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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~邂逅篇~
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284話 邂逅 1


 地球行き宇宙船は、予定通り、1415年12月23日に、人工エリアE353に到着した。


「それじゃ、しばらく留守にします」


 三人分の着替えが入ったキャリーケースは、アズラエルが持っている。アズラエルはスーツ姿、ルナも、いつもより上品なワンピースに、パンプスの格好だ。

 そしてピエトも、子ども用のスーツを着ていた。


 ピエトの表情は、暗くはなかったが、少し固い。

 あの日、さんざん泣いて、泣き疲れて眠りに落ちたが、すべてが解決したわけではないのだ。

 つらいことの多かったピエトは、まだ安心しきってはいない。それは、アズラエルにもルナにもわかった。

 ピエトは、朝からずっと、ルナとアズラエルと手をつないでいて、離さない。


「おう、じゃあ、そっちの話が落ち着いたら連絡くれ。俺たちも会いに行く」

「わかった」


 屋敷から、ルナたち三人を見送ったのは、バーガス夫妻と娘のチロル、そしてセルゲイだ。


『大掃除はお任せください』


 ちこたんを筆頭とするpi=po数台も、頼もしいセリフを吐いて、ルナたちを見送った。


 クラウドとミシェル、エーリヒとジュリは、すでにE353に降りていた。彼らは彼らで、クリスマス休暇を過ごすためだ。

 セシルとネイシャは、ベッタラのもとへ。

 グレンは、昨日からラガーの手伝いに入っている。

 セルゲイもマタドール・カフェに手伝いに入り、デレクたちとささやかなクリスマスをする予定だ。


「じゃあ、行ってきます!」


 ルナは三人を代表して、元気よく手を振って、あいさつをした。

 三人をシャインで送り出してから、セルゲイが思い出したように言った。


「私も、E353に行ってこようかな」

「一緒にかい?」

「まさか! カレンからメールが入っていて、E353に降りるなら、どんなところか見てきてくれっていうんだ」

「そうだなァ」


 バーガスも顎髭(あごひげ)をつまみながら言った。


「クリスマスから新年までは、E353も混むだろうな。今日のうちに行っておいたほうが、人混みに巻き込まれずに済むんじゃねえか?」

「お待ちよセルゲイさん、それじゃあ、あたしも行きたいな」


 クリスマスプレゼントを見るついでに……などと、セルゲイに着いていこうとするレオナの襟首を、バーガスはひっ捕まえた。


「俺たちは、大掃除をするって約束だったろ!」


 pi=poと一緒に、屋敷の掃除をしておいてくれるバーガス夫妻のために、でかけたみんなは、いち早くクリスマスプレゼントを置いて行ってくれた。

 どうせ、来年降りるんだからというバーガスに、レオナはしぶしぶ了承した。


「E353の繁華街(はんかがい)の様子を撮ってくるだけですから、すぐもどりますよ。帰ったら、掃除も手伝いますから」


 セルゲイは言い、シャインの扉を開けた。

 




 ルナたちは、シャイン・システムで、一気にK15区の玄関口に躍り出た。

 改札を通り、長い回廊を歩いて、移動用の小型宇宙船に乗り込む。


 アズラエルは、この時点で嫌な予感はしていた。いつもはひとっこひとりいない回廊が、すさまじいまでの渋滞なのである。


 やっと順番が来て乗り込んだ移動用小型宇宙船は、人でぎっしりだった。

 こんな超過密状態の宇宙船に乗ったことはない。


「こいつらみんな、E353に行くやつらか?」


 クリスマスのすさまじさを、ルナたちは身をもって思い知ることになった。

 アズラエルは閉口(へいこう)し、ルナとピエトがつぶされないように気を配るので精いっぱいだった。ルナはピエトが迷子にならないように、ちゃんと手をつないだ。


 十分ほどで、E353のスペース・ステーションに着いた。


 リリザのときのように、宇宙船の窓から星を見る余裕なんてない――席にすら座れなかったのだから、窓の外なんて見えなかった。

 クリームを絞り出す勢いで通路に押し出される。ルナが転びかけ、あわててピエトが支えた。


 ベルトコンベア式の通路から、外壁はすっかりクリスマス仕様だった。流れている音楽も、クリスマスのそれで、ピエトは華やかな緑と赤の展覧会を見つめ、「ここもクリスマスなんだな」とやっと笑顔を見せるようになった。


