296話 いざ、シャトランジ! へ 3
『おまえ、インボカシオンの呪文を唱えろと、カルタに書いたか?』
「あ」
相方に突っ込まれ、ペリドットは口を開けた。
『おまえはいい加減で困る』
相方である真実をもたらすトラが、自分が代わりにカルタを書いて、月を眺める子ウサギに連絡しようと、羽根ペンを取り出したときだった。
「なあ」
太陽区画に入ったころから、ずっと考え込む顔をしていたクラウドが、やっと口を開いた。
『どうした、クラウド』
聞いたのは、相方の真実をもたらすライオンだ。
「ずっと考えていたんだが」
クラウドは、組んでいた腕をほどいた。
「もし、“シャトランジ!”というアトラクションが、俺の知っているシャトランジなら――」
「シャトランジって、つまり、なんなんだ?」
アズラエルが口をはさむ。
『シャトランジとは、地球時代の、古代ペルシャのチェスのようなものだよ。つまり、駒取りゲーム』
真実をもたらすライオンが説明した。
「L03にも、似たような駒取りゲームが伝わったと聞いている。あれもシャトランジだったか」
「だから、なんだ?」
アズラエルが聞いた。
「――俺も行くべきじゃないのか?」
クラウドの言葉に、全員の足が止まり、彼を振り返った。
「俺も、その場にいるべきでは? シャトランジ! のアトラクションを、直にこの目で見て、焼き付けるべきじゃないか? そう思っていたんだ」
『クラウドのいうことも一理ある』
真実をもたらすライオンがうなずいた。
『エーリヒも、英知ある黒いタカも、まず勝負に負けることはないと思う。対局があるなら、たしかに彼は必要だ。でも、俺たちも実のところ、必要なのでは? 対局も、アトラクション自体も、この目で見る必要がある気がする』
「気になるのか」
「うん。かなりね」
ペリドットの問いに、クラウドが答えた。ペリドットもまた、考える仕草をしたあと――「では、行け」と言った。
「おまえらが言うことももっともかもしれん。反対する理由はない」
ペリドット以外にも、反対するものはいなさそうだった。
「うん。ミシェルと――偉大なる青いネコを頼む」
「こっちは平気だ。おそらく、道中過酷なのはそっちのほうだぞ」
「ああ」
「待って。クラウド。これ、お守りに持って行って」
過酷だと聞いたミシェルは、自分が腕に巻いていたブレスレットをクラウドに渡した。お祭りのときに集めた神様の玉を、ヘンプに編み込んで、ブレスレットにしたものだ。
こちらの玉は、「九個」ある。
「気を付けてね」
「ありがとう、ミシェル。君も無事で」
クラウドと、真実をもたらすライオンを見送ったペリドットとその相棒は、やはりルナに、カルタを送ることを忘れた。
「俺たちも急ぐぞ。女王の城はもう少しだ」
さて、こちらはルナサイド。
二羽は、しましまウサギに教えてもらったルートを辿った。つまり、案内所すぐ近くの、「銀河列車」に乗ったのだ。
「第54セクト、月のコーヒーカップ、月のコーヒーカップ、お出口左側」
この第七層をぐるりとめぐる、銀河列車があるのだった。いつだったか、どこかの停車場を見たことはあるのだが、乗るのは初めてだ。
ルナとピエトは列車に乗り、向かい合わせの席に座った。降り口は、「第75セクト、昼のメルカド」だ。昼のメルカドから入って、噴水広場を通り、夜のメルカドへ。
つまり、ルナがハンシックの事件のときに見ていた夢とは、反対側から入ることになる。
「アムレトはないけど、メルカドに入るには、ビジェーテもいらないって言ってたし」
「アムレト、俺のがあるよ」
ピエトが、首から下げたアムレトを、ぎゅっと握りしめた。
「だいじょうぶだよ、ルナ。俺がいるから」
大分不安そうな顔をしていたのだろう。ルナを、励ました。
列車の外を流れる景色は、憂鬱気分や、不安など吹き飛ばしてしまいそうなくらい、陽気な景色にあふれていた。ルナたちが乗ったのは「エクスプレッソ(急行列車)」のほうで、「フェロリカール(鉄道列車)」のほうと違い、各駅停車がない。
