっぱいの母親は、「頭痛がするから近寄らないでちょうだい!」と娘を拒絶した。


 フローレンスは絶望し、ふたたびわめいて、執事相手に怒鳴り散らしたが、なにも解決はしなかった――やがて、げっそりとした父親がもどってきて、

「こうなったら、真摯(しんし)に謝罪するしかない」

 と言った。母親も、父親に賛成した。


「どうして、あたしたちが謝らなきゃいけないのよ!!」


 フローレンスは嫌がったが、もともと、彼女が招いた事態である。彼女が行かないというのを、今度こそ、両親は承知しなかった。


 いつも利用しているホテルの、最上階のスイート・ルームに行くのが、まるで裁判所にでも向かっている被告人の気持ちになる。


 彼らの想像は、あながち間違いでもなかった。


 スイート・ルームで彼らを迎えたのは、ミシェル・K・べネトリックスという、弁護士だった。すくなくとも、そう、自己紹介された。


 奥の部屋に通された途端に、父親は、「触れてはならない存在」の意味をあまりにも重く、実感することになった。


 コの字型のソファに座る四人の男女――この中のたった一人と応対してさえ、彼はいつも通りではいられなかっただろう。


「左から、アイザック・B・フェルトン、パーヴェル・J・ウィルキンソン、ルーシー・L・ウィルキンソン、アロンゾ・D・ヴォバール氏です」


 フローレンスは目をこすった。グレンとセルゲイ、ルナとアズラエルのはずなのに、まったくの別人に見える。


「だましてたの!?」


 フローレンスは叫び、母親があわてて止めようとしたが、「ルーシー」はぴしゃりと言った。


「おだまり、小娘」


「パパ、ママ、このひとたちは、だましてたんだわ、あたしを、あたしたちを――!」

 フローレンスは金切り声で叫んだ。

「弁護士を呼んでちょうだい!」


「ええ。いいですよ。呼びましょう」

 言ったのは、ミシェルだった。

「そのかわり、告訴するのはこちらです。フローレンスお嬢様を――」


「ま、待ってください、われわれは、謝罪にきたんです!」


「だましたのはそっちでしょう!?」

 フローレンスはわめき散らしたが、

「いい加減にしろ!!」

 怒鳴ったのは父親だった。


 ここには、謝罪に来たのだ。これ以上、事態を悪化させる気は、彼にはなかった。

 


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