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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~カサンドラ篇~
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37話 キラとロイドの婚約発表 2


「リサとミシェルと、クラウドとミシェルはさ、一応、あの石油王さんだっけ? ムスタファさんにチケットもらってリゾートいったわけでしょ? だから、いっぺんはご挨拶で、パーティー出席しなきゃいけなくて」


 どうやら、リサとミシェルもリゾート・チケットをもらっていたらしい。そして、キラとロイドは、世話になっているラムコフ夫妻のつきそいで、同じムスタファのパーティーに出席していた。


「上流階級のパーティーかあ。たいへんそう……」


 ルナとキラは、キッチンに立っていた。


 キラとロイドの結婚祝いもかねて、レストランに行こうという話も出たのだが、アズラエルにお手製のカレーを食べさせてあげたいというキラの要望で、夕飯はカレーになったのだった。

 キラのカレーへのこだわりは強い。今も、鍋とフライパンが三つも湯気を立てている。


 今日のルナはお手伝いだ。

 ちなみに今キラがかき混ぜている鍋は、鮮やかな緑色。もわっと、目に痛いほど辛そうな熱気が、こっちにまで伝わってくる。

 ルナは見ないことにして、サラダ用にレタスをむしっていた。


「――それで、リサが、ミシェルにもらった高級ドレスをポイ? 捨てちゃったの?」

「え? ええっと、ちがうちがう。言い方が悪かったかも、ごめん。ホントに捨てたわけじゃなくて、捨てる? みたいな文句言ったの」

「文句?」

「そう。ミシェルにプレゼントされた高級ドレスを安物っていって、返すって――返す? 捨てる? どっちだっけ。とにかくそんな感じのこといってたの!」

「ええっ!?」


 ルナは驚き、キラは、怒りながらカレーを味見した。


「上流階級さまのパーティーだからさ、ものすごく服装も気を遣うわけ。普段着とかワンピじゃ行けないし――あたしの分は、おばあちゃんがみんな用意してくれたからよかったんだけど。――すごいんだよ? ネックレスからドレス、靴、ぜんぶブランドもん。あれで結婚式できんじゃないかって思うくらい。借りるだけで受け取れないって言ったんだけど。じつはみんな特注品で、あたしに合わせて作ったんだって。あの有名なブランドに特別発注だよ? あたしのウェディングドレスもそこで作るとか言って、けっこうまえに寸法測りに来たんだよね。そのデータをもとにつくったんだって。だから受け取ってくれって――金持ちって、マジやることちがうし」


 キラが言ったブランド名は、ルナでもわかる高級ブランドだ。


「ほんとだ!」


「リサも、ミシェルにぜんぶ用意してもらったらしいの。ドレスから靴からバッグから――。一緒にお店行って、買ってもらったんだって。あれもすごいドレスだったんだよ? 真っ赤な、綺麗なやつ。でもあの子、当然って顔してさ。ミシェルにお礼も言わないの。で、あたしのが特注品だって聞いて、リサがなんだか張り合っちゃってさ、あたしのも特注品にしろって。おまけに、なんて言ったと思う? あたしがこんな安物着てたら、アンタにだって恥かかせることになるでしょ! だってさ。安物ってなに? あたし、あの子、オトコ好きでも悪い子だとは思ってなかったけど、ちょっと軽蔑した」

 

 ルナは驚いた。

 たしかにリサは、自分が美人なのを分かっていて、それを鼻にかけるようなことをすることがある。でも、そんなあからさまな態度を見せることはしなかったはずだ。

 たとえば、「既製品だって、あたしは着こなしてみせるわ。あたしの美貌なら、ドレスが百倍も輝くわよ、オーッホッホ」なら分かる。


 それに、恋人がリサに貢ぐことはよくあった。でも、そんなやりすぎた要求をしたことはない。リサは、プレゼントをもらったら、たとえ小さなものでもお返ししていた。できないときは、「ありがとう」の言葉を忘れない、だれに対しても態度を変えることはない、そういう子だった。

