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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~白ネズミの女王篇~
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301話 天秤を担ぐ大きなハト Ⅱ 2


「あっ! ルナちゃんのアイコンが出て来た」


 クラウドが、三十分ぶりに探査機をリロードすると、ルナの所在を示すアイコンがやっと点滅し始めた。


「K15区に向かっているのか――?」


「おい、ノワのリカバリが解除されたぞ」

 ペリドットが書斎から出てきて、リビングにいた皆に告げた。

「アントニオやエーリヒたちも撤収させろ。“真実をもたらすトラ”が、イシュメルからのメッセージを受け取ってきた」

「なんだって?」

「ルナは、二日ほどしたら帰ってくるから、自由に行動させろとのことだ」


「ノワのリカバリは解除できたのか?」

 アズラエルが念を押した。ペリドットは、

「俺がやったんじゃねえが、さっき解除された。今は、ルナの動向は探査機でチェックできるはずだ。とりあえず、宇宙船も降りちゃいねえし、無事だ。帰ってくるまで自由にさせておけということは、なにかすべきことがあるんだろう」


「まったく……心配させやがって……」

 グレンが大きく肩を落として嘆息した。


「とにかく、無事でよかったよ……」


 セルゲイもほっとした顔をした。皆はとにかく、ノワ入りのルナが、放浪の旅をはじめてしまわないか、それだけが気がかりでしかたがなかったのだ。





 昼近くなっていた。

 ルナはシャイン・システムでK15区へ飛び、露店が並ぶ大広場で、アップルサイダーとサンドイッチの包みを買い、ストーブが焚かれたイベントテントのカフェスペースでもふもふと食べていた。

 冬の最中で、みんなショッピング・センターのほうに入ると思いきや、野外のカフェスペースもだいぶ混んでいる。

 ストーブがあるし、露店の方でつかっている火やガスコンロのおかげで、ずいぶんと暖かかった。


(そういえば)


 こんなふうに、ひとりで外食しているのは、アズラエルがいなくなって、真砂名神社に行ったりした以来ではないか、とルナは思った。


(あのころは、ひとりであちこち、行ったなあ)


 追憶に浸っていたルナは、自分の席に、キャリーケースを引きずった青年がまっすぐに歩いてくるのを見た。


 アズラエルたちほど大柄ではないが、背もそこそこ高く、すらりとした細身の美青年だ。黒髪だと思ったが、光に照らされるとわかる、青みがかった黒髪なのだった。細いフレームのメガネをかけ、チャコールグレーのロングコートに垂らされたマフラーも、高級そうなものだった。


(L5系のひとかな)


 興味を示したとたんに、ルナは彼の正体が見えて、絶句した。


 何に驚愕(きょうがく)したのか――。


 彼の正体は、ハトだった。オルドと同じハト――しかし、その姿は、オルドとは桁違(けたちが)いに大きかったのだ。


「う、わ……」


 ルナは思わず、サンドイッチを食べるのも忘れて見上げた。宇宙の中に、まるで惑星ほども大きなハト――天秤を担ぎ、惑星を衛星のように従わせている、巨大なハト。

 ララの、八つ頭の龍より、大きい。


(こんなおおきなハトさん、見たことないです……)


 ハトが、というより、ZOOカードの動物で、こんなにも大きな動物を、見たことがない。

 ルナはぽっかりと口を開け、その青年に見とれた。そして、唐突に思い出した。月を眺める子ウサギからのメッセージを。


『ルナ、“天秤を担ぐ大きなハト”さんに会ったら、黄金の天秤をおねだりするのよ』


(おおきなハトさんだ!)

 ルナのうさ耳が、ぴーん! と立った。


「それ、どこで売ってるの」


 青年は、席を探していた感じではなかった。まっすぐに、ルナのほうへやってきたのだ。そして、ルナが(かじ)っているサンドイッチとアップルサイダーのセットを指さして、聞いた。


「え?」

「そのサンドイッチ」

 ルナは、齧りかけのパンを見つめた。そして、

「あっちのお店。となりの露店で、アップルサイダーを無料で配ってたの」

「ほんと!? まだあるかな」

 青年は顔を輝かせてそちらへ向かった。


(おや?)

 ルナの向かいの席に、キャリーケースを置いたまま――。

(もしかして、ここにすわる?)


 ほどなくして、青年は、ホットドッグとアップルサイダー、それから、同じ店で売っているアップルパイをふたつ、プレートに乗せてもどってきた。


「サンドイッチは売り切れだった。残念だなァ」

 そういって、ルナの向かいに腰かける。


(かわいい!)


