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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~白ネズミの女王篇~
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300話 キッズ・タウン・セプテントリオ 3


 アントニオは、サルーディーバと、朝から掃除をして、ようやく片付いた室内を眺め、満足げなため息を吐いた。中央広場のりんご型の大きな建物は、すっかり綺麗になって、みんなの集合を待つばかりになった。 


「サルちゃん、朝早くから、手伝ってくれてありがとね」

「掃除は、大好きです」


 サルーディーバは、(ほこり)だらけの頬をぬぐいながら微笑んだ。


「そろそろ時間だな――あ、来た来た」

「よう」

「おはよう!」


 全員が――すでにここにきていたルナたちに加え、アズラエルにグレン、セルゲイにクラウド、ニックとベッタラ、カザマがやってきて、ようやく全員がそろった。

 生身の人間で行われる、ZOO・コンペティションと言っていいかもしれない。

 今朝は、セルゲイにもしっかり遊園地は見えた。だれも、見えないという人間はいなかった。


「ここにいるみんなにだけは、見えるようにしておいた」


 アンジェリカは言った。

 正式な「ZOOの支配者」となった彼女は、ZOOカードの世界を、縦横無尽に動かせる。


「相変わらず、観光客には見えないよ。だから、この遊園地は、ないことになっている」


「――やはりそれは、この遊園地自体がノワの墓、だから?」


 クラウドが、席に着きながらさっそく質問すると、アンジェリカは、


「正式に言うと、ここはノワの墓ではないよ。ノワが守っているから、見えないということはあるけど。K19区にノワの墓があるってウワサは、きっと、むかし、特殊能力を持っていて、この遊園地が見えたヤツがいて、消えたり現れたりするから、ノワに関係するものだと思ったんじゃないかな」


「そうか……」


「でも、やっぱり、この遊園地にのわはいるのね?」

 ルナも聞いた。


「ノワの存在は、わからないけど――ほんとに。でも、もしかしたら、住処にでもなってるのかも」


 アンジェリカは、遊園地を見渡しながら、つぶやいた。


「ルナ、ところで、アンタが持ってる、あの古時計の正体だけどね」


 アンジェリカは言い、サルーディーバが説明した。


「あの古時計は、もともと、千五百年前の、L03のサルディオーネのものです」


 サルーディーバの汚れたワンピースとエプロン、マスクとバンダナ姿を、セルゲイとグレンが、信じられないものを見た顔をして口を開けていた。


「え?」

「ルナたちが会った、遊園地の入り口のお店のおじいさん、あのひとが、千五百年前のサルディオーネ、“セプテンじいさん”だよ」

「そうだ。彼は、時間を支配した、と言われている」

 ペリドットも言った。


「時間……」

 ルナが今朝、店を覗き込んだときは、おじいさんはいなかった。


「セプテントリオは、千五百年前、こつ然と姿を消しました。時間旅行にでも出かけたのではないか、と一説には。相当ユニークな方だったそうですから。時計は、L03の首都トロヌスの王宮に保管されていたのですが、そちらも、セプテントリオが消えたように、姿を消しました。五百年たって、ルーシーの手に渡り、椿の宿へ置かれたのです」


「そうだったんだ……」


 千五百年前からある時計。よく壊れずにここまできたと思うが、やはり普通の時計ではないのだろう。

 ルナは、はっと気づいた。


「千五百年前って、――のわと同じ時代に生きていたのね?」


 ルナが聞くと、ペリドットは、「そうだ」と言った。


 ノワとセプテンおじいさんは、もしかしたら、知り合いなのかもしれない。

 ルナはそう思った。

 古時計は、大広間に返されていた。シャトランジ! の勝負中、時間を止め、ルナを助けるために、ノワは時計を持っていったのだ。

 

「それより、弁当美味しそうだなァ」


 アントニオは、アズラエルが持ってきた三段重の弁当箱を開けた。朝から全力で掃除をして、すっかりおなかはペコペコだった。

 アントニオも、サンドイッチの包みと、果物やからあげ、ウィンナーをつめた、大きめのランチボックスを持ってきていた。


「もう! さっそくあけてる!」

 話の腰を折られたアンジェリカが怒ると、

「食いながら、話をつづけるか」

 ペリドットも、お重から、ルナの好物であるがゆえにアズラエルがつくった、巨大俵型おにぎりをひとつつまんだ。


「つまり、これからは、ここが会議室になるってことなんだな」


 クラウドが、廃園を見渡しながら言った。

 このりんごの建物は、中央広場の案内所になっていて、けっこうな広さを持っているし、そなえつけの煙突付きストーブもあった。そちらは専門の業者にメンテナンスしてもらわなければつかえないが、反射ストーブをふたつ置けば、十分暖は取れた。

