300話 キッズ・タウン・セプテントリオ 2
そのころ、エーリヒとクラウド、ペリドットは、同じ園内の、「シャトランジ!」のアトラクション内にいた。
ZOOカードの世界では、夜のメルカドからエレベーターで第三層に降りて向かった「シャトランジ!」だったが、現実世界の遊園地では、かぼちゃの建物の裏にあった。
ジャック・オ・ランタンの形をした建物は、おそらく夜のメルカドの入り口かもしれない。近くのさびた看板には、「夜区画」と書いてあったからだ。
半円形の建物は、扉がなかったので、すぐに入れたが、中は薄暗い。
クラウドが、持ってきたライトをつけたが、ペリドットがすぐに「世界」と唱えた。
一気に光景が様変わりする。
ペリドットが発動させた「世界」によって、クラウドたちもまた、ZOOカード世界の「シャトランジ!」を見た。
女王が放った槍、「グングニル」によって大破した室内は、そのままだった。
白ネズミの王の機械人形もすでに撤去されている。チェスの駒に変わったエーリヒ側の駒も、もとの円柱型の駒にもどっていた。
けれど、玉守りを嵌め込んだ壁面は、無事だったのに、消えてしまっていた。
「あの壁は、どこへ行ったんだろう」
勝負が終わったあと、すぐにあそこを出てきてしまったが、クラウドは、もう少しあの壁と玉守りを調査したかったのだった。
はめこまれていた星守りは戻ってきた。ルナとミシェルの手に。
いつのまにか元通りになって――ミシェルの分はブレスレットのまま、ルナの分は、ウサギのポーチに入ったままの状態で――枕元に置かれていたのだった。
「おそらく、“セパイローの庭”に、しまわれたかもしれん」
ペリドットは、悩ましげに嘆息した。
「セパイローの庭?」
エーリヒが聞いた。
「そんなアトラクションがあるのかね」
クラウドも腕を組んで言った。
「この遊園地全体の地図が欲しいな。アトラクションの種類もぜんぶ乗った――」
「だったら、案内所を見てみるか」
ペリドットはZOOカードの箱に手をかけたが――。
「その、セパイローの庭とは、どこにあるのかね」
エーリヒのさらなる問いに、ペリドットは、トラの唸り声みたいな声を発した。
「分からんのだ」
「分からん?」
「そういうアトラクションがあるのはたしかだ。だが、隠されている。おそらくノワか? 知っているのは――さらに、封印を解かねば入れんかもしれん」
「封印ね」
クラウドが身体全体で嘆息した。
「予想はしていたよ。どこかで“封印”ってキーワードは出てくると思っていた」
「呑気なこと言うなよ。解くほうは大変なんだぞ」
ペリドットは困り顔でそう言った。
「知恵くらい貸すさ――もっとも、それしかないけど。どうしたの? エーリヒ」
「まるで、粘土でつくったような駒だ」
エーリヒがあらためて駒のひとつひとつを手触りすると、宝石でつくられたような色ではあるが、どうも、子どもが粘土をこねて作ったような形だった。
ひとつが、人間等身大ほどもある大きさだが。
『ご名答!』
「君は――」
やってきたのは、ヘルメットをかぶった『賢者の黒いタカ』だった。そういえば、ZOOカードの世界にしたままだった。
『これは、子どもが粘土でつくったものがもとになっているよ』
彼は、エーリヒと握手を交わし、『じつにすばらしい勝負だった!』とエーリヒの腕を褒めた。自画自賛ともいう。
「ああ。“賢者の白ネズミ”と言ったかな――彼の腕前も、なかなかのものだった」
エーリヒの言葉は心底からのものだった。こちらの駒がチェスに変わり、チェスのルールが適用されなければ、「シャトランジ」としての勝負は、負けていたかもしれない。
『謙遜するな! ――といいたいところだが、実際だな』
