297話 いざ、女王の城へ 3
「きゃああああああ!!!」
ミシェルは頭をかばってしゃがみこんだが、斧は降ってこなかった。
「……?」
泣きべそをかいて見上げた先には――ベッタラがいる。
ベッタラが、自身の長剣で斧を受け止めていた。大きなシャチの骨でつくったという、両刃の剛剣だ。
「だいじょうぶですか! ミーシェル!!」
「う、うん……!」
彼が薙ぎ払うと、三メートルの巨大ネズミは吹っ飛んだ。だが、致命傷にはならないようだ。吹っ飛ばされたネズミは、腰をさすりながらゆっくりと、起き上がる。
「おのれ……」
ふたたび迫ってくるネズミ――ミシェルは、ベッタラに担ぎ上げられていた。
武器を持っているのはベッタラとペリドット、アズラエルだけだ。しかもペリドットは、武器ともいえないナイフ。あれでは、かろうじて防ぐことはできても、逃げ回るのが関の山だ。
アズラエルもグレンも、なんとか刀剣をかわし、体術でネズミたちを圧倒している。
しかし、多勢に無勢、という状態だ。
「くそォ! 次から次へと湧いてくる。キリがねえ!」
グレンの言葉どおり、たくさんのネズミが、広場を覆いつくすほどになっていた。
「“鎧の館”へ走るぞ!」
ペリドットの声がした。
「そこなら、武器がある!」
『無駄だ。武器庫は、すでにわれわれが抑えている……』
五メートルもありそうな、傷だらけの巨大ネズミが、不敵な笑みをこぼした。
「もう、こんなのネズミじゃないよ!」
ミシェルは思わず叫び――それが、巨大黒ネズミの機嫌を害したようだ。彼は、猛獣のように吠えると、ドスドス、ミシェルを追って来た。
「きゃあっ! ちょっと、こっち来ないでよ!!」
「ネズミたちが勝手に動いてるっていうのはほんとだったみたい」
アンジェリカにも、ミシェルたちの危機が見えていた。
「やばいな。なんとかしなきゃ」
『あの子たちは、わたしの使命を、いたましく思っているから』
白ネズミの女王は悲しげに言った。
『わたしたちを想うがあまりに、していることなの。だいじょうぶ。彼らの命を奪う気はないわ。あまり責めないであげて』
「でも、だれかが大ケガをしたら、槍を受け取りには来られないよ」
命の危険はなくても、ミシェルが大ケガをしてしまったら槍を受け取りに来られない。それに、いくらアズラエルたちが強くても、あまりにもネズミの数が多すぎる。
これでは、女王の城にたどり着くまえに、ゲーム・オーバーになってしまう。
「ペリドット様も、なるべくネズミと敵対したくないんだわ」
アンジェリカは仕方なく、呪文を唱えた。
「“危機”」
アンジェリカが、遊園地を走るミシェルたちの頭上にそれぞれのZOOカードを表示させ、「危機」を示す「クリシス」のカードを出した。
泣き顔で、両頬をはさんで悲鳴を上げているピエロのカードが、ぽんっと煙とともに現れた。
「みんな! 手加減してね!!」
「うおっ!?」
まず、グレンが、巨大ネズミの刀剣をかわしたところで、雪で泥状になった地面に、足を取られた。
そのまま尻もちをついたところへ――グレンの身の丈もあるような長剣が振り下ろされる。
(やべェ!)
よけきれない――反射で、頭を抱えたが、グレンはまっぷたつにはならなかった。そのかわり、剣を振り上げていたどでかいネズミがそのまま倒れ込んできて、グレンはあわてて避けた。
「な、なんだ――?」
『無様だな、貴様』
ネズミに一発ぶちこんでいたのは、軍服を着たトラだった。
アズラエルも、あっけにとられてその光景を見ていた。黒Tシャツと迷彩ズボンを着たライオンが、ずいぶん素早い動きでネズミたちを翻弄している。
その手にあるのは、豪奢な装飾のコンバットナイフだ。あれは、アズラエルの自前の品だ。
彼は、たてつづけに十二匹のネズミを片付け、ナイフを右手でくるくると回し、鞘にしまった。
『行くぞ、アズラエル』
「お、おう?」
ライオンの左腕にある入れ墨は、自分のものとそっくり同じだった。
「こいつは――アンジェリカが“世界”を表示して、“危機”を発動させたな」
ペリドットが真実をもたらすトラに聞いた。
「つまり、アンジェリカは、ZOOカードを使えるようになったのか」
たてがみがやたら立派なトラは、うなずいた。
『うむ。彼女は、まことの“ZOOの支配者”となられた』
「ほんと!?」
ミシェルが、百人力だという顔をした。
真実をもたらすトラが、偉大なる青いネコに肩を貸して立つ。
『だいたい、片付けたぞ』
傭兵のライオンと孤高のトラが、ネズミたちをすっかり追い払うと、入れ替わりのように、大きな白いタカが、空から舞い降りた。
『こっちは片付いたようだね』
「いったい、なにがあった?」
アズラエルがようやく落ち着いた顔で聞いた。ネズミどもが襲ってきたとき、ぬいぐるみたちはほとんど動きがなかったのに、いきなりネズミたちを攻撃し始めた。
なぜだ?
