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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~バラ色の蝶々篇~
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290話 レイチェルたちとの別れと、椿の宿の古時計と、ノワの子孫 1


 それから一週間は、いつもどおりの、平穏な日々がつづいた。


 ルナは、再び“ルチアーノ”の真似をしてみようとがんばったが、“ルーナ・ジェーナ”をしてもらっていないルナは、ただのルナで、結果はさんざんだった。


 ピザをつくったことなどないルナは、見事丸焦げにし、

「これがいつものルナだわ」

 とリンファンを安心させ、このあいだのことは、炭になったピザとともに闇に葬られた。


「どうしてルナちゃんが、唐突にピザをつくりはじめたか」という高尚な議論が、クラウドとエーリヒの間で交わされ、ルナのうさ耳をますますへたれさせた。


 ルナが丸焦げにしなかった残りの生地は、バーガスが、それはそれは美味しそうなマルゲリータにしてくれたので、うさ耳をぺったり垂らしたルナの機嫌はすぐさま直った。


(やっぱりうさこがいないと、あたしはただのアホなんだ)


 ルナは自覚した。

 練習すれば、ピザくらい焼けるようになるのは分かっているが、このあいだのように、いきなり奇跡じみたことを起こすことはできないのだった。


 月を眺める子ウサギは、今までのようにすっかり姿を消し、ルナがいくら呼べども、ZOOカードから出てくることはなくなった。


(お部屋も用意したのに)


 ルナは、ぬいぐるみの部屋をつくった。


 ベニヤ板を買ってきて、四方の箱をつくり、一辺だけは高い壁にして、外にはレンガの模様のタイルを、内側には壁紙を張り、絨毯代わりにキルトの布を敷いて、なかなか上手にできたうさこの部屋である。

 

 うさこが座れるくらいのおもちゃのひじ掛けソファをふたつ、飴色のテーブル、食器棚に暖炉、壁掛け時計まで用意した。食器棚の中には、本物そっくりのポットと受け皿つきのカップがふたつ、菓子皿とフォークまである。

 こちらはおもちゃ屋さんで売っていたものだ。

 壁には、ちいさな額に入れた、ルナの手書きの、うさこのイラストが飾ってあった。


(このお部屋を、見に来てほしいな!)


 ミシェルが、器用にフェルトと毛糸をつかって膝掛けをつくってくれたし、ルナも、不器用ながら、クッションを縫った。


 しかしうさこは、呼べども呼べども、現れないのだった。導きの子ウサギも、ジャータカの黒ウサギもだ。


 それからしばらくして、エマルたちが中央区に引っ越す日がやってきた。

 アンドレアは、やはり、ツキヨと中央区で暮らすことになった。


「部屋を用意してくださったのに、申し訳ないわ」

 オルティスは、「アンがそうしてえなら、いいよ」と言った。


 ツキヨはアンと年頃も近いし、気楽なのだろうと皆は思った。アンドレアは、病気を必ず治すと誓い、治ったら、オルティスと暮らしたいといって、またオルティスを男泣きさせた。