 リサはモテる。でも、それは決して外見だけのせいではない。


 ルナは、ちょっと心配になった。

 アンジェリカが言った、リサとミシェル――レディのほうが――ちょっとまずいと言った言葉が、妙に気になってきた。


「ミ、ミシェルは元気だった?」

「ン? ミシェル? 男のほうじゃなく。あっうん。元気だったよ。パーティー会場でいっしょだった」

「一緒にいったの?」

「うん。でもね――うん――なんかこれって、いっていいのかな?」

「え?」


 いきなりキラは、小声になった。


「でもクラウドは、だれにもいうなとはいわなかったし――あのさ、クラウドって、なんか、特殊な部署の軍人だっていってたよね?」


 ルナは戸惑ったが、うなずいた。


「え――うん」

「たぶん――たぶんね――あたしの予想」


 キラは最大限にもったいぶって、声をさらに低めた。


「ミシェル、クラウドのお願いで、スパイとかやってたんじゃないかな」

「――え!?」


 さすがにルナは大声を上げた。あわてて、キラがルナの肩を抱いてしゃがみこむ。


「声でかいよルナ!」

「ご、ごめん――でも、どうして?」


 キラの説明によると、以下の通り。

 ムスタファ邸でパーティーが開かれる前日、クラウドからキラとロイドに電話があった。彼は公開一番「頼みがある」と言い、ミシェルが変装していくから、そばにいて、目を離さないでいてくれないかといってきたのだった。


「変装……?」

「うん。男装してきたの。でも、なんか、すごい中途半端な感じ」


 キラはそのときのことを思い出して、困惑しているようだった。

 じつは、ミシェルの姿を見せたくない人物がムスタファのパーティーに来る。だがミシェルは、その人物の姿を、遠目からでもいいからどうしても見たいということで、こういった面倒な行動をとることになった。


「ミシェルが、どうしても、その人物を見たいって言ったの?」

「うん。ミシェルの憧れのひとらしいのよ」

「あこがれのひと……」


 ルナは嫌な予感がしたが、アンジェラはすでに宇宙船を降ろされ、リリザに向かっているはずだった。


「結局だれかはわからなかったけど、モデルかもしんないし、芸能人かも。そういうひとがいっぱい来てるパーティーだったから」

 

 キラはつづけた。困惑顔で。


 ミシェルは、パーティー当日、スーツ姿と眼鏡で男装し、キラたちのまえに現れた。ミシェルも変装にはノリノリだったという。彼女はラムコフ家の身内として、キラとロイドにくっついて会場入りした。


 クラウドも会場に来ていたが、最初から他人として行動すると決めていたらしく、彼はキラとロイドにも、ミシェルにも、一度も声はかけなかった。


 頼まれた手前、パーティー会場でもしばらくいっしょにいたが、途中でミシェルの姿を見失った。ミシェルが十二分に「憧れのひと」を堪能(たんのう)したなら、そのまま連れて帰ってくれとクラウドに言われていたのに。


 キラは会場を(すみ)から隅まで捜したが、ミシェルの姿はどこにもなかった。

 こつ然と、消えてしまったのだ。


 キラたちはラムコフ夫妻とパーティーに来ているから、夫妻が帰るときにはいっしょに帰らねばならない。自分たちだけパーティー会場に残ってミシェルを捜すことはできなかったから、そうクラウドに連絡すると、彼はミシェルを見つけたから、キラとロイドは帰っても大丈夫と言った。


「そのあとも、ふたりから連絡はないの。――会場で他人のふりをしてるクラウドたちも怪しかったし、とにかく、憧れのひとを見るだけにしてはウラがありそうで――だからなにか、特別な任務だったんじゃない?」


