296話 いざ、シャトランジ! へ 2
「エーリヒはね、多分大丈夫だと思う。こっちに来てないなら、入り口にもどると思うの」
さて。
ルナとピエトは、呑気にも、豪勢なアイスを頬張りながら歩いていた。
カップに入ったソフトクリームに、これでもかといろいろトッピングしてある。マシュマロだの、チョコだの、月の形のクッキーだの、フルーツだのジャムだの、盛りだくさんだ。
ソフトクリームも、食べたことがないような味がした。とっても濃いミルクのような、練乳をふわとろにした挙句、たっぷりはちみつを混ぜたような――とにかく、信じられないくらい美味しかったのだった。
ルナはアイスクリームの屋台で、「ぜんぶトッピングしてください!」と、普段はしないことをした。ルナは今、とってもお金持ちなのだ。トッピングのぜんぶ乗せくらい、わけないのだ。
なにせ、ピエトが目をこれでもかと大きく瞬かせて喜んだので、それでいいのだ。
道沿いの、たくさんのプエスト――サンドイッチやホットドッグ、ポップコーン、キャンディー屋さんや、変わった映像を流す車などに惹かれ、寄り道に寄り道を繰り返して、そろそろ本来の目的を忘れかけたウサギ二羽だった。
「だってさ、昼間に、この遊園地に来たことないんだもの」
ルナはだれにともなく、言い訳のように言った。
いつも、遊園地の夢を見るのは寝てからだ。つまり、深夜。
夜は、すべての遊具が閉じられている。さびれた光景ばかり見ていたので、こんなに楽しげな遊園地だとは思わなかったのだ。
まるで、リリザみたいだ。
ピエトとはリリザを過ぎてから会ったし、まだ遊園地に行ったことはない。船内にも遊園地はあるが、どうせなら、いっしょにリリザに行けたら楽しかっただろうな、とルナは思ったのだった。
ピエトは、ピピのこともあったし、リリザには行っていない。タケルたちが誘っても、もちろん行きたがらなかったし、興味ないとも言っていた。けれど、今、遊園地を歩くピエトは楽しそうだ。
目的地はゴーカート乗り場だが――ゴーカートを借りて、船内をめぐってみようと思ったのだった――ウロチョロと遊具を見て回るうち、ルナは、一匹の小さなネズミを見つけた。ホットドッグの屋台の前で、首を下げてうなだれている。
ルナは、なんとなく気になって、声をかけた。
「どうしたの?」
子ネズミは、振り返ってルナを見、それからまた俯いた。返事はなかった。
ピエトが、ルナにこっそり耳打ちした。
「もしかして、お金が足らないんじゃないかな?」
子ネズミが握りしめているのは、白いビジェーテが三枚だけ。
ルナはちょっと調子に乗っていたので、思わず言ってしまった。
「なにが欲しいの?」
子ネズミはびっくりしたように顔を上げ、恐る恐る、看板にあるメニュー表を差した。
ルナは、子ネズミに、大きなホットドッグと、ジュースとポテトをおごってあげた。
近くのベンチで、大きな口を開けてかぶりつく子ネズミは、ずいぶんおなかが減っているようだった。ほっぺたについたケチャップもかまわず、噎せ込んでも、食べるのをやめない。
「落ち着きなよ」
ピエトは、自分より小さな子ネズミの背をさすった。子ネズミは真っ白くて、上品な感じのする雰囲気を持っていた。どこかの王子様と行っても差し支えない――。
「ごちそうさまでした。どうもありがとう」
ホットドッグもジュースもポテトも、すっかり食べ終わって、子ネズミはベンチからぴょんと立って、深々とお辞儀をした。
「僕、なんのお礼もできなくて――」
「いいの」
ルナは寛容に言ったが、子ネズミは、上品ななりに似合わないような、すくいあげるような目でルナを見た。
「でも、貴女みたいなお人好しは、この先、気を付けた方がいいと思う」
「――え?」
子ネズミの手にあったものを見て、ルナは仰天した。ルナのアムレトが――首から下げていたパスカードが、子ネズミの手にある。
「おまえっ!!」
親切にしてやったのに、恩を仇で返すなんて。ピエトは怒ったが、子ネズミは、今までのおどおどした態度とは打って変わって、ニヤリと笑った。
「シャトランジ! まで、無事に来れたら、これは返してあげる」
「えっ!?」
