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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~白ネズミの女王篇~
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300話 キッズ・タウン・セプテントリオ 2


 そのころ、エーリヒとクラウド、ペリドットは、同じ園内の、「シャトランジ!」のアトラクション内にいた。


 ZOOカードの世界では、夜のメルカドからエレベーターで第三層(トレス)に降りて向かった「シャトランジ!」だったが、現実世界の遊園地では、かぼちゃの建物の裏にあった。


 ジャック・オ・ランタンの形をした建物は、おそらく夜のメルカドの入り口かもしれない。近くのさびた看板には、「夜区画(ノーチェ・セクト)」と書いてあったからだ。


 半円形の建物は、扉がなかったので、すぐに入れたが、中は薄暗い。

 クラウドが、持ってきたライトをつけたが、ペリドットがすぐに「世界(ムンド)」と唱えた。

 一気に光景が様変わりする。


 ペリドットが発動させた「世界(ムンド)」によって、クラウドたちもまた、ZOOカード世界の「シャトランジ!」を見た。


 女王が放った槍、「グングニル」によって大破した室内は、そのままだった。


 白ネズミの王の機械人形もすでに撤去されている。チェスの駒に変わったエーリヒ側の駒も、もとの円柱型の駒にもどっていた。


 けれど、玉守りを嵌め込んだ壁面は、無事だったのに、消えてしまっていた。


「あの壁は、どこへ行ったんだろう」


 勝負が終わったあと、すぐにあそこを出てきてしまったが、クラウドは、もう少しあの壁と玉守りを調査したかったのだった。


 はめこまれていた星守りは戻ってきた。ルナとミシェルの手に。

 いつのまにか元通りになって――ミシェルの分はブレスレットのまま、ルナの分は、ウサギのポーチに入ったままの状態で――枕元に置かれていたのだった。


「おそらく、“セパイローの庭”に、しまわれたかもしれん」

 ペリドットは、悩ましげに嘆息した。


「セパイローの庭?」

 エーリヒが聞いた。

「そんなアトラクションがあるのかね」


 クラウドも腕を組んで言った。


「この遊園地全体の地図が欲しいな。アトラクションの種類もぜんぶ乗った――」

「だったら、案内所(インフォルマシオン)を見てみるか」


 ペリドットはZOOカードの箱に手をかけたが――。


「その、セパイローの庭とは、どこにあるのかね」


 エーリヒのさらなる問いに、ペリドットは、トラの唸り声みたいな声を発した。


「分からんのだ」

「分からん?」

「そういうアトラクションがあるのはたしかだ。だが、隠されている。おそらくノワか? 知っているのは――さらに、封印を解かねば入れんかもしれん」


「封印ね」

 クラウドが身体全体で嘆息した。

「予想はしていたよ。どこかで“封印”ってキーワードは出てくると思っていた」


「呑気なこと言うなよ。解くほうは大変なんだぞ」

 ペリドットは困り顔でそう言った。


「知恵くらい貸すさ――もっとも、それしかないけど。どうしたの? エーリヒ」

「まるで、粘土でつくったような駒だ」


 エーリヒがあらためて駒のひとつひとつを手触りすると、宝石でつくられたような色ではあるが、どうも、子どもが粘土をこねて作ったような形だった。

 ひとつが、人間等身大ほどもある大きさだが。


『ご名答!』


「君は――」


 やってきたのは、ヘルメットをかぶった『賢者の黒いタカ』だった。そういえば、ZOOカードの世界にしたままだった。


『これは、子どもが粘土でつくったものがもとになっているよ』


 彼は、エーリヒと握手を交わし、『じつにすばらしい勝負だった!』とエーリヒの腕を褒めた。自画自賛ともいう。


「ああ。“賢者の白ネズミ”と言ったかな――彼の腕前も、なかなかのものだった」


