285話 とんでもないクリスマスプレゼントと、穏やかな年越し 4
ルナとセルゲイ、ドローレスとリンファンは、並んで写真を撮った。リンファンは、撮った写真を、いつまでも見つめていた。
それはそれは――幸せそうに。
ついでに、ホテルの従業員に頼んで、みんなで写真を撮った。
セルゲイとグレンは遠慮したが、セルゲイは、リンファンの涙目に負け、グレンは、バーガスが無理やり引き入れた。
「こいつは、もうドーソンじゃねえ! 俺の弟だ!」
「!」
グレンも、だれもが、バーガスを見た。バーガスが鼻息を荒くして言った。
「グレン・J・ブダシェンコってことで」
「……語呂が悪かねえか」
メフラー親父が言い、それでみんなはふたたび爆笑した。困り顔ではあったが、グレンも集合写真に加わった。
最後に、なぜかピエトが、カメラを持ち出してきた。クリスマスプレゼントにもらった、新しいカメラだ。
「四人で、そこに並んで」
ピエトは、海を背景に、ルナとアズラエル、セルゲイとグレンを撮ろうとした。
「なんで、この四人なんだ」
アズラエルだけではなく、グレンとセルゲイも不服そうな顔をしたが、
「いいから撮るの!」
ピエトに押し負けて、四人は並んだ。ルナ以外の笑顔が引きつっていたのは、言うまでもない。
新年を迎えたのは、水上コテージだった。
ルナは、宇宙船に乗った最初の新年を、マタドール・カフェで迎えた日のことを思い出していた。レイチェルたちの結婚式。みんなでカウントダウンをした。
今日――二年目の終わりは、去年とは違って、ずいぶん静かで、おだやかだった。
ピエトは目をこすりながら起きていたし、ツキヨも、ここに来てから、見違えるように頬はバラ色になり、元気になった。深夜まで起きていても平気だ。
ルナはオリーヴとベック、ピエトとカウントダウンをした。ほかの大人たちは、はしゃいでカウントダウン! という感じではなかったので、若い四人で「ヒャッホー! 新年―!!」とシャンパンを開けた。ピエトはジンジャーエールで。
「こんなところで、新年を迎えられるなんてねえ」
アマンダはめずらしく、ツンデレもなりをひそめて、デビッドの肩に頭を預けて、海の音を聞いていた。
「こんなにおだやかな新年はひさしぶりだ」
去年は任務の最中で、知らないうちに二日たっていたボリスが、メフラー親父とドローレスのためにウィスキーのロックをつくりながらつぶやいた。
「大みそかはピザだったねえ」
エマルは嘆息し、
「ちょっと豪華に、アカラの商店街まで出てなァ。惣菜と、ピザとワインを買って」
アダムが笑った。
「ドーソンじゃどうなんだ? 豪勢なフルコースか」
ボリスがからかうように眉をあげたが、グレンは鼻を鳴らした。
「ンな、呑気な新年を過ごしたことはねえな。大みそかから新年にかけては、一年の反省会という名の、一族会議だ。あとは、見たこともねえ連中に挨拶するだけのパーティー。たしかに豪勢な料理は並ぶが、ゆっくり食ってる暇なんかねえよ。帰ったら酒をあけてバタンキューだ。……クリスマスと新年は、地獄だったなァ」
思い出したくもないといったグレンの口調に、いきなり、座が静寂に包まれた。
またからかわれると踏んでいたグレンは、突然の沈黙に、「……なんだよ」というほかなかった。
「え? それって、家族で過ごしたりとかしないの?」
オリーヴが信じられないといった顔で聞いた。
「カノジョとかは? いっしょに初日の出見たりとか?」
「家族? カノジョ?」
グレンには、新年を家族で過ごした思い出はなかった。あるとすれば、ルーイの家にいた、十歳までのほんの数年間。それに、恋人と過ごすことなどはぜったいにできない――恋人などつくろうものなら、宿老全員にチェックされる。
それを言うと、ツキヨが、目頭をハンカチで押さえていたので、グレンはギョッとした。
「……そんなことをしているから、血も涙もないことをする一族になっちまうんだよ!」
それはそのとおりだとグレンは思ったが、ずいぶんはっきりいうな、このばあさん――としかめっ面になりかけ、座が妙にしんみりしていたので、ふたたびギョッとした。