 四人が中央区へ引っ越し、にぎやかさが半分減ったその日、屋敷は午後から、空になった。


 ――ついに、レイチェルたちが宇宙船を降りる日が、やってきてしまったのだ。


 バーベキュー・パーティーのメンバーが出そろった、盛大なお見送りに、レイチェルは、「あたしが見送られる側になるなんて、思わなかったわ」と涙ぐんだ。

 レイチェルの子、ローズは、彼女の担当役員が抱きかかえていた。レイチェルたちが、ルナたちとじゅうぶんに別れを惜しむことができるように。


「アズラエル、アイザックさんにどうかよろしく」


 エドワードは、ララから受け取った名刺が「アイザック」の名だったので、そう呼んだ。

 アズラエルと固く握手を交わしたあと、エドワードは涙を隠すことなく、アズラエルの胸で泣いた。


「ああ、伝えておくよ。おまえもがんばれ」

「ありがとう。――君たちに会えて、ほんとうによかった」


「アズラエル!」

 レイチェルは、アズラエルに飛びついた。

「美味しいケーキをいつもありがとう。あなたたちがK27区からいなくなって、ほんとにさみしかったの、ほんとよ」


 レイチェルは、グレンにも言った。


「ごめんなさい。あたし、いつもへんなやきもちばかり焼いて……」

「もう、その話はなしだって、いったろ」


 グレンは苦笑して、レイチェルの頭を撫でた。


「ほら、帰り道で食え――元気でな」


 アズラエルが持たせた、日持ちのするパウンドケーキに、レイチェルはまた涙ぐんだ。


「グレンさん、グレンさん、来世はあたしを恋人にしてね!」


 グレンの手を握って放さないシナモンに、ジルベールは呆れ声で暴言を投げつけた。


「朝から酔っ払ってんのか――来世になろうが前世になろうが、グレン兄貴はおまえなんか見向きもしねーよ」

「うっさいな! そのうちあたし、世界モデルになってグレンさんのまえに現れるからね!」

「楽しみにしてる」


 苦笑気味のグレンの言葉に、シナモンは顔を輝かせ、ジルベールは、「兄貴、調子に乗らせないで」とつぶやいた。


『L系惑星群L80行きのL355便、搭乗ゲートが開きました』


 ルナが今まで何回聞いてきたかしれないアナウンス。

 レイチェルとルナは固く抱き合った。


「――電話をするわ。手紙も書く。メールもする」とレイチェルは、泣き笑いの顔で言った。

「あたしのことを忘れないでね、ルナ」

「……! ……うん!」


 ルナは鼻水と涙でぐしょぐしょで、うまく言葉も言えなかった。


「シナモン、元気でね」

「あたしが元気じゃないってことはないわ。ルナこそ、元気でね」


 このあいだ行ったK25区の旅行も、バーベキュー・パーティーも、この宇宙船で過ごした日々は、一生の思い出だとシナモンは言って、ルナとハグをかわした。


「ルナちゃん、さよなら」

「じゃあな。楽しかったよ」


 エドワード、ジルベールとも、握手を交わした。

 この宇宙船に乗って、はじめてできた友達だった。

 ずっと、仲良くしてきた。


「じゃあねーっ!! また、会いましょうねーっ!!」


 四人が回廊の向こうに去っていく。

 ルナとミシェル、リサとキラは、四人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。





「ルナ、泣きすぎ」


 ルナはすでに持ち合わせのタオルハンカチがぐしょぐしょで、リサが仕方なく、自分のハンカチを貸した。


「らってっ、らってっ、レイチェルがっ、行っちゃったっ……!」


 ルナ自身も、レイチェルたちが去ってしまった衝撃が、かなり大きいことに驚いてもいた。涙が止まらないのだ。


「……ルナの気持ち、わかるよ」

 リサも、しおれ顔でリズンのカフェテラスのテーブルに、頬杖をついた。

「だって、この宇宙船に乗って、一番はじめにできたともだちだもんね」


「あたしの赤ちゃんを見てから、降りてほしかったな」

 キラはそろそろ出産時期を迎えていて、大きなおなかを抱えていた。


「……ホントよ。……っていうか、あの子たちが降りるなんて信じられない」

 リサは嘆息し、

「かならずいっしょに地球に行こうって、最初にパーティーした日に、約束したじゃない……」


「ルナはホント、レイチェルと仲良かったもんね」

 キラが、泣き止まないルナを見てぼやいた。


 ルナは、レイチェルと学生時代に会っていたらどれだけ幸せだったかな、と考えたこともあった。いつもぼんやりしているし、動作も鈍いルナは、いじめられたこともあるし、友達も少なかった。

 レイチェルは、ルナを丸ごと認めてくれた、数少ないひとりであったかもしれない。

 彼女と一緒にいるのは、すごく居心地がよかった。


「……いやマジで、あたしもヘコむわ」


 ミシェルも、アイスコーヒーのストローを口に突っ込んだまま、ぼんやりと言った。


 軍事惑星のことや、アストロスの武神の儀式やら、セシルの呪い、カレンの暗殺騒ぎに、地獄の審判――。


 数々の大ごとを乗り越えてきた中で、レイチェルたちの存在は、ルナとミシェルが日常にもどることができるスイッチみたいなものだった。

 彼らとくだらないことを話して笑い、買い物をし、カフェでお茶をする。

 そのことにどれだけ癒され、救われていたかしれない。


 ――その四人は、もう、いない。


 キラの出産予定日をあらためて聞き、そのときにもう一度会おうと約束して、ロイドがキラを迎えに来たのをタイミングに、四人は解散した。

 今日は、リサも、すこし元気がなかった。


 リサとキラと別れて、屋敷にもどったルナとミシェルは、なんとなくテンションも低迷したまま、自室のベッドに寝そべった。


 ルナは完全に泣きはらした顔でベッドにうずくまっていた。今日はふて寝するのだと誓ったルナの耳に、呼び出しの音が聞こえた。

 インターフォンが鳴ったのだ。


「今日は出ないぞ」


 顔もすごいし。

 頑なにそう誓ったルナだったが、だれも出る様子がない。


 こんなときに限って、ちこたんたちはどうしたのだ? この屋敷には、四台もpi=poがいるじゃないか!


 もう一度、インターフォンが鳴った。ルナは仕方なく立ち上がり、「はいはーい!」とインターフォンに向かって返事をして、広い屋敷をぺぺぺと走った。

 全速力で駆け抜け――息を切らせながらドアを開けた。


「はいはいっ!」

「こんにちは」


 ルナは一瞬、だれかと思った。派手な百合の模様がついた着物を着た、美しい女性――椿の宿の女将の、マヒロだった。



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