 にっこり笑う笑顔は、この青年がルナよりずいぶん年上だとわかるのに、なでなでしてあげたくなるような愛嬌にあふれていた。無料のアップルサイダーは、まだ配っていたらしく、青年は嬉しげに紙コップを口に運んだ。


「パイ、嫌いじゃなかったら食べてよ」

 彼はふたつあるアップルパイをひとつ、ルナのほうへ置いた。

「えっ?」

「君は、名前、なんていうの」


 眼鏡の奥で、やさしそうな目が細められる。こんな目で見つめられたら、大抵の女の子は、応じてしまうだろう。ルナは、口をパクパクとしながら、「る、るなです……」と自己紹介した。


「ルナちゃん! カワイイ名前! ――そうだな、俺は――」

 青年は、ちょっと考えるようなそぶりを見せ、

「エルコレ、とでも名乗っておこうかな」


「えるこれさん?」

「エルでいいよ。君は、この宇宙船の船客なの? それとも、役員さんの娘さんとか――」

「せ、船客です」

「そう。めずらしいね、こんな時期まで乗っているなんて」


 エルコレの話術は巧みだった。よくしゃべるというわけではない、適度な間もある。ルナに考える余地を持たせない不思議なスピードで、会話を終わらせなかった。

 なので、ルナはなかなか席を立てず、必然的に、エルコレが食べ終わるまで待つことになった。


 エルコレがすっかり、アップルパイまで食べ終わり、「ごちそうさまでした」と言って立った。ルナも立った。これでお別れかと思いきや、違った。


 エルコレはプレートを返却口にもどすと、ルナの左手をとった。手をつないだのだ。ルナは口をぽっかりあけたが、なぜか振り払えなかった。

 なぜか、子どもと手をつないでいるような、奇妙な感覚に襲われたからだ。


 エルコレは、右手にルナの手、左手にキャリーケースを引きずりながら、シャイン・システムのほうへ歩いていく。そして、ポケットから出したゴールド・カードを挿入口に突っ込んだ。


(このひと――株主さん!?)


 ルナとミシェルが、ララからもらった株主優待券カード。同じものを、エルコレも持っている。


(何者ですか! このひとは、株主さんですか!)


 ルナが質問攻めにするまえに、エルコレが言った。


「何代かまえから、うちは、この宇宙船の株主で。ふつうの先客はシャインつかえないでしょ」

「――う、うん」

「あれ? もしかして、シャインのこと知らないかな?」


 ルナはぶんぶんと首を振った。





「――ルナちゃんが、あちこち移動してる」

「ひとりでか?」

「いや、“モブ”と」

「モブ!?」


 クラウドの探査機を全員がのぞき込んだ。

 クラウドがいう“モブ”というのは、探査機には入っていないデータの人間だ。つまり、その他大勢として表示される。


「瞬間的にあちこち移動するってことは、シャインをつかってる――つまり、役員か、株主かだ」


 クラウドのデータにない役員、および株主。アズラエルたちも知らない人間だ。


「また、ナンパされたのか」

「あいつはどうして、知らない人間に軽々しくついていくんだ……」

「夜の神が怒ってない……つまり、安全なのかな? 女性なの?」

「男性だよ」

「ええっ!? だいじょうぶかな?」

「身長百八十センチ前後。細身だけど、筋肉はしっかりついてる――スポーツマンの体格だ。髪は短い――マフラーにコート――革靴。株主かもしれない。身に着けているものがブランド品だらけだ。キャリーケースを持ってる。若いな――二十歳から四十歳までのあいだだ」


「その探査機、データがなくてもそんなところまで分かるのか。ZOOカードみてえだな」

 ペリドットが、クラウドの探査機に、初めて興味を示した。


 アズラエルたちは、急にせわしなくそのあたりをウロウロしはじめたが、とんでもないことが起こった。

 アプリの画面に、ピンクのウサギが、デジタル画像で浮き上がった。そのとたん、クラウドの携帯電話は真っ暗になった。電源が切れたのだ。


「え――アレ!?」

「のぞき見するなってことだ」


 ペリドットが肩をすくめて言い、あとは、クラウドがなにをどうしようが、電源がつくことはなかった。





 エルコレの目的地は、なんと貴族の居住区であるK09区だった。


 ルナの屋敷同様、シャインの出入り口が屋敷内、および敷地内に併設(へいせつ)されている。大きな屋敷の敷地内に出たエルコレは、ルナの手を引いて、屋敷に入ろうとした。ルナたちの屋敷より、もうひとまわり大きそうな城だ。