「おそらく、アンジェリカが危機の呪文を使った」
ペリドットが言った。
「クリシス?」
『危機が迫っていると、我々魂に警告を発した。だから、我々は敵を攻撃した』
真実をもたらすトラが厳かに言う。
「なんで最初からそれを唱えなかったんだ。おまえだって知ってたんだろ」
アズラエルが抗議の意味も込めてぺリドットに詰め寄ったが、偉大なる青いネコがそれを止めた。
『言っただろう。なるべく揉め事は避けて通ろうと』
「俺たちはいいが、ミシェルが危険だった――」
『クリシスの呪文を使うとだな。魂が危機を察知するのだが――まあ、この中のだれもが、ここにいるネズミとは比べ物にならんほど強いのだ。さっきの、強きを食らうシャチの大きさを見ただろう?』
アズラエルは、思い出して口をつぐんだ。
『なにごとも、“やり過ぎ”というものがある。アンジェリカ殿は『手加減を』と仰った。小さなつむじ風が大竜巻にならんようにだな。つまり、ペリドットはZOOの支配者として努めた。クリシスの呪文は、そうそう軽く扱ってはならんものなのだ』
「……なるほど。よくわかった」
アズラエルは咳払いして気を鎮めた。
やがて、ベッタラの二倍はありそうな強きを食らうシャチが、ネズミの一匹を引きずってきた。
『乱暴をする気はないが、吐いてもらった』
『それを乱暴と言わずして……?』
偉大なる青いネコが顔をしかめた。ネズミの顔はボコボコに腫れあがっていた。
『聞いてみようとした。いったい、ここで何が起こっているかをだな……』
『シャチは乱暴で困る! 僕が止める間もなくやってしまったんだ。とにかく最上階に行く近道を先に聞くべきだった!!』
タカが甲高く叫んだ。
『とりあえず聞くべきことは山ほどある!』
『とりあえずは一番大切なことを聞くべきだ!!』
『背景が分からないとどうもこうも』
『とにかく聞き出したことを話せ!!』
偉大なる青いネコが一喝すると、シャチと白タカはだまった。
「君はおしゃべりなはずだから、できるだけ手短に言ってくれ!」
今は大変なんだ! とニックが、自分に向かって遠慮なく言った。
『ならば手短に言おう! ともかくも、シャチどものプールへ急ごう! シャチを説得せねば。あそこが一番大変なのだ!!』
「大変……ですか?」
ベッタラが聞いた。
『そう! すべてのネズミがわれわれを攻撃しているのではない! たった一部のネズミが暴動を起こしているのだ――われわれは、間違ったことをした。さっき、ネコと犬たちに申し上げて、たくさんのネズミを解放してきたばかりだ――これからは、解放されたネズミどもも、暴動ネズミをおさえるために動くだろう――つまりだな、アンジェリカ嬢のZOOカードが動かなくなったのは、ネズミのせいというわけではない。すべては、白ネズミの女王本人の意志だったのさ!』
白いタカは息継ぎもせず、猛然としゃべった。手短にではなく、しゃべった。
『アンジェリカ嬢のたましいが、ZOOカードを止めた――なぜならば、アンジェリカ嬢があのままZOOカードをつかえていたなら、“今日のこのとき”が来るまえに、アンジェリカ嬢は“最後の穂先”の謎にたどりついていてしまったかもしれない! それはならぬことなのだよ! すべての計画が、だいなしになっていたかもしれない! なぜなら、この遊園地の謎が解かれることと、グングニルの手渡しと、シャトランジ! の相続は同時に行われなければならぬものであったからにして……!』
「君はほんとにおしゃべりだな!」
ニックは顔を真っ赤にし、タカのクチバシを、むりやり封じた。両手で。
「つまり、ぼくたちは、シャチのプールになにをしに行けばいいの!?」
『ほへははな(それはだな)』
ニックは、ベッタラに止められて、タカのクチバシを離した。
「シャーチーたちを、説得するのですね」
ベッタラは念を押した。
『そう! そのとおり! すべては、ネズミたちの内輪もめだ!』
「内輪もめだと?」
ペリドットが、先をうながしてしまった。白いタカは、意気揚々と、しゃべった。
『白ネズミの女王さまの槍が、白ネズミの王様を貫くことを――悲しく思うネズミたちが、それをさせまいと、われわれを邪魔しているのだ』
「――なんだって」
『つまり、女王様の槍から王様を守らんとする暴動ネズミと、女王様たちの“意志”を尊重するネズミのあいだで、抗争が起きていたということだよ』




