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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~かごの中の子グマ篇~
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302話 予言の絵 Ⅱ 1


 アンジェリカは、ルナの部屋に入った途端に目に飛び込んできた「それ」に、口をぽっかりあけた。

 決して、あきれたのではない。

 アンジェリカはまっすぐに、「それ」――つまり、おもちゃの部屋が、すみずみまで見える距離まで近づき、やはり口を開けたまま、じっくりと家具のひとつひとつを見つめ――言った。


「すごい! 可愛い!!」

 アンジェリカは大興奮で、ルナに向き直った。

「なにこれすごい! つくったの!? 売ってるの? どこで売ってるの!?」


「ふ、ふつうのおもちゃ屋さんで売ってるの」

「どこの!?」

「こ、これを買ったのは、K12区のデパートのおもちゃ屋さん」


 ルナは、アンジェリカの迫力に負けて白状した。


「お部屋はね――あたしがベニヤ板でつくったんだけど」

「うわあ――マジすごい。かわいい――本物みたい――」


 アンジェリカは、指先でつまめるようなちいさなポットとティーカップを、うっとりとながめた。ルナは言った。


「ミシェルの部屋に、もっとすごいのがあるよ」

「マジで!?」


 書斎にいたクラウドを引きずり出し、ルナとアンジェリカは、ミシェルの部屋に入れてもらった。

 そこにあったのは。


「う、わあ――!!」


 アンジェリカの歓声が、ひときわ、大きなものになった。

 そこには、城があったからだ。

 そう――ルナがあまりに大きすぎて購入をあきらめた、五センチぬいぐるみが入れる、巨大なお屋敷シリーズの――「城」である。

 蝶つがいで固定されており、ぱっくりと真ん中から開き、中が見られるようになっている。三階建ての、豪華な城だった。

 中には、ルナの部屋にあったものと同じ、おもちゃの家具や食器がそろっていた。


「あたしの部屋にある、“うさこの部屋”を偉大なる青いネコが見たらしいの」


 ルナが知らない間に、うさこは、ともだちの青い猫と、白ネズミの女王を連れて、あの部屋に来ていたらしい。


「そうしたらね、青い猫が、ミシェルに催促したの。自分も部屋が欲しいって」


 アンジェリカは、ふたたび口をあんぐりと開けた。


「ルナちゃんの部屋にあるものと同じものをミシェルがつくろうとしたら、部屋じゃなくて城がいいって、リクエストを」


 クラウドが、腕を組んで、苦笑いしていた。


「それで、白ネズミの女王も、ルナのうちに行けって、うるさかったのか……」


 アンジェリカは、白ネズミの女王がなぜかルナの屋敷へ行けとせっつくので、遊びに来たのである。ルナの部屋に入ってから、理由が分かった。

 白ネズミの女王も、自分の部屋を欲しがっているのだ。


 そうとわかれば、いますぐお城や家具を買いに行くことにし、ルナの部屋にもどると、噂をすればなんとやら――うさこの部屋に、月を眺める子ウサギと、白ネズミの女王がいて、ティー・パーティーをしているではないか。

 

「うさこ!」


 ルナが駆け寄ると、月を眺める子ウサギは、膝掛けをかけてソファに座り、優雅に紅茶とケーキを楽しんでいた。


『最高の居心地よ、ルナ。ありがとう』


 向かいの白ネズミの女王も、クッションを抱きかかえ、『素敵な部屋だわ』と言った。


「こ、この紅茶とケーキ、どこから持ってきたの」


 丸テーブルに乗っているのは、おもちゃの菓子皿とティーカップとポットだが、ケーキと、湯気を立てた紅茶は本物だ。アールグレイの香りがルナの鼻孔をくすぐったし、おもちゃの皿にあう、本当に小さなケーキから、ほんのりとイチゴの匂いがする。