 キラはどことなく高揚(こうよう)した顔で言ったが、ルナは聞いた。


「ミシェルが見てみたかったひとって、だれ?」

「それはあたしも聞いてないんだ」

 キラは嘆息した。

「どう思う? やっぱり、スパイ任務とかだったんじゃない?」

「すぱい……」


 ルナが気難しい顔でしゃがみこんでいると、冷蔵庫に酒を取りに来たアズラエルが、フライパンを覗き込んでいた。


「もう、いいんじゃねえか」

「あっ!」


 焦げ付かせるところだった。

 カレー味のからあげは、すっかりいい色になっていたので、あわててキッチンペーパーを敷いたトレイに乗せた。

 キラがすかさずつまみ、「アチチ――ナニコレ、うまい♪」ととび跳ねた。


「コレ、カレー味じゃん♪」

「うん。タンドリーチキン――風のからあげ? ハリッサと、カレー粉とヨーグルトに漬け込むの」


 一度つくったら、アズラエルが気に入ったので、よくつくるようになったのだ。


「うっまー♪ 今度あたしも作ってみよ。そういや、アズラエルって嫌いなものある?」


 ルナは少し考えてから、言った。


「うーん、生魚はあんまり食べないみたい。それでね、けっこうお野菜も食べる」

「意外」

「やっぱり一番好きなのはお肉だけどね。だいたい、お肉とトマトとおまめがあって、ちょっと辛めなら、アズはなんでもよいのです」

「ふうん。じゃあ、トマトとナスとひき肉のカレーにして正解だね」


 キラは、ついでのように、缶詰めの豆を投入した。


「でもね、アズに任せると、いつもだいたいお肉とおまめとトマトなの。チキンと牛肉のくりかえし。それにごはんついたり、パスタかパン。あと、ピザ」

「そればっかはヤだね」

「うん。和食はね、アズは魚あんまり食べないから。おさかなはあたししか食べないの。いっぺんトマトとおまめで辛めにタラを煮てみたんだけども、アズはあんまり好きじゃなさそうでした。いっつもお肉料理になっちゃう。ぬか漬けもだめだなあ。納豆はゴミ箱に捨てようとしたから」


 ルナの目が座った。


「アズを噛みました」

「……納豆は、ひとを選ぶと思うよ」


 あたしも納豆カレーだけは無理だな、とキラは言い、鍋の中をかき回した。


「でも、なっとうとかぬかづけは健康にもよいのです。それでね、アズは生姜焼きとか、ポークソテーとか、ハンバーグとかコロッケは喜んで食べる」

「ルナの手作りコロッケ、また食べたい! ねえ、今度料理教えてよ。さすがに得意メニューがカレーだけってのはさ」

「いいよ。あたしもそう、レパートリーないけど」

「ルナはいろいろつくれるほうだと思うよ」


 キラはもうひとつ、チキンの味見をした。ルナは、千切りにした大根と桜エビをレモンとナンプラーとしょうゆのドレッシングで和えながら、気難しい顔のままつぶやいた。


「任務……」

「でも、ミシェルはあの会場で消えちゃったわけじゃなくて、クラウドがちゃんと見つけてくれたから、大丈夫だと思うよ」


 明るいキラの声。

 ルナは、軍事惑星の夢を見続けてきたせいで不安でいっぱいだったが、キラはあまり重く考えていないようだった。

 そういえば、ずっとミシェルからメールは来ていたが、ルナがK27区にもどってきたころから、急に途絶えている。


「ルナ?」


 ルナがあまりに不安げな顔をしているので、キラのほうが心配になったようだった。ルナはあわてて笑顔をつくった。


「でも、よく結婚なんて決めたね。宇宙船に乗って、まだ二ヶ月くらいなのに」


 ルナが言うと、キラは、またあの大人びた笑みを見せた。


「うん。それはあたしもびっくりしてる。でも、母さんも、結婚ってタイミングだって言ってたし。……ほんとに、K06区のおばあちゃん、あたしのこと孫みたいに思ってくれてさ。あたし、こんなナリだし、あんまりお年寄りに好かれたことないんだけど、普通に受け入れてくれて、びっくりしたっていうか。すごく、居心地いいんだ、あそこ」

「うん」

「この宇宙船の中って、不思議だよね?」


 唐突(とうとつ)に言われ、ルナは思わず、「え? う、うん」と反射で返事をしてしまった。


「運命の相手って、恋人だけとはかぎらないのかな? あたしね、生まれて初めて、居心地の良さを味わってるの」

 

 キラが、キッチンの横の窓から、景色を眺めて言った。

 目を細めて。


 キラは明るくて素直な性格だが、彼女が好む個性的な装いや趣味は、田舎町では浮いた。趣味の集まりで友人はできたが、学校では孤立し、修学旅行のグループでも仲間外れにされて、ひとりでコースを回ったりしていた。

 ひとりが気楽なの、といっていたキラだったが、寂しくないわけではなかった。


 ルナも同じ思いだった。

 そうだねとしか言えないのが歯がゆかったけれど、キラと同じくらい――キラ以上にその思いは強いルナだった。

 先日の旅行の中で、たくさんの友人ができた。今までで一番ともだちができたのではないだろうか。


 ふたりでしんみりしたのが照れくさかったのか、あわててキラは鍋をかき混ぜた。その目がちょっと赤かったのは、多分カレーの辛さのせいではない。


「でも、ちょっと心配なのは母さんのことかな」

「お母さん?」

「うん。母さん、ああ見えて、けっこうさびしがり屋だからさ。あたしが地球行くっていったときも、いっといでよー! なんて張り切って追い出してくれたけど。もし、この旅行が終わって、ロイドと結婚したら、あたし多分あのおばあちゃんたちと一緒に、L56とかに行くと思うし――そうなったら、母さんと滅多に会えなくなっちゃう」