 玄関扉を開けて入り、「ちょっとそこに座ってて」と、ルナを大広間のソファに置き去りにして、映画にでも出てきそうな華美な装飾の階段を上がって、二階に消えた。


 屋敷内は、いつも人の手が入っているようで、ホコリひとつなく、清潔を保たれている。


 十分も経たずにエルコレはもどってきた。


「行こうか」


 また、ルナの手を引いて、シャインに入る。

 つぎにルナの視界に入ったのは、超高層マンションの室内だった。

  レオナたちがかつて暮らしていた部屋のように、全面ガラス張りの壁の向こうに、都会の街並みが見渡せる。


「ここはね、中央区K01区に隣接する、K08区の端っこ」


 エルコレは、コートを脱ぎながら、「さっきの屋敷は、先祖伝来の資産だけど、ここは俺が買ったんだ」と、ハンガーにかけながら言った。マフラーと一緒に、ハンガーにかけたはいいけれど、ずいぶん歪んでいる。ルナは直してあげた。


「ありがと」


 エルコレは、ルナの手をにぎったまま、リビングのソファに座った。映画のスクリーンかと思うような大きなテレビがあって、エルコレはパチリとテレビをつけた。最新の映画が流れている。映画チャンネルらしい。


「映画って好き?」

「う、うん……」

「なにが好き?」

「……」


 ルナは迷った。なにが、とジャンルを指定しなくても、なんでも好きだった。


「女の子だから、恋愛映画とか?」

「恋愛映画はあんまり見ないよ」

「見ないの?」

 エルコレは驚き顔で言った。

「俺なんか、恋愛映画ばっかり」

「そうなの!?」


 ルナの方も驚いた。でも、この女にもてそうな男のことだから、恋愛映画ばかりというのもうなずけるかもしれない。

 いつも恋人と、恋愛映画を見ているのかも――。


「俺の好きな子は、あまりテレビも映画も見ない」


 エルコレは、なにがおかしいのか小さく笑って、言った。

 好きな子、というのは恋人だろうか。


「俺がマジ泣きする恋愛映画のシーンでも、真顔で見てるし、泣いてる俺を、いつもつめたい目で見るし――泣けるの確実! とか言われてる話題の映画でも、ぜったい泣かないんだ。でも、どうして、なんで泣くのか分からないってところで、泣くの」


 エルコレは、チェンネルを次々と変える。


荒涼(こうりょう)とした砂漠とか――果てしなく続く氷の大地とか。そういうのが出てくると、たまに目が潤んでたりして、可愛い」


 俺には、涙を見せたがらないけど、と言って苦笑した。


「絶対的で、さからえない自然の驚異ってものが、たまに怖くなることがあるんだって。それと同時に、震えるような感動を覚えることがあるって――そっちのほうが、繊細だと思わない?」


 俺みたいな、いつでも流せる、安っぽい涙より。


 ルナはだまってエルコレを見つめ、話を聞いていたのだが、やがて、「あ、あたし、これ見たい!」と言ってチャンネルを変えるのをやめさせた。

 最近DVDになったばかりの、ファンタジー映画だった。


「おもしろそうだね」

 エルコレは賛同し、ルナと一緒に見始めた。


 ちいさな王国に、たったふたりの騎士がいた。

 赤の騎士と、青の騎士。


 ふたりは、攻め寄せる大国から、自国を守ろうと、必死で戦うが負けてしまう。


 王を逃がし、追われる生活のなかで、滅びた王国を蘇らせようと、青の騎士は国に残って戦い続けるが、赤の騎士は――王が希望をかけた、王になる器を持つ騎士の方は、青の騎士とたったふたりで、田舎に引っ込んで、平和に暮らしたいと願う――。


 結局、王国のために戦い続ける青の騎士のために、赤の騎士ももどるのだが、その先にあるのは、悲劇だ。


 青の騎士と、ともに暮らしたいがために、王国を売ったのは赤の騎士だった。


 青の騎士は慟哭(どうこく)する。


 一番信頼していた友が、自分を過酷な任務から解くために、王国を売った。


 ちなみに青の騎士は女性で、赤の騎士は男性――それが最後に明かされた。

 これも、恋愛映画である。



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