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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~邂逅篇~
690/943

283話 E353 3


 その夜のことだ。

 夕食どきから、ピエトの様子がおかしかったのは、ルナもアズラエルも気付いていた。ピエトがいつものように「おやすみなさい」と言って自室に向かおうとするのをルナは止めた。


「ピエト、今日は一緒に寝よ?」


 その言葉を待っていたのかもしれない。ピエトはちいさくうなずくと、ルナに手を引かれて、ルナたちの部屋に向かった。


 アズラエルはベッドで端末を手にしていたが、ピエトが入ってきたのを認めると、棚に置いた。そして、ベッドに乗り上げたピエトをひょいと抱きかかえると、膝の上に乗せた。


「二十三日は、おまえもいっしょに行くんだ」

 ピエトは驚き、しかし、すぐに沈んだ顔をした。

「おまえがゴチャゴチャ考えてることは、今のうちに言っとけ」


 アズラエルがピエトの小さな頭を撫でて、ほっぺたをつまんだ。ルナも毛布に入り、じっとピエトを見つめている。


「……ルナの父ちゃんと母ちゃんが、アズラエルと暮らすのをダメだって言ったら、俺たちは、もういっしょに暮らせないの?」


 ピエトがつぶやいたことは、ルナとアズラエルの予想通りだった。ふたりは顔を見合わせ、ルナは、用意していた言葉を告げた。


「ピエト、あのね」

 ルナの口調は、いつもの百倍は落ち着いた口調だった。

「たぶんね、あたしのパパとママは、反対はしないと思う」

「え?」

「今朝のママのメール見て、あたし、そう思ったの」


 ルナは、メールを、ピエトにも見せてあげた。

 ツキヨとルナの両親が、E353のスペース・ステーションで撮った写真――三人の顔はおだやかだった。娘の交際の反対をしに来た顔ではなかった。


「もし、あたしとアズの同居とか――うん――まぁ――つきあっているのかな? を反対する気なら、とっくに電話が来てると思う。わざわざ、お金かけてこんなところまで来ないと思うの」


 E353に来るのって、ものすごく旅費がかかるの、とルナはピエトに説明した。

 L77からは、簡単に来れる場所ではないこと。おそらく両親は、仕事もやめなければならなかっただろうし、貯金を切り崩して、ここまで来ただろうことを。


「おまえを連れもどしに来たんだったら?」


 アズラエルが眉をあげると、ピエトの顔色がふたたび沈む。ルナは「アズ!」と怒った顔で言った。


「冗談だ。――だが、ルナの言うことにも一理ある。一理あるが、正解とは言えねえ。ドローレスさんの心中は複雑だろうさ」


 アズラエルは肩をすくめた。男親の心中はわからないが、ルナよりは分かる気がした。


「ドローレスさんが心配してるのは、俺が軍事惑星の男からだろ」


「……ルナが、傭兵の奥さんになっちゃダメだってことだよな?」


 ピエトは賢い。夕食のときに、ルナとアズラエルの複雑な縁の話を聞いて、要点は理解している。

 アズラエルはうなずいた。


「ああ、そうだ」

 

