表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~かごの中の子グマ篇~
750/934

305話 かごの中の子グマ Ⅱ 2


 黒ウサギが出したカードに、ルナは仰天した。


「えええええっ!?」


 腰を抜かすほか、なかった。ピエトの運命の相手にも、――それから、ピエトが進む道にも。


 ルナは、あんまり驚いて、言葉を失った。


『びっくりしただろうけど、これは必ず、このとおりになるというのではないわ』

 黒ウサギは言い含めた。

『この先、ピエトやネイシャが歩む道によっては、変化していく――運命は変わっていくのよ。かならずこの通りになるのではない』

「……」

『もちろん、ルナ、あなたが進む道も、ピエトの未来に関与してくるからね』


 ルナはしばらく口をぽっかりあけたまま、微動だにしなかったが、やがてはっと我に返った。


「じゃ、じゃあ、ダニエル――ダニエル・M・バージャという子と、フローレンス・K・スカルトンという子のカードを――」


『わかったわ。じゃあ、ダニエルからね』

 黒ウサギは、ふたたび両手をもふった。


「カゴの中の子グマ」のカードが出てくる。

 ルナが夢の中で見た、やせ細って、さみしそうな顔で鳥かごのなかに座っている子グマ。鳥かごの外は、おもちゃやお菓子であふれているが、鳥かごにいる子グマは、おもちゃを手に取ることすらできないのだ。


 けれども、ルナは気づいた。

 セシルとネイシャのカードは、かつて呪いのために黒いもやに包まれていた。あれほど濃いもやではなかったが、「バラ色の蝶々」のカードも、アンがガンであるために、薄い黒もやに包まれていた。