思いのほか早く、「第75セクト、昼のメルカド」についた。
列車を出ると、昼のメルカドのド真ん前。不思議な列車だ。線路自体は、周辺をめぐる一本レールで、内部まで通っていないのに。
不思議さに首を傾げながら、ルナは降りた。ピエトとふたり、大勢の動物が行きかう昼のメルカドに足を踏み入れた。
「うわあ! すごい人!!」
昼のメルカドは、圧倒的ににぎやかだった。
とにかく、人、人、人――否。動物、動物、動物――もう、大混雑の、隙間がないような込み具合だった。夜のメルカドも月のメルカドも、それなりに賑わってはいたが、この混みようは、まるで、リリザのジニータウン(大混雑時)だ。
「急ごう! ルナ!」
夜のメルカドと同じく、興味深い屋台や店でいっぱいだったが、よそ見をし始めたルナに気づいて、ピエトが慌てて手を引っ張った。そのまま、人混みを縫って走る。
こういう場所を走るのは、ピエトのほうが得意だ。ルナは足が遅いので、「あっ、うわ、ちょ、待って」と言いながら、やっとの思いで、ぴこぴこ、ピエトについていった。
昼のメルカドをようやく通り過ぎ、ぜいぜい言いながら(主にルナが)休憩した後、中央の噴水を横目に見ながら、(主にルナが)夜のメルカドへ向かった。
昼だけれど、夜のメルカドの門は開いていた。以前、ルナがここから脱出したときに門をふさいだ、巨大な石はどこにもない。
「そ、そうだ! ウワバミさんは――フサノスケくんは、いないかなあ……」
ルナのぼやきは、門を入ってすぐにあった屋台の店主の大声のせいで、ピエトには聞こえなかった。
「ようこそ! 夜のメルカドへ! さ、どうぞ。サービスドリンクです!」
「ごめん、急いでるんだ」
ピエトは断った。緑色のTシャツを着た(!)小さな黒カラスと、ネズミたちが、ウェルカム・ドリンクらしきものを配っている。
「さ、どうぞ」
「ハイ、どうぞ」
「二杯目、どうぞ」
「三杯目、ハイ一気!」
「四杯目、これからですよ!」
「そう言わず、五杯目、どうぞご遠慮なく」
配っているのは一匹だけでなく、ずいぶんスタッフがいて、あちこちで配っているのだった。
「夜のメルカドに来て、ドリーム・ラムプを飲んでいかないなんて、もったいないですよ!」
「ただなんですよ? お金はいりません」
あまりにしつこく勧められるので、ピエトもルナも、受け取ってしまった。道行く動物たちも、みんな受け取って飲んでいるし――。
小さな透明の紙コップの中に入っているのは、まるで深海のようなサイダーだ。中に、まるでランプの灯でも灯されているように、あるいは、ライトを照らす深海魚のように、明るい火がチカチカ点滅している。とても綺麗だった。
走り続けて喉が渇いていたこともあって、ふたりはそれを、一気に飲み干してしまった。
「うわあ! 美味しい!」
ピエトが思わず飛び跳ねるほど、それは美味しかった。ルナも目をぱちくりさせた。あまりのおいしさに、もう一杯飲みたくなるような。
「どうです? お客さん、もう一杯……」
どんどんくれるので、ルナとピエトはもう一杯、飲んでしまった。ふたりで三杯目を飲んだあと、なんだか、とても大切なことを忘れてしまった気がした。
「ねえルナ……俺たち、ここに何しに来たんだっけ?」
「えーっと……」
ルナはキョロキョロ、あたりを見回した。ここは危険だなんて、だれが言ったんだっけ?
親切な動物ばかりで、とても安全じゃないか。
「なんか、忘れちゃったね」
「えへへ」
二羽は笑いあった。なんだか知らないが、とても楽しくて、ご機嫌なのだ。
「シュレビレハレ・パンケーキ! 焼きたてですよ!! 今ならはちみつクリーム二倍!」
「しゅれびれはれぱんけーき!!」
ルナは叫んだ。以前、夜のメルカドに来たとき、美味しそうだと思った食べものだった。
「行こう! ピエト」
「うん!!」
二羽は、手に手を取って、夜のメルカドの奥へ走っていった。




