4話 地球行き宇宙船 Ⅱ 2
翌日、宇宙船は、ルナたちが寝ているあいだに、地球行き宇宙船のそばまで到着していた。
「では、こちらへ」
朝、ホテルをチェックアウトしたあと、きのうきたところとは別のロビーから、小型宇宙船に乗り込む。
ルナたちの荷物は、すでに別便で船内の居住区に届けられているので、バッグのみの身軽さだ。座席に座ると、シートベルトが自動でルナたちの身体を取り巻いた。円形の窓からは、広大な宇宙と、灰色の機体が見える。
「わあ……!」
船内の乗客もルナたちとカザマだけだったので、四人はそれぞれ窓際に座り、ふだん目にすることなどない本物の宇宙に釘付けだった。
『こちらL20護衛艦イシス――L55ナンバー旅客機1052406便の侵入を許可します。第三層エリア、緩和開始』
ルナたちの乗った小型宇宙船は、地球行き宇宙船を取り巻く第三層重力エリアから、第二層、第一層と一気に突入した。もちろんルナたちの体に負荷はない。
ルナたちからも見える、大きさも計り知れない灰色の機体の壁が、五角系の形に開いた。真っ暗な進入路に、小型宇宙船が飲み込まれていく。
ルナたちの視界は、星々の海から真っ黒になり、点滅する誘導灯の光だけになる。
あまりにも快適な小型宇宙船旅行は、五分ほどで終了してしまった。衝撃もごう音もまったくなく、船体がつくべき場所に到着し、停まったことだけは、ルナたちにもわかった。
『おつかれさまでした』
アナウンスとともに、ルナたちのシートベルトが自動で外され、宇宙船のドアが開いた。
ルナたちはここにくるまで、ひとことも口を利かなかった。
ルナは口を開けっぱなしだったし、キラは満面の笑顔だったし、ミシェルは無表情だったがまばたきひとつしなかったし、リサは終始ソワソワしていた。
「地球行き宇宙船内部に到着しました。ここからは、すこし歩きます」
カザマの案内に従って、宇宙船を降りる。外は、地下鉄の構内のようだった。
「あっ!」
リサが腕時計を見て声を上げる。地球行き宇宙船に乗った途端に、携帯電話から腕時計、ことごとくが勝手に日時を入れ替えた。
「多少、時差がございますので」
昨夜、カザマから時差の説明があったことを、四人はようやく思い出した。
巨大な宇宙船に入ったと言われても実感のわかない、薄暗い駅の構内を進む。エスカレーターに乗って上へあがり、オートウォークに乗って、電灯の明るさだけで、まったく日の差さない暗い世界が五分ばかり続いた。
鋼鉄のトンネルがいきなり切れて、透明なトンネルになった。
青空だ。
オートウォークは、まっすぐ出口へ、ルナたちを運び続ける。
「ここ、どこ……」
思わずリサがつぶやいたのを、ルナは聞いた。しかしルナはそれに相槌を打つこともできずに口をぽっかり開けたし、ミシェルは「空」と真上を見、キラは「どこの星?」と言った。
「地球行き宇宙船ですわ」
なんのことはないように答えたカザマの表情は、やっぱり笑顔だった。
透明トンネルを抜けて、駅の改札口に似た場所に出る。改札は五台あったが、今は一台しか稼働していなかった。カザマの案内のもと、ひとりずつ順番に改札の前に立つと、ピ、と電子音がして、『リサ・K・カワモト。エルミネイシュ=タイプ・アースL77』と音声が聞こえた。そのあと、扉が開く。
「これは仮登録となります。また後ほど、生体認証の本登録をしていただきますので」
カザマが最後に改札を通り抜けた。
『ミヒャエル・D・カーダマーヴァ。エルミネイシュ=タイプ・ラグ・ヴァダL03。照会をします。派遣役員のパスカードをどうぞ』
改札を出ると、すぐに大きなガラス壁の廊下に出た。大きなショッピングモールの構内のようだった。
そこから見えたのは、大都市だった。
立ち並ぶビル群、大勢の行き交う人々。
自転車に、自動車に、飛行車――。
上空には、あまりにもすこやかな青空が広がっている。
ルナたちは、口が渇くほど、開けた。
宇宙船の中は、大きな街だった――いや、これは、都市か?