「ドーソン野郎に同情したのは、はじめてだ」
デビッドまで、目を覆っていた。
「ドーソンに同情の余地はないけど、あんたはかわいそうだと思うよ! じゃあなにかい、青春時代も、ずっとそんなもんかい! 恋人と、新年を迎えるデートもしたことないって、そういうことかい!」
エマルがなぜか泣いていた。だいたいみんな、酔っているのだ。それが分かったグレンは肩をすくめたが、セルゲイは、横で必死に笑いをこらえている。
「グレン! おめえ、勘当されたんだろ? もうドーソンじゃねえんだろ? やっぱ俺の弟になれ! ブダシェンコ名乗ってもいいからよう!」
「そうだよ、あんたがいいヤツだってことは、いっしょに暮らしたあたしたちがよぉぉぉくわかってる!」
バーガスとレオナも半泣きでグレンの肩を抱くのに、「そ、そりゃどうも……」と引き気味になっているグレンがいた。
「ピザといえば、メフラー商社じゃ、いつも年越しはピザだったわね」
リンファンが言った。アマンダが、
「相変わらず、“マリナーラ”のピザだよ。去年は、ロビンもアズ坊もいないってのに、いつもどおりピザ頼んじまって、正月中ずっとピザだったよ!」
げんなり顔をした。
「マリナーラ! まだあるのね、あのお店」
「なつかしいな」
ドローレスも目を細めた。
「ピザの話してたら、ピザ食いたくなってきたな」
オリーヴがぼやきだし、ベックが、
「やっぱ正月はピザでしょ。ルーム・サービスねえかな」
とルーム・サービスメニューを探し始めたので、アマンダが絶叫した。
「今年ぐらい、ピザから解放してよ!」
「ええ~っ」
若者は不服そうだ。
「E353に美味いピザ屋ねーかなあ」
「ルナちゃん、ピエト、あした食いにいこーぜ」
さっそく携帯をいじって、ピザの美味しい店を検索しているベックに、反応の鈍いルナより先に、ピエトが「うん!」と返事をした。
「うお!? あたしを誘わねえとは何事だ!?」
「こいつ連れてくと、金ばかりかかってしょうがねえ」
「兄貴ィ! なんとか言ってよ! あたしにピザを寄越さない気だぜ!!」
オリーヴは、全身で、ピザが食えない悲しみを表現した。
「このあたしに! ピザを!!」
「……さわがしい連中だ」
アズラエルがうんざり顔で、苦笑気味のボリスと、顔を見合わせた。
「……明日は、ピザ食うかな」
メフラー親父がぼそりと言ったので、アマンダだけがまた「ウソだろ!」と絶叫した。
「ツキヨさん! なんとか言って! ピザはイヤだよね!?」
この中で、唯一味方になりそうなツキヨにアマンダは縋ったが、
「あれま。あたしも、ピザは大好きなんだがねえ」
すっとぼけた顔で言ったので、皆は笑い、アマンダはがっくり肩を落とした。
やはりメフラー商社とアダム・ファミリーの新年は、ピザではじまりそうだった。
――あけて、新年。
地球行き宇宙船の航路は、いよいよ三年目に突入した。
どさくさまぎれに、グレンとセルゲイも水上コテージで新年を迎えることになったが、セルゲイはともかく、グレンは、ルナに用事があったのだった。
「あけましておめでとうございます」
「あら、グレンくん」
午前十時ころ、ルナの部屋をノックした男性は、グレンだった。ドアを開けたリンファンは、そこにいたのがグレンだったので、びっくりした。
「失礼、ルナはいますか」
「ええ、いるわよ。ルナ!」
「はいはーいっ!!」
ルナがぺぺぺぺぺと走ってきた。テラスで、魚を見ていたのだ。
「あっグレン! おはよ!」
「ルナ、あけまして、でしょ」
「あけまして、おめれとうございます」
「おめでとうございます」
ルナが律義にお辞儀をしたので、グレンもお辞儀をした。
「ルナ、すこし頼みたいことがある」
「ほ?」
グレンに連れられて、部屋をあとにしたルナの、まあるい後ろ姿を見つめながら、リンファンは、ドローレスに言った。
「あのねあなた、これ、バーガスくんの話なんだけど」
ドローレスは、新聞を読んでいた。