「そうか」

「母さんにさ、彼氏とかできてくれればいいと思うんだけど」


 ルナはびっくりして、プチトマトをつぶしてしまった。


「彼氏!?」

「父さんのこと裏切れとか言ってんじゃないけど、もう亡くなってずいぶん経つんだから、もういいと思うわけよ。新しい恋に目覚めても」


 キラのお父さんは、キラが幼いころ、亡くなっている。


「それもアリなのかな? キラのお母さん、若いしね」


 それはお世辞ではない。キラの母親エルウィンは、キラ同様、趣味も多くて、活動的で、いつも若々しい。


「結婚のことを報告したら、三年後まで待てないって。ロイドに直接会いたいって。おばあちゃんたちにも。Pi=Poで通話したけど、それでもイヤみたいで、会って話がしたいって。ま、そうだよね。おばあちゃんたちがみんなお金出してくれるって言うのに、だまってるわけにはいかないよね。リリザは間に合いそうにないけど、次の惑星かどっかで、会う約束してるの」


 ルナは、ふたつめのトマトをつぶし、キラがそれを口の中に片づけた。


「大変じゃない!? ――旅費とか」


 ルナにももうわかっていたが、この宇宙船は、恐ろしいくらい進行速度がのろい。おまけに、いちいちどこかの惑星やエリアやらに立ち寄るものだから、地球に着くまで四年もかかるのだ。

 おそらくL系列惑星群最速の宇宙船でいけば、五ヶ月くらいで行けるのではないか、とアズラエルは言っていた。

 E.S.Cという宇宙船を管理する会社が、どんな意図でこんなに遅い歩みにしているのかわからないが、そのおかげで、この宇宙船を降りてよそへ行っても、三ヶ月以内にこの宇宙船にもどればチケットは無効にならない、ということも可能なのだろう。

 三ヶ月あれば、ルナたちも、今なら余裕で家に忘れ物を取りに行ける。


「あたしのために結婚資金を積み立ててくれてたんだって。それで来るって。結婚は、この宇宙船内でするし、お金もおばあちゃんたちがみんな出してくれるって言ったら、じゃあもう積み立てなくていいからつかっちゃう、だってさ」


 キラは笑いながら、鍋に、青い唐辛子粉を缶一杯、どぶんと入れた。


「――ちょ。キラ?」


 ルナは、もう片方の鍋に、キラが唐辛子の粉末を小鍋二杯分入れたのを見て、気もそぞろだった。最後の鍋にも入れようとしたキラの手を、ギリギリで押しとどめた。


「お願いキラ。最後のは甘口カレーにして」

「えー? 少しくらい入れないと美味しくなくない?」

「そんなことない。キラのカレーなら、甘口でも美味しいよ」

「そう?」


 キラは、まんざらでもなさそうな顔で、それでも、カップ一杯分の唐辛子を、鍋に入れた。ルナはがっくりと肩を落とした。


 ロイドとアズラエルは、おみやげのワインを開け、尽きない話に花を咲かせていた。

 ルナにしてみれば、この二人の仲がいいのが不思議な感じがしたが、ロイドは普段は無口で、人の話を聞いていることが多いのに、アズラエルといると逆になるようだった。ロイドが無邪気に、楽しそうに、一方的にしゃべっていて、アズラエルが相槌(あいづち)という名のツッコミを打つ。


(そうか。アズって天性のツッコミなのかもしれない)

 ルナがひとりでうなずいていると。


『お電話です。Pi・po(ピポ)――Pi・po(ピポ)


 ルナの部屋から持ってきていたPi=Poのちこたんのランプがつき、ピポ、ピポとかわいらしい信号音が鳴った。


「めずらしいな」

「ほんとだ」


 アズラエルが立ち、ルナのウサ耳も立った。


「この家に来てから、はじめて鳴ったぜ」

「あたしもはじめて電話の音聞いた!!」

 ルナは叫んだ。

「ちこたん、おでんわはだれでしょう!?」


 ちこたんは、浮いてテーブル上に移動し、ルナのほうを向いた。目のようにも見えるふたつのランプがかわりばんこに点滅し、その下の黒い画面に電話のマークがあらわれている。


