284話 邂逅 3
E353は、最後のアミューズメントパークの観光星である。リリザとマルカを合体させたような人工エリア――つまり、陸地と、水中のアミューズメント施設が両方ある観光惑星だった。
もともと、人が生息していない星を、観光のためと、地球行き宇宙船の補給のために整備された星である。
アズラエルの案内に従って、そろって駅の複合施設から出て、貸し切りのバスに乗って、先にドローレスたちの宿泊先のホテルに向かった。彼らがホテルをチェックアウトし、荷物を運びこむのを待って、海辺の宿泊施設に向かって、バスは出発した。
大人数が乗れるバスである。ながれゆく街並みを見ながら、デビッドがめずらしく不機嫌そうに言った。
「最初から、おまえの手の内ってわけか。気に食わねえなァ、アズ坊」
アズラエルは言いわけをした。
「こっちもいろいろあったんだ。説明が足らなかったことは詫びる。だが、ドローレスさんたちまでE353に来ているなんて、ほんの二、三日前まで、俺もルゥも、知らなかったんだ」
「ルゥ」
兄貴が三ヶ月以上女と続いていることを信じられないオリーヴが、呆れ声で反復し、アズラエルのゲンコツを食らった。
「イデエ!」
「俺もまあ――話すことを、ためらってた部分もあった。だから、連絡が遅れたというか――」
「そりゃァ、そうだな」
ドローレスにルナをくれと、真正面から言うのは勇気がいるだろう。
メフラー親父の隣で、おだやかな表情を見せるドローレスを見、そちらをチラチラと見つつ、なんとなく、冷や汗をかいているアズラエルを見て、デビッドは、小僧の手のひらで泳がされた溜飲を下げた。
ドローレスとアダムはふたりとも体長の関係で、隣同士には座れなかった。アダムひとりで、二人分の座席がいる。ドローレスとデビッドも1.5人分――デビッドは、通路を挟んで、アズラエルと隣同士だ。
「――で、うさちゃんじゃなくて、あのガキがおまえの隠し子か」
一番後ろの席で、ルナとツキヨに挟まれて、おとなしく座っているピエトを見て、デビッドは言った。
「隠した覚えはねえ。あいつは俺の息子だ。ラグバダ族のみなしごだったがな」
「え!?」
アズラエルの隣のオリーヴと、デビッドの隣のアマンダが、アズラエルのほうを向いた。
「兄貴が産んだ子どもじゃないんだ!?」
「俺が産めるか!!」
「待ちなよ、じゃあ――養子にしたってわけ!?」
「は? ラグバダ族? マジ? 正気なの兄貴。母ちゃんたち知ってんの」
オリーヴが、ポテトチップスを口から飛ばしながら小声で叫んだ。
「きたねえ! 知らねえよ、文句あるか!」
「――アズ坊、アンタ、どうしちまったの」
アマンダが、見たこともない化け物を見るかのような目つきで言ったので、アズラエルは鼻を鳴らして怒りを収めた。
バスの中でも驚愕の事実が次々と発覚し――あんまりびっくりしたせいで、ポテチが五袋しか食えなかった、というのはオリーヴの談である。
海辺に着くまでの二時間は、けっして二時間ではなかった。三十分くらいしか経っていないように、だれもが感じられた。
「オッヒャー! なにこれステキィ♪」
オリーヴが、バスから転げ落ちるように飛び出て、大歓声を上げた。
海岸線に沿って、立ち並ぶ水上コテージ。エメラルドグリーンと濃いブルーが混ざり合った、きらめく浅瀬が、どこまでもつづいていた。
ここが今日の宿泊場所だ。少し離れたところに、巨大なリゾート・ホテルもある。
「さすが兄貴! 女喜ばせることにかけてはプロだよね!」
「てめえを喜ばせる気はなかった」
薄情な兄貴の言葉は、語句として認識しないまま、オリーヴの鼓膜を過ぎ去っていった。
「よっしゃ! ボリス! 今夜はロマンチックに励むぞォ!」
「励みてえところだが、そんな気分がもどってこねえよ」
