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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~バラ色の蝶々篇~
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286話 バラ色の蝶々 Ⅱ 1


「アン、行こう」

 中年男性が、不審な顔でルナたちを見、老女の袖を引いた。

「そうね、マルセル」

 アンもうなずいた。

「ではね、お嬢さん。“バラ色の蝶々”を知っていてくれて、嬉しいわ」


「……あ、あの、」


 ルナは呼び止めようとしたが、地球行き宇宙船のチケットのことを、どういっていいものか分からずに、固まってしまった。

 マルセルと呼ばれた中年男性は、ルナたちを怪しんでいるようだった。老女の手を取り、そそくさと、逃げるように去った。


「いったいどうしたんだ、ルナ」


 二人の姿が、海岸から消えるのを見届けてから、ルナはグレンに向き直った。


「グレン、あのひと、アン・D・リューだよ!」

「ああ、歌を歌っていたな」

「そうじゃなくて! あのひとが、アンさんなの!」

「はァ?」

「アンドレアさんは、生きてるの!」

「……」


 グレンは、ルナが言っていることを理解できなかった。


 ――しばらくして。

「なんだと!?」と叫んだ。


 コテージにもどったルナは、「なぁルナ、グレン君のことは――」とドローレスに話しかけられ、「ご、ごめんねパパ! あとでね!」と叫んで、慌ただしく、銀色の化粧箱を抱えて、ホテルのほうへ走っていった。


 ピエトとアズラエル、セルゲイも一緒だったので、ドローレスとリンファンは、

「やはり、ルナを取りあって、修羅場なのか……?」

「だ、だいじょうぶよあなた! ピエトちゃんがいるもの!」

「修羅場という空気には見えなかったが……心配だ。ルナは可愛いから」


 ピエトの登場でなりをひそめていたドローレスの親バカが、息を吹き返した。


「アズ君がダメってわけではないけど――セルゲイさんとくっつかないかしら――」

「リン、それはアズラエルが気の毒だろう」

「ここだけの話よ! ここだけの!」


 エマルが「ボートで向こうの島まで行かないかい?」と呼びに来るまで、延々と、不毛な会話を繰り返していた。


「オルティスが、借金だと? 信じられねえ……」

「私もそうだけど、たしかに、エヴィとデレクがそう言ったんだ」


 アズラエルはなかなか信じようとしなかった。当然だ。

 セルゲイは、クリスマスの夜に、デレクたちから聞いたことを説明した。グレンも言った。イエローカードの通知を、自分が受け取ったことを。


 ZOOカードの占術を皆に見られるわけにいかないので、ホテルにわざわざ部屋を取る羽目になった。 

 グレンは仕方ないといった顔でチェックインし、決して安いとはいいがたいスイート・ルームで、ルナはZOOカードボックスに向かって叫んだ。


「これでだれも出てこなかったら、グレンが無駄遣いしたことになるんだからねっ!」


 ZOOカードが動かなかったら、グレンが出した部屋代は、無駄である。

 ルナは憤然として叫んだが。


『なあに?』


 すぐにチョコレート色のウサギと、軍服を着たトラ――「孤高のトラ」がいっしょに姿を現したので、ルナは拍子抜けした。


「いつもは呼んでも来ないのに!」

 ルナは、これからはこのテで行こうと考えた。

 

