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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~邂逅篇~
689/932

283話 E353 2


 さて。そのルナだったが。


「ねえ、うさこ」

『なあに』


 めずらしく、呼んだらすぐにZOOカードから出てきた月を眺める子ウサギと、会話をしていた。無論、イマリのことについて。


「イマリは、けっきょくどうすればよかったの」


 華麗なる青大将と出会ってしまったけれど、それでいいの。ルナは聞いた。


『いいのもなにも、それがあの子の幸せなんだから、しかたないじゃない』


 月を眺める子ウサギは、用意されたソファに座り、頬杖(ほおづえ)をついて嘆息した。

 用意されたソファというのは、ルナがおもちゃ屋さんで買ってきたものである。ぬいぐるみ用の、ひじ掛け付き一人用ソファ――月を眺める子ウサギは、大変にお気に召したようで、今日は長居(ながい)をしてくれている。


『テーブルと、お茶セットも欲しいわね』

「うん。今度買ってくるよ」


 ルナは素直にうなずき、「イマリのことだけどね」と言いかけると、月を眺める子ウサギは告白した。


『わたしも、なんとかしようとしたのよ。あの子を宇宙船から降ろそうと思って』

「え?」

『詐欺師に引っかからせたり、借金をさせたり――だって、あの子が理想の恋人と出会うには、もう、お姉さんのもとに帰るしかないんだもの』

「えええええ!?」


 夢の中で、イマリがぼろぼろだったのは、月を眺める子ウサギのせいだったのか。


『あなたと友達になっていれば、最高の相手と結ばれた――でも、ダメだったわ』

「……ベンさんは、最高の相手ではないの?」


 月を眺める子ウサギは、考え込むような顔つきをした。


『考えようによっては、最高の相手よ。あなたと、アズラエルのようなものだから』


 ルナは、返事に(きゅう)した。


『あなたと友達になっていたら、出会っていた相手は、あなたにとってセルゲイのような相手。お姉さんのもとに帰れば、グレンのような相手と出会える』


「でも、ベンさんと会っちゃったから……」

『そうね――イマリを待ち受けるものは――』


 月を眺める子ウサギは言いかけ、やめた。ぬいぐるみの表情は、ひどく分かりづらい。うさこは、ソファから飛び降りて、銀色の箱の上に立った。


『イマリのことは、もう忘れなさい、ルナ』

「……」

『それどころじゃなくなるわ。あなたには使命がある。イマリ一人に頭を悩ませている時ではないのよ』


 ルナがウサギ口をすると、

『ちこたんを呼びなさいな。もう、次の出来事が動き始めている』

 そういって、うさこは消えた。


「……」


 煮え切らない思いのルナだったが、うさこは消えてしまったので、仕方なくちこたんを呼んだ。すると、めずらしく、メールが入っている。


『今朝、メールが来ましたとお伝えしましたよ。ちこたんは』

「そうだった? ごめん、聞いてなかったかも」


 心ここにあらずのルナをよそに、ちこたんがメールを開封した。


「これわ……たいへんだ」


 ルナは、ちこたんの前で硬直した。


「たいへんだ――たいへんだ――たいへんだ」


 ルナのうさ耳がぴこーん! と勢いよく立ち、せわしなくぴこぴこぴこと揺れ出した。そして、部屋中をぺぺぺぺぺと駆け巡ったあと――すっ転びながら部屋の外に飛び出した。


『どうかしましたか! ルナさん!!』

「たいへんだ! ――アズ! アズ、アズ! あず!!!」


 ルナは、屋敷中を、アズラエルの名を呼びながら探し回った。ルナはぴこぴことあちこちをうろつき――トイレも物置もすべて開けて、天井裏まで行ってアズラエルを呼んだ。


『アズラエルさんは、キッチンです!』

「ありがとうちこたん!!」


 ちこたんのほうが、捜すのは早かった。アズラエルは、キッチンにいた。バーガスと一緒に、ラークのシチューを仕込んでいるところだった。


「どうした、ルゥ」


 キッチンに飛び込んできたウサギを、ラークといっしょに煮込んでしまおうかと思ったくらいには、ルナはうるさかった。


「アズ! たいへんだ!」

「大変の先を言え」


 アズラエルは、バーガスと一緒に、K15区で買ってきたワインを飲みながら、大量のジャガイモを剥いていたわけなのだが――。


「パパとママと、ツキヨおばーちゃんが、E353にいるって」

「あ!?」


 ルナの台詞を聞いた瞬間、アズラエルは指を滑らせて、じゃがいもが血みどろになった。

 傷口を水で洗い、申し訳程度にエプロンで拭き、エプロンも血みどろにしながら、ルナのあとを追って――いつしか追い越して、部屋にもどった。

 ちこたんのメールボックスが開いている。そこには一通の新着メールが。


「今朝、けさ、今朝! 来てたの!」


 置いて行かれたルナが、ぜいぜいとちこたんのそばまで来て、アズラエルの後ろから、メールを指さした。


「ママから」


 件名:ママで~す!

 本文:ルナ~♪ ママたち、いま、どこにいると思う?