今夜は、再会の喜びに満ちた、どうもすこやかな夜になりそうだ。ボリスは海風に煽られながら、短くなったタバコを携帯灰皿に押し付けた。
「素敵なとこだねえ……あたしの生まれた場所に似てる」
海風に目を細めるツキヨを見て、アズラエルがだれを喜ばせるためにここを予約したのか、ルナにもわかった。
「ばあちゃんの生まれたところに似てるの?」
ピエトはすっかり、バスの中でツキヨと仲良くなっていた。
「そうさ。ばあちゃんは、地球で生まれたの」
「それ、ルナから聞いたぜ!」
「ほんとかい? ――海を、もっと近くで見たいねえ。連れて行ってくれるかい、ピエト」
「うん! いいよ」
ピエトは、ツキヨおばあちゃんと手をつないで、ゆっくり波打ち際へ歩いて行った。
「コテージはルーム・サービスもあるが、あっちのホテルで、食事を予約してる。まだ時間は早い。コテージのほう、見てくるか」
ツキヨとピエトの背をながめていたルナは、アズラエルの声に、はっとした。
「う、うん。そうする」
ルナはキャリーケースを取りにバスにもどろうとして――アズラエルが持っているのに気付いた。
「ふひゃ! いつの間に!」
「バスはとっくにもどったぞ」
バスはなかった。アズラエルの呆れ声がして、ルナのほっぺたがぷくりぷくりと膨らみ始めた。
「それにしても、こんな時期に、よくこんないいホテルが取れたね」
ルナは、ほっぺたを膨らませるのをやめた。今日は、少しおとなになると決めていた。
良い眺めの水上ヴィラは、E353でも人気の宿泊地だろう。ルナの親から連絡が来たのは二十一日で、よくこの繁忙期に空いていたと、ルナは感心したが――。
「二十一日に予約したって取れるわけねえだろ」
アズラエルは、最上級の呆れかえった顔をした。
「メフラー商社の連中総出で来るってわかったときに、予約しておいたんだよ」
かなりまえのことだ。ルナも呆れた。
「じゃあ、ツキヨおばーちゃんのためでもなんでもないじゃないか!」
「だれがばあちゃんのためだといった。ばあちゃんが来るかどうかなんて、わからなかったんだからな。ここは、おまえが好きそうだから、予約したんだ」
「……!」
ルナは、しごくおだやかに、うさ耳を収めた。
「とりあえず、ぜんぶ貸し切っておいて、正解だった」
「ここぜんぶ、予約したの!?」
ふたたび、ルナのうさ耳が、これでもかという勢いで跳ねた。
「クラウドたちも、最初はここに行きたいと言ってたんだよ。だが、予定が変わってよかった。おかげで、ツキヨばあちゃんやドローレスさんたちの宿が空いたしな」
たしかに、ぜんぶ借りて、正解だったかもしれない。こちら側の海岸のコテージは、七棟――これから、バーガス夫妻も来る予定だし、もしかしたら、クラウドたちも来るかもしれないとなったら。
ルナが、口をぽっかりあけて、なにか言おうとした――そのとき。
「アズ君」
ルナはしゃきーん! となった。アズラエルも心なしか、しゃきーん! とした気がルナにはした。
「今日は、いろいろ予約してくれて、ありがとう」
つばの広い帽子をはためかせて、アズラエルに微笑んでいるのはリンファンだった。無論、ドローレスもそばにいた。
「アズラエル、ひさしぶりだ」
ドローレスは、めずらしく、口元に微笑をたたえていた。
(パパ? 怒ってない……)
ルナは、しゃきん! となった肩を、やっと下げた。
「私のことを、覚えているか」
「ええ――もちろん」
「そうか」
ドローレスはうなずいた。
「アズラエル、いろいろな話は、明日、ゆっくりしよう」
「え? あ、は――はい」
ルナは目を丸くした。アズラエルがどもっている。ドローレスは、海のほうを見つめて言った。
「私も、予想外のことが起こって、動揺している。今日は、親父さんや、皆のために時間をつかいたい。おまえとは、明日、ゆっくり話をしたいが、どうだ?」
「は、は――」
だらだらと、アズラエルの背をイヤな汗が流れる。
