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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~白ネズミの女王篇~
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297話 いざ、女王の城へ 1


 すこし、時間をさかのぼる。


 アンジェリカが、部屋の外に出られなくなったことに驚愕(きょうがく)したサルーディーバが、アントニオに助けをもとめ――家を出てから数分後。


 アンジェリカは、ZOOカードボックスが、いままでにない光沢を放っているのに気付いた。

 白金色にアメジストを溶かしたような、艶めいた光――アンジェリカが、あまりの美しさに見惚れていると、光の中で、自動的に鍵が外される音がした。


 箱が、開いた――。


 いつものように蓋だけが開くのではなく、箱が四方に開いた――濃い紫の光のなかから、遊園地の映像が飛び出す。

 映像は、アンジェリカの部屋を覆いつくして、広がった。


世界(ムンド)


 白金と紫が輝く光の中から、自分の声がする。それと同時に、やっと、ZOOカードが動きはじめたことに、目頭が熱くなった。


「――動いた!」


 なにをしても、なにを唱えても、どう祈っても動かなかったZOOカードがようやく動いた――。


 アンジェリカは、それだけで、泣きそうなくらいうれしかった。

 袖で涙をぬぐったアンジェリカは、あらためて、映像と向き合った。


 世界(ムンド)――。


 これは、ZOOカード世界の遊園地だ。アンジェリカがZOOカードを自由にあつかえた時期、毎日のように見ていたもの。


『ようやく、会えたわね』


 肩から、自分の声が聞こえる。思わず右肩を見ると――まぶしいくらいに輝く、紫色のドレスを着た白いネズミが、立っていた。


 メガネをかけた、地味な「英知ある灰ネズミ」ではない。


 アンジェリカは唐突(とうとつ)に悟った。まるで、今までずっと分かっていたものが、ここ数年だけ、忘れていただけのように。

 今、ようやく思い出しただけのように。

 それは、自分が知っていたことだった。


「あなたが、あたしの真名(まさな)――“白ネズミの女王”?」

『ええ』


 白ネズミの女王は、優雅に微笑んだ。


『はじめまして――はおかしいわね。でも、今世会うのは初めてだから、はじめましてでいいのかしら?』


 ネズミというのもおかしいくらいの、美しいネズミだった。

 賢く、気高く、美しいというのを体現したような――。


(ちょっと、言いすぎか)


 アンジェリカは、自分のことなのに褒めすぎたと思った。しかし、そう例えるのも大げさではないと思うくらい、美しかったのだ。

 一瞬で、ラグ・ヴァダの武神が見初めてしまったというのも無理もないほどの――。


『あなたのいる位置は、ここ』


 白ネズミの女王が示したアンジェリカの位置は、遊園地のアトラクションのひとつである、「女王の城」。

 窓から見える光景と照らし合わせても――自分は、この城のてっぺんにいるのか。


「たしか、この城は」

『そうよ。このお城は、ZOOカードの世界の最上階にある』


 白ネズミの女王が、アンジェリカの考えを読んだかのように言った。

 この城の正面入り口には、別のアトラクションがあるのだ。

「サメとシャチのシー・ワールド」という遊具が。

 海の端から端まで並んだサメの上を通ってでないと、女王の城の正面入り口にたどりつけない。もちろん、サメたちが容易に通すはずもない。彼らはいわば、城の守りなのだ。


「女王の城の守りが、シャチとサメ……」

 アンジェリカは、腑に落ちたようにうなずいた。

「だからアノール族は、シャチとサメが多いのか」

 

 アノール族のZOOカードは、海のいきものばかり。たまにイルカやクジラもあるが、九十パーセント以上、シャチかサメだ。アノールが海のそばを住処(すみか)にすることが多いためなのかと思っていたが、真実の理由はここにあった。


 アノール族は、ラグ・ヴァダの武神と、アンジェリカの前世の、「白ネズミの女王」、シンドラの子を祖とする民族だ。

 武の民族と呼ばれる由縁(ゆえん)は、ラグ・ヴァダの武神を祖に持つから。


 しかし、アノールが(まつ)るのは、ラグ・ヴァダの武神ではない。武神はいわば、一族にとって反面教師なのである。武と強さに溺れ、悪に染まらないように、との。


 アノールが祀るのは、母なるシンドラ――「白ネズミの女王」と、彼女の夫、宰相アリタヤ――「白ネズミの王様」。


 アリタヤはちいさな身体で、当時世界最強と言われたラグ・ヴァダの武神に立ち向かった。

 その勇気を、アノール族は尊ぶ。


 女王の城の真正面に、シャチとサメが泳ぐ海があるというのは、アノール族が、女王を守っているということにほかならない。


「あれ――!?」


 アンジェリカは、ムンドの映像の中に、とんでもないものを見た。


「ルナ!?」


 ルナとピエト、それからもうひとり、見たことのない男性が、遊園地の中を走っている。

 ルナたちが遊園地に入った直後のころだ。


『アンジェ。よくお聞きなさい』

 白ネズミの女王は、厳かに告げた。


『K19区の遊園地は、ZOOカード世界そのもの。――ここは、あなたの前世、“アンナ”がアドバイザーとなって、ルーシーとともにつくった遊園地なの。アンナの生まれ変わりであるあなたがつくったZOOカードの世界が、同じなのはわかるでしょう?』


「――!」

『そして今、“メルーヴァ姫”が、“賢者の黒いタカ”とともに、“シャトランジ!”の秘策を受け取るため、わたしの夫のもとに向かっている』


 白ネズミの女王が示した先には、アンジェリカにもずっと謎だった、アトラクションの建物が見えていた。


 “シャトランジ!”