『グレンがどうかしたのか』


 孤高のトラはそう言ったが、特にグレンに問題はない。ルナがそう告げると、彼はさっさと姿を消した。


「みんな、薄情だ!」

 ルナはぷんすかした。


『あけましておめでとう、ルナ』

「おめでとうございます」


 ルナと導きの子ウサギは、とりあえず挨拶をしあった。


「あのね、“シェイカーを振る大ワニ”さんのカードを出せる?」

『いいよ!』


 導きの子ウサギがたちどころに出した一枚のカードを見、ルナ以外の四人はプーッと吹きだした。

 カードのワニは、オルティス以外の何者にも見えなかった。


「笑いごとじゃないのですよ!」


 ルナはたしなめ、さっそく、導きの子ウサギに聞いた。


「このワニさんが悩んでることを解決するには――なにを調べたらいいかな」

『う~ん、謎は、真実をもたらす動物を呼んだ方が早いけど、……この場合は、縁の糸を出した方が早いかも……?』


 導きの子ウサギは、なんだかそわそわしているようだった。うさ耳が、ひっきりなしに揺れている。


「……なにか? 隠してる?」


 ルナは座った目でウサギを見、チョコレート色の耳がぴんっと立つのを、ルナもピエトも見た。


「隠しごととか、するなよ! ウソついちゃ、ダメなんだぞっ!」

 ピエトが、自身の分身を叱ると、ウサギは耳をぺったり、垂れさせた。

『そうじゃないんだ。……ルナの勉強だから、あんまり教えちゃダメだって言われてて』


 自分で考えろということか。

 ルナは、腕組みをし、気難しい顔で考えた。


「もしかして、おおわにさんは、お店の店長さんだから、縁の糸を出すと、ものすごいことにならない?」

『! そうだよルナ、よく覚えていたね!』


 ルナは以前、ベッタラの恋人であるイルカを探すために、リサのカードを呼び出した。そのとき、リサの縁の糸があまりに多くて、カードすべてを出すのにずいぶん時間がかかり、その中からイルカを見つけ出すのも、たいそう難儀だったのを思い出した。

 あれでも、「友人」と限定して出したのだ。「すべての縁の糸」にしていたら、数時間かかっていただろう。

 オルティスもたくさんの知り合いや客がいそうだから、縁の糸も相当数あるのではなかろうか。


「……」

「ルゥ?」

「ルナちゃん?」

「ルナ」

「ちょっと、黙っててください」


 考え込んだルナを、三人の男が呼び、ルナは叱った。


 今日はクラウドがいない。ルナは、すべて自分で考えねばならないのだ。でも、このあいだイシュメルをリカバリさせてから、ずいぶん賢くなった自覚はある。


「オルティス」と「バラ色の蝶々」――もしかしたら、なにか関係があるのではないかと、ルナは思いはじめていた。


 日常と違うことが起こる、そして、ZOOカードからメッセージがある。それはたいてい、事件を解決に導くフラグだ。

 いままでもそうだった。


 ZOOカードから、意味深な歌を歌いながら飛び出してきた二羽のウサギ。

「月夜のウサギ」――つまり、ツキヨのチケットで宇宙船に乗ることができる人間は、「バラ色の蝶々」。


 マタドール・カフェで、アンドレアの話を聞いたのも、きっと偶然ではない。

 ルナは、あのCDジャケットを見ていたから、さっきの女性がアンドレアだと分かったのだ。


 そこへ、オルティスの借金話。


 ルナは、一見、まるで辻褄(つじつま)の合わないこのできごとが、つながっているのではないかと思いはじめた。


「あじゅ! あたしの日記はどこでしょう?」

「ホレ」


 アズラエルは、ルナのバッグから、日記帳を出してやった。ルナはそれをペラペラめくり、メモしてあったアンドレアの略年表を見つけた。略年表ともいいがたい、アンドレア事件のあった年号と、アンドレアが何歳のときに銃殺されたかを記しているだけだ。


(アンドレア事件があった年は、L歴1380年……つまり、えっと)


「ピエト、計算して」

 ピエトはこの中で一番暗算が早い。

「1416年引く、1380年!」

「36」

 ピエトはあっさり数字を出した。

「すごい! やっぱピエトは、算数がすごいね!」

「へへっ!」


(アンドレアさんは36年前、銃殺刑で亡くなったとき、40歳。生きていたら76歳。さっきのおばあさんは、やっぱりそのくらいじゃないかな)