 木で作られたテーブルとイスはあるし、トイレも、ちいさなシンクもある。


「うん。ここだけが――この遊園地だけが、まったくラグ・ヴァダの武神に感知されない場所なんだ」

 

 アンジェリカが、みんなに、インスタントのスープの粉が入ったマグカップを手渡しながら言った。


「K33区は、マミカリシドラスラオネザをはじめ、強力な呪術師がそろっている。あそこも、厳重に守られた区画だが、ラグ・ヴァダの武神の“目”にはかなわん。あとは、このあいだルナが教えてくれたシャンパオだが、あそこは金があるときしか行けないからな……。ここはだいじょうぶだ」


 ペリドットも付け足した。


「――シャトランジ、というアトラクションが、ラグ・ヴァダの武神を倒す唯一の装置と聞いたけど、ほんとう?」


 スモークサーモンのサンドイッチは、クラウドのお気に召したようだった。彼は二つ目を手に取って言った。


「それは、正確には正しくないな」

 エーリヒは、首をかしげた。

「ラグ・ヴァダの武神をまったくの――つまり、完全なる無にいたるまで滅ぼすには、アストロスの武神か、イシュメルの刃がなくてはならない」


「そうだな。シャトランジ! 自体は、おそらくは――」

 ペリドットは多少考え込んだが、結論を告げた。

「アストロスの武神と、ラグ・ヴァダの武神を直接対決させるために、邪魔者を排除する作戦とみた」


「私も、その結論に至ったよ」


 エーリヒは、スモークサーモンのサンドイッチがなくなってしまったことに、わずかな悲しみを表して――表情は、無だが――言った。


「ラグ・ヴァダの武神――つまりメルーヴァ率いる軍団もある。シャトランジ! を起動させれば、軍事惑星の軍隊は、歯が立たなくなる。シャトランジ! 同士の対決に持ち込むか。なるほど、その方が人間の死者は出ない……」


「なんとかして、L20の軍隊を退かせられない?」


 無理とは知りつつ、アンジェリカが提案した。これはすでに、ララにも聞いたことだったが、ララもさすがに無理だと言った。案の定、軍事惑星の連中からは、無言の否定が返ってきた。


「無理だろ。もう国家予算かけて、でかい軍が出発してる。なにもせずにもどるなんて、絶対無理だ」

 グレンが一応、言葉で説明してくれた。


「今朝、俺とエーリヒが調べに行ってみたが、シャトランジ! のシステム自体は理解した」

 ペリドットは言った。

「エーリヒには、メルーヴァ側の術者――つまり、シェハザールと直接対決してもらうことになる」

 

 ランチボックスに夢中だったみんなの目が、一瞬だけ真剣になった。

 一瞬だ。


「千年の時を経て、再びメルーヴァの身体を奪ったラグ・ヴァダの武神は、メルーヴァの前世、メルーヴァの能力、すべてをつかって挑んでくるだろう」


 反射式ストーブの上で湧いた湯を、スープカップに注いでいたアントニオが言った。


「シェハザールのカードはおそらく“賢者の青ウサギ”に変化する。対等に戦えるのは、同じ“賢者”しかいないんだ。――つまり、“賢者の黒いタカ”、君だ」


「ふむ」

 エーリヒは、無表情でうなずいた。


「しかし、操縦盤を起動させる星守りを、メルーヴァが持っているのか?」


 クラウドが疑問を口にすると、アンジェリカが、申し訳なさそうに告白した。


「じつは――あたしの侍女のナバが、メルーヴァに星守りを送っていたんだ」


「なんだって……!?」

 クラウドが驚くと、サルーディーバはうつむいた。

「事実です」

 彼女は目を伏せた。

「あの星守りをいったい何につかうのか、わたくしにもわかりませんでした。まさか、シャトランジ! の装置につかうものだとは――」


「その、シャトランジ! のことですが」


 カザマが手帳を開いて読み上げた。自分を責めるような表情をしたサルーディーバをおもんばかって、話を切り上げた。


「カーダマーヴァ村の文献にありました。千年前のサルディオーネがつくった術で、セプテントリオの“古時計”同様、“幻の占術”とされているものです。受け継いだ者もなければ、術者が姿を消したので、詳細が残っていない」