 ピエトが病気だったころ、ピエトのカードはもやに包まれてはいなかったはずだ。

 ということは、ダニエルは――。


「……ダニエルくんの病気は、治るのかな」


 治る病気は、もやがかかることはないのではないか。

 ルナが聞くと、黒ウサギは言った。


『あの黒いもやは、“死神(ラ・ムエルテ)”といって、つまり、もやがかかりはじめると死期が近い――危ないということなの』


 黒ウサギが左手を上に上げると、そこから、薄気味悪い笑い声がして、カマを持ったガイコツの亡霊が姿を現した。


『黒いもやの正体は、この“ラ・ムエルテ”』


 黒ウサギは、黒板に書いて説明した。ルナがZOOカードの記録帳に書き写すと、今度は、アンのカードである、「バラ色の蝶々」も出してくれた。


「あっ! もやが薄くなってる!」


 バラ色の蝶々のカードを覆っていたもやは、かなり薄くなっていた。目を凝らさなければ、見えないほどに。


『まだ油断はできないけど、もやが薄くなったということは、治る見込みがあるわね。死期は遠ざかったわ』


「よかった……!」

 ルナは心底、そう思った。


『見て、ルナ。この死神(ラ・ムエルテ)、子グマのカードには、出てないでしょう?』

「……!」


 黒ウサギは、子グマのカードに、ルナの視線をもどさせた。


『だから、この子はまだ治る余地があるのよ』

 黒ウサギはカードを見つめて考えるしぐさをし、

『そもそも、この子は子グマだからね。タフだと思う』

「え?」

『病弱ではあるけど、クマなのよ。分かる? アダムやバーガスと同じクマ。だから、ウサギのピエトより、よほど精神的にも肉体的にもタフ』


 ルナは、思いもかけない言葉に、カードをまじまじと見つめた。

 ダニエルは、ルナが出会ったころのピエトより痩せて、枯れ木のようだ。彼が健康だったら、アダムやバーガスみたいに、大きなクマになる可能性はあるということだろうか。


「この子の未来の姿は、見える?」

『ちょっと待ってね』


 黒ウサギは、『未来(フトゥロ)!』と叫んだが、カードはキラリと銀色の光を宿したまま、絵柄は変わらなかった。


『無理そう。見えないわ――ロックされてる。彼自身が、“未来(フトゥロ)”なんてないと、あきらめているのよ。病気だからかもね。長くは生きられないと思っている』

「……」

『でも、寿命はだいぶ長いし、病気は治る可能性があるわ。だからルナ、あなたのもとに導かれたんだと思う』

「ダニーの病気は、治るのね?」

『ええ』


 黒ウサギは、ルナが言うまえに、縁のカードも出してくれた。

 ダニエルとピエトの間は、ずいぶん太い友情の線で結ばれている。


『彼らも、一生の友になるわね。いい友人よ。ダニエルは、ピエトの道を開いてくれる道しるべとなる』

「そうかあ……」


 ジャータカの黒ウサギはマリアンヌで、すなわちアンジェリカとともにZOOカードを生み出したひとだ。ずいぶんくわしく教えてくれるので、ルナは助かっていた。今度から、彼女を呼ぼうと、ルナは決意した。


『――で、今度は、彼女だけど』


 黒ウサギは、フローレンスのカードを出した。

 ――「わがままな黄ヘビ」。


「わあ!」


 ルナにとっては、これも初めて見るZOOカードだった。

 なにせ、画像が動くのである。

 黄色のちいさなヘビの周囲にあるおもちゃやお菓子、素敵なアクセサリーや服が、めまぐるしく変わっていく。それを、黄色のヘビは飽き飽きした目で眺めているのである。

 ダニエルのカードと対照的にすら見えるのが、ルナには印象深かった。


『こういうの、幸運の垂れ流しっていうのよね』


 黒ウサギは、あきれ顔でつぶやいた。

 ピエトのカードとの間には、彼女の方から一方的に真っ赤な糸が伸びているが、ピエトには届いていない。つまり片思いだ。


 黒ウサギはひとつ嘆息し、左手を挙げた。

 すると、出ているすべてのカードを覆うように、意地の悪い顔をしたピエロの画像が大きく表示された。


『あら、困ったわ。“災厄(デサストレ)”の象意が出てる』

 黒ウサギは本格的に困り顔をした。

『この黄色のヘビちゃん、トラブルを引き起こすわ』


「ほんと!?」

『ええ――これだけ大きく出たってことは、けっこうあちこち巻き込んで、大ごとになるわね……』


 黒ウサギは、左手を上げてみたり、右手を振ってみたりした。


『導きの子ウサギにはよくないご縁だわ――でもしかたないわ。なんでもかでも、いい縁ばかりじゃないし、でも――いま彼女が関わってくるというのは、“かごの中の子グマ”の救済に関して、必要なことなのだわ』


 黒ウサギは、デサストレ、と黒板に書きながら、ひとりごとのようにつぶやいた。


『つまりは――そうよ。無駄なことは、ひとつもないのよ』


 “かごの中の子グマ”――つまり、ダニエルの救済に必要?

 ルナは、夢のことを思い出した。

 ルナが二度も見たあの夢には、黄色のヘビは出てこなかったが――。


「あ、あのね、黒うさちゃん」

『どうしたの?』

「あたし、同じ夢を二回も見たの」


 ルナは夢の内容を黒ウサギに話し、またレペティールが働いているのかなと聞くと、黒ウサギは腕を組んで考えたあと、言った。


『……ルナが、まだ気づいていないから、何度も見るんじゃないかしら』

「え?」

『おそらくレペティールは今回、関係ないわ。夢の中には、ルナが気づかなければいけないヒントが隠されている。ルナがそれに気づくまで、見続けるんじゃないかしら』


「……ヒント」

 ルナも、ウサギ面で考えた。

「それって、黄色のヘビちゃんが持ってくる災厄と、なにか関係がある?」


『さあ……わたしにはなんとも』

 黒ウサギにも分からないようだった。

『黄色のヘビがもたらす災厄のことは、わたしが調べてあげる。ルナは、夢の中からヒントを探してみてちょうだい』

「う、うん!」

『じゃあ、またね』


 ジャータカの黒ウサギは姿を消した。

 同時に箱の蓋も閉まり、銀色の光も消えた。


(夢の中の、ヒント――)


 ルナはすぐに日記帳を開いて、しばらくうんうん唸りながら考えてみたが、ちっともいい考えなど浮かばなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