285話 とんでもないクリスマスプレゼントと、穏やかな年越し 1
次の日は、だれもコテージから出なかった――といえば話が早いのだが、皆が皆、いまままでの空白の時間を埋めるように、静かに過ごした。
メフラー親父のコテージに、自然と皆が集まった。
ドローレスは、ピエトを膝に乗せたまま、三十分くらい微動だにしなかった。
無言の「冷蔵庫」に睨み据えられ――ドローレスは睨んでいたつもりはないのだが――ピエトが泣き出しかけたころ、
「ほんとうに、アズラエルの隠し子じゃないのか……」
と、ぼそりと言った。
「違います」
アズラエルは、そこのところはしっかり否定しておいた。そんな失敗は、した覚えがない。
皆は、ピエトがラグバダ族の子、というのはどうでもいいようだった。とにかく、だれもが、口を開けば「アズラエルの隠し子じゃないのか」と問うので、アズラエルは閉口した。
ルナが最終的に、「あたしが産んだ」と混乱しきった顔で言いだしたので、もうそのネタでアズラエルをからかうことは、やめた。
なごやかな時間をたっぷり過ごした翌日、コテージで朝食を終えたころ、ヘリコプターが海岸に着陸したのをルナは見て――ぽっかりと口を開けた。
ドローレスが、窓の外をながめて言った。
「そういえば、アダムたちは、任務でこちらに来ていたんだったな」
「くわしい話は聞けなかったけど、けっこう大きな任務らしいわよ」
「パパとママも、おっきな任務とか、したの?」
ルナは、声を低めて聞いたが、ドローレスは苦笑いし、リンファンは自慢げに言った。
「ママは、みそっかすだったからね。メフラー商社では事務職だったわ。パパは、一番上のランクの傭兵だから、大口の任務にはかならず入ったわよ」
「ママはみそっかす……」
予想はしていたが、あきらかになった真実に、ルナが重々しくうなずくと、
「悪かったわね!」
リンファンはふて腐れた。
「あれ?」
ルナは、ヘリコプターのほうから桟橋を渡ってくるのが、ヴィアンカだということに気付いて、窓から身を乗り出した。
「ヴィアンカさん!」
「おーっ! ルナちゃん、メリークリスマス!」
ヴィアンカは、相変わらず元気に両手を挙げて振り、ドアが開け放たれた玄関で、一応ノックした。
「こんにちは。ミヒャエル・D・カザマの代理で、ルナさんの担当役員をやっております、ヴィアンカ・L・ヴァレンチーナです。はじめまして」
ヴィアンカは軽く会釈をし、部屋に招いたリンファンと、ドローレスと、ツキヨ――と交代で握手をした。
「よっ! ピエト、メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
ヴィアンカは、ピエトの頭をがしがしとやり、ひととおりのあいさつを済ませた。
「そういえば、クリスマスだったのよね。忘れていたわ」
リンファンが、思い出したように言った。
「そうなんです。今日はクリスマスなんですよ」
ヴィアンカは、にっこり笑って、
「じつは、ルナさんのご両親と、ツキヨさんに、クリスマスプレゼントが」
と外出を促した。
「ご一緒頂けますか?」
「エマルやみんなと会えたことが一番のクリスマスプレゼントだっていうのに、これ以上は、いらないよ」
ツキヨは、戦々恐々としながら、ピエトとルナの手をしっかり握って、あとをついてきた。
ドローレスもリンファンも、同じ気持ちだった。アダムたちや、メフラー商社の面々と再会できたことがこれ以上ない贈り物だ。これ以上は、贅沢というものだ。
ルナは、さっぱりクリスマスプレゼントの内容は見当がつかなかったが、ぴょこたんぴょこたんと、いつものウサギウォークで、ホテルへ向かった。
昨夜の宴会場とは違う、海が見渡せる最上階のスイート・ルーム。
そこには、アズラエルほか、メフラー商社とアダム・ファミリーの面々が顔をそろえていた。
さらに、ルナが見たことのないスーツ姿の中年男性がふたり、若い男性がひとり、――そして。
「ペリドットさん……」
ペリドットは、めずらしくスーツ姿だった。ペリドットがスーツを持っていたということにも驚いたルナだった。いつもは汚れっぱなしの民族衣装なのに。彼はルナにウィンクして、知らぬふりでソファにふんぞり返っていた。
ペリドットがいるということは、なにかあるぞ。
ルナは目を座らせた。
任務の打ち合わせの席にルナたちまで来たのが不思議で、アダムたちは「どうした」と困惑気味に不意の来訪者を見た。
「こちら、地球行き宇宙船の艦長と副艦長です」
「どうも」
「よろしく」
ルナが見知らぬ男性は、ヴィアンカの紹介で一人ずつ立ち、名乗り、ルナやドローレスたちと握手を交わした。
「では、ルナさんからの、クリスマスプレゼントを」
「あたし!?」
ルナは、クリスマスプレゼントをまだ用意していなかった。けれどもヴィアンカは、綺麗に包装された細長い箱を三つ、うやうやしく持ってきた。
なぜ、任務の話し合いの途中にクリスマスプレゼント?
