294話 白ネズミの女王 Ⅱ 3
「おまえのカードが“英知ある黒いタカ”であることはわかった――カードは出てくるが、魂となる方が、出てこん」
ペリドットは説明した。
彼が言う「たましいの方」というのは、ルナがよく見る、ちいさなぬいぐるみのほうだ。動いたりしゃべったりして、会話できるほう。
「私に言われてもだな……」
「ぬいぐるみが、出てこないの?」
ルナもエーリヒの後ろから覗き込んだ。そして、ルナとエーリヒは同時に言った。
「いるよ?」
「いるではないか」
ふたりは、なにもないところを見てそう言った。
「え?」
ペリドットとアントニオ、クラウドとカザマは首をかしげた。
四人には見えない。だがたしかにルナとエーリヒには見えているらしい。黒いタカのカードの横を、指さしている。
適当なことを言っているわけではない。ふたりが同時に指さした場所は、同じ場所だった。
「……おまえたちには見えるのか?」
ペリドットは、目を凝らしてもまったく見えない空白場所を見つめながら、聞いた。
「これだけでかいタカが、君には見えんというのかね」
エーリヒが無表情でそう言ったが、アントニオはこめかみを二度、コツコツ叩いた。
「これと同じようなことが、このあいだもあったな」
「例の、ルナちゃんにしか見えない遊園地の話?」
クラウドが反応し、
「あたしだけじゃなくて、アズとピエトと、エーリヒも見えるよ!」
とルナは主張した。
「アズラエル、グレン」
ペリドットが二人を呼んだ。ついでにニックとベッタラも寄ってきた。
「おまえらには、ここにタカがいるのがわかるか?」
ルナが指さしたなにもない場所を、ペリドットが指した。
ニックとベッタラは、「え? どこにいるの?」と間違い探しでもはじめたように目を皿にして、アズラエルとグレンは、「見えねえのか?」とニックとベッタラに驚いた。
「どこにターカがありますか?」
「僕もタカだけど、見えないよ、タカなんて」
ふたりは言い、アズラエルとグレンの首をかしげさせた。
「いるじゃねえか、そこに」
「ふてぶてしいツラのでかいタカが」
「ふてぶてしいとはなんだね」
エーリヒが抗議した。
「つまり、アズラエルとグレンは見えるけど、ニックとベッタラは、見えない、と」
クラウドは、手元の資料に、見える人物と見えない人物に分けて、名前をメモした。
アントニオは、ついでにカザマにも聞いてみた。
「ミーちゃんは?」
「いいえ」
カザマにも、見えない。
クラウドが思考の姿勢で、
「もしかして、K19区にあるノワの墓っていうのは――その、アントニオたちには見えない遊園地のことじゃないのか?」
ぶっとんだ発言をした。
エーリヒのたましいが見えないという話から、いきなり飛躍したので、「なんでいきなりそうなった」とグレンのツッコミが入った。
「遊園地が、ノワの墓だって?」
アントニオが、思わず言った。
「アントニオ、“太陽の神”の目で見れる?」
クラウドが不思議な要求をした。アントニオは首をかしげたが、ためしてみる気にはなったようだ。
「ちょっとみんな、離れてくれる?」
と周りの人間を遠ざけた。
三メートルほどの距離を置いて、アントニオの周囲からひとがいなくなると、アントニオはごうっと音を立てて燃え上がった。
「うおっ!」
さらにみんなは後ずさった。三メートル離れても、ものすごい熱気が押し寄せる。地面の雪は、じゅっというイヤな音を立てて溶けた。
「あ、――見えた!」
「俺にもだ」
「見える!」
「ほんとうだ、タカがいる――!」
アントニオが太陽の神を降臨させたとたんに、ペリドットやニックたちも見えるようになった。
遠目からも見える、ふてぶてしいツラのでかいタカ――がそこにいた。
「……ミーちゃん」
「はい」
アントニオの業火がふっと消え、それが合図のように、カザマが自身に、真昼の神を降臨させた。薄曇りだった空模様は、さあっと雲が引くように、快晴になった。
すると、ふたたびニックたちも、タカが見えるようになった。
「つまりだな」
クラウドが咳払いした。
「ノワと、ノワのきょうだいである黒いタカは、一緒くたに考えたほうがいいのかも。同じ“新月”だってことだ」
