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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
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36話 これからもいっしょ 3


 さて、ルナだったが。


「うええええん、フードコート、どこだっけえ」

 迷子のウサギが、うろうろ、ぴこぴこ、さまよっていた。


 フードコートのなかだけにあるシャイン・システムで移動したら、ますます迷った。

 アズラエルとフードコート――ルナが椿の宿に行く計画を立てた場所――で待ち合わせをしたはずが、ルナは場所を見失っていた。


 なにしろ、K12区最大のショッピングモールは広すぎた。K27区から来るときはいつも南口から入るのだが、タクシーが止まったのは北口だった。北口から入ったルナは、たちどころに迷った。


 やっとモール内の地図を見つけたものの、

「北フロアの地図しかない!!」

 ルナは叫び、なんとか中央フロアへの通路を探した――。


『ルゥ!!』


 泣きそうな顔で、ウサギらしからぬ低速で、ぴこぴこぴこぴこと中央フロアに進んでいたルナは、鳴った電話を反射で取り――なつかしい声に顔を輝かせた。


「アズ!!」

『おまえ、いまどこにいるんだ』

「K12区の、ショッピングモールの北フロア!」


 もうすぐ中央フロアにつく、と言いかけたルナの言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。

『迎えに行く』

 そう言って、電話は切れた。


 ルナはいっしょうけんめい走った。やがて、中央フロアが見えてきた。まばらな人ごみの中に、スーツ姿の、背の高いシルエットも――。


「ルゥ」

「アズ!!」


 ルナは、飛びついた。

 まるでウサギのように、ぴょんぴょん跳ねて、それから勢いよく。


「うおっ」


 アズラエルはよろめいたものの、ルナを受け止めた。

 中央フロアの吹き抜けで、まるで映画の恋人同士のように――いや、動物映画の感動場面のように――アズラエルは飼いウサギを抱きかかえた。


「おまえ、無事だったか」

「ぶじだよ!」


 ルナはアズラエルの首根っこにつかまったまま、言った。


「会いたかったよ! アズ!!」

「さみしい思いをさせたな」


 思いもかけないセリフにアズラエルは驚いて――それから少し笑い、ルナを抱きしめた。


 それにしても、どうしてアズラエルはここが分かったのだろう。


「まあ、そこは、いろいろと」


 アズラエルは(にご)し、ルナのキャリーケースを持って言った。


「昼過ぎだし、メシでも食って帰るか。それとも、まっすぐ帰る」

「あたし、いっぱいアズに聞きたいことがあるよ」


 いったい、どこにいたのかとか、アンジェラのことは解決したのかとか。


「それはお互いさまだ」

 アズラエルは言った。


 とりあえず、やっとつかまえた野ウサギを自家用車に放り込み、道中の高速サービスエリアで食事を取った。


 ようやく帰ってきたアパートの庭で、ばったりレイチェルとエドワードに会い、ルナはあわてた。


 レイチェルはアズラエルに怯えたようだったが、おおらかなエドワードは、怖気(おじけ)ることなく「ルナ、久しぶり」とあいさつし、「カレシ?」と聞いてきた。

 うろたえるルナに、「やっとカレシできたんだ! よかったね」とエドワードは言い、アズラエルに握手を求めた。


 レイチェルがエドワードを突ついているのがわかった。エドワードはいいひとだ。いいひとなのだが、おおらか過ぎて正直すぎて、たまに口を(すべ)らす。


「俺はエドワード。こっちが妻のレイチェル。よろしく」


 アズラエルが思わずぷっと笑ったのがルナにも分かった。エドワードの握手に応じると、

「ルナにやっとできたカレシのアズラエルだ。これからもよろしくな」


 ルナはどこかに消え入りたくなった。


 ずっと留守にしていた部屋は、空気がこもってどんよりしていたので、アズラエルはリビングのカーテンを開けて窓をあけ、空気の入れ替えをした。


 ふたりは、夜遅くまで、いままでのことを話しあった。


 アズラエルは、ララ本人に、しっかり約束を取り付けてきたこと――もう、二度と、アンジェラがこちらに関わることはないように。


「あの様子じゃ、もうだいじょうぶだろう。返事を濁されたら、べつの手段を考えるところだったが、アイツ、はっきりと言ったからな」


 ララはたしかに、アンジェラをもうアズラエルたちには関わらせないと約束した。


「それは、よかったです」

 ルナはほっとためいきをついた。

「あたしは地球に行きたいんだもの」


 アズラエルは戸棚からウィスキーを取り出し、ストレートでひと口あおった。ルナにはミルクが多めのホットチョコレートに、ちょっぴりウィスキーを混ぜ込んだものをつくってやって、ふたりで降りしきる雪を眺めながら、そろって嘆息した。


「どうやらおまえも、いろいろあったみたいだな」


 アズラエルは、ルナのすっかりリラックスして垂れ切ったウサ耳を見ないふりをしながら、久しぶりの手狭(てぜま)な我が家を見回した。


「いろいろ、あったのです」


 中央区役所前でアズラエルと別れてから、ルナは、試験の正体を探す旅に出たのである。それがまさか、自分のルーツを知る旅になるとは、思いもしなかった。

 試験探しの旅ではなく、自分探しの旅になってしまった。


 夢の話こそしなかったが、はじめてリズンでケヴィンたちと話をしたこと、セルゲイたちと友人になったこと、K05区で真砂名(まさな)神社というところに行き、アンジェリカという女性と会ったこと、などを順番に話した。

 河原での宴会のことも。


 しかし、夢の話――自分の両親が傭兵だったということや、ツキヨおばあちゃんがアズラエルのおばあちゃんかもしれないということは、なかなか言い出せなかった。

 

