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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~かごの中の子グマ篇~
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305話 かごの中の子グマ Ⅱ 1


 その夜、ルナは、また夢を見た。

 

 入り口からすぐの大広場は、めずらしく、たくさんの動物でごったがえしていた。


 ずいぶんなひとごみに紛れ込んでしまったので、観覧車を目印に、ルナはまっすぐ進んだ。どうしてこんなに人が集まっているのか、不思議に思ったが、しばらく進んで分かった。華やかな音楽が聞こえてきたからだ。


 大きな野外劇場で、ミュージカルが行われている。みんな、それを観に集まっているのか。


「あっ!」


 人にもまれ、ルナは転んだ。


「いたた……」


 起き上がると、目線の先に、おかしなものを見つけた。


 それは、観劇のための特等席なのか――大きなクマのぬいぐるみが、王座みたいな椅子に座って、悠然とワインを傾けている。


 周りには、着飾ったキツネや、サル、フラミンゴ、孔雀――、とても華やかな動物の着ぐるみたちが、王様クマを囲み、優雅に談笑している。


 その王様クマの隣に、鳥かごが置いてあるのだ。

 中には、小さな子グマがいた。

 子グマはだるそうに、眼を閉じてしまっている。

 鳥かごの周りには、おいしそうなお菓子や、あふれんばかりのおもちゃが並べられている。子グマはそれらに見向きもしない。


「お薬を」


 真っ黒な老ヤギが、うやうやしく、瓶から透明な薬を、スプーンでひと匙掬い、子グマに飲ませる。

 子グマはわずかに口を開けてそれを飲み、またかなしげに眼を閉じた。

 ルナは思わず叫んだ。


「どうしてこんな鳥かごに入れてるの!? かわいそうじゃない!!」


 王様ぐまは驚いてルナを見たが、鷹揚に微笑んだ。

「危ないからだよ」

 王様ぐまは、「私は跡取り息子が大切なのでね」といい、「お嬢さんもワインをどうかね」と勧めてきたのだが、ルナは断った。


 こんなところにいてはだめだ。

 このままでは、子グマの病気は治らない。


 ルナは、子グマの入った鳥かごを持ち上げた。そのまま、走り出す。


「な、何をするんだ! 私の息子が! 跡取り息子が!!」

「つかまえてくれ!!」


 ルナは、人ごみの中を走った。


「だれかそのウサギを捕まえろ! ピンクのやつだ!!」


 ルナは懸命に走った。大きな手が、追ってくる。おおきなくまの大きな手が、ルナと鳥かごを捕まえた。


「さあ、わたしの息子を返せ!!」





「むきゃっ!!」


 ルナは悲鳴を上げて飛び起きた。このあいだ見た夢と、そっくり同じ。

 アズラエルも飛び起きて、つぶやいた。


「ルゥ? またおかしな夢か?」

「う、うん……」

「だいじょうぶか?」

「うん……」


 ルナは、クローゼットを見つめた。ZOOカードは、ピカリとも光らない。

 また同じ夢を見た。

 ハンシックのときみたいに、「レペティール」が働いているのか?


(うさこ?)


 パーティーから、二日ほどたった日のことである。

 ピエトはネイシャと一緒に学校から帰ってきて、手を洗って、今日のおやつである、ルナの手作り蒸しパンに手を伸ばそうとしたときだった。

 インターフォンが鳴ったので、ルナは、ココアを溶かす手を止めた。


「ピエト、あとミルクいれるだけね」

「うん」


 牛乳パックをピエトに手渡し、ルナはキッチンから顔を出した。キッチンのドアを開けて廊下に出れば、玄関にいるのがだれか分かる。

 ヘレンかちこたんが、応対しているはずだ。

 玄関に立っていたのは、ルナの友人でも、郵便配達人でもなかった。


「ごきげんよう」


 おすまし顔で、スカートをつまんでご挨拶する子どもは、このあいだのパーティーで、ピエトを独り占めしたくてがんばっていたご令嬢だった。


『どちらさまでしょうか』

「フローレンス・K・スカルトンといいます。ピエトくんは、いらっしゃいますか?」

『在宅しております』

「失礼して、よろしいかしら」

『どうぞ』


 pi=poのヘレンは、彼女を家に上げてしまった。

 ダイニングキッチンに姿を現したフローレンスを見て、ピエトが「げっ」という顔をした。ほんとうに「げっ!」と言ったかもしれない。そして、「なんで入れたんだよ!」と半ば責めるような目でルナを見つめたが、入れたのはルナではない。


