表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~かごの中の子グマ篇~
753/936

306話 わがままな黄ヘビ Ⅰ 3


 その日、ミシェルもいっしょに夕食を囲み、空き部屋で寝泊まりしていった。


 ルナがその夜見た夢は、大グマと子グマの夢ではなかった。

 どうしてか、観覧車が出て来た。


 いったいどうして観覧車なのか――ルナが不思議な思いで見ていると、やがて、ひとつのゴンドラがクローズアップされ、そこにいたのは、ブレアと月を眺める子ウサギだった。


 ルナが再び見たのは、――ブレアが宇宙船を降りる前に見た、ブレアと月を眺める子ウサギとのやり取りだった。


 あのときと、同じ夢。


 ブレアが観覧車から出られなくなって、何度もスタートからやり直す。月を眺める子ウサギとともに絵を描いているうちに、やっと最後まで乗ることができた、あの夢。


(……?)


 なぜ今、こんな夢を?

 ルナは、目覚めてもしばらく考えていたが、まるで意味は分からなかった。


 朝食をすませたあと、ルナはZOOカードを持ち出したのだが、頭の中は大混乱だった。


(リサがミシェルと別れて……あたしたちは、あと一週間で宇宙船を出て行かなきゃいけない?)


 カザマは、「ぜったいにそうはさせませんから」と念を押していたが、ほんとうにどうにかなるのか。

 あらゆることが、ルナの知らないところで話が進んで、頭がおかしくなりそうだった。


(落ち着くの)


 ルナは泣きだしそうだったが、ぐっとこらえた。

 そもそも、なぜ今朝、ブレアの夢を見たのか。


(フローちゃんも、観覧車に乗せろってことなの?)


 どうもピンと来ない。ルナは考えた。必死に考えた。

 ――ブレアのカードは「ぐるぐる回る子ネコ」だった。

 どうして、ぐるぐる回っていたのだっけ?


 ルナがZOOカードのほうを見ると、一枚のカードが飛び出してきていた。


「これは……」


 フローレンスのカードである、「わがままな黄ヘビ」のカード。

 カードは、なぜかバチバチと雷に包まれている。ルナがこのあいだ見たときと同様、彼女の周りを流れるように、服やアクセサリーが過ぎて行って――。

 ジャータカの黒ウサギは、なんといった?


『こういうのを、幸運の垂れ流しっていうのよね』


 このカードの黄ヘビは、「飽き飽きした」目で周囲の様子を眺めているのではない。


 ――もしも、途方に暮れているのだとしたら?


 流れるように消えていく“幸運”。


 服もおもちゃもアクセサリーも、欲しいものは何でも手に入る。自分が邪魔だと思う人間すら、彼女はたちどころによそへやれる。


 彼女に、叶わない願いはない。


 けれども、幸運は無限にあるものではない。彼女のわがままによって、彼女が持ち合わせた幸運は流れるように消えていく。


 だれも止めてくれるひとはいない。

 両親ですら、彼女のわがままを増幅させるだけ。

 このままでは幸運はあっけなく尽き、彼女は――。


(ジェットコースターだ)


 ルナはようやく分かった。

 フローレンスは、観覧車ではなくジェットコースター。

 

 カードの中の黄ヘビが、ルナに向かって泣いているのに気付いた。バチバチと鳴る雷のなか、黄ヘビは訴えるように、ルナになにか、叫んでいる気がした。

 よく見ていると、いかづちの中で、点滅するように、黄ヘビのカードが変わる。

 ルナは何回か見て、やっと文字を理解した。


「社交界の華やかな黄ヘビ」。


 ――おそらくこのままでは、フローレンスはカードが変わることもなく、寿命が尽きるかもしれない。


(ピエトは導きの子ウサギ。あの子が導いてきたんだ)


 黄ヘビのたましいが、助けを求めているのだ。

 ルナがそこまで思ったとき、ZOOカードから、うさこが――月を眺める子ウサギが、ぴょこん! と飛び出した。


「リカバリ Ⅱ アロンゾ、パーヴェル、アイザック」


 ルナがなにか言う前に、銀色の光がルナを包み込み――月を眺める子ウサギは、月のステッキを振り回しながら叫んだ。


「リカバリ Ⅰ アンナ・H・ラマカーン」


 銀色の光が、方々に飛んでいく。あまりのまぶしさにルナは目を瞑った――まぶたの裏に残った光も落ち着いたとき、ルナが目を開けると、月を眺める子ウサギはいなかった。

「わがままな黄ヘビ」のカードも、姿を消していた。


「……」


 ルナが呆然とZOOカードボックスを見つめていると、階下で、インターフォンが鳴る音が聞こえた。


 ルナが慌てて、三階の廊下から見下ろすと、玄関にはフローレンスがいた。


 ドアを開けたのは、セシルだった。青ざめているセシルを見下すように、なんのあいさつもなく入ってきたフローレンスは、胸をそらして宣言した。


「よくわかったでしょう! わたしの怖さを!」

 

