290話 レイチェルたちとの別れと、椿の宿の古時計と、ノワの子孫 3
「寒いので、これを」
案内役の役員が、馬車に用意されていた毛布を皆に配った。ルナとミシェルは、ララと一緒に一枚毛布にくるまり、ご満悦なのはララだけだった。
このあたりはすっかり雪が積もっていて、道路の雪はよけられていたが、一面の雪景色だ。けっこう冷える。
あっというまに手がかじかみ、ルナとミシェルが息を吹きかけていると、ララが満面の笑みでふたりの手を握った。クラウドとアズラエルの腰が何度も浮きかけるのを、エーリヒとセルゲイが、抑えていた。
馬車の上で取っ組み合いなど、論外である。
馬車は中央広場を突っ切って、山沿いをさらに奥へ進んだ。雪が積もった針葉樹林をわき目に、川のせせらぎを聞きながら、どこまでも走った。
中央広場ほどではないが、真っ白な雪原となった、広い場所に躍り出る。
周囲に点々と、ゲルが並んでいた。
馬車は止まり、案内役の役員が、ルナたちの知らない言語でゲルのほうへ呼びかけた。
「うわ!」
ミシェルがルナのほうを見て目を丸くし――次の瞬間には笑い出した。気づいたアズラエルたちも苦笑している。
「?」
ルナは、頭がものすごく重くなったのに気付いた。それもそのはず――ルナの頭には、とても大きな焦げ茶のタカが、のっしという感じで、乗っていたのだ。
「めずらしいですね。リュナ族の鳥は、相棒以外に懐くことはあまりないのに」
案内役の役員も、笑いをこらえた顔で言った。
「リュナ族?」
「頭にのらないでっ!」
ルナはぷんすかしたが、タカは、ルナの頭が気に入ったのか、なかなか降りようとしなかった。
「サルーン! お客さんの邪魔をしちゃいけない!」
ゲルのほうから声が聞こえ、ひとりの男性が出てきた。タカは、まっしぐらに、その男のもとへ飛んで行った。
「――ノワ!?」
ルナとミシェルは、男性を見て、同時に言った。それほどまでに彼は、教科書に載っていたノワの姿と、酷似していた。
服装ももちろんだが、タカを肩に乗せたその姿は、ノワが絵画から出てきたようだった。
「彼は、この宇宙船に乗っている、たったひとりのリュナ族です」
案内人は説明した。ララも付け加えた。
「あのね、ノワは、リュナ族の出身なんだよ」
「ええっ!?」
「なるほど、そうか――それで、あんなに鳥を上手に躾けているのか」
クラウドだけが、納得したようにうなずいた。
「このあいだ、ノワのことを聞いていったろ?」
ララはウィンクした。
「……!」
ルナたちが、ノワのことを調べていると思って、捜してくれたのだろうか。
「ララさん! ありがとう!!」
「いやいや、こんなことは屁でもないね」
子ネコと子ウサギの感謝に、ララは鼻の下を盛大に伸ばした。
さっき、ルナの頭をヤドリギと勘違いしたタカを腕に乗せた男性が、ルナたちのところまでやってきた。
彼は、格好だけがノワと同じだが、顔は不精髭もないし、若かった。ルナたちと同じくらいかもしれない。
「こんにちは。俺はアルベリッヒ。リュナ族です。こいつは兄弟のサルーン」
タカは、今度、エーリヒのもとへ飛んだ。頭に乗られたらたまらない。あわてて右腕を突き出すと、タカはエーリヒの腕に止まった。
「ほんとに驚きだな。サルーンが、人見知りしない」
サルーンと呼ばれたタカは、不思議そうにエーリヒを見、首をかしげている。人間の動作のようだった。
「サルーンが君を、仲間だと思ってる。同じタカだって」
アルベリッヒも、不思議そうに言った。
「まァ、当たらずとも遠からずといったところか」
エーリヒは肩をすくめ、「私はファルコというんだよ」と、こっそり、二つ名での自己紹介をした。
ルナとミシェルは、満面の笑みで、アルベリッヒと握手をした。まさか、ノワと同族のひとに会えるとは思わなかったという顔だ。
「われわれリュナ族は、L05にのみ生息する少数民族なんだ」
自分のゲルに案内しながら、アルベリッヒは説明した。
「生まれたときから、魂の双子となる鳥とともに暮らす。俺の村では人間の赤子が生まれると、野生の鳥が生まれたばかりの赤子を連れて祝福に来る。その同い年の赤子の鳥と、魂の双子となるんだ。ノワにも、生涯をともに過ごしたファルコの存在があるだろう?」
「うん!」
ルナは元気に返事をした。
「相棒となる鳥の寿命は、普通では考えられないほど長寿で、人間と同じくらい生きる。ひとが死ねば、鳥のほうも死ぬ。鳥は、まるでひとのような賢さを持つともいい、ひとは、相方である鳥とは、意思疎通もできるんだ」
アルベリッヒは、相方であるタカのくちばしを撫でた。
「生まれたときから一緒だからね。俺は、ノワと同じく、タカが兄弟だけれども、村に行けば、トビやワシ、ツバメやスズメ、カナリアとか、さまざまいるよ」
「カナリアとか、かわいくて、いいなあ」
ミシェルも、サルーンのクチバシあたりを撫でながら言った。ミシェルが触っても逃げなかった。
ルナも手を伸ばしたので、アルベリッヒは背をかがめて、腕に乗っけたサルーンを近づけてやった。すると、またサルーンはルナの腕ではなく、頭頂に移動したので、ルナは、「なんで頭なの!」とぷんすかしたが、サルーンは降りてくれなかった。
