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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~カサンドラ篇~
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37話 キラとロイドの婚約発表 1


 キラとロイドは、土産を渡すのも忘れて、コトの成り行きを見守っていた。

 ふたりとも、口をぽっかり空けたまま、呆然とし、最後には感心した。

 

 数日ぶりに帰ってきたのは、ついさっき。キラとロイドは、もともとキラとリサで使っていた部屋に帰ったわけだが、今ここはアズラエルの部屋になっている。


 ベルを鳴らした。

 なかなかドアが開かないので、いないのかな、とキラが思っていると、やっとドアが開いた。

 アズラエルが顔を出した。


「おう。おかえり」

 いつもの、ジーンズに黒Tシャツの見慣れた姿。


「久しぶり」

 ロイドとキラは笑顔で、彼となごやかに対面した。


「入れよ」

 アズラエルは言った。キラとロイドは、手土産のケーキが入った紙袋を手に、部屋に入る。


「ちょっと待ってろ、ルナ、起こしてくるから」

 アズラエルはそう言って、奥の部屋に姿を消した。


 リビングの、いつもみんなとごはんを食べていたテーブルの上には、新聞が五種類くらい広げられていて、ノートパソコンと、コーヒーがあった。

 空気に男物の香水の匂いが混じっていて、大きなTシャツがベランダに干されていて、なんだか部屋の雰囲気も変わった感じがする。

 キラがそう思っていると、ロイドが。


「え? ルナちゃん熱でも出してるの? いいよ、寝てるなら起こさなくて」


 たしかにもう二時半すぎ。病気でもなかったら、ルナが起きてないはずはない。


「いや」

 アズラエルが笑う。

「そろそろ起こさねえと、あとで怒るんだよ」

 思わせぶりなセリフに。


 アズラエルが寝室に入っていくのを、キラはこっそり追いかけた――「ちょ、ちょっとキラ!」ロイドは止めるつもりだったのだ。


「もう二時半だぞ。……起きな、ルゥ」


 ルゥってだれですか。

 アズラエルの甘い声に、なぜかロイドまで赤面した。とろけそうな声なのは、キラにもわかる。こんなアズラエルの声、聞いたことがない。

 ルナからの返事はなかったが。


 部屋の中をこっそり見て、ふたりは口をあんぐりと開けた。

 シーツに毛布、洗濯物の山がこんもりと、部屋の入り口にある。洗濯ものの山が、もぞっと動いた。


「ぷ?」


 シーツの山からもぞもぞと這い出て来たのは、寝ぼけまなこのウサギだった。

 キラがまず、ブーッと吹き出した。かなり大きな勘違いをしたロイドは、自分の勘違いが恥ずかしくて赤面。

 キラの爆笑に、やっとルナは訪問者に気づいた。


「ムキャー!!」

 ルナは叫んだ。

「なんで起こしてくれなかったの!!!」


 そういって、アズラエルの腹筋をペチペチ叩いた。抗議のつもりだろうか。

 アズラエルの鋼鉄の顔面は変わらなかったが、こころなしか(ゆる)んでいる気はする。

 キラは大笑いしながら、「相変わらずだわ……ルナ!」と床をベチベチたたいて笑いまくった。


「勘違いしたぼくが、恥ずかしいよ……」

 ロイドは真っ赤な顔を両手で覆った。


 ふたりが見たのは、ペットウサギにメロメロの、コワモテ男の姿だった。


「今日は久しぶりに天気がよかったからって、朝から家じゅうの毛布やシーツを洗濯しはじめたんだ、コイツ」


 アズラエルは飼いウサギをソファに乗っけてから、言った。


「俺が買い物からもどったら、洗濯物に埋もれて寝てたんだ。おもしろかったからそのままにしておいた」


 ルナウサギの目は、これでもかと座っていた。


「だって、あったかかったんだもん……」


 アズは、おもしろがらずにあたしを起こすべきでした、とルナはほっぺたをまん丸くしながら(うな)った。


 キラがみやげの蜂蜜ケーキを切り分け、アズラエルがコーヒーを淹れて振舞うころには、ロイドの赤面も、ルナのぷっくらほっぺたも、だいぶ落ち着いてきていた。


「ルナとアズラエルが、あたしたちの予想通りで、安心したっていうかなんていうか」

 さっきの光景が頭から離れないキラが、笑いながらケーキを頬張った。

「予想通りってどういうことだよ」

「見たままってことよ」

「なるほど」


 アズラエルの想定もはるかに超えた同棲(どうせい)である。


「あたしはまだ、アズと付き合っているわけでは――このはちみつケーキおいしい!!」

 ルナのウサ耳がビビーン! と立った。


「どうした。なにか用があって帰ってきたんだろ」

 アズラエルはルナの「つきあっていない」宣言はスルーし、尋ねた。

 