「ピエト!」


 フローレンスは、遠慮なくピエトに抱き付いた。

 そのとたん、こわばったネイシャの顔。


「遊びに来ちゃった!」

 フローレンスは、無邪気に言った。


「どうやって俺の家を知ったんだよ!」

「パパは、宇宙船の株主ですもの。そのくらい、すぐわかるわ」


 ピエトはしかめっ面を隠さないのだが、フローレンスは上機嫌だった。よほどピエトが気に入ったらしい。

 ルナは、とりあえずフローレンスの分もココアをつくり、蒸しパンを皿に取りわけて出したが――。


「あたし、そういうの、いただかないの」


「へ?」

 ルナは思わず間抜けな声を上げた。


「ピエト、行きましょ。美味しいケーキ食べさせてあげる」


 フローレンスは、ピエトの手を取って玄関に向かおうとした。だがピエトは動かなかった。


「俺、行かねえよ」


 ピエトの拒絶に、フローレンスは信じられない顔をした。


「またレディに恥をかかせる気!?」

「そんなの知るか! いきなり来て、なんなんだよてめえ! 俺はケーキなんか食いたくねえし、どこもいかねえ!」

「……!」


 フローレンスの頬が急激に真っ赤に染まって、ぶるぶると小さな肩が震えだした。


「失礼するわっ!」


 泣くのを必死で我慢した彼女は、踵を返して、足音も荒く、部屋を出ていく。


「フ、フローレンスちゃん……!」


 ルナはあわてて、フローレンスの後を追ったが、ワンピースを着ているわりに、機敏に動く彼女は、さっさと屋敷を出てしまっていた。


「ピエト! あんな言い方ないでしょ?」

 ルナはピエトを叱ったが、ピエトはふて腐れて、蒸しパンを頬張った。

「俺はよくわかんねえケーキより、蒸しパンのほうがいい!」


 その夜は当然のごとく、ピエトはおとなたちの揶揄(からかい)の総攻撃を受けたわけだが、総攻撃が一過性で終わったのは、ネイシャとピエトの様子がおかしかったからだった。


 ふたりが、というより、主にネイシャが。


 普段から、ケンカはしても、次の日にはなかよく登校するふたりだったが、ネイシャが先に学校へ行ってしまったので、ピエトは少なからずショックを受けていた。


「こりゃ……マジもんか」


 バーガスが顎ヒゲを撫で、セルゲイも、「ちょっぴり、からかいすぎたんじゃないかな」と苦笑いした。

 いつもの元気な「行ってきます」も言わずに出て行ったネイシャの後ろ姿を、グレンも目で追った。


「ネイシャも、そういうお年頃だよ!」


 レオナが、朝食のときもずっと無口だったネイシャをおもんばかった。昨夜、野郎どもが寄ってたかって――主にバーガスが――ピエトのモテようをからかったせいもあるだろう。