小さな惑星が、宇宙船と名を変え、広大な宇宙を移動していると言っても過言ではない。
雑誌である程度知っていた光景だが、実際に目の当たりにすると、インパクトがちがった。
『今日の天気です。K15区は晴れ。西南地区と東南地区も晴れでしょう。北区K05からK03区にかけては、初雪が降ることもあります。降雪確率は30パーセント……』
ビルに張り付いたデジタルの画面には、天気予報が流れている。
「こちら、宇宙船の玄関口、K15区エントラーダ・シティでございます」
またもや、カザマの言葉は耳を素通りしていった。
宇宙船での生活に、多少なりとも不安を感じていたルナたちだったが、これではほかの惑星に引っ越ししただけのようだ。
カザマと一緒にタクシーに乗り込んだ四人は、居住区になる区画に着いて、さらに喜びの声を上げた。
居住区は、K27区。
広い公園があり、たくさんの緑に囲まれた土地だった。今まで住んでいたL77のローズ・タウンに景観も近い。カフェやショッピングセンターもたくさんありそうだ。
茶色と白のペイントの、見た目も可愛らしいアパートに到着すると、こちらも想像以上の物件で、ルナたちは、終始大興奮だった。
カザマが最初に用意した部屋は、リサとルナで一室、ミシェルとキラで一室――ルーム・シェアという形だが、ひとりずつの個室があり、リビングにキッチン、浴室とトイレがあり、家賃もそれほど高くはないので、四人はだれも文句をつけなかった。
「住みにくいと感じられましたら、お引っ越しいただいてもけっこうです」
船内に住む手続きが終了すれば、どこに住むのも自由です、とカザマは言い置いた。
新居で、カザマに紅茶を淹れてもらい、船内で生活するうえの注意事項を聞いた。
ルナたちの想像以上に船内は広く、大きな街だった。
K27区は、だいたいL5系からL7系惑星出身の、18歳から25歳くらいの若者ばかりが暮らす街で、治安もいい。
だが、L系惑星群の原住民が住む区画や、L4系から来たものが住むK34区、また裏稼業の人間が集められたK36区などは、危険な場合もあるので、行くのはお勧めできないとのことだった。
そして、船内で、普通の生活は営めるが、働くことはできない。つまり、余分な収入を得ることはできないということ。
職に就くことはできないが、専門学校やカルチャースクール、大学もあるので、かぎられた資格をとることは可能だということだ。
つまり、定期的に振り込まれる額面だけでの生活となる。
この宇宙船は、月30万デルの生活費が、すべての船客に、平等に支払われる。
金銭の持ち込みは自由であるし、必ず受け取らなければならないというのではないが、ただでくれる金をことわる船客はすくない。
定期的に振込されるひとつきの額面は、十分なものだった。
「この金額は、L5系の最低賃金を基準にしております。L7系では、大企業に就職したときの初任給がこのくらいですわね」
むしろ、ルナとミシェルにとっては、よほど金銭的に余裕のある生活だった。母星でのルナたちの収入は、10万デルそこそこだ。
ルナたちは紙袋を渡された。ずいぶんずっしりしていると思ったら、中には、生活用品の詰め合わせ――E.S.Cのロゴが入ったタオル、洗剤、ティッシュなどの消耗品――日記帳と、大判のパンフレットが入っていた。
「こちらは、宇宙船の案内パンフレットになります」
リサが持っていた百年前のそれは、十分の一の厚さであることがよくわかるボリュームだった。
A4の分厚い冊子には、地球行き宇宙船内の地図や名所、区画の情報やさまざまな規約が書かれていた。
地図をひと目見ただけで、この宇宙船がどれだけ広大かが分かって、ルナたちは肩をすくめたのだった。
「アプリ仕様もあります。乗船ナンバーをIDに、パスワードを設定していただければ、このQRコードからダウンロードできますので、よろしかったら、そちらもどうぞ」
ルナが夢中でパンフレットを眺めているのを見て、カザマはそう言った。
船内の注意事項をあらかた読み上げ、中央区役所で乗船手続きが必要な旨を告げて、カザマは去った。
明日、「乗船証明書」という名のパスカードが発行される。それと「ルパス」(L系惑星群のパスポート)を所持していれば、リリザにも自由に降りられる。
乗船証明書はビザの役割も果たしてくれるそうで、リリザとアストロス、約一ヶ月滞在する星も、ビザは必要ない。
夕陽がしずむのを窓越しに眺めながら、ルナたちは、近くのコンビニエンスストアで買ってきた弁当やカクテル缶で乾杯した。
それにしても、カザマも言わなかったが、紙袋にも、試験とやらの説明は入っていない。パンフレットにも、特に書かれていなかった。
ルナはカザマに聞こうと思ったのだが、たくさんの興奮と説明にまぎれて、聞けずに終わってしまった。
(地球に行くための試験って、いったいなんだろう?)