    (E353のスペース・ステーションの写真が二枚)

    ジャジャ~ン♪ E353にいます!

    (パパとママとツキヨの三人で撮った写真)

    ルナたちの宇宙船は、クリスマス前後に着くってインフォメーションのひとが言ってたわ。

    今年のクリスマスは、家族と、それからアズ君とで過ごせるかな?

    ではでは、E353で待ってま~す!

    宇宙船がE353についたら、連絡ちょうだいネ☆彡

    アズ君にも、よろしく☆彡  ママより


「アズ君!?」


 アズラエルが絶叫したが、ルナはあわただしく言った。


「たぶん、おばーちゃんは、あたしとアズのことを、パパとママに話したんだよ」


 もしかしたら、アズラエルに会いたくて来たのかも、とルナは言い、メールを見たまま固まっているアズラエルに、やっと、「――だいじょうぶ?」と聞いた。


「お――おう――」


 アズラエルは、かろうじて返事をした。写真に写っているドローレス。アズラエルは、かの「歩く冷蔵庫」――が自分を睨み付けている錯覚を起こしていた。


「アズ。あのね、いますぐ、アズのパパとママに連絡して」

「は? ――なんで」


 アズラエルはすっかり冷静さを欠いていた。


「なんでって、アズのママはずっと、ツキヨおばーちゃんを捜してたんだよ!? やっと、E353で会えるんだよ!?」


 ルナの主張に、アズラエルはやっと気づいた。


「E353で待ち合わせして、アズのママと、ツキヨおばーちゃんを会わせてあげなきゃ!」


 アズラエルの親の傭兵グループが、そしてメフラー商社のメンバーが、E353に向かっている。

 再会が叶うのは、エマルとツキヨだけではない。ルナの父親であるドローレスを息子のようにかわいがっていた、メフラー親父も来る。アマンダも、デビッドも。

 デビッドとドローレスは、メフラー商社にいたころは、相棒同士だった。ドローレスは、もちろんアダムとも仲が良かったし、ルナの母リンファンと、アズラエルの母エマルは、学生時代からの親友だ。


 アズラエルは、ルナの肩をがっしりつかんで、叫んだ。


「おまえが仕組んだのか!?」

「!?」


 ルナはうさ耳と首をぷるぷる振った。


「まさか!」


 ルナだってまさか、両親とツキヨがここまでくるなんて、思いもしなかったのだ。

 しかし、だれが仕組んだのか、見当はつく。どうあっても、ピンクの子ウサギが、ルナを最高級に賢くしたような笑顔で「ふふふ♪」と笑っている気がした。


 アズラエルはあわてて、自身の携帯電話のメールボックスを開いた。

 オリーヴとアマンダのメールを受信した。彼らも明日、E353に到着する。

 アズラエルは、慌ただしく日付を確認した。今日は二十一日――あと二日で、地球行き宇宙船は、E353に着く。


「……」

「あじゅ?」


 顔を両手で覆い――「了解」と打っただけのメールを、オリーヴとアマンダに返したあと、アズラエルはふらりと立った。


「ルゥ。予定は明日立てよう。すこし待て。リハーサルを、――いや、気持ちの整理をしてくる」

「……うん」


 ルナはぴょこたんとうなずき、アズラエルがふらふら、部屋を出ていくのを見送った。


『アズラエルさんは、どうかしましたか?』

 ちこたんが聞いてきたので、ルナは首を振った。

「どうもしないんですよ、ちこたん」



 


「冗談だろ!?」

「うさこちゃんのご両親が、あのドローレスさんとリンさんだっていうのかい!?」


 バーガスとレオナは、屋敷が揺れるほどの大声を上げた。無理もなかった。


「ああ。俺も、最初聞いたときは信じられなかった」

 アズラエルは、もくもくとラークのシチューを口に運びながら言った。


 動揺のあまり、ジャガイモをほったらかして外に出たアズラエルだったが、ひと気の一切ない住宅街をぐるぐると散歩してくる程度で、動揺は収まったようだ。


 ルナがアズラエルの代わりに、山のようなジャガイモを()いていた。おまけに、アズラエルのワインをちょっぴり拝借(はいしゃく)していた。


 アズラエルは一時間ほどでもどってきて、「しぶい」と文句を垂れているルナのワイングラスを取り上げてジュースを与え、今度はべつの野菜を刻みはじめた。

 ラークのシチューは、無事美味しく出来上がって、みんなの胃におさまりつつある。


「ルナちゃんがもしかしたら、軍事惑星で生まれるって可能性もあったわけだね」

「ルナ姉ちゃんが、もしかしたら傭兵だったなんて、想像できないよ」


 アズラエルの多少長い説明が終わってから、セシルとネイシャが口々に言った。


「そうだね――その、空挺師団の事件がなかったら、ルナちゃんは、傭兵の子として、育っていたかもしれないんだ」


 セルゲイも、感心したように言った。バーガスの秘伝スパイスが加わって、グレードアップしたシチューの味にも、ルナとアズラエルの、奇縁の話にも。


「おまけに、ルナちゃんのお兄さんが、“セルゲイ”だなんてね」


 けれど、セルゲイは、嘆息もこぼした。

 ルナがかつて、「セルゲイは、あたしのお兄ちゃんじゃない?」と言ったのは、思い付きの台詞ではなかったというわけだ。

 しかし、そのころは、ルナも自分の兄のことはくわしく知らなかった。

 