 エーリヒの言葉は心底からのものだった。こちらの駒がチェスに変わり、チェスのルールが適用されなければ、「シャトランジ」としての勝負は、負けていたかもしれない。


『謙遜するな! ――といいたいところだが、実際だな』

 賢者の黒いタカは、廃墟化した室内をぐるりと見まわし、

『実戦は、あまりチェスの腕前は必要なくなるかと思う――これは、彼らが君たちに“方法”を託したあと、さらに改良するべきものだったからね』


「改良だって?」

 クラウドが割って入った。


『うむ』


 賢者の白ネズミが、賢者の黒いタカに「シャトランジ!」のつかいかたを教えた。そして、託された黒いタカが、いま新たに、シャトランジ! を作り直しているのだ。


『これが、設計図』


 賢者の黒いタカは設計図を見せてくれたが、複雑な魔方陣が描かれているだけで、エーリヒにはまったく意味の分からないものだった。


「新しいアトラクションの場所は、ここじゃないだろう」

 ペリドットが聞いた。賢者の黒いタカはうなずいた。

『うむ。――ご明察(めいさつ)!』

「もしかして――」

『君の予想は、それなりに当たっている! ま、詳細は、出来上がり次第、おいおい知らせて行こうと思う』


「ちょっと待ちたまえ」

 エーリヒが聞いた。

「改良後のシャトランジはどんなふうに? 少しでも、情報が欲しい」


 タカは、せせら笑った。エーリヒはしない笑い方だ。


『無駄だ』


「無駄だって?」

 エーリヒではなくクラウドが聞いた。


『ああ。いま聞いても無駄だし、仕組みが分かったとて無駄だ。あれは“アタマ”で考えてするものではないからだ』

「頭でないなら、どこをつかってするのかね」

『全知全能をかけて』


 ペリドットが頭を抱えるのを見ながら、黒いタカは消えた。エーリヒは頭を抱えなかったが、考え込みはした。クラウドは投げた。


「……アストロスに、これと同じ、シャトランジ! の装置がある」


 ペリドットは、玉座のひじ掛けに腰かけ、工事を眺めながら、エーリヒに言った。


「アストロスに?」

「ああ。――アストロスの地図は頭に入っているか?」

「まぁだいたい」

「頼もしいな。――俺はかつて、それをこの目で確かめた。アストロスの古代都市、クルクスを囲む、北極海域と隣接するエタカ・リーナ山岳だ。あそこは峻険だって理由もあるが、ラグ・ヴァダの武神の剣を封じた場所だから、だれも近寄りたがらない」

「……その山岳に、シャトランジ! が?」

「ああ。こことは違い、洞窟にあるから、機械ではなくて特殊な宝石でつくられている――あの、操縦盤のことだ」


 星守りをはめ込むスペースがあり、実際に手元で駒を動かす操縦盤だ。


「これは、伝説でしかねえが」

 ペリドットは前置きした。

「シャトランジ! 自体も伝説だ。千年前のサルディオーネがつくった、“すべての戦を支配する占術”だそうだ。当時のサルーディーバは、ラグ・ヴァダの武神が復活してしまったときのために、シャトランジ! を、剣の封印場所近くにつくった。だが、いざ、シャトランジ! を実験のために起動してみると、そのおそろしさに戦慄し――秘密を守るために、その場にいた王宮護衛官はみんな殺され、つくったサルディオーネは王宮深く閉じ込められて亡くなったらしい」


「ぞっとする話だな」

 エーリヒは、肩をすくめた。

「たしかに、こんなでかい駒が突撃してきたら、怖いなんてものではないが――それほどまでに、おそろしいものかね?」


 エーリヒは、対局を思い出していた。

 シャトランジとはもともと、地球時代の古代ペルシャのチェスである。当時は偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)が禁じられていたため、駒の形は、多少の違いこそあれど、ほとんど変わり映えのない形をしている。


 だが、先日の対局では、これら大きな駒の中に、同じくらいの大きなネズミが入っていて、それぞれ槍を持っていたり、刀や武器を持っていた。「フィール」はゾウの形になったし、「ファラス」は馬の形、戦車は古代のL03の戦車の形になった。