「アンタが、あんなふうに言うからさ!」


 レオナは、ネイシャに嫌われてしまったかもしれないと、落ち込んだ顔をしたピエトを励ますように、バーガスに肘鉄を食らわせた。

 セシルは、しょげ返っているピエトを慰めるように、肩を撫でた。


「ピエト、ネイシャは、あんたのことを嫌いになったわけじゃないよ。だけど、ちょっぴり傷ついたのさ」

「なんで?」

 セシルの言葉は、ピエトにはまだ分からなかった。

「俺は、フローレンスなんかより、ネイシャのほうがずっと好きだぜ?」


 おとなたちはそれを聞いて目を丸くし、微笑んだ。


「ネイシャはあんたよりでかいし、まるで女っぽいところはないけど、それでもかい」

 セシルが聞くと、ピエトは首をかしげた。

「女ぽくないからいいんじゃねえか」


「こいつは! ピエトにはまだ早いかもしれないねえ」

 レオナは笑って、ピエトの頭を撫でた。


「意味分かんねえよ……」

 ピエトは困り顔で、バス停までとぼとぼ、ひとりで歩いて行った。


「女の子の方が早熟だっていうけど、ネイシャはやっぱり、ピエトに恋してんのかい」

 レオナがセシルに尋ねた。セシルは苦笑気味に、

「ずっとだよ。はじめて会ったときから、ネイシャはピエトに恋してる」


 ピエトがいつ気づいてくれるか、あたしもネイシャも、待ってるんだけどね、というセシルのウィンクに、ルナは決意したのだった。





 絨毯の上にZOOカードを置き、真月神社のお守りを置き、用意万端――「うさこよ出て来い!」と叫んだ。

 すると、「ジャータカの黒ウサギ」が出て来た。


「あれ?」

『いちおう、わたしもうさこだけど』


 黒ウサギは微笑んだ。ルナは、それはそうだと思った。


「うさこ、黒うさちゃん、ピエトの――えっと――導きの子ウサギと、勇敢なシャチちゃんのZOOカードを出して」

『いいわよ』


 黒ウサギは、ちらちらと、おもちゃの家を見た。


『あそこで説明していい?』

「うん。いいよ」


 ルナがうなずくと、黒ウサギは大はしゃぎで、おもちゃの家に飛び乗った。あちこちを見てまわり――『素敵なおうち!』と言いようのない感動を全身で表したあと――黒板を引きずってきた。

 それから、ソファに座って、おもちゃのチョークを手にした。

 それは、たしかにおもちゃで、ただのプラスチックだったはずなのだが、黒ウサギがもった途端に、ほんもののチョークになった。


「……」


 ルナはもう、なにが起こっても、驚かないことにした。


『あ、ごめんなさい。それで、なにを聞きたいんだっけ?』


 黒ウサギは、家に夢中で、ルナの言ったことをすっかり忘れたようだった。


「う、うん――えっとね――ピエトとネイシャちゃんのカードを出して」

『そうだ。そうだった』


 ルナは、そういえば、ピエトのネイシャの間の赤い糸を調べるのは初めてだということに気付いた。友情の太い糸があるのは知っているが、赤い糸は見たことがない。

 黒ウサギが両手をもふっと合わせると、カードが二枚、出て来た。


「……ふたりのあいだに、赤い糸はある?」

『もちろん!』


 パッと、二枚のカードの間に、赤い糸が出た。けっこうな太さだ。おまけに、紫と赤が、らせん状に渦巻いている。


「これは……」

『尊敬しあう間柄ね。ふたりの関係は、きっと生涯続くわ。友情と恋を行ったり来たり――きょうだいのような関係でもあるしね』

 ルナは、なんとなく察した。

「じゃあ――ピエトとネイシャちゃんは、――結婚はしないのね?」

『ふたりは、この先、進む道が違いすぎるのよ』


 黒ウサギは残念そうに言った。真っ黒もふもふの右手をさっと振ると、ネイシャのカードの絵柄が変化した。名称は「勇敢なシャチ」のまま。


『彼女は立派な認定傭兵になって、ブラッディ・ベリーにも負けない傭兵グループをつくるの。メフラー商社から出たザイール率いる“ナンバー9”の幹部にもなるわ』

「……すごい!」


 変化したネイシャのカードにあらわれたのは、傷だらけの、かっこいい女傭兵の格好のシャチ。

 これが、ネイシャの未来の姿なのだろうか。


『このままいけば、ネイシャは、結婚するわ。幾人かと恋をしてから、最終的にはザイールの息子と』

「ええっ!」


 ネイシャのカードの隣に、もう一枚カードが浮き上がった。ムキムキの、コンバットナイフを持ったヒョウ――彼が、ネイシャの結婚相手。どことなく、アズラエルに似ている――ということは、ピエトにも似ているのだ。

 彼とネイシャのカードの間には、それはそれは情熱的な、真っ赤な糸が結ばれていた。


「じゃ、じゃあ――ピエトは?」

『ピエトはね……』



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