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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~バラ色の蝶々篇~
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289話 ルーナ・ジェーナ 2


 ピエトとネイシャを学校へ送り出し、すっかり片付けが終わったダイニング・キッチンで、ルナはひとり、明太子とごはんとお味噌汁を並べて、もふもふと朝食を食べていた。


(明太子があれば、生きていける……!)


 ルナは確信した。

 二杯目に突入しようとしたところで、ルナはふと、自分の手のひらを見た。


(まるで、別人でした)


 今日の食事は、ルナが作ったけれど、ルナではない。あれは“ルチアーノ”だった。陽気なイタリア人シェフ。

 つくりかけのピザのドゥがキッチンにある。ピザまでつくりだそうとしたので、あわててルナは止めた。ルチアーノは残念そうな顔をしたが、役目が終わったことを悟ったのか、陽気な歌を歌って、ルナにバイバイをして、消えた。


(うさこと合体してから、なにかが起こっています)


 ルナはひとり、うなずいた。

 考えごとをしながらお味噌汁を啜っていたら、月を眺める子ウサギが食卓の上に座っていたので、ルナはみそ汁を吹くところだった。


「うさこ!」

『おはよう、ルナ』

「おはようございます」


 ルナは礼儀正しくお辞儀をした。


『……明太子は、○○が美味しいわよね』

 うさこはぽつりと言った。有名なメーカーの明太子の商品名だった。

「うさこ、くわしいね……」

 ルナははっとした。

「うさこ、もしかして、明太子が好き!?」

 ルナも大好きだから、うさこも好きかと思ったのだが。

『明太子は、ピンク色よ』

 答えになっていない答えが返ってきた。ルナは最後の明太子をごはんに乗っけて食べた。


『話は変わるけど』

 うさこは相変わらずマイペースだった。

『今日のあれは、“ルチアーノ”だけじゃないのよ』

「え?」

『イシュメルもいたのよ? 気づかなかった?』


「え? え!?」

 気がつかなかった。


『みんな、若返ったようだと口々に言っていたでしょう? あれは、イシュメルが、料理に“よみがえりの魔法”を混ぜたの。だからみんな、元気になったでしょう?』

「……!?」

 ルナは、絶句した。


『ルーナ・ジェーナ(満月)』


 月を眺める子ウサギは、ルナの鼻っ柱をもふっとやった。夢の中でされたおまじないだ。

 すると、ルナの目の前に、石板(タブラ)が浮かび上がった。

 ZOOカードの遊園地にある、月の女神のタブラだ。


「増えてる!!」


 ルナは絶叫した。

 ハンシックの事件のころは、更待月(ふけまちづき)の位置にルナの顔、そして、下弦(かげん)の月にルシヤの顔が現れていた。

 今は、上弦(じょうげん)にイシュメル、そして新月にノワ、三日月にルーシーの顔が現れている。

 さらに、一番上の満月には、ルナも見えないような(まぶ)しい光が。

 よくよく目を凝らしてみると、そこにはすごい美人のルナがいた。


「だれ!?」

『わたしよ』


 月を眺める子ウサギが胸を張った。


『わたしがあなたの前世のすべてを統括する――ふふ。今日のことは、ささいなことかもしれないけれど、とてもすごいことなのよ』

「ささいでないです。たいしたことです」


 ルナはもっともらしく言った。重々しくうなずき、明太子を探したが、もはやなかった。


『これはパズルの応用編。あなたの前世をコントロールし、自由に能力を発揮させるのはわたし。あなたの前世ばかりじゃどうにもならないの。わたしという“うさこ”がいて、はじめて力が発揮できるの』


 ルナは、鼻の頭をこすった。


「……もしかして、みんなの好きなものを知っていたのは、うさこ?」

 ルナは聞いた。

『そうよ』

 月を眺める子ウサギは、うなずいた。


  “ルチアーノ”が、プロ並みの料理をつくっただけではない、イシュメルが、よみがえりの魔法をかけてくれただけではない――ルナは、思いつくままにつくったが、どれもがみんなの好物だったり、食べたがっていたものだったり、かつての食卓に上がっていたものだった。


 母親が、バターとはちみつたっぷりの厚切りトーストが好きなのは知っているし、セシル親子も甘党だし、ピエトがホットケーキを食べたいと、このあいだからうるさかったのは、ルナも知っている。


 だが、みんなの好物を、ルナはすべて知っているわけではない。


 ましてや、アンドレアが取っていた朝食や、エーリヒが取っていた朝食の内容など知る由もない。

 おまけに、ルナだったら、クラウドの朝食は、エーリヒと同じにしているかもしれなかった。だが、クラウドが求めていた朝食は、和食だった。


(――クラウドはパンとコーヒーだって言ってたけど)


 クラウドが幼いころから食べていた朝食は、パンとコーヒーだったが、ミシェルと暮らすようになって、和食が好きになったのか、――そういえば、最近は、クラウドは和食にばかり手を付ける。


 ルチアーノも、イシュメルも、みんなの好物は知らないはずだ。

 イシュメルはその気になれば知ることはできるかもしれないが、それ以前の問題がある。昨夜のパーティーで、あらかた材料はつかい切ったはずなのに、調理につかう食材が、すべて残っていたことも不思議だった。


(まるで、この宇宙船と同じ)


 かつてサルーディーバは、この宇宙船はなにもかもがそろうといった。欲しがっているものが、求めているものが、必要としているものが、すべてそろう、と。


 ルナは、ごくりと息をのんだ。


『あなたの原点はわたし――原始の自分と、いっしょになろうっていう意味は、わかった?』

「う、うん――?」

『あなたとわたしがいっしょになれば、あらゆる前世を蘇らせ、なんでもできるようになる』

「……」


 月を眺める子ウサギは、ルナの考えを読んだかのように言った。


『そうよ、ルナ。ほんとは、あなたにできないことなんて、ない』

「……!」

『あなたには、歌手の前世も、シェフの前世も、学者の前世だってある。娼婦だったことも、スパイだったことも、軍人だったことも、』

 うさこは、ちょっと首をかしげて言った。

『忍者だったことも、あるかもしれないわね?』


 ルナは、今日の出来事が、どうして起こったのかわかった。

 うさこは微笑んだ。


『さて。ルーナ・ジェーナのことは、みんなには、内緒よ』

「う、うん……」

『よく考えてね、わたしとともにあるということを』

「……」


 ルナが言葉を失っているあいだに、ウサギは消えた。


「……」

「ルゥ、いまごろメシ食ってんのか」


 アズラエルが帰ってきた。ルナの目が、たちどころに座った。アズラエルは嫌な予感がし、かまえたが――気づいたときには、ルナの姿が食卓から失せていた。


「……!」


 一撃目は交わしたが、ルナは忍者にでもなったように、身動きが素早かった。

 ズドン。


「ぐおっ!!」


 アズラエルはついに、背中への頭突きを食らった。

 背中を押さえて悶絶(もんぜつ)しているアズラエルを見てクラウドが笑ったが、彼も今日は、ルナの頭突きを食らった。

 なんでも、「セルゲイのレストランの顧問税理士で、アズラエルの店をつぶすのに、一役買った」らしい。


「不条理だ……!」


 クラウドとアズラエルのうめきは、黒幕であるセルゲイに向かったが、なぜかセルゲイは頭突きを食らっていなかった。


「なんでおまえは食らわねえんだ!」

「ルナちゃん、こいつが黒幕だろ!」

「?????」


 セルゲイの頭には、クエスチョンマークが数個、並ぶだけだった。




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