 よく見ると、おもちゃの古時計も、チクタクチクタク、音を刻んでいる。本物の時計のように、針が動いているのだ。


『なんのことはないわ――ところでルナ、黒板が欲しいのよ』

「こ、黒板?」

『それからね、あたしの自画像も嬉しいけど、しばらく、この絵は変えさせてもらうわね』


 月を眺める子ウサギがステッキをひと振りすると、壁に飾ってあったルナ自筆のうさこの絵が、遊園地のマップに変わった。

 K19区の、「キッズ・タウン・セプテントリオ」のマップだ。


「……」


 うさこが自由にリフォームしていく部屋を見て、ルナもあんぐりと口を開けた。


『わたしも早く、部屋が欲しいわ――見に行きましょうよ』


 白ネズミの女王が、そういって、ルナとアンジェリカを急かした。





 ルナとアンジェリカは、シャイン・システムで、K12区へ飛んだ。ルナがよく行くファッション・ビルの八階に、キッズ・コーナーがあって、おもちゃはそこで購入したものだった。


「いっぱい種類があるね……!」


 白ネズミの女王を肩に乗せたアンジェリカ――ひとりと一匹は、ウキウキと店内を見回した。


 おもちゃの家も、たくさんの種類がある。お城やお屋敷、ロッジ風の家、カフェやケーキ屋さんもある。全部集めたら、街がつくれそうなほど種類は豊富だった。


 家具や食器、雑貨も、本物を模してつくられた精巧なもので、アンジェリカは、本当に明かりがつくちいさなランプを手に取って、感激のため息を漏らした。


「黒板なんか、あったかなあ……」


 ルナは、学校シリーズが置いてあるコーナーを、探していた。


「あ、あった」


 黒板とチョーク、教壇などがいっしょになったセット。バラ売りもある。


 ルナのコートのポケットから、顔をのぞかせていたうさこは、『ねえあれ! あそこ、あそこへ行って!』とルナの脇腹をステッキでつついた。


「あいた! うさこ! 痛い!」

『あっち!』


 ルナは脇腹を押さえながら、うさこが示した方へ行った。

 そこには、煙突と人口芝生の庭がついた、三角屋根の二階建ての家があった。

 うさこが、ルナの頭の上から、じっとそれを見つめている。


「もしかして――うさこ――これ、欲しいの?」


 月を眺める子ウサギは、こくりとうなずいた。


「これ、三万デルもするよ!?」


『アズラエルに買ってもらいなさいよ』

 うさこは平然と言った。

『セルゲイかグレンでもいいじゃない。なんなら、あたしが頼んであげようか?』


「なにゆってるのうさこ!!」


 頼めば、もしかしたら買ってくれるかもしれないが――非常に問題がある。頼みようによっては、三軒、家が建ってしまうかもしれない。


「……」


 ルナは考え直した。L77にいたころの生活ならともかくも、今は、多少余裕のある生活ができている。お屋敷の家賃が破格に安いのも助かっているし、食費も、ルナはほかのルームメイトにくらべたら格段に食べないので、多くは払っていない。

 ピエトに買ってあげたゼラチンジャーの変身セットも、このくらいした。


(う~ん?)

 思い切って、買っちゃうか?


『買ってよ、ケチ』


 うさこがふて腐れ始めたので、ルナはしかたなく、固く結んだ財布のヒモを、ゆるめた。


 店内で別行動をとっていたアンジェリカと合流したルナは、彼女が持っている大きな箱が、ルナが持っている箱と同じだというのに気付いた。


「あ、ルナも家を買ったの」

「おんなじだ」


 アンジェリカは、お城を買うと思っていた。ルナがそれを言うと、

『だってね、お城は、いちいち、開かなきゃいけないのよ』

 白ネズミの女王が、言った。

『この庭付きのおうちなら、庭にイスとテーブルを置けば、すぐアンジェとも話ができるわ』


 アンジェリカが持っている紙袋には、たくさんの家具やら雑貨やらがつまっている。ずいぶんな買い込みようだが――果たして、この家具がすべて、この屋敷に入るかどうか。


 大きな荷物なので、宅配もできるとのことだったが、いますぐ設置したいアンジェリカもルナも――もっとも、化身たちがそう望んだのだが――ちょっと大変だが、持って帰ることになった。