 建物にはそう書かれている。


『そして、あなたの役目は別にある。これから遊園地に入ってくる“ラグ・ヴァダの女王”を、わたしたちのいる城に導かなければならない』


 白ネズミの女王は、持っていた槍で、遊園地の入り口から、女王の城までを指した。


『この“グングニル”を、ラグ・ヴァダの女王様にお渡ししなければならないの』


 白ネズミが手にしている槍に、濃い紫の光がゆらめいた。

 最後の穂先。

 ラグ・ヴァダの武神をつまずかせる大きな穴。


 L系惑星群を滅ぼしにやってくるのは、武神ただひとり、ではないのだ。

 武神率いる軍団がある。

 そうだ――この、“シャトランジ!”でさえも、「撒き餌(ま え)」なのだ。

 

「……その槍が、“シェハを貫く”のね」


 アンジェリカは、ひどく沈鬱な目で槍を見つめ――そして、目を閉じた。


(ごめんね。マリー、そして、シェハ)


「……今度こそ」

『ええ――今度こそ』


 アンジェリカと白ネズミの女王は、見つめあい、うなずいた。


『さあ、アンジェ。“本物の”ZOOの支配者としての、最初の仕事よ』





 ルナとピエトが謎のドリンクを飲んで、大事な任務をすっかり忘れていたころ――それから、エーリヒが、自分の分身のタカの背に乗って遊園地を睥睨(へいげい)し、空からルナたちを探していたころ。


 そのエーリヒとルナたちを捜して、クラウドとその相方が、メルカドの門が見えるところまで、ようやくたどり着いたころ――。


 ペリドット一行は、第七層(シエラ)の女王の城の入り口に、ついていた。

 城のてっぺんは、最上階だというのも分かるくらい――近くまで来ると、城ははるかにそびえ立ち、上の部分は雲に隠れて見えなかった。


『ペリドットよ、たしか、この城は、地下から上がっていくんじゃなかったか』


 グレンの相方である銀色のトラが、思い出したように聞いた。


「ああ――基本的に、城は迷路になっていてな。遠回りだが、地下から行けば、一番危険は少ないし、ビジェーテもいらん。だが、それを見越してか、結界が敷かれていた。おそらく、チェスの勝負をしなきゃならん」

「クラウドもエーリヒも、ここにはいません。チェス、とやらの勝負ができる者が?」


 ベッタラが不安そうに言った。腕ずくは負ける気はしないが、頭の勝負となると。


「チェスなら僕、少しはできる」

「俺もだ。それなりには。だが、エーリヒクラスのやつに勝てる保証はねえ」


 ニックが手を挙げ、グレンも続き、ふたりでうなだれた。


「シャトランジとかいうやつだったら、さらにお手上げってことだな」


 アズラエルも嘆息した。ペリドットも肩をすくめた。


「L03のシャトランジのルールなら、少し分かるが、俺もそう強い方じゃない。――遠回りの選択肢は外すか」


「ほかに方法は?」

「この城を、ストレートに階層を上がっていく手段はパスだ。なにせ、金のビジェーテが二十枚いる」

『二十枚!?』


 真実をもたらすトラ以外の動物が、目を剥いた。偉大なる青いネコが財布を取り出す。


『仕方がないな……』


「待て。まぁ、待て」

 ペリドットが止めた。

「金は最後まで取っておけ」


『私は、いくら金がかかろうが、安全策を取るぞ』

 偉大なる青いネコはきっぱりと言った。

『急がねばならんし、なにせ、過激なネズミやシャチどもがうごめいてる』


「知っている。そこでだ――最初に提案した通り、豆のつるを登って行かないか」

「なんだと?」


 ペリドットの意見に、人間たちが眉をひそめた。


「難儀だが、その方法が、一番金がかからん」


『冗談ではない!』


 偉大なる青いネコは大反対した。もともと真っ青な顔が、さらに青くなった気がした。

 ミシェルが、困った顔で、ペリドットとネコを見比べている。


「おまえとミシェルは、俺たちが背負っていく。いざとなったら、白いタカとニックに、ひとっ飛びで最上階に行ってもらおう。ラグ・ヴァダの女王が、白ネズミの女王のもとに行けばいいんだから――」


『鳥系の味方は、ネズミどもにはいないんだろうね!』


 ネズミどもが鳥に乗って攻撃してきたら、僕一羽じゃ無理だよ! と天槍を振るう白いタカは甲高い声でわめいた。


「それは分からん」

『じゃあ反対!! 大反対!!!!!』


 鳥は槍を振り回してわめいた。「うるさいよ君!!」とニックに押さえつけられた。


『第一、作戦もなしで、君は――』


 白いタカが、ニックにもみくちゃにされながらも声を張り上げたそのとき――周りから、それをさらに上回る、ものすごい歓声が聞こえた。

 偉大なる青いネコとミシェルは、びっくりして、抱き合った。

 それが歓声ではなく、威嚇(いかく)の大音声だと気付いたときには、一行はすっかり、ネズミの大集団に囲まれていた。


「なんだおまえら!?」

『女王様の城へは、行かせん!!』


 三メートルもあるような巨大ネズミが、次々に襲いかかってくる。


「きゃあああ!」


 ミシェルの悲鳴が、廃墟の遊園地に響いた。



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