「心配しないで。アムレトがなくてもZOOカードは使えるよ」
そういって、子ネズミは、たちどころに消えた。
煙がかすむように、その場から消えてしまったのだ。
追いかけっこならばだれにも負けない自信があるピエトだが、煙になってしまっては、追いかけようがない。
「ル、ルナ、どうしよう……!?」
アムレトが、取られてしまった。しかも、シャトランジ! まで取りに来いと言っている。
もともと、シャトランジ! には行くつもりだったから、目的地は変わらないけれども――盗人みたいな真似はしたが、彼は、王子様みたいな、気品のある子ネズミだった。
ルナは気難しい顔をして言った。
「もしかして、あれは、白ネズミの王様かな?」
「――!!」
王様というよりは、王子様のようだったが。
「ピエト、案内所に行こう」
「イ、インフォルマシオン?」
「うん。遊園地にはどこでもある案内所。そこに行けば、地図もあるし、シャトランジ! の場所も分かるかも」
遊園地があんまり楽しかったせいで、本来の目的を忘れかけていたルナは、ちょっぴり反省した。
ルナは、道を引き返した。
ゴーカートで、広い遊園地を回ろうと、乗り場に向かっていたのだが、柵と門が現れて、「この先、太陽区画」の文字が見えたからだ。
ゴーカート乗り場は、ソル・セクトの中だった。門の上には太陽のマークがある。ソル・セクトのほうから覗くと、太陽マークが月のマークになっている。今ルナたちがいる場所が、「月区画」だということに、気づいたからだった。
「あたしたちはウサギだから、ルナ・セクトが一番安全だと思う」
ルナはそう言って、道を引き返し、ルナ・セクトの案内所を探した。
このあたり、どうも遊具が見覚えのあるものばかりだと思ったら、ルナが夢の中で見る光景だ。ルナは、いつも、このあたりをウロウロしていたのか。
案内所はすぐ見つかった。
ルナが入り口にある地図を取り、「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」というと、グリーンとベージュのしましまウサギが、「なんでしょうか?」といって、部屋の奥にある喫茶スペースに通してくれた。
ルナは座るなり、さっそく聞いた。
「あの、シャトランジ! って、どの辺にあります?」
「シャトランジ! ですね。少々お待ちください……」
しましまウサギは、ノート型の電子端末を持っていた。
やがて、ウサギは、電子端末から顔を上げ、ルナとピエトを見比べつつ――声を低めて聞いた。
「どなたか、そこに、お身内の方がいらっしゃいます?」
「へ?」
「え?」
ルナとピエトは、同時にマヌケな返事を返した。
「第三層は、あまり、ウサギにはお勧めできない区画ですので……」
「ト、トレス?」
ルナはようやく知った。この遊園地はとても広大で、十二階もの階層があること。ルナが普段夢の中で訪れている遊園地は、縦にも横にも広い遊園地の、たった一部にすぎないのだということ。
現在地は、第七層。
マ・アース・ジャ・ハーナの神の管轄下で、遊園地の入り口であり、すべての階層の遊具が、ほぼ体験できるということ。
「シャトランジ!」のある第三層は、夜の神の管轄下なので、ほぼ「地獄」に該当する。
ウサギのような小さくてか弱い生き物は、単体で行くのは危険だということ。
「第三層……」
ルナは、道理で、シャトランジ! を探しても探しても見つからなかったわけだと思った。ルナが見ていたのは第七層の地図で、第七層にシャトランジ! はない。
「そのような名前の遊具が存在するのはたしかですが、情報が少ないです。やっぱり、おすすめはできません……」
しましまウサギは、申し訳なさそうに言った。
「あの、ボディガードとかがいれば、行けますか? 強そうな動物。シャチとかは? あと、第三層にはどうやったらいけますか?」
しましまウサギは、お勧めしないとは言いながら、丁寧に教えてくれた。
「ボディガードは、シャチ、よりかは、夜の神の眷属がいいです。ネズミとか、黒カラスとか。あとはヘビなど……。可能なら、黒めの龍などがオススメです。ノーチェ・セクトのインフォルマシオンに行けば紹介してくださるかも。でも、あまりお勧めはしません。