「うん。ぼくたち、報告したいことがあって。だから帰ってきたんだ。またすぐあっちに帰るんだけど」

「え? すぐ帰っちゃうの?」


 みんなでリリザに行きたかったな、とルナが言うと、キラが笑った。


「リリザはみんなで行くの、無理かもだけどさ、地球行くまでに、リリザみたいな惑星いっぱいあるらしいし、そっちはみんなで行こうよ」


 遊べる惑星ってリリザだけじゃないし、とキラが言う。

 ルナは、ごくんと音を立ててケーキを飲んだ。

 不思議だった。強烈な化粧とか、なにひとつ変わっていない気がするのに、キラがなんだか、すごく落ち着いている気がする。


(すっごく、大人になっちゃったって、気が)


「報告ってなんだ」


 アズラエルが聞くと、ロイドが急に赤面してどもった。


「う、うん――。あの、報告と、それから、あの、お願いが――あ、アズラエル、君に話があるんだけど」

「話? 俺にか」


「うん。じつはその」

 もじもじしながら言う。

「け、結婚式の、友人代表で、スピーチしてくれないかな……?」


 アズラエルは、コーヒーを吹き出しかけた。


「――ハア!? 俺が? だれの? ――おまえらのか? 結婚式のスピーチ? スピーチって、なんだ? ――スピーチ!?」


 ロイドはあわてて言った。


「あ、ご、ごめん。言う順番まちがえたね? じつは、」

「あたしたち、結婚しまあす!!」


 キラが両手を挙げて言った言葉に、ルナはケーキをのどに引っ掛けるところだった。


「結婚!?」

「う、うん。ぼくたち、結婚することにしたんだ」


 ロイドも嬉しそうに言う。


「……そりゃ、おめでとう」

 アズラエルが、ようやくことの次第を飲み込めた顔をした。


「キラ、ロイド、おめでとう……!」


 ルナのなかでは三ヶ月でも最速だった結婚発表が、二ヶ月に短縮された。


「ありがとルナ♪」

「ありがとう、ルナちゃん」


 キラもロイドも満面の笑みだった。

 こんな幸せ満開オーラを見せられては、こちらも満面の笑顔で祝福せざるを得ない。


「それで、結婚式のスピーチってなんだ? おまえらの星じゃ、友人代表のスピーチなんてものがあるのか?」


 アズラエルの不思議そうな顔に、ルナたち三人は目を丸くし――アズラエルに聞いた。


「アズのとこ、――L18にはないの?」

「L18じゃ、結婚式は家族だけでやるか、呼んでも友人や仕事仲間……が集まってパーティーするくらいだが」


「そうなんだ」

 ロイドが拍子抜けした声で言った。


「じゃあさ、結婚披露宴とかないの? ケーキ入刀とか、お色直しとか、新郎新婦の友人が歌ったりとか」


 キラが聞くと、アズラエルは肩をすくめた。聞いたこともないというジェスチャーだ。


 ロイドはちょっと考える顔をして、

「えっと……。そうだね、あの、ぼくはL5系のことしか知らないけど、その、結婚するとなると、結婚式はけっこう派手だと思う。シンプルな式を挙げる夫婦もいるけど、……たいてい、両親や、勤め先の会社のつきあいとかで、人数が多くなる。親戚、友人、会社の同僚まで呼ぶからね。多いときは、会社の取引先まで呼んだりするから。……そうだね、けっこう格式張(かくしきば)っているかも。会社の上司のスピーチから、両親のスピーチ、友人代表まで、けっこうたくさんスピーチがあるんだ。花嫁と花婿ももちろんスピーチするよ。式も、ウェディングプランナーさんにお願いして、ホテルとか、大きなホールを借りて、二時間ほどかな。なんていうか、儀礼みたいなものだよね」


「――おまえらも、そんな式をするのか?」


 アズラエルはものすごいしかめっ面をした。

 ルナは、アズラエルがロイドの友人代表としてスピーチしている姿を想像して、笑いたくなった。


『えー、新郎のロイドくんと新婦のキラさんは、宇宙船で知り合った――』


 ルナのニヤニヤ顔でなにかを察したのか、アズラエルが睨んできた。


「な、なんでもないよ!」

 キラも似たような想像をしたのか、ふたりで笑いをこらえながら、目配(めくば)せしあった。


「ぼくたちは、そこまで派手な挙式はしないよ。この宇宙船か途中の惑星で、身近なひとだけを集めてひっそりやるつもり。だけど、あの、ぼくたちの仲人(なこうど)になってくれた紳士と、おばあさんたちがいるから――彼らは古い人間だから、そういう儀礼にはこだわるんだ。ぼ、ぼくの両親がわりだと思ってくれている節もあって。ほんとうは、ぼくたちもシンプルな式にしようと思ったんだけど。彼らの顔も立てて、ちゃんとしたL5系の結婚式は、挙げようかなと思って」


 ルナのウサ耳がぴこぴこと揺れた。

 おばあさんって、ロイドが一緒にお散歩してるっていうおばあさん。

 親代わりだなんて、そんな関係になっていたのか。

 ロイドが、ルナをちらりと見て言った。


「キラとアズラエルには、ぼくの両親のこと、話したけど、ルナちゃんは知らないよね」

 ルナはうなずいた。

「……いつか話すよ。ぼくは、両親と、あんまり仲よくないから……。今回の結婚のことも、一応報告したんだけど、好きにすればいいって返事だけで、逆に気は軽かったよ。ここでキラとの結婚を反対されたらどうしようって思っていたから」