 ふたりは、こっそりとだが、シャイン・システムもつかえることだし。


「じゃあ、ルナ。あした、遊園地でね!」

「うん!」


 ルナとアンジェリカは、デパート内のシャイン・システムの前で別れた。


 家に帰ったルナは、またうさこに脇腹を小突かれながら、なんとか庭付き一戸建ての家をセットした。

 庭にひじ掛けソファとテーブルを置き、二階に、ベッドも置いてあげた。二階の部屋には、マップの額を。一階には、黒板を置いた。

 ひじ掛けソファは、もう一脚余計に買ってきて、三人でテーブルを囲めるようにした。

 もちろん食器も、三人分に増やした。


『素敵! 最高よ、ルナ』


 なにはともあれ、うさこが大喜びなので、ルナはよかったと思った。


『ご褒美よ、ご褒美!』


 うさこがステッキを振ると、うさこのテーブルにもふたたび紅茶とケーキが現れ――ルナの手元にも、紅茶が入ったカップとケーキが乗った皿が現れた。


「わあ!」

『今日は、とくべつね』


 うさこはウィンクし、庭先のソファで、お茶を楽しんだ。


『ああ、すてきなおうち』

「おいしい!」


 うさこが出してくれたいちごのケーキは、とてもおいしかった。ルナは、幸せそうにケーキを平らげ、

「うさこ、黒板は、なににつかうの?」

 と思い出したように聞いた。


『もちろん、あなたの勉強のためよ』

 うさこは言った。

『ZOOカードの説明をするときのために、黒板があればいいじゃない?』


『やあやあ! やはりここにいたのか――月を眺める子ウサギよ! 高僧のトラが呼んでいるぞ!』


 偉大なる青い猫が、ぴょこんと、ZOOカードの箱から飛び出てきた。新しい家にいる月を眺める子ウサギの姿を見つけると、庭へやってきて、眺め渡した。


『あらまあ。じゃあ、行かなきゃ』

『部屋を、リニューアルしたかい?』

『そうよ。素敵でしょ。あなたのお城も素敵だけど』


「あ、ネコちゃん!」

 ルナが呼び留めた。


『ネコちゃん!』

 偉大なる青い猫も、自分の呼び名に驚いて振り返った。


「これあげるよ――さっき、うさことおもちゃ屋さんに行って、見つけたの」


 ルナは、「絵描きセット」と名前の付いた箱を、偉大なる青いネコに渡した。青い猫ほどの大きさもあるパッケージだった。

 中には、小さなキャンバスとイーゼル、パレットと油絵具のミニチュアが入った木箱が入っていた。


「ミシェルはこれ、買ってないと思う。新発売だから」


『いやはや――これは! なんと!』

 真っ青なネコの顔が、興奮のために、すこし紅潮した。

『礼を言おう! じつに嬉しい! ありがたい!!』

 ネコは感激したようにじっと箱を見つめ、ルナに礼を言った。


『偉大なる青い猫、急がなきゃ』

 月を眺める子ウサギがいうと、青い猫は正気に返ったように、

『お、おお――すまん、行かなければ。ルナ、いずれ礼をする! ではな』


 ネコとウサギの姿はたちどころに消えた。ルナがあげた箱もなかったし、うさこの部屋からは、すっかり紅茶とケーキは消え、食器はもとの戸棚におさまっていた。


 時計も動かなくなり――すべてが、ただのおもちゃに戻っていた。


 ルナが食べたはずのケーキが乗っていたお皿も、ティーカップも、なくなっていた。



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