「つまり?」
「太陽の神と真昼の神、それにつらなる動物である俺たちは、見えるはずなんだよ」
彼は、雪が溶けきった砂地に、木の棒で図を描きながら、説明した。
「“新月”は、昼間には見える。でも、この様子を見ていると、太陽の神と真昼の神の“目”を通してでしか、見えないのかも。“新月”とは、満月とは対照的に、“見えない”ということの象徴だから」
ここにセルゲイはいないしなァ、と、クラウドが悔しげに言い、
「もしかしたら、セルゲイには――“夜”には見えないかも」
「――!」
「夜の神につらなる動物には見えないはず――でも、月の眷属には見える。そうだな、ようするに、――ピエトには見える。ピエトはウサギで、月の女神の眷属だから、見える――そうか、となると、見えないのは夜の神につらなる者だけかもしれない」
「つまり、ネズミとか……」
ペリドットとアントニオがなにげなくぼやいて、「ネズミ!」と同時に叫んで腰を上げた。
「そうだ! ネズミは夜の神の眷属だ」
「だったら、夜の神に頼んで、ネズミをおさえてもらうとか――」
二人にしかわからない話をはじめたところで、クラウドも、なにかぶつぶつ言いながら、周囲をうろつき出した。残された大人は、ドーナツが残っていないかと、空の籠をあさるか、ふてぶてしいタカを見つめるほかなくなった。
アズラエルは、ドーナツが一個も残っていないことにガッカリしながら言った。
「じゃあ、どうして俺とグレンは、なにもしなくても見えたんだ?」
たしかに、アズラエルとグレンは、ライオンとトラで、太陽の神の眷属だが、太陽の神の“目”を発動させなくても見られた。
「アズは、ルナちゃんとピエトと一緒で、遊園地が見えただろ? もしかしたら、グレンにも見えたかもしれない――覚えてないか。“地獄の審判”でノワが現れたとき、アズラエルとグレン、セルゲイは、ノワが見えた。つまり、君たち三人には、新月とかそういうものも関係なく、ノワが見えるのかも」
「なるほど」
「だからノワは、君たちから、隠れたくても隠れられない。それで、なかなか姿を現さなかった――ということにつながる。なにせ、ノワは、君たちが苦手だそうだから」
“地獄の審判”のとき、ノワがなかなか出てこなかった理由は、アズラエルたちに怯えていたからだった。
それを思い出して、筋肉兄弟は嘆息した。
「でも、セルゲイだけはどうかな。セルゲイがノワの姿は見えても、夜の神は、見えないということもあり得る――」
おとなたちが熱心にZOOカードを見ていた最中、ルナは、いっこだけ、ハトロン紙につつんで茶色い紙袋に入れ、ポケットに忍ばせていたドーナツをもふもふしながら、宙を眺めていた。
とってもいいアイデアを思いついたのだ。
「はいはーいっ!」
ルナが手を挙げた。
「あのね、そもそもね、アンジェとあんこドーナツと、アンさんについて考えていたんだけども、どら焼きとは違うよ? あんこドーナツなの」
あんこつながりでね、とルナの意味不明なカオス話術が超新星爆発を起こしかけたので、アズラエルが遮ろうとしたが、ペリドットが止めた。
「カオスでいい。話せ、ルナ」
「だからね、アンジェのリカバリをしたらどうかな?」
ルナは、なにげなく言った。
「……」
「アンジェのリカバリするの」
おとなたちは、どうしてそれに気づかなかったんだという顔をした。アントニオは実際にそれを口にした。
「なんで、だれも気付かなかったんだよ!」
ペリドットですら「あ、そうか」という顔をした。クラウドに至っては、両手で頭を覆う始末だった。
「ルナさんたら! 賢いわ!」
カザマに褒められ、でれでれとしたウサギがそこにいた。
「……ルナちゃんはアホなのに、どうしてたまに核心を突くんだ……!」
クラウドの、悲鳴のようなうめき。
「おまえ、今ついにアホって言ったな」
グレンが地獄耳で捉えていた。ペリドットはかまわず聞いた。
「ルナ、どの前世をリカバリする?」
「さんぜんねんまえ」
ルナはやっと、ドーナツを食べ終えた。
「アンジェの“白ネズミの女王”さまは、三千年前からです!」