「君はもしかしたら、前世はリュナ族だったかも」
「……」
アルベリッヒの冗談にだれも笑わなかったのは、それが冗談ではなかったからだろう。
「ファルコだって、あたまにはのらなかったよ! きっと!」
アルベリッヒのゲルで温かい紅茶を飲み、ルナたちは一時間ほどでお暇した。アルベリッヒは手を振りながら、サルーンとともに見送ってくれた。
「また遊びにおいで!」
彼は、ゲルを住処とするほかの少数民族と一緒に、あの広場に住んでいるらしい。
「この宇宙船に、リュナ族がアルベリッヒひとりって――ふつう、ふたりで乗るだろ。もう片方は降りたのか」
アズラエルが聞くと、ララは嘆息した。
「動物が相方として認められる、特殊な状況のひとつだといっていいね。アルベリッヒの相棒は、サルーンだ」
「ペットを相方にっていうのは、基本的にダメなんだろ」
クラウドがいうと、ララはうなずいた。
「そうだよ。ペットを連れ込むのは可能だが、相方はダメ。だけど、アルベリッヒの場合は、サルーンが相棒として認められた。――微妙なとこではあるけどね。ほかに乗りたがるヤツがいなかったっていうんだから」
馬車にゴトゴト、揺られながらの会話だったが、踏み固められた雪道は、もとの砂利道ほど、馬車を揺らしはしなかった。
(のわは、リュナ族……)
ルナは、またひとつ、自分の前世の正体を知った。
クラウドが、リュナ族について調べはじめるかもしれないが、ルナはルナで、リュナ族のことを調べてみようと、決めた。
三十分ほど馬車に乗って、一行はふたたび区役所までもどった。シャイン・システムまえで、ララはいそいそと、本来の目的だった言葉を発した。
「ルーシー♪ ミシェル♪ 今日こそはいっしょに夕食を――」
「お時間です、ララ様」
絶妙なタイミングでシャイン・システムの扉から出て来たシグルスに、ララは激高した。
「おまえのタイミングはよすぎるんだよ!」
狙ってるのかい!? と憤慨して葉巻を取り出したララは、女の子二人のまえだということに気付いてしまい直した。
「もう! 仕方がない――今日もダメか。でも、これだけは渡していくよ」
ララは、自分のコートの内ポケットから、二枚の封筒を取り出した。赤と金の、龍の紋章が入ったゴージャスな封筒だ。
ララは、ルナとミシェルに、一枚ずつ、丁重に渡した。ルナたちに手渡されたが、宛人は、アズラエルとクラウドの名だった。ルナたちが封筒を開けると、中からゴールドの招待状が出てきた。
「ああ――ムスタファのパーティーか」
クラウドが拍子抜けした顔で言った。
「げっ!」
クラウドと、最初の痴話ゲンカの原因になった場所――ロビンと出会った場所でもある。半分トラウマになっているミシェルは、イヤな顔をしかけたが、かろうじてララに気づかれずに済んだ。
あのとき、クラウドとの大ゲンカの発端になったララから、招待状をもらう関係になっているなんて、当時は思いもしなかった。
「パーティーか……」
アズラエルが困り顔をした。
「なにか不平があるのかい」
「いや。ムスタファやあんたには悪いが、俺たちは社交界にはあまり……」
「そんなん分かってるよ」
ララは、「でも、この集まりは、かなり前から計画しちまってたんだよ」と肩をすくめた。
なんでも、アンジェリカの話によると、ララは、そのパーティー会場で、ルナとミシェルと出会う予定だったそうなのだ。
「そうだったの?」
ミシェルが思わず言い――ララは大仰にうなずいた。
「だけども、ムスタファも忙しい身だからねえ……予定をすり合わせちまってるうちに、今ごろになっちまった。アンジーのこともあったしね」
「……」
ララのほうから地雷を踏んづけてきたので、ルナたちは全員そろって爆散した。沈黙があったことも気づかないように、ララは言葉をつづける。
「でも、せっかく開催するパーティーだ、来ておくれ。そうだね――あんたの息子も連れてきてかまわないよ」
「ピエトをか?」
アズラエルは眉を上げた。どう考えても、子連れで行けるパーティーではない。だがララは、「どうせなら、連れておいで」と言った。
「ダニエルが、あんたに会いたがってる」
久しぶりに聞くその名前に、アズラエルは目を丸くした。
「どうだい? 来る理由にはなるだろ。ダニーは、あんたとロビンがお気に入りでねえ……あんたが来なくなっちまったときは、ただでさえ細い食欲がさらに激減して、点滴まで打つ羽目になったよ」
アズラエルは頭を掻いた。
「ロビンまで降りちまって、最近は、ますますさみしいんじゃないかと思うよ。ダニーとピエトは同じくらいだろ。ダニーは学校に行ってないから、同い年の友人がいない。どうだい、会わせてやったら」
「アンタにしちゃ、まともな提案だな」
「そろいもそろって、あたしを何だと思ってるんだ!」
ララは憤慨したが、
「とにかく、招待状は渡したよ! じゃあ、ムスタファの屋敷で」
ララは、ルナとミシェルの髪に一回ずつちゅっとやって、シャイン・システムに乗り込んでいった。ララはすぐ携帯電話を手にしたので、ルナとミシェルが叫んだ、「リュナ族のひとに会わせてくれてありがとう!」という声に、投げキッスでしか返事を返せなかった。