 賢者の白ネズミこと、千年前のサルディオーネが、養父である王宮護衛官の青ウサギに教えてもらったのが「シャトランジ」だった。それをもとに、つくったのだろう。


 勝負となっても、盤上からはじかれるだけで、駒自体が身を覆う鎧のようなものだから、だれも死んではいない。


 ――命の危機に遭ったのは、ルナだけだ。


 たしかに恐ろしいといえば恐ろしいが、その場にいた者を全員口封じし、製作者を閉じ込め、装置自体を封印してしまうほど、おそろしいものには見えなかった。


「そこだ」

 ペリドットが顎に手を当てた。

「ようするに、俺たちも、まだ本物の“シャトランジ!”は見ていないということだ」

「……」

「“切り札”があかされただけ」


 エーリヒは、吹っ飛んだ天井の穴から見える、女王の城を見つめた。あっちも崩れて再建作業中だが、塔の形は残っていた。


 切り札は「女王」。

 ――もしかしたら、こちら側の駒は、チェスの駒になるということ。


 エーリヒが理解しているのは、それだけだ。


「そもそも、ラグ・ヴァダの武神は、アストロスの武神でなければ倒せないのだろう?」


 そういうルールがある、とエーリヒは言った。


「すなわち、このゲームでは倒せんということだ」





「ちょっと遠回りになるけど」


 アンジェリカが、ルナとミシェルを連れてきたのは、女王の城からずっと離れた東南側――「ルナ・セクト」のあたりだ。遊具から離れ、少し森の中に入ったところに、それはあった。


「あっ!」

 叫んだのは、ルナだった。


 半円形の小さな庭。そこに、石碑が建っている。月の女神の石板(タブラ)だ。周りは雪に覆われていたが、いつかルナが見たときは、周囲を野生の花々に彩られていたのだった。


「ムンド」


 再びアンジェリカが呪文を唱えると、ZOOカードの世界が現れる。


「うわあ……なにこれ、綺麗」


 ミシェルが感嘆の声を漏らす。

 石碑は、白銀色に輝いていた。月の満ち欠けが円を描いて、刻まれている。そのうちのいくつかに、映像が浮かんでいる。


「なんだかまた増えてる!」


 ルナは叫んだ。

 左下の更待月(ふけまちづき)(月齢19)には、相変わらずルナの顔があった。

 上弦にはイシュメル、下弦には、怪盗ルシヤ。

 新月のところにはノワ。満月の部分はただ真っ白で、目も当てられない光が煌々(こうこう)と輝き続けていた。

 そして、三日月の部分に、ルーシーの顔が浮かんでいた。


「やっぱり、ルーシーが現れていたね」

 アンジェリカは言った。

「リハビリか、リカバリされると、ここに現れるみたいだ」


 残りは、有明月(ありあけづき)と、十三夜の月。


「おそらくあと、三人くらい、ルナの重要な前世がリカバリされるのかな」

 アンジェリカは首をひねった。


「この満月のとこには、こないだ、うさこがいたよ」

 ルナは、まったく見えない満月の部分を指さした。


「ここは、月の女神なのか――ふぅん、なるほど」

 アンジェリカは腕を組み、

「ルナ、ここも気を付けて、まめに見に来てね。ちょっと面倒かもしれないけど、この遊園地に入って、この場で“ムンド”を開けば、ビジェーテなしで見れる、みたい? ――ルナは自分のだからいいけどさ。ほかの神のタブラを見るには、ビジェーテが必要なんだ。しかも、銀か、金のやつ」


「それはたいへんだ!!」

 ルナは叫んだ。


「シャトランジ! も、託されただけで、終わりじゃないと思う」


「えっ? そうなの?」

 聞いたのはミシェルだった。


「うん。シャトランジ! が、アヘドレースに変化して――昨日、あたしもシャトランジ!のアトラクション跡まで行って、見てきたんだけど、もしかしたら、まだ進化するかもしれない」


「ウソ!?」


「うん。だって、玉守りを嵌める位置に、“マ・アース・ジャ・ハーナ”と“セパイロー”があった気がするし」




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