ルナ自身も、クリスマスプレゼントなど用意した覚えはない。突然の幕間に、みんながみんな、クエスチョンマークを頭上に掲げている最中、ヴィアンカは小箱をひとつずつ、渡していった。
「アダム・E・ベッカーさま」
「……」
アダムは、不思議そうな顔で、プレゼントを受け取った。周りが一斉に、アダムの手元をのぞきこんだ。
「こちらは、ドローレス様とリンファン様、おふたりに」
「えっ……?」
リンファンは、戸惑いがちに受け取った。リボンがかけられた、縦長の薄い箱の紙包みを。
「こちらは、ツキヨさまに」
「あ、あたしかい?」
ツキヨも恐る恐る、受け取った。
三人に行きわたったところで、ヴィアンカは言った。
「ご開封ください」
三人は――ツキヨとアダム、そしてリンファンは、ルナのほうと包みを、交互に見ながら、包装紙をやぶいた。
そして――出てきた紙切れを見て、ツキヨは腰を抜かし、リンファンは、咄嗟にこれがなにか分からずにメガネを探し――アダムが、それが何かわかって驚くより先に、のぞきこんでいたオリーヴが「ウソ!? マジで!?」と叫んだ。
「地球行き宇宙船のチケット!?」
「ルナさんからの、クリスマスプレゼントになります」
ヴィアンカは、繰り返した。
「ルナ、あんた――!」
「ちょっ……どういうことなの、これ」
ツキヨとリンファンに詰め寄られたルナは、起こったことが理解できずに、ウサギ面で硬直していた。
そして――はっと気付いた。
「ペリロッロひゃん!?」
噛んだ。――あまりのことに。
苦笑したペリドットが手招いている。ルナは猛然とペリドットのそばへ行き、なにかわめきたてようとしたのを制され、耳打ち――その瞬間、ぴーん! とウサ耳が立ち、何度もこくこくとうなずいた。
「なんだい? あの偉い人と、ルナちゃんは知り合いかい」
エマルがアズラエルに耳打ちしたが、アズラエルは「ああ」と短く返しただけだった。
「ルゥ」
いったいどういうことだ、とアズラエルもペリドットのそばに行ったが、ルナは言った。
「アズ、“バラ色の蝶々”です」
「……!」
アズラエルも思い出した。
ZOOカードから、ジャータカの子ウサギと、導きの子ウサギが、歌いながら現れたときのことを。
“三枚のチケット。だいじなチケット。一枚は、「傭兵のおおきなクマ」に。”
“一枚は、「誇り高き母ライオン」と、「お茶目なペンギン」さんに。”
“最後の一枚は、「月夜のウサギ」と「バラ色の蝶々」に。”
あのとき二匹が言ったチケットとは、地球行き宇宙船の乗船チケットのことだったのだ。
「傭兵の大きなくまは、アズのパパのアダムさん……ほかは、」
“忘れないで、忘れないで。チケットをだれにもあげちゃダメ。たいせつなチケット。たいせつな五人のためにあるの。三人が乗ってもどうかひと席あけておいて”
ルナの脳裏に、あのときの歌が、一言一句間違えずにひらめいた。
「乗るのは――」
「ルナちゃん」
「うきょっ!?」
いきなりめのまえに、アダムがぬんっと突っ立っていたので、ルナは絶叫した。
「おい、親父! びっくりさせるな!」
「す、すまん」
アズラエルもびっくりしたらしい。アダムは、焦ったような、緊迫した顔で、チケットとルナを見比べ、ごくりと喉を鳴らした。
「これは、ほんとに、ルナちゃんが……」
「そうだ」
ペリドットが答えた。
「彼女が、宇宙船株主に、価値ある絵画が届くように手配した――その報酬によって購入したものだ。やましい金ではない」
ルナは、出どころが分かって口をO型にしたが、ペリドットはどこ吹く風だ。
「……」
アダムは、より深刻な目でチケットを見つめ――いきなり土下座した。
「う、おい、親父!?」
「ルナちゃん! ありがとう!」
アダムは、絞るような声で叫んだ。ルナはあわてて、アダムに立ってもらうように自分もしゃがんで、支えたが、
「この地球行き宇宙船のチケットは、名前が書いてねえ」
ルナが、突き出されたチケットをよく見ると、たしかに名前が書かれていなかった。
「俺ァ、ここに来るまで、地球行き宇宙船のことは、すこし調べてきた。地球行き宇宙船のチケットってなァ、俺が手続きすれば、他人に譲渡できるんだよな!?」
「そうです」
うなずいたのは、艦長だった。
「こりゃ、今期のチケットだが、来期のチケットに振り替えるわけにゃァ……」
「可能ですよ」
若い副艦長のほうが説明した。
「今期から来期への振り替えは、無料でできます。ですが、乗船する方本人が、来期の宇宙船が出発するまえに、手続きを行わなければなりません。ナンバーの変更も必要ですから」
「わ、わかった」
アダムは何度もうなずき、今度はルナに向かった。
「ルナちゃん、これは、あんたが俺にくれたものだが、俺が、こいつをだれかにやってもかまわねえだろうか……?」
「えっ?」
「俺ァ、こいつで、助けたい人がいる」
「あんた……!」
気づいたのは、エマルだった。
「エマル、エマル、すまねえ……せっかくツキヨさんも宇宙船に乗るんだ。おめえも乗せてやりたかったが……俺は、こいつを」
「なに言ってんだ! あたしは、もともと地球行き宇宙船に乗る気なんてなかったよ!」
エマルは、夫を支え起こした。
「ルナちゃん、あたしからも、お願いします」
エマルにまで頭を下げられて、ルナは困惑した。
「あたしたちの恩人を、この宇宙船に乗せてあげたいんだ」