それから、行き方ですが、第三層に直通する入り口があるのは、夜のメルカドです。夜のメルカドに、噴水側から入って、三本目の、ここの小路を行くと、突き当たりに大きな黒い扉がありますので、そこが入り口です。少し大変ですが、“豆のつる”を伝っていくというテもありますが、お勧めできません。上の階層に行きたい亡者どもと鉢合わせする恐れがありますから。――女王の城を降りていくのは、一番安全でたしかな道ですが、こちらもあまり……。なにしろ、ビジェーテが、」
しましまウサギは、指折り数えた。
「ここが第七層ですから、金のビジェーテが、ええっと、一枚、二枚……、五枚×四階分――二十枚は、いりますので」
「二十枚!!」
「あるいは、白イアラ四個ですかね」
ルナとピエトは顔を見合わせた。さすがのお金持ちルナでも、金のビジェーテ二十枚もの持ち合わせはない。
「夜のメルカドも危険ですし、つまりは、お勧めできません」
しましまウサギは、そういって締めくくった。
ルナとピエトは、案内所を出て、小陰に隠れた離れたベンチで、カバンを探った。
金のビジェーテは、五枚しかない。あとは銀のビジェーテが十枚と、さまざまな色のビジェーテが、ウサギのポーチに入っていた。
「アムレトも、持っていかれてしまったし……」
ルナはここで、とても大切なことを思い出した。あのアムレトの中に、お祭りのときに集めた、神様の玉が入っていたのだ。
あれを全部、アムレトごと持っていかれてしまった。
「ルナ、いっこは、ここにあるよ」
「ぷ?」
ピエトが指さしているのは、ルナの人差し指だった。
「あっ!」
そういえば、お祭りのときに真砂名の神様の玉は2個もらったので、1個分は、ミシェルが指輪をつくってくれたのだった。
偶然といえば偶然だが、今日は、その指輪をしていた。
「でも、残りの8個は、アムレトに入れたままだ……」
「取り返さなきゃ、ルナ!」
「うん! ――さて。どうやってシャトランジ! に行こうか」
夜のメルカドを通るくらいしか、手段はなさそうだ。でも、あそこもずいぶん危険だ。
ルナはなぜか今、夜の神様から見えなくなっているし――彼の助けは借りられないかもしれない。
「なあ、ここ、ZOOカードの世界なんだろ?」
ピエトが、思いついたように言った。
「だったら、導きの子ウサギを呼べねえかな? あいつだったら、道案内してくれるんじゃねえか?」
ルナのウサ耳が、ぴーん! と立った。
「ピエトすごい!!」
ピエトのひらめきはすごかったが、どうやって呼んだらいいのかは、分からないのだった。
「導きの子ウサギさーん! 出てきてーっ!!」
ルナは呼んだが、当然ながら、現れることはなかった。赤と緑のクリスマスカラーなウサギの親子が、不思議そうな顔で、ルナたちを眺めて行っただけだった。
「来ないね……」
「うん……」
ピエトも、「月を眺める子ウサギさーん!」と呼んだが、返事は返ってこなかった。
「うん?」
月を眺める子ウサギも、導きの子ウサギもやってこなかったが、かわりに、小さな鳩の郵便屋さんが、手紙を運んできた。
「手紙だ!」
ルナは叫んだ。
ペリドットからだった。天の助け! と思ってあわてて開くと、そこには。
『ルナ、急げ。寄り道などしとらんだろうな。遊園地の外では夜の神が荒れ狂っているし、白ネズミの女王を助け出すまでに、十二時間しか時間がない。午前十時から十二時間だ。女王の城の時計を見ろ。なるべく急げ』
それだけが書かれていた。
「十二時間!!」
ルナとピエトは、同時にうさ耳を立たせた。そして、「寄り道してたのがばれた!!」とルナだけが叫んだ。
二羽はあわてて、あたりをキョロキョロした。ここからでも見える遊具は、観覧車と女王の城。女王の城はとても巨大で、ルナ・セクトの反対側にあるノーチェ・セクトにあるのに、よく見えるのだ。
「もう三時間も立ってる!?」
再び、ルナのウサ耳がビコビコーン! と立った。
いつのまに、三時間も立っていたのだ? そんなに寄り道をしていた記憶はないのに――。
ルナは、絶叫した。
「急ぎますよ! ピエト!!」




