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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~かごの中の子グマ篇~
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306話 わがままな黄ヘビ Ⅰ 1


 ピエトとネイシャは仲直りしたらしく、手をつないで帰ってきた。ルナはほっとして、「今日のおやつはシュークリームだよ!」と冷蔵庫に走った。

 バーガスがつくってくれた、カスタードたっぷりのシュークリームである。


「いやった!」

「手、洗ってこよ、ピエト!」

「うん!!」


 洗面所に向かった子ども二人を、セシルとレオナといっしょに、微笑ましい目で見つめたルナは、突然鳴ったインターフォンに、うさ耳をぴーん! と立たせた。


 すこしばかり、イヤな予感がした。

 ちこたんがドアを開けると、そこにはやはり、フローレンスがいた。


「ごきげんよう」

 彼女は昨日と同じく、すまし顔であいさつした。今日は、ケーキの箱を手に提げていた。

「お邪魔しても、よろしくて?」


 昨日、ピエトに拒絶されて、泣きながら帰ったことはすっかり忘れているようだった。

 ルナは、彼女のカードがヘビだったことを思い出した。

 ヘビの象意は「忍耐強さと、しつこさ」。


『ピエトさんは』


 ちこたんがなにか言う前に、「ルナあ! 手ェ洗ったぜ、シュークリームどこ……」とピエトが出てきてしまったので、フローレンスは、「ピエト! 遊びましょう!」と屋敷に入ってきてしまった。


「うちのデザート・シェフがつくったのよ。彼はL55の首相官邸でシェフをしたこともある高名な方なの。一般人の口に入るお菓子じゃなくってよ」


 フローレンスが開けたボックスの中には、繊細なかざりつけのケーキが、八つほど入っていた。


「あたし、パションのダージリンしか飲まないの。庶民のおうちにはないってママがいってらしたから、今日はそれも持ってきたわ。淹れてくださる?」


 バッグから、紅茶缶も取りだした。


 セシルとレオナは苦笑いで、フローレンスを見ている。ピエトは困り顔で、ダイニングに入ってきて細かに指示するフローレンスを見ていた。ネイシャのほうが、一度波を越えたのか、自分からフローレンスに声をかけた。


「ケーキと紅茶は、母ちゃんが持ってきてくれるから、ピエトの部屋で遊ぼうよ」

「かまわないわ。ピエトの部屋に入れてくれるの」


 ぱあっと、フローレンスの顔が明るくなった。

 あれだけ露骨に拒絶されても、ピエトが気に入ったから来たのだろう。彼女なりに、ピエトと仲良くなりたくて必死なのだ。

 たしかに、ZOOカードでは災厄をもたらすといわれたけれども、悪い子ではないのだろう。

 ルナは、このところまったくつかっていないティーコジーを探すことにした。このお嬢様は、淹れ方にもきっとこだわるかもしれない。


「あたし、これとこれ。ピエトと、ネイシャさんもお好きなのを選んで。残りは、みなさんで召し上がってくださいな」


 フローレンスは、ピエトにエスコートを求めた。ピエトがムスタファの屋敷で、ダニエルから教わっていなかったら、彼女が手を差し出した意味も分からなかっただろう。ピエトは渋々、彼女の手を取り――ネイシャまで、もう片方の手を取った。


 三人の子どもがダイニングを出て行ったのを見ていると、バーガスがそろ~りと、大広間のほうからやってきた。


「なんだいあんた、かくれてたのかい」

 レオナが呆れ声で言った。

「だってよ、あのお嬢ちゃんが俺を見たら、ひっくりかえるかもしれねえじゃねえか」


 バーガスが恐々、そういうのに、セシルがプーッと吹き出した。


「ようセシル。笑いごとじゃねえよ」

「たしかに、今まで会ったこともないキャラクターかもしれないね」

「あれじゃァよ、ピエトも苦労するわ」

 バーガスの苦笑い。


 ルナは、紅茶を三人分淹れ、ケーキを皿にのせて、ピエトの部屋まで運んだ。部屋に行くと、三人はクラウドからもらったボードゲームで遊んでいた。

 