賢者の黒いタカは、廃墟化した室内をぐるりと見まわし、
『実戦は、あまりチェスの腕前は必要なくなるかと思う――これは、彼らが君たちに“方法”を託したあと、さらに改良するべきものだったからね』
「改良だって?」
クラウドが割って入った。
『うむ』
賢者の白ネズミが、賢者の黒いタカに「シャトランジ!」のつかいかたを教えた。そして、託された黒いタカが、いま新たに、シャトランジ! を作り直しているのだ。
『これが、設計図』
賢者の黒いタカは設計図を見せてくれたが、複雑な魔方陣が描かれているだけで、エーリヒにはまったく意味の分からないものだった。
「新しいアトラクションの場所は、ここじゃないだろう」
ペリドットが聞いた。賢者の黒いタカはうなずいた。
『うむ。――ご明察!』
「もしかして――」
『君の予想は、それなりに当たっている! ま、詳細は、出来上がり次第、おいおい知らせて行こうと思う』
「ちょっと待ちたまえ」
エーリヒが聞いた。
「改良後のシャトランジはどんなふうに? 少しでも、情報が欲しい」
タカは、せせら笑った。エーリヒはしない笑い方だ。
『無駄だ』
「無駄だって?」
エーリヒではなくクラウドが聞いた。
『ああ。いま聞いても無駄だし、仕組みが分かったとて無駄だ。あれは“アタマ”で考えてするものではないからだ』
「頭でないなら、どこをつかってするのかね」
『全知全能をかけて』
ペリドットが頭を抱えるのを見ながら、黒いタカは消えた。エーリヒは頭を抱えなかったが、考え込みはした。クラウドは投げた。
「……アストロスに、これと同じ、シャトランジ! の装置がある」
ペリドットは、玉座のひじ掛けに腰かけ、工事を眺めながら、エーリヒに言った。
「アストロスに?」
「ああ。――アストロスの地図は頭に入っているか?」
「まぁだいたい」
「頼もしいな。――俺はかつて、それをこの目で確かめた。アストロスの古代都市、クルクスを囲む、北極海域と隣接するエタカ・リーナ山岳だ。あそこは峻険だって理由もあるが、ラグ・ヴァダの武神の剣を封じた場所だから、だれも近寄りたがらない」
「……その山岳に、シャトランジ! が?」
「ああ。こことは違い、洞窟にあるから、機械ではなくて特殊な宝石でつくられている――あの、操縦盤のことだ」
星守りをはめ込むスペースがあり、実際に手元で駒を動かす操縦盤だ。
「これは、伝説でしかねえが」
ペリドットは前置きした。
「シャトランジ! 自体も伝説だ。千年前のサルディオーネがつくった、“すべての戦を支配する占術”だそうだ。当時のサルーディーバは、ラグ・ヴァダの武神が復活してしまったときのために、シャトランジ! を、剣の封印場所近くにつくった。だが、いざ、シャトランジ! を実験のために起動してみると、そのおそろしさに戦慄し――秘密を守るために、その場にいた王宮護衛官はみんな殺され、つくったサルディオーネは王宮深く閉じ込められて亡くなったらしい」
「ぞっとする話だな」
エーリヒは、肩をすくめた。
「たしかに、こんなでかい駒が突撃してきたら、怖いなんてものではないが――それほどまでに、おそろしいものかね?」
エーリヒは、対局を思い出していた。
シャトランジとはもともと、地球時代の古代ペルシャのチェスである。当時は偶像崇拝が禁じられていたため、駒の形は、多少の違いこそあれど、ほとんど変わり映えのない形をしている。
だが、先日の対局では、これら大きな駒の中に、同じくらいの大きなネズミが入っていて、それぞれ槍を持っていたり、刀や武器を持っていた。「フィール」はゾウの形になったし、「ファラス」は馬の形、戦車は古代のL03の戦車の形になった。