「グレン君とセルゲイさんも、ルナのこと好きで、取り合ってるんですってよ」
ドローレスが吹いたコーヒーは、新聞が受け止めた。
「なんだと?」
グレンは、ルナを海岸まで連れ出し、周囲にだれもいないことをたしかめてから、聞いた。
「なあ、おまえ、今回はZOOカード、持ってきてないのか」
「持ってきてるよ」
あの気まぐれなウサギたちは、いつ、どんな知らせを寄越すかわからない。ルナはちゃんと、ZOOカードボックスも持ってきていた。
「オルティスのことを、その――調べられるか」
「えっ!? ラガーの店長さん?」
ルナのうさ耳が、ぴこたんした。
グレンが砂浜に腰を下ろしたので、ルナも隣に座った。
コテージの一番端にある、ルナの家族の宿泊部屋から、グレンとルナの姿は見えた。
「もしかして、グレン君が、ルナに告白を――」
「アズラエルを呼んできた方がいいか?」
などと、ドローレスとリンファンが窓からのぞいているのを、ふたりは知らなかった。
「ラガーの店長さんがどうかした?」
「どうかしたってわけじゃァねえんだが」
グレンは、言いにくそうに濁した。
「俺も、くわしいことは分からねえ。だが、オルティスは今困ってる。追いつめられるほど、悩んでる。――昨日、ここに来る途中にセルゲイから聞いたんだが」
グレンはためらいがちに話した。
「オルティスは、マタドール・カフェのマスターにも何度か金を借りてる。今回は、方々に声をかけていて、ついに、宇宙船の偉い奴が、ラガーにまで来て、通知を置いて行った。これ以上あちこちに金を借りるようなら、船内役員の資格を取り消すってな」
「ええっ!」
ルナは叫んだ。
「それって、ラガーがなくなっちゃうの」
「ああ」
グレンはうなずいた。
「酔いつぶして吐かせようかと思ったんだが、無理だった。だがオルティスは、恩人のために、もしかしたら、相当の金を工面しようとしてるのかもしれねえ」
「恩人……」
ルナは、しゃきん! と立った。
「ちょっと待っててグレン、あたし、ZOOカードを持って――」
そのときだった。
ルナとグレンの耳に、その歌が、流れ込んできたのは。
聞き覚えのある曲だったので、咄嗟にそちらを見た。
ルナとグレンがいる砂浜のずっと向こうに、ひとりの老女が立っていた。海に向かって歌っているその声は、ルナも立ち尽くすほどの迫力を持って、真に迫った。
海風の音にも負けない、伸びる声。
「バラ色の蝶々……」
ルナは思わず、聞き知った、曲名をこぼした。
「おい、ルナ!」
ルナは老女に向かって、走っていた。砂に足を取られ、もともと低スピードのルナだったが、やがて追いかけるという意味すらもたない速度で追いついたグレンがルナを持ち上げ、老女のそばまでルナを運んだ。
ルナがつくまでに、一曲終わっていた。
老女と、その後ろにうずくまって、陶酔したように老女の歌声を聞く中年男性。
老女は、ルナもグレンも一瞬はっとするほど美しかった。見目麗しいと形容するには年を取りすぎていたが、華やかさがあった。真っ白な髪のわりに、皴が驚くほど少ない、つややかな肌。安物ではあっても上品なワンピースを身にまとい、褪せてはいても、磨かれたヒールの靴を履いている。
まるで、女優のようだった。
そのうしろにうずくまる男性は、老女の息子ともいえるような年のはずなのに、老女より老けて見えた。顔立ちは整っていて、身体つきもしっかりしているが、ずいぶん年寄りに見えた。長い間着倒した、よれよれのジャケットが、一歩間違えば浮浪者寸前だった。
ルナは老女の顔に見覚えがあった。そう――CDジャケットで見た、あの「顔」だ。
「バラ色の、蝶々……? さん?」
ルナが口にしたのは、ZOOカードの名称だった。ツキヨとともに、乗るはずのもうひとり。
――「アンドレア事件」の、アンドレア・F・ボートン――。
歌手名、アン・D・リュー。
「そうよ。バラ色の蝶々。あなた、若いのによく知っていらっしゃるのね」
アンは、曲のことを聞かれたのだと思って、微笑んだ。