 さすが、リリザと並ぶ観光惑星――もとい、人工エリア星。スペース・ステーションは、ショッピングセンターと合体した複合施設(ふくごうしせつ)だ。


 目移りするほど、ファッションビルや、ブランド店、飲食店などが立ちならぶ幅広の通路に出たとたん、あまりの人ごみに、ルナは絶句した。さっきの小型宇宙船の内部そのままに、充満(じゅうまん)した人間たちが、流されるように一定方向に進んでいる。

 この流れに逆らって待ち合わせ場所に行くのは、たいそう難儀(なんぎ)だということは分かった。


「べつの待ち合わせ場所にすればよかった」というアズラエルのぼやきを聞いたピエトは、アズラエルのポケットにつっこんである携帯電話が鳴っているのに気付いた。


「アズラエル、携帯、鳴ってるぜ」

「ほんとか? ちょっと待て、」


 さわがしくて、携帯が鳴っている音も聞こえない。相手は、オリーヴだった。


「――ああ、オリーヴ、俺だ――そうか。じゃあ、そっちにしよう。待っててくれ。今、着いたところだ」


 アズラエルは手短に会話して、電話を切った。


「東の通路が空いてるらしい――待ち合わせはそっちにするぞ。ルゥ、ツキヨばあちゃんたちに連絡してくれ」

「う、うん、わかった」


 アズラエルたちは、なんとか通路のすきまに身を寄せた。ルナはバッグから携帯を引っ張り出し、リンファンに電話をした。


「ママ? ママ、いま、どこにいる?」

『それがねえ、ママ、迷っちゃったの~』

「ええ!? またあ!? パパとツキヨおばーちゃんは!?」

『いっしょにいるよ? でも、ものすごい人ごみで、ルナとアズ君がどこにいるか分かんない』

「あのね、ママ、待ち合わせ場所、駅商店街の、東通路の――えと、入り口にしようって。そっちはすいてるって」

『ほんと? わかった、じゃあ、そっちに行くね』


 すぐに電話は切れた。リンファンたちがいる場所も、相当の人ごみのようだった。


「よし、じゃあ、突っ切って、東へ行くぞ」


 ピエトを肩車したアズラエルは、キャリーケースを引きずりながら、人ごみのなかに突撃していった。ルナはあわてて、はぐれないように、アズラエルのコートの(すそ)をつかんだ。





 そのころ、セルゲイも、大混雑の通路をまえに、絶句していた。


(写真を撮るどころの話じゃない……)


 移動式小型宇宙船に並ぶ大行列を見た時点で、「もどろうかな」と一瞬思ったのだが、今日でこれなら、クリスマスから新年は、もっとひどいはずだ。

 そう思って、三十分行列に並び、E353はこれほどではないだろうと思って来たセルゲイの当ては外れた。

 身動きさえとれない、この大渋滞。


(まあ、この大混雑も、ネタにはなるか)


 それでも、クリスマスの華やかな賑わいの店舗を数枚撮ったところで、セルゲイはあきらめた。まさか、ずっとこの調子ではないだろう。空く時期もあるはずだ。船内のニュースをチェックして、混んでいない時期にあらためて来ようと、セルゲイは決めた。


 セルゲイは、頭一つ高い長身を生かして、西から中央区へ移動した。東の通路のまえを過ぎる人数は多いけれど、そっちへ入るひとがすくないのを見て、とにかくそちらへ行こうとした。


 混雑で、足元をよく見ていなかったのが災いした。


「うきゃっ!」

「あっ! すみません!」

 