 ルナの両親は、軍事惑星で、ルナの兄にあたるひとり息子を亡くしている。そのため、ルナはぜったいに軍事惑星には関わらせないという気持ちで、育ててきた。

 だから、どんなことがあっても軍事惑星群に行かせる気はない――まして、傭兵の妻になんて、とんでもないことだ。


「そのことなんだがな、ピエト」

 アズラエルは、はっきりと言った。

「俺は、――まぁ、この旅行が終わったら、つまり、地球に着いたら、傭兵をやめて、この船の仕事に就こうと思う」


「えっ?」

 聞き返したのは、ピエトだった。


 ルナももちろん初耳で、メチャクチャ驚いていたが、今は何も言わないことにした。


「まぁ、その、ルナにもおまえにも、いつか、俺の生まれた場所を見せたい気持ちはある。俺の育ってきた場所もな――だが、それは永住(えいじゅう)じゃねえ」


「ええっ!?」

 ピエトは、ついに大声を上げた。


「本気だ。俺は、この船で暮らす。おまえを俺の傭兵グループに入れてやることはできねえが、おまえを立派な傭兵に育ててもらう先はいくらでもある」


 ピエトは、聞き始めこそ目を丸くしていたが、やがて、困り顔でうつむいた。

 それもそうだ。いままで心配していたことが、ひっくり返ってしまったのだから。

 ピエトは、ルナの両親が反対したら、もういっしょに暮らせなくなるかもしれないと、そればかり心配していた。


 だが、それ以上のことが起こった。

 アズラエルは、傭兵をやめてしまう。そして、宇宙船の役員になるという。


 でも、そうしたら、ピエトは、アズラエルといっしょに住んでいては、傭兵にはなれない。 

 アズラエルは宇宙船にいて、ピエトは軍事惑星へ。そして、傭兵の学校へ行って、認定の資格を取らなければならない。

 宇宙船内には、傭兵の認定資格を取らせる学校はない。

 ルナも、地球行き宇宙船の役員になりたいと願っている――ピエトはそれも知っていた。


 つまり、ピエトが傭兵になるといっているかぎり、ふたりとは一緒に暮らせない。

 ピエトの目に、大粒の涙が浮かんだ。


「お、お、俺が、傭兵にならないって言ったら、子どもにはしてくれない?」


 こちらは、ルナもアズラエルも予想外の返答だったものだから、焦った。


「おい待て――なんでそんなことを考えた?」


 ピエトは大声で泣き出した。


「俺、俺、いやだよ……ずっと、アズラエルとルナと、いっしょにいたい」


 ピエトがいっしょに住むことになったとき、ピエトとアズラエルは約束をした。


 ルナを泣かせないこと。

 二度と盗まないこと。

 L85に帰りたいとは言わないこと。

 病気をちゃんとなおすこと。

 タケルたちと仲良くなること。

 学校へ行くこと。


 ――ピエトは、ちゃんと約束を守ってきたつもりだった。

 傭兵になるために、過去を捨てた。自分で、ゴミ捨て場に捨てて来た。


「俺は、アズラエルとルナも捨てて、傭兵にならなきゃいけねえの?」


 さすがにアズラエルとルナは、顔を見合わせた。


「ピエト、俺はべつに、おまえに強要した覚えはねえ」


 アズラエルはピエトの頬を両手で(はさ)み、しっかりと目を見て言った。


「おまえが傭兵になりてえっていうから、特訓を始めただけだ。なりたくなきゃ、それでいいんだ」

「俺ひとりで、傭兵になんかなりたくねえ……俺はもう、ひとりはイヤだ」

「おまえをひとりにする気はねえよ――俺たちは、家族だろ?」


 アズラエルはピエトを抱きしめた。ピエトの泣き声が、一層(いっそう)激しくなった。ルナも、横からピエトの頭を撫でた。


「ねえ、ピエト。――ピエトは、自由でいいの」

 ルナは静かに言った。

「あたしだって、このあいだまで、なりたいものなんかなかったんだよ?」


 ピエトは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「地球に着いてからでもいいじゃない。ピエトが進みたい道を決めるのは。傭兵でもいい、地球行き宇宙船の役員でもいい、ほんとうにピエトがなりたいものを見つけたら、きっと、ピエトのほうがあたしたちのことを置いて行っちゃうよ」

「そんなことねえもん! ――俺は、」

「あたしもそう思ってた」


 L77の田舎町で、一生を終えるのだと思っていた。ツキヨおばあちゃんのお店のお手伝いをしながら、いつかおばあちゃんの代わりにレジに座ったりして、そうやって、何ごともなく、とても静かに暮らしていくのだと思っていた。

 でも違った。

 ルナは今――地球行き宇宙船にいる。


「分からないんだよきっと。なにが起こるかなんて」

 ルナは微笑んだ。

「でも、あたしたちとピエトは家族だから。あたしとアズがピエトのおうちで、家族なの。ピエトの帰る場所はここなの。だから泣かないで」


「ピエト、おまえが何になろうが、それはおまえの自由だ。――俺は言ったろ? 過去を捨てるときに、おまえ自身で決めろと」


 ゴミ袋にまとめた過去を、捨てるか捨てないかは、自分で決めろ、とアズラエルは言った。


「おまえは過去を捨てて、傭兵になったんじゃねえ――俺たちの子になったんだろうが」


 ピエトは、アズラエルにしがみついた。しばらくのあいだ、そうやって泣き続けていた。

 ルナはピエトの頭を撫でつづけ――アズラエルのTシャツが涙と鼻水でぐっしょり濡れて、大洪水になったころ、ピエトは眠っていた。


 やっと眠ったピエトをはがして、Tシャツを着替えに行こうとしたアズラエルだったが、ピエトがものすごい力でしがみついていて、離れなかった。

 アズラエルは仕方なく、そのまま眠ることにした。


「――腹がつめてえ」


 ルナは、笑って、いっしょに眠りにつくことにした。




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