 その日は、なにごともなかった。

 フローレンスは五時すぎには帰っていった。


 ピエトは「なんだかつかれた」と言ったが、ネイシャは、「悪いヤツじゃないよ。たまにカチンとくるけどね」と、肩をすくめて言った。


 フローレンスは船内の富豪ばかりが通う学校に通っていて、放課後はピアノとバレエのレッスンが、日々交互にあるのだという。


 彼女は当然ながら、テレビゲームにもゼラチンジャーにも興味はない。クラウドが買ったボードゲームは、どちらかというと頭をつかうゲームなので、彼女はお気に召したようだ。


 そしてその日も、ルナは、あの夢を見た。

 大きなクマのところから、子グマの入った鳥かごをかっさらい、追いかけられる夢。

 ルナは大クマの周りにいる動物を、片っ端から探してみたが、ヘビは一匹たりともいない。

 目覚めたルナは、真っ暗な天井を見つめながら考えた。


(この夢と、フローちゃんがもたらす災厄(デサストレ)は、ちがうものなの?)


 災厄のことを調べてくれると言った黒ウサギから、まだ連絡はなかった。





 それから一週間、驚くべきことに、フローレンスは通いつめてきた。レッスンがあるからと、午後五時過ぎか、五時前には帰るのだが、いつもケーキと紅茶を持参で、屋敷に来た。


 アズラエルたちもフローレンスに出くわすことがままあり――ピエトはなんだか、元気を失っていくようだった。


 ルナも、屋敷の大人たちも困惑していた。一日二日で飽きると思っていたのだった。


 フローレンスは13歳。しかも、お金持ちのお嬢様だし、ピエトより年上。

 ピエトはIQこそ高いが、まだ子どもらしいところがあって、ルシヤとゼラチンジャーごっこなんかで遊ぶ「子ども」である。


 ネイシャはピエトのそういうところが好きで、つきあってあげているようなところがある。けれどフローレンスはちがうだろう。まさか、ピエトとともだちになりたくて通っているわけではないだろうに。


 あの大人びたフローレンスが、ほぼ毎日来て、文字通り「ボードゲームで遊んでいく」というのがなかなか不可解だった。


 フローレンスが通いだして八日目、大広間のリビングで新聞を読んでいたグレンは、フローレンスに声をかけられた。


 彼は、いつものだらしないTシャツと、ゴムの伸びきったゆるゆるパンツではなかった。シャツにスラックス――護衛術の臨時講師から帰ってきたのでその恰好だったのだが――。


「あなたが、ピエトの養父になるべきだわ」

「……?」


 グレンは、驚いて目を上げた。知らない少女だ。もしかして、この子が、最近ピエトを疲弊(ひへい)させているご令嬢か?


「あなた、軍事惑星のドーソン家のご嫡男でしょう? あなたがピエトの養父になって、きちんとした社交の礼儀を、ピエトにしつけるべきだわ」


 ふんぞりかえった少女のたわごとを、グレンは目を丸くしたまま聞き流し――やがて、「は?」と言った。


「あなたがピエトの養父になって、」


 フローレンスは繰り返そうとしたが、グレンは新聞をたたむことによって遮った。


「お嬢さん。――どこで俺の素性を?」

「どこでだっていいでしょう」

「俺は、ムスタファ氏のパーティーには出ていない。なのに、なぜ俺のことをご存じで」

「あたしのパパに、知らないことなんてないのよ!」

「つまり、ピエトから聞いたんじゃないということか。勝手にひとの素性を探るのは、マナー違反だっていわないのか。レディ・フローレンス?」


 フローレンスはぐっと詰まった。

「……レディに恥をかかせるの」


「とんでもない。お詫びに、お茶でもいかがですか、お嬢さん」

「お誘い、お受けするわ」


 フローレンスは急に上機嫌になった。グレンは、このちいさな少女の計算を悟った。


(おいおい……これは)