 セルゲイは、小柄な女性にぶつかってしまい――その悲鳴が、どこかで聞いた声だな、と思って立ち止まった。

 女性の、どこかマヌケな悲鳴は、ルナのそれに似ていた――だが、ルナではなかった。黒髪のボブヘアの、中年女性だ。

 尻もちをついていたので、セルゲイはあわてて助け起こした。


「す、すみません――思い切りぶつかってしまって」

「い、いえいえ、こちらこそ――地図ばっかり見ていたの。わたし――ごめんなさい」


 やっと立ち上がって、顔を上げた女性は、セルゲイの顔を見て、目を見張った。


「――セルゲイ?」


 セルゲイは、この女性と知り合いだっただろうかと、首をかしげた。だが、セルゲイの記憶の中に、この女性はいなかった。


「お知り合い――だったでしょうか?」

 セルゲイは、一応(たず)ねてみた。

「え?」

 女性はあまりにうろたえて、セルゲイを見ていた。

「たしかに私はセルゲイという名ですが――失礼、あなたのお名前は」


「セルゲイ」


 セルゲイは再び、見も知らないだれかに、名前を呼ばれた。

 今度は、中年男性だ。セルゲイと同じくらいの背丈を持つ、体格のいい紳士だった。プラチナブロンドにメガネ――あまり表情を持たないだろう紳士の目は、やはり驚きと困惑で揺れていた。


「――あの?」

「あなた、セルゲイって(おっしゃ)るんですか? え? ほんとうに?」


 女性がすがるような顔で尋ねるので、セルゲイは、「そうです、私はセルゲイ・E・ウィルキンソンといいます」と、自己紹介をした。


 とたんに女性の目が潤みだし――両手で口を覆いつつ、後ずさった。


「まさか! セルゲイがこんなところにいるはずがないわ。だってあの子――」


 紳士が、女性の肩を抱きしめた。セルゲイから、目をそらすことなく。

 このふたりは夫婦だろうか。


「……失礼。驚かれたでしょう、すみません」

「あ、いいえ」


 セルゲイは、立ち尽くした。別に急ぎではないのでいいのだが、すぐには立ち去れない気配があった。

 ふたりが、セルゲイから視線を外さないからだ。まるで亡霊でも見るように――しかし、怯えた表情ではなく、懐かしさと、慈しみをたたえた目で。

 それはきっと、亡霊でもいいから出会いたかった者と、出会ったときの衝撃だ。

 セルゲイの想像は、当たった。


「……すみません」

 紳士は、我に返ったように、セルゲイから一度、目をそらした。

「あなたが、あまりに息子に似ていたものですから」


 彼は苦笑し、「行こう、リンファン」と妻の肩を押して急かした。


(リンファン?)


 セルゲイは、あまりの邂逅(かいこう)に、めまいを起こしそうだった。だが、口が勝手に、彼らを引き留めていた。


「し、失礼――あの――リンファンさんですか? ――もしかして、ルナちゃんの、お母さん?」


 動揺して、目に涙すらためていたリンファンとドローレスが、顔を見合わせた。


「え、ええ――わたし、リンファンです。こっちは夫のドローレス。ルナの親です。――あ、あなたは?」


 そこへ、ツキヨが合流した。


「悪いねえ、ドローレスさん、リンファンさん、トイレもずいぶん混んでて」


 ツキヨは、セルゲイと夫婦の間の、微妙な空気を感じ取った。


「どちらさんだい?」


 ツキヨの問いに、セルゲイは、正体を明かすことにした。セルゲイも、彼らがだれなのか、すっかりわかったからだ。


「私は、セルゲイ・E・ウィルキンソンという者です。ルナちゃんと宇宙船で同居して――い、いえあの、誤解を招きかねないので言っておきますが、ルーム・シェアしてるんです。今日のことも伺っています。L77からはるばると、その――長旅、お疲れさまでした――」


 セルゲイは、絶句している三人を見つめながら、宇宙船役員のような台詞で締めくくった。



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