 ピエトたちが学校に行く前の時間帯である。広間には、ほとんどの大人がいた――ピエトが拳を震わせ、

「やっぱりてめえのしわざだったのか……!」

 怒鳴ると、フローレンスは、しかめ面をした。


「このあたしが、原住民と食事をしていたなんて、思い出すだけでも汚らわしいわ!」


 フローレンスは、ピエトが原住民だということは、知らなかったようだ。

 今回のことで、父親あたりに知らされたのだろうが――。

 寄らないでちょうだい! と拒絶するフローレンスに、耐えかねたネイシャが、「てめえっ!」と殴りかかりそうになり、セシルがあわてて止めた。


「まあ! ほんとに傭兵って、野蛮ね。いやらしいわ、わたしを殴ったら、刑務所行きですからねっ!!」

 フローレンスは、ハンカチを口に当て、微笑んだ。


「さんざん、勝手に、引っ掻き回していったのは、てめえじゃねえかよ!」

 ネイシャは叫び、フローレンスは、

「あたしをそんな、下品な呼び方をしないで! 耐えていたのはこっちよ!」

 と叫んだ。


「お嬢さん」

 レオナのこめかみは、今にもはちきれそうだった。

「あまり、図に乗るんじゃないよ……っ!!」


 どんな怒りも、フローレンスには効かなかった。彼女は興ざめしたように、

「けっこうしぶとい方々ね! いつもはこれだけすれば、申し訳ないって、宇宙船を降ろさないでくださいって、土下座くらいするものよ」

 みんな、這いつくばって、みっともないったらありゃしない。

 プライドとか、ないのかしら。


 冷笑するフローレンスに、さすがのセルゲイも、眉をしかめた。


「――君は、いままで、そうやって何人もの人を、自分のわがままで、この宇宙船から、降ろしてきたの?」


「わがまま?」

 フローレンスは、聞き返した。

「わがまま? どっちがわがままなの? そっちでしょ、あたしの言うことを聞かないんだから」


 それ以上、達者なフローレンスの口上も――だれかが彼女に飛びかかることも――なかった。それを止めるかのように。

 すさまじい雷鳴が、とどろいたのだ。

 

 その音は、あまりにすさまじく、屋敷の窓すべてを、ビリビリと震わせた。


「キャー!!」


 けたたましく悲鳴をあげたのはフローレンスだけで――しかし、突然空を覆いつくした黒雲と、本降りになりはじめた雨――だれもが、一瞬怒りを忘れて外を見た。

 そして、セルゲイを見た。


「わ、私じゃない」

 セルゲイは焦って言ったが、ほんとうに、セルゲイではなかった。

 夜の神の気配はなかった。


「もういいわ! 雨も降ってきたから、帰ります!」


 フローレンスは、耳をふさいで悲鳴をあげたのをごまかすように、「帰るわよっ!」と外に叫んだ。今日は、執事つきのリムジンで来たようだ――「濡れるじゃない! バカね、傘を寄こしなさいよっ!!」と執事に怒鳴っている彼女の声。彼女の怒声に呼応するように、また空が光った。ついで、(ごう)音。


「きゃあっ! なによこの雷! 気象部はなにをしているのよ!」


 自動車のドアが開き、閉まる音。


「このあいだは停電になるし、ろくな宇宙船じゃないわ!」


 彼女の悪態が、雷の音にも負けずに聞こえてくる。皆は、嵐という名の来訪を、呆然と見送った。


「なんて――ガキだよ」


 バーガスの呆れ声がぽつりとこぼされ、レオナの怒りがふたたび沸騰しようとしたそのとき。


 皆は、なぜか、自然と、――雷の正体を知った。


 だれかに、知らされたわけではない。

 だが、唐突に、原因は分かったのだ。


 大広間の入り口に、ルナが立っていた。


 エプロンの端を両手で引っつかみ、ほっぺたは、極限までふくらんでいた。怒りのあまり、顔は真っ赤になり――だれもが「戦慄」するほど、目が、座っていた。


「わるいこ」


 ルナのひとことともに、また、すさまじい雷が、打ち付けられた。





 ルナのZOOカードボックスから、月を眺める子ウサギが飛び出し、いっせいにリカバリを終えたとき。


 L系惑星群中央区、L55のウィルキンソン財閥本社ビル会議室では、重役会議が行われていた。重役会議の中でも、特別な会議である。


「では、本日L歴1416年2月27日午前7時06分52秒――アンナ・H・ラマカーン予言師の、第27通目の遺言書を開示します」


 ウィルキンソン財閥創成期に、偉大なる始祖パーヴェルのもとで活躍した予言師、アンナ・H・ラマカーンの「遺言書」は、ただの遺言書ではない。


「予言書」であった。


 彼女のそれは、いままで、何度となく、ウィルキンソン財閥を救ってきた。

 財閥や、関連会社が危機に陥ったとき、アンナはいつでも助けてくれた。

 彼女の遺言どおりに決議すると、すべてがうまくいくのだった。


「遺言書」という名の予言の書――五十二枚は、何年の何月何日、何時何分にひらくように、それぞれ、日づけまで決められている。

 今日は、その27通目をひらく日なのだ。


「では、開示します――」


 重役たちが息をのむなか、遺言書は開かれた。

 弁護士は、読みあげる。


「ウィルキンソン財閥で、“ダロズ・システムズ”を買収。ヴォバール財団に依頼し、“ヒューストン航空”を、買収。名義は“セプテントリオ”で。以上」

「では、そのとおりに」


 代表の、サクラ・B・ウィルキンソンは、即座に決定した。だれからも、反対意見は上がらない。そもそも、アンナの予言書に対する反対意見は必要ない。

 まったく意味不明なことが書かれていても、アンナの予言にしたがって行ったことは、会社にとって、よくなかったことはない。


「閉会」


 重役たちは、席を立った。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