『お電話です。おとなりのシナモンさま』


 ルナが「もしもし!」と叫ぶと、画面がついた。そこにあったのはシナモンのドアップだった。


『ルナ、携帯出てくんないんだもん』

「えっ!? ゴメン!!」


 ルナはあわてて携帯をさがしたが、アズラエルが掲げていた。ソファに置きっぱなしだったらしい。


『今夜あいてる? どっかでごはん食べない? あたしひとりなのよ』

 シナモンはつまらなそうに言った。

「うちくる? キラがつくったカレーがあるけど」

『えーっ! キラ帰ってきてんの! いくいく!!』


 ルナの背後にキラのウィンク顔が見えた。シナモンの大喜びの絶叫とともに、電話は切れた。


「できたよー♪」

 キラが、鍋を三つ、リビングに運んできた。


「美味しそうだね」


 ロイドは本気で言っているようだが、アズラエルは、鍋をのぞき込んだ途端に、目を瞬かせた。アレは、感激で目を瞬かせたのではない。

 ついで目を押さえ――「なんだこりゃ?」と口走った。


「カレーだよ。アズラエル、辛いの好きなんでしょ?」

「……辛いってレベルじゃねえぞ。コレ」

「そうかな? フツーのひとレベルにおさえてみたんだけどな?」

「……」


 顔色も変えず味見をしているキラを、アズラエルは異星人でも見る目で見た。


「アズ、ナンもあるよ」


 ルナが焼きたてのナンを、ちこたんが頭上に、からあげの皿を載せてやってきた。

 からあげの皿をテーブルに置いたちこたんは、キッチンにもどって、大根と桜エビのサラダと、厚切りハムとマッシュルーム、ブロッコリーとパプリカをマスタードと塩コショウでいためたものを運んできた。

 あとはスーパーのデリで買ったマカロニチーズ。今日のおかずは以上だ。

 アズラエルは、この三種類の中でも一番甘いと言われた緑色カレーを器に盛られて、困惑していた。そして、ルナを責めた。


「おまえ一緒に作ってたんだろ? なんで止めなかった」

「とめたよ……。キラのカレー好きは知ってたけど、こんなに辛いの好きだとは思わなかったし」


 ルナが、「あたしカレーつくったとき、よく食べてくれたね。あれじゃ物足りなかったでしょ」と言ったら、


「あ、あれはルナのカレーだからさ。ああいう味なんだって思って食べてたから。あれはあれでうまかったよルナカレー」

「そ、そう……」

「まぁあたしはカレーの辛さはどうでもいいんだけど。辛いの好きなの、ロイドなんだよね」

「そうなの!?」


 ルナとアズラエルは、小鍋二杯分唐辛子の入ったカレーを、実に美味しそうに頬張っているロイドを、汗びっしょりで眺めた。


「うん。キラのカレーって、ほんとおいしいよね。天才だと思う」

「嬉しい♪ ロイドっ!!」


 激辛好きなほのぼの夫婦(未満)を眺めながら、アズラエルは、ナンの切れ端にちょっぴりカレーをつけて口に入れてみたが、みるみるうちに額から汗が出た。


「――水」

「はい」

 すでにピッチャーいっぱいに水は入っていた。

「おまえは食うな。死ぬぞ」

 ピッチャーの水を半分飲み干し、アズラエルは、夫婦に聞こえないほどの小声で、ぼそっといった。


「ルナーっ! 開けてーっ!!」


 玄関から、シナモンの声がした。声がしたあとにインターフォンが鳴った。ルナより先に、pi=poがアズラエルの許可を得てドアのロックを外し、いつもどおりリビングに飛び込んできたシナモンは、アズラエルの姿を見てビックリ仰天したあと――テンションはマックスに達した。


「はじめまして! あたしシナモン!」


 アズラエルと、それからロイドと威勢よく握手を交わしたのち、キラとロイドの結婚会見を聞いて目を丸くし、キラのカレーを食べて、口から火を噴いたのだった。


 日付が変わるまで盛り上がったカレーパーティー、もとい結婚祝賀会は、キラとロイドが目をこすりはじめたあたりでお開きになった。

 ふたりは、また明日、朝早くからK06区に帰るらしい。

 シナモンは、「帰りたくない、帰りたくない」と駄々をこねたが、夫のジルベールが迎えに来て引きずっていったので、しかたなく帰った。

 歯磨きをしながら、ルナはつぶやいた。


「キラとロイドが結婚かあ」

「お似合いだろ」

 アズラエルはまだ水を飲んでいた。すでに深夜は過ぎている。

「カレー、どうする?」

「このままじゃ食えねえから、明日薄めてみるしかねえだろ」

「そうだね」


 お風呂に入って先にベッドにもぐりこむと、瞬く間に睡魔が押し寄せてきた。

 まぶたが落ちるとき、ルナにはなぜか、椿の宿で聞いた時計の音が聞こえた。


 カチ、カチ――二回。




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