「でも、セルゲイさんは、ルナちゃんのお兄さんじゃないんだろ?」


 セシルが聞き、セルゲイはうなずいた。


「うん。私は、ちょうど空挺師団の事件があったころに、義父さんの養子になった。ルナちゃんの兄ではないよ」


 レオナとバーガスが、ちょっとがっかりした顔をしたのを、セルゲイは見ないことにした。


「まあ、ちょっと待て――冷静に。冷静になろう――」


 バーガスが焦り顔で言った。


「冷静じゃないのは、あんただけさ!」


 バーガスを小突いたレオナも、冷静でないことだけは分かった。


「ドローレスさんとリンさんが来てるってンなら、俺たちも会いてえな」

「そうだよ! あたしたちだって、ふたりには世話になったんだ。懐かしいし――チロルも、見せたい」


 レオナも、興奮して叫び、ベビーベッドで眠る娘を見つめた。

 

「ドローレスさんとリンさんがいなくなっちまったのは、俺たちが二十歳になる前だった」

 急にしんみりとした面持ちで、バーガスは言った。

「メフラー親父の手前、そんなこたァ口が裂けても言えなかったけど、もう、亡くなってると思ってたんだ、俺たちは」


 それはアズラエルも否定しなかった。メフラー親父だけは、彼らが生きていると信じていたが、ほかの皆は、ドローレスたちを死んだものと思っていた。

 あの当時、逃げ遅れて命を落とした者や、つかまった者も数知れなかったからだ。


「でも、――生きていて、ほんとによかったよ。親父さんが、どんなに喜ぶことか」


 レオナは、テーブルの上の布巾(ふきん)で豪快に涙をぬぐった。バーガスも、そんな妻の肩を撫ぜるようにして、

「ルナちゃん、知らねえだろうが、ドローレスさんは、そりゃすごい傭兵だったんだぜ」

 とまるで自分のことのように自慢気に言った。レオナも鼻息を荒くした。


「そうだよ! 学校のドラフトで、ものすごい数の指名が来て――、でも、ドローレスさんはメフラー商社を選んだんだ。白龍(パイロン)グループじゃ、最初っから幹部の席を用意してたっていうよ」


「ああ。銀龍幇(インロンパン)のシュウホウが、――当時は若頭だったが――ドローレスの指名に躍起(やっき)で。最初から三番目の幹部席を用意してた。でも、ドローレスさんはそれを蹴って、ウチに来たんだ」


「マジかよ!」

 ネイシャが驚いて、身を乗り出した。

「ルナ姉ちゃんの父ちゃんって、そんなすごい傭兵なの」


「――ここだけの話」

 バーガスは、めずらしく生真面目な顔で言った。

「親父はマジで、ドローレスを跡継ぎにする気だった。――アマンダやデビッドも、それを認めてた」


「そう――あの、事件がなけりゃ――」


 レオナの言外には、空挺師団の事件と、バブロスカ裁判のやり直しの事件――アズラエルたち家族もL18を追われた、あの事件があった。


 急に食卓が静かになった。


 セシルとネイシャもこの事件は知っている。いや、軍事惑星の者なら、知らない人間はいない。

 ルナは、事故で亡くなったと言われた兄が、空挺師団の事件で死んでいたなんて、知る由もなかった。

 ツキヨも父も母も、ルナには、けっして軍事惑星群の話はしなかったからだ。


 そして、バブロスカ裁判のやり直しの一件――アズラエルたちの一家も、軍事惑星外に逃亡しなければならなくなった、あの事件。


 アズラエルの祖父母にあたるアダムの両親は、無実の罪で捕らえられて亡くなり、アズラエル家族も、L系惑星群内を転々とした。


 ドローレスとリンファンが、メフラー商社のだれにも言わず、姿を消したのは、リンファンのおなかにルナがいるときだった。

 第三次バブロスカ革命の、オークスの遠縁だということで、ドローレスの逮捕命令が出されたからだ。

 

 なんとなく、ルナはこの席にグレンがいなくてよかったと思った。今日は、エーリヒとジュリ、ミシェルとクラウドもいない。


 ここにいる皆はグレンを責めたりはしないだろうが、グレンが居心地の悪い思いをすることぐらいは想像できた。

 空挺師団の事件も、アズラエルたちが追われる原因になった事件も、すべてドーソンが(たくら)んだことだ。グレンがしたことではない。だが、そのことが原因で、アズラエルとグレンはかつて、一触即発(いっしょくそくはつ)になったこともある。


 けれども、グレンの父バクスターが、ルナたち親子を助けてくれた。ほかの星に逃亡する手助けをしてくれたのだ。


 彼がそうしてくれなかったら、ルナは今、ここにいないかもしれない。

 これもたしかに、奇縁だろう。


 ルナは、楽しそうな顔で、ルナの知らない両親の話をするバーガスたちを、複雑な顔で見つめた。



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