(アズは、ツキヨおばあちゃんがL77に住んでることは、知ってるのだろうか)


 アズラエルは、椿の宿のチラシを眺めて言った。


「ここに、おまえひとりで泊まってたのか?」

「うん」


 ルナはうなずいたあと、ビョコーン! とうさ耳を立てた。


「忘れてた!」


 唐突になにごとかを思い出したルナは、ソファから飛び降りた。せかせかとジニーのバッグを開け、なかから出したものは、紙袋につめこまれた土産物だった。


「なんだこりゃ」


 アズラエルは覗き込んで言った。飴玉に駄菓子にしょうゆや酒の小瓶など、こまごまとしたものばかり。


「真砂名神社の大路のひとたちに、もらったのです」


 パンや生菓子など、すぐに食べてしまわねばならないものはアンジェリカたちといただいて、残りは部屋の冷蔵庫にいれておいたルナだった。

 駄菓子がたくさん詰め込まれた透明な袋をつまみ上げ、アズラエルは言った。


「めずらしい菓子だな」

「うん。変わったものがいっぱい。お酒がとってもおいしかったよ。あと和牛」

「日本酒に和牛か。俺も食いてえな。食いに行くか」

「やった!」


 ルナは万歳した。


「しょうようていのウナギも食べに行きたいです!」

「ウナギ……?」


 アズラエルはウナギには首をかしげたが、ルナは説明せず、畳みかけるように言った。


「宴会で出たおべんとうとかもおいしかったけど、椿の宿のお食事もおいしかったです」

「いきなり行って、泊まれたのか」

「うん。繁忙期(はんぼうき)以外だったらしくて。あたしは一泊だけのつもりだけだったんだけど、アンジェに会って、まああの、」

「アンジェ?」

「さっきいったでしょ。アンジェと、サルーディーバっていう――お姉さん」


 サルーディーバを「お姉さん」扱いしていいものだろうか。

 一応、世界で「生き神さま」扱いされている存在である。

 その「生き神さま」とルナは、海鮮丼を食ったりしてきてしまったわけだが。


「サルーディーバ?」

 アズラエルが顔をしかめた。

「おまえ、サルーディーバに会ったのか?」


 アズラエルは言葉を失っているようだった。無理もない。


 ルナも、リサかキラあたりが「サルーディーバに会った!」なんていったら、「ええーっ」とびっくりしていたにちがいない。地球行き宇宙船のチケットが当たったレベルの大ごとではないだろうか。


 くりかえすが、世界規模で有名な、「生き神さま」である。


 あまりにアントニオがふつうに接していたし、アンジェリカも「姉さん」なんて呼んでいたので気が付かなかったが、よく考えたらふつうにとんでもない人(?)だった。

 思い返せば衝撃である。


「サルーディーバって、あのサルーディーバ?」


 アズラエルはやっぱり確認した。


「うん」


 実際、生き神と言われていても足はあったし、ご本人様もあまりに気さくだったので、ルナには実感がないのだが。


「うん。L03の生き神さまだよね。すごくきれいな人だったよ。足はあったし、生きてた」

「……」


 ルナは、アズラエルがあきれているのだと思っていた。


「……もしかしたら、サルーディーバっていうのはたくさいんいて、えらい人、かみさま? でない場合もあるの、か、も……?」


「どっちだ。若いほうか、じいさんのほうか」

 サルーディーバはやっぱり何人もいるのだろうか。


「若い綺麗な女の人だったよ?」

「……宇宙船に乗ってたのか」


 アズラエルは、急に考え込む姿勢になった。


 急に無言になってしまったアズラエルだったが、ルナはどうしても、言っておかねばならないことがあるのだった。

 あんまり言いたくないことだったが、きっとルナが黙っていたところで、いつかは知られてしまうだろう。

 それで、アズラエルが降りることにしたとしても、ルナに止める権利はないのだった。


「あのね……それでね、アズ」

「ン?」

「とんでもないことを、聞いてしまいました……」


 ルナは力なく言った。


「地球に行くための試験は、ないんだって」


「は?」

 アズラエルも、拍子抜けした顔だった。

「ないのか?」


「うん……ないのです」


 ルナはだいぶ沈んだ顔でそう言ったが、アズラエルは、ルナの落ち込みようの理由がさっぱり分からなかった。


「よかったじゃねえか。とりあえず、勉強しなくても地球には行けるってことだろ」


 面倒な試験がないなら幸いではないか。

 しかし、ルナの顔は、これでもかと沈んでいた。


「アズは、試験がなくても、あたしのパートナーでいてくれますか?」

 ルナのつぶらなおめめには、涙がいっぱいたまっていた。

「契約はなしになるけど、いっしょに暮らしてくれるかな……」


 アズラエルは、すくなくとも、驚いていた。まったく顔には出なかったが。


「アズは、できるなら、傭兵の仕事をしに、L18にもどりたいんだよね……?」


 アズラエルは苦笑した。


「……おまえは、地球に行きたいんだろ」

「う、うん」


 試験があろうがなかろうが、いまさらだ。ルナが地球に行きたいというなら、つきあってもいいと思う自分がいた。

 アズラエルは、そんな自分の心境の変化が不思議だったが、これは永遠の旅路ではない。四年後には、L系惑星群にもどる旅なのだ。


「長い傭兵人生だ。地球に寄り道するのも、悪くはねえ」

「――!!」


 ルナのウサ耳がうれしそうにぴょこんと立ち、満面の笑顔になっていくのに、奇妙なほどの満足を得ながら、アズラエルは見つめた。


「契約は、続行だ」

「うん!!」


 ルナは元気よくうなずいた。




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