 ロイドのちょっと(さみ)しげな顔を見て、ルナは、優しそうに見えるロイドにも、いろいろあるんだなあと思った。

 それにしても。

 ルナが口にするまえに、アズラエルがその疑問を口にした。


「ロイド、そのスピーチとやら、どうして俺なんだ? そういうの、ミシェルのほうが得意そうじゃねえか」


 ルナもそう思っていた。アズラエルのスピーチなんて、もはやギャグの領域だ。

 ミシェルでなくても、クラウドのほうがまだマシな気がするけど――。

 でも、それを聞いたロイドとキラの顔から、笑顔が消えた。


「これ――ぼくが言っていいことか分かんないんだけど」

 ロイドが、遠慮がちにいう。

「今、ミシェルとリサ――ヤバいんだ。っていうか、ヤバいのは、ミシェルなんだけど」


「え? リサがどうしたの?」


 思わずルナも聞いた。ロイドが続けた。


「多分、アズラエルにはミシェルのほうから連絡行くと思うんだけど、あの、仕事のことで――」


 この数日のうちに、ルナは、アズラエルとミシェルたちの出会いのことは聞いていた。

「カサンドラ」の、奇妙な予言のところだけは抜かして――。

 だからミシェルが、アズラエルに仕事を依頼していることは知っているのだ。


「ロイド。ルナは、俺の仕事のことは知ってる。なにかあったのか」

「じつは、ミシェルに電話がかかってきて。……ミシェルの仲間が、L25でまたひとり、その――殺された、って――」


 さっきまで結婚の話をしていたとは思えないほど、空気は凍っていた。


「それで、ミシェルの探偵事務所を預かってる仲間たちが、もう俺はイヤだって、この件から降りる、死にたくないって、全員逃げちゃったんだって。事務所のお金も持ち逃げされて。仲間のひとりから、おまえももうあきらめろ、大企業相手に訴訟(そしょう)なんて、無理なんだ、おまえは宇宙船乗ってるからいいけど、この数ヶ月、俺たちがどんな目に遭ってきたかわかってるのかって、逆にキレられて。これ以上無謀なコトするなら、俺たちがおまえの探偵事務所を訴えるぞって、ミシェルが(やと)ってた弁護士も、その仲間のほうについちゃって」


「……!?」

 ルナのウサ耳が、立ったままになった。


厄介(やっかい)なことになったもんだな」


 アズラエルが肩をすくめる。


「それで、ミシェル、自暴自棄(じぼうじき)になっちゃって、それからやけ酒の日々。宇宙船も降りるっていってたんだけど、ぼくとリサちゃんとで、今降りたらミシェルも殺されちゃうかもしれないからって、なんとか止めたんだけど。――だから、結婚報告どころじゃなくて。ミシェルがこんなときにぼくも結婚なんて、と思ったんだけど、もう、話はかなり進められてるし。リサちゃんも、最初のうちはいろいろ慰めてたみたいだけど、もうイヤだって。今、そのう――」


 ロイドが言いにくそうにしてるので、キラが引き継いだ。

 憤慨(ふんがい)した顔で。


「リサってば、リゾートでナンパしてきたセレブのオッサンとゴルフ三昧よ!」

「えーっ!?」


 ルナは思わず大声をあげた。

 リサらしい。というか。

 なんというか。


「L5系の、かーなーりーおっきな会社の社長らしいわ。メッチャお金持ちで、貢いでくれるらしいの。リサ、あいつにもらった指輪して、ミシェルからもらったアレ、外してたわよ。あたし、あの子のああいうとこキライ!!」


 キラは、目を吊り上げて怒っていた。


「でも――ミシェルも悪いんだからしかたないよ。お酒ばっかりのんで、リサちゃんにも会いたくないって。閉じこもってばっかりだったし」


「ロイドは甘い! 甘すぎよあのふたりに!! リサだってさ、ミシェルにン百万もするドレスねだって買ってもらってさ、お姫様気分でへらへらしてて……なのになによ! ミシェルが落ち込んだらポイなわけ、なんなわけ!? 彼女って、こういうときに支えるもんじゃないの!?」


「落ち着けよ」

 アズラエルが言った。


 ロイドがキラに、申し訳なさそうな顔をした。


「ご、ごめんね、甲斐性(かいしょう)なくて……。ああいう可愛いドレス、ぼくが買ってあげられたらよかったのに……」

「なにいってんのよ!! ほんとはあたし、指輪もドレスも自分でつくりたかったのよ! 派手なやつ!! ロイドはそのまんまがいいの!!」


 そう言ってキラは、ロイドをぎゅーと抱きしめた。ロイドは指の先まで真っ赤になっている。


「仲がいいことで」


 アズラエルが、胸やけそのものの表情で嘆息した。



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