「では、食事のときに」
アズラエルの尋常でない緊張ぶりを見て、ドローレスは苦笑して話を切り上げた。そして、荷物を持ってコテージのほうへ向かう。コンシェルジュが、コテージをつなぐ橋の上に待機していた。
「アズ君」
ふたたびリンファンの声――アズラエルの背筋が反り返った。
「ここまで来てよかったわ。あたしたち、あなたと会えたことも嬉しいの。ほんとよ?」
リンファンは、ルナに目配せをして、夫の後を追っていった。
アズラエルの口から、それはそれは盛大なためいきが、漏れた。
「アズがどもったの、はじめて見た」
ルナが遠慮なく言うと、「だれにも言うな」とあまり力のない声が返ってきた。
「ふひっ♪ ふひ!」
ルナが奇声をあげて、コテージの中を走りまわる。
部屋は開放的で広かった。ガラス戸越しに、海に向かって広く取られたテラスには、テーブルと籐椅子。リラックス・チェア。
海に降りられる階段もついていて、浴室は、ガラス越しに海が見える。
「むきゃー!!」
ルナは、くるぶしまで浸かるくらいのエメラルドの海で、ぱちゃぱちゃと水を跳ねてはしゃぎまわった。
「ルナったら、アズ君と付き合って、すこしはおとなになったかと思ったら、ぜんぜんそうじゃないのねっ!」
リンファンが、呆れ声でたしなめた。
「うーん、アズとはね、つきあっているのかな? というか……」
まだ往生際悪く、そんなことをぼやき始めたルナの声は、さいわいにも小さかったので、だれにも聞こえていなかった。
「いいだろう、ルナだって、こんなところは初めてなんだ」
「うんっ!」
「ドローレス! ルナを甘やかさない!」
リンファンが腰に手を当てて仁王立ちをしたが、すぐに機嫌はもどった。
いつまでも、不機嫌ではいられないような景色だった。リンファンも、テラスへと躍り出て、夕日に染まる水面を、見つめた。
「ほんとに素敵……」
玄関に来ていたルナもてててててっと走ってもどり、リンファンの隣から、海を眺める。
ドローレスも、ふたりを抱きかかえるようにして、夕陽のしずむ水平線を見つめた。
「まるで――別世界ね」
三人は、しばらく無言で、夕日の沈む方向をながめた。
「パパは今夜、親父さんといっしょにいようと思う。明日は、家族で過ごそう」
ドローレスはそう、ルナに言った。
「ルナもたくさん、話したいことがあると思う。だが、――」
「う、うん、いいの! だいじょうぶ!」
ルナは慌てて言った。
「あたしも、パパたちが来るなんて、ほんと、思わなかった。びっくりしたんだよ。だから、ゆっくりでいいと思う」
「地球行き宇宙船がE353を発つのは、年明け十日以降だって聞いたから、それまではいっしょにいられるのかしらね」
リンファンは、微笑んだ。
「パパたち、お金だいじょうぶ? ここに来るだけでもいっぱいかかったでしょ?」
ルナは不安に思って聞いた。
「お仕事は?」
「ママはお弁当屋さんやめたの。パパは――長期休暇をもらったわ」
「……!」
だいたい予想していたことだったが、ルナは焦った。
「長期休暇って――こんなに長いおやすみとって、クビになったりしない?」
「そのときは、そのときだ」
ドローレスの顔は涼しかった。ルナは、父親の動揺した顔を見たことがない。
「お弁当屋さんも長かったなあ……L77にきて、ルナが小学校に入ったころから、ずっとあそこに勤めてたもんね。メフラー商社より、長く勤めたかもしれない」
リンファンは、なつかしげに目を細めた。ルナは、母親の口からメフラー商社の名が出たことに、不思議な感覚を覚えた――ツキヨおばあちゃんの口から、第三次バブロスカ革命のことを聞いたときと同様。
「ママとパパは、ほんとに――」
メフラー商社の傭兵だったんだ。
ルナは、その先が言葉にならなかったが、両親は、分かっているように、言葉をつなげた。