 彼女の頬は、喜びに染まっている。

(ピエトにゃ荷が重いぞ)


 差し出された少女のちいさな手を取ってエスコートの姿勢を取らされたグレンは、言ってしまった手前、彼女をお気に入りのカフェに連れて行って、家まで送るということを成し遂げねばならなかった。

 ちいさなレディに恥をかかせないために。


 少女の罠に引っかかったのは、グレンだけではない。セルゲイももちろん、フローレンスのターゲットだった。ふたりから事前に聞いていたクラウドとエーリヒは引っかからなかったが、フローレンスの狙いはこの四人で、バーガスとアズラエルには興味を示さなかったのだった。

 理由は分かっている。傭兵だからだ。


「――13歳だっけ」

「なったばかりだってな」

「先が怖いね」

「ピエトが疲れるのも分かる気がするぜ」


 リビングのソファで、顔を突き合わせているセルゲイとグレンのまえに、テーブルが割れんばかりの勢いで、レオナがコーヒーカップを置いた。


「なんなんだいみっともない――いい年して、あんなガキんちょにヘラヘラしやがって」

 レオナの二の腕にもこめかみにも、青筋が立っていた。

「そんなに女日照りなら、ルナちゃんのケツばっか追っかけてないで、よそで女でも作ってこい!!」


「どうしておまえが怒るんだ」


 ふたりは、レオナの剣幕に恐れ戦いた。だが、ふたりとも、レオナの苛立ちもなんとなく分かる気がしていた。

 とにかく、あのわがままでマイペースな小娘に、この屋敷の者は振り回されっぱなしなのだ。


 ピエトは疲れ気味だし、ネイシャも、毎日来るフローレンスに、だんだん苛立ちを隠し切れなくなっている。


 最近は、ようやく三人でするゲームにも飽きが来たのか、グレンたちおとなにまで声をかけはじめた。

 それも、ピエトにやきもちを焼かせて、自分への恋心に気づかせるためだという。

 

「ルナがやっと自白した」


 エーリヒが、大広間にやってきた。書斎の方から、「エーリヒなんかハゲろ」という、ルナの暴言が聞こえてきた。


「自白したって――なにをしたの」

 セルゲイが不安を隠さない顔でエーリヒを見たが、

「心理作戦部のやり方にのっとって、尋問した。なに、身体的暴力も、心理的圧迫も加えていないし、薬をつかってもいない」

「ほんとだろうな」


 グレンも疑わしげな顔をした。ふたたび、「エーリヒにハゲの呪いをかけてやる」というルナの恐ろしい呪詛が聞こえた。

 サルディオーネになるだろう人物の呪いである。おそろしい。グレンは思わず、生え際に手をやりかけた。


「ルナのほうが、よほど私に心理的圧迫をかけているよ! ――つまりだな、ルナは先日、ZOOカードの占術をし、あのフローレンスという子が、われわれに災厄をもたらすという象意を受け取った」


「災厄……?」

「ルナったら、なんでそんな大切なことを言わなかったのよ!」


 ミシェルが地団太を踏んだ。

 子どものいうことだったが、「付き合っている女性と別れて、あたしとつきあったほうが、将来のためにはいいわよ」などとクラウドを誘ったフローレンスには、ミシェルもあまりいい気分にはなれなかった。


 おとなたちは全員、リビングに集まった。書斎に拘束されていたルナも、アズラエルに救出されたが、まだ髪の毛が後退する呪いはあきらめていないようだった。


「そうはいうけど、フローちゃんも、ただ単に、ピエトと仲良くなりたかっただけだと思うし……」


 ルナはおずおずと言った。「災厄」をもたらすとはたしかに言われたが、その「災厄」の正体も分からないまま、フローレンスを「災厄」あつかいしたくなかったのだ。

 


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