 そういう占術があった、という口伝しか残っていません、とカザマは残念そうに告げた。


「シャトランジ! に関しては、ルナの夢を待つしかないと思う」


 ローストビーフの贅沢サンドイッチ(リズンで一番高いサンドイッチ)をもふっていたルナのうさ耳が、ぴこん! と立った。


「そういえば、なんか夢の中であった」


 ルナはごそごそとバッグをさぐりはじめ、日記帳を持ってこなかったことに気づいて、すぐにあきらめた。ふたたび、なにごともなかったように、サンドイッチをもふった。


「ルーシーが場所を買い、遊園地を建設した――この遊園地は、ZOOカードの世界にそっくりなんだ」

 アンジェリカは、遊具のひとつひとつを眺めて、つぶやいた。

「ルーシーは確かに、ラグ・ヴァダの武神を倒すために、この遊園地を建設した。ルーシーの専属占術師であったアンナはあたしの前世で、この遊園地の建設に関わっていた。そして、シャトランジ! をつくったサルディオーネとも、あたしとルーシーは関わっていたことになる」


 アンジェリカは、お重から、最後の俵型のおにぎりと、エビフライと、ミニハンバーグと、出し巻玉子を一気に失敬した。


「あっ! ワタシ、エービフライを狙っていましたよ、アーンジェ!」

「女王の特権を持って、エービフライは没収する」


 アンジェリカは、食べ物に関してはゆずらなかった。アンジェリカの口に消えゆくエビフライに、ベッタラの、悲痛な悲鳴が響き渡る。


「シャトランジ! は改良待ち。あたしは、“アンナ”をリカバリして、それからだな――やることがいっぱいだ」


 カザマが、持ってきたトートバッグから、書類を取り出した。


「頼まれていた調べものですけれど、このタイミングで出してよろしいかしら?」

「悪いな、見せてくれ」


 ペリドットとアントニオがのぞき込む。カザマが、皆に説明した。


「この宇宙船の、ルーシーさんが資金を提供した建設物を調べました」

「まあ……!」

 サルーディーバも、ペリドットの手元をのぞいた。

「世界最大の美術館といわれる、ルーシー&ビアード美術館、椿の宿、K08区にあるコンサートホール、それから、K19区一帯――」


「遊園地だけじゃなくて、K19区一帯が、ルーシーが買い取った土地だったのか」

 腑に落ちて、アントニオもうなずいた。


「ルーシーは、このK19区全体を、遊園地のような街並みにしようと思っていらした――でも、いきなり亡くなられて、すべての計画がとん挫したのです。美術館はとっくにできあがっていましたし、椿の宿とコンサートホールも問題はありませんでした。ですが、K19区は最後に依頼された区画整備で――ここがこんな中途半端なのは、そのせいでしょう。ルーシーの死後は、会社の立て直しのために、ビアードも余裕はなかった……ルーシーのあとを引き継いで、K19区の区画整備を請け負ったのは、サイモン・K・トレスデンという方――」


「サイモン・K・トレスデンか。L55のテトラワイス県の県知事として有名だが、それ以前は、不動産業界でひと儲けした事業家だ。彼もまた、地球行き宇宙船創設時の主要株主」


「君の頭のなかは、辞典かなにかなの!?」

 ニックがびっくり顔でクラウドを見た。


「ルーシーのことを知ってから、何かの役に立つかなと思って、地球行き宇宙船創設時の株主をぜんぶ覚えたんだよ」

 クラウドは、これしきのことはなんでもないという顔で、肩をすくめた。


「サイモンも、請け負ったはいいが、あまり手はつけなかったようだね」

 アントニオも、K19区のさびれっぷりを思い出してあきれ顔をした。


「ルーシーはね、ここに、子どもの国をつくろうとしたの」


 いきなりルナが言ったので、おとなたちは、「え?」という顔でルナのほうを見た。


「ルーシーは子どもの国をつくろうとしたんだよ? あの“キョウカイ”もほんとは図書館で、お城のつもりなの! 予定ではもっとおっきかったんだよ。ルーシーはK19区全体を遊園地にしようとしたの。資金と時間が足りなくってできなかったけど! でもね、サイモンはそうゆうの知らなくって、ふつうの観光地にしようとしてつくって、それでちぐはぐになったの! それでね、サイモンは、この遊園地見て、あんまりこの区画はてをかけちゃいけないんじゃないかなあって思って、途中でやめちゃったの! ね!」


「私?」


 エーリヒが自身を指さした。ルナはエーリヒに「サイモン」と呼びかけていた。


「“わたし、まだまだやることがあったのよ……”」


 そういって、ルナは、ばたーん! と真後ろに倒れた。


「ルナ!?」





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