 ツキヨと、だいたい同じくらいだ。


「ルゥ、考えてることを口にしろ」


 アズラエルが言った。ルナは頭突きでボディガードをだまらせた。


「オルティスさんは、今年でいくつになるかな」

 ルナはグレンに聞いた。

「49――今年は50になるか」


 昨日、L歴1416年になったのを、グレンは忘れていた。


「じゃあオルティスさんは、36年前は――」


「14歳だよ」

 ピエトが言った。


「いったい、なにがどうなったの? 36年前って、どこから出てきたの」

 セルゲイも、さっぱりついていけない顔で言った。


 “可愛い子ワニが蝶々を待っている。”


 ZOOカードから飛び出たウサギたちが歌った歌の最後。リピートされたこのフレーズ。


(可愛い子ワニとはいいがたいけど)


 14歳だったころのラガーの店長は、可愛い子ワニだったかもしれなかった。


「うさと」

『「うさと!?」』


 ピエトと導きの子ウサギが同時に叫んだが、ルナが勝手につけた、導きの子ウサギの二つ名にちがいなかった。


「“バラ色の蝶々”さんと、“可愛くない大ワニ”さんの、縁のカードを出して」

「なんだと!?」

『すごいルナ! そこまで自分で考えられるようになったんだね』

「だれか、“可愛くない大ワニ”に突っ込むやつはいねえのか」


 グレンは目を剥き、アズラエルは致し方なく自分がツッコミ、導きの子ウサギは、もふん、と両手を合わせた。


 同時に、音楽が鳴りだし――やはりそれは、バラ色の蝶々だった――アンのアルバムに入っている曲だ。

 赤い蝶のカードがキラキラと輝きながら現れ、すでにある「シェイカーを振る大ワニ」のカードとのあいだに、色の濃い糸が現れた。

 運命を感じさせる、太い糸が。


『彼らは強いきずなの仲間であり、親子でもある』


 導きの子ウサギは、待ってましたとばかりに説明した。ここまでは、導きの子ウサギも知っていたが、ルナが自分でたどり着くまで黙っていろと言われたのかもしれない。

 赤い蝶のカードには、かつてのセシルたちのカードほどではないが、黒いもやがかかっている。


「もしかして、この人も呪い?」

『いいや。これは、病気にかかっているんだよ。――長くないかもしれない』

「――!」


 うさ耳が、ぴーん! と勢いよく立った。

 ルナはついに、謎を解き明かしたのだ。


 “バラ色の蝶々”は、アンドレアだ。


 アンドレアとオルティスとを結ぶ、太い糸。

 あきらかになったオルティスの借金。

 追いつめられて、方々に金を借りに動きはじめたオルティス――。


 彼はグレンに、「恩人の命が関わっている」と言った。

 病気で、もう先が長くない“バラ色の蝶々”を乗せるために、一席あけられた、地球行き宇宙船のチケット。


 銃殺となったはずのアンドレアがなぜ生きているのかは定かではない。だが、彼女は生きていた。

 E353まで逃げてきて、さっきの様子から見ても、逃げ続ける生活をしてきたのではないだろうか。


 オルティスが、借金を重ねた理由は――アンドレアを地球行き宇宙船に乗せるためのチケット代を貯めていたのだとしたら。

 三月末には、今期の宇宙船の、新しい船客の受け入れはなくなる。

 そのために、オルティスは、焦って金を借りはじめた――。


「わか……分かったよ!」


 ルナはたちどころに説明をはじめたが、男たちの首は、傾げられる一方だった。

 やがて、ルナは業を煮やして、結論だけ言った。


「グレン!」

「おう?」

「可愛くない大ワニさんに電話して! アンドレアさんを、地球行き宇宙船に乗せてあげることができます! 今日でもいいんです!」

「なんだと!?」

「ええっ!?」

「なぜ、アンドレアの話を、オルティスに?」

「そもそも、アンドレアは銃殺――」


「電話するのです!!」


 ますます混乱した男たちだったが、ルナに叱り飛ばされ、グレンは電話をかけさせられた。


「可愛くなくなったけど、可愛い子ワニさんが、アンドレアさんを待ってるんです!」



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