賢者の白ネズミこと、千年前のサルディオーネが、養父である王宮護衛官の青ウサギに教えてもらったのが「シャトランジ」だった。それをもとに、つくったのだろう。
勝負となっても、盤上からはじかれるだけで、駒自体が身を覆う鎧のようなものだから、だれも死んではいない。
――命の危機に遭ったのは、ルナだけだ。
たしかに恐ろしいといえば恐ろしいが、その場にいた者を全員口封じし、製作者を閉じ込め、装置自体を封印してしまうほど、おそろしいものには見えなかった。
「そこだ」
ペリドットが顎に手を当てた。
「ようするに、俺たちも、まだ本物の“シャトランジ!”は見ていないということだ」
「……」
「“切り札”があかされただけ」
エーリヒは、吹っ飛んだ天井の穴から見える、女王の城を見つめた。あっちも崩れて再建作業中だが、塔の形は残っていた。
切り札は「女王」。
――もしかしたら、こちら側の駒は、チェスの駒になるということ。
エーリヒが理解しているのは、それだけだ。
「そもそも、ラグ・ヴァダの武神は、アストロスの武神でなければ倒せないのだろう?」
そういうルールがある、とエーリヒは言った。
「すなわち、このゲームでは倒せんということだ」
「ちょっと遠回りになるけど」
アンジェリカが、ルナとミシェルを連れてきたのは、女王の城からずっと離れた東南側――「ルナ・セクト」のあたりだ。遊具から離れ、少し森の中に入ったところに、それはあった。
「あっ!」
叫んだのは、ルナだった。
半円形の小さな庭。そこに、石碑が建っている。月の女神の石板だ。周りは雪に覆われていたが、いつかルナが見たときは、周囲を野生の花々に彩られていたのだった。
「ムンド」
再びアンジェリカが呪文を唱えると、ZOOカードの世界が現れる。
「うわあ……なにこれ、綺麗」
ミシェルが感嘆の声を漏らす。
石碑は、白銀色に輝いていた。月の満ち欠けが円を描いて、刻まれている。そのうちのいくつかに、映像が浮かんでいる。
「なんだかまた増えてる!」
ルナは叫んだ。
左下の更待月(月齢19)には、相変わらずルナの顔があった。
上弦にはイシュメル、下弦には、怪盗ルシヤ。
新月のところにはノワ。満月の部分はただ真っ白で、目も当てられない光が煌々と輝き続けていた。
そして、三日月の部分に、ルーシーの顔が浮かんでいた。
「やっぱり、ルーシーが現れていたね」
アンジェリカは言った。
「リハビリか、リカバリされると、ここに現れるみたいだ」
残りは、有明月と、十三夜の月。
「おそらくあと、三人くらい、ルナの重要な前世がリカバリされるのかな」
アンジェリカは首をひねった。
「この満月のとこには、こないだ、うさこがいたよ」
ルナは、まったく見えない満月の部分を指さした。
「ここは、月の女神なのか――ふぅん、なるほど」
アンジェリカは腕を組み、
「ルナ、ここも気を付けて、まめに見に来てね。ちょっと面倒かもしれないけど、この遊園地に入って、この場で“ムンド”を開けば、ビジェーテなしで見れる、みたい? ――ルナは自分のだからいいけどさ。ほかの神のタブラを見るには、ビジェーテが必要なんだ。しかも、銀か、金のやつ」
「それはたいへんだ!!」
ルナは叫んだ。
「シャトランジ! も、託されただけで、終わりじゃないと思う」
「えっ? そうなの?」
聞いたのはミシェルだった。
「うん。シャトランジ! が、アヘドレースに変化して――昨日、あたしもシャトランジ!のアトラクション跡まで行って、見てきたんだけど、もしかしたら、まだ進化するかもしれない」
「ウソ!?」
「うん。だって、玉守りを嵌める位置に、“マ・アース・ジャ・ハーナ”と“セパイロー”があった気がするし」




