282話 真っ赤な子ウサギと、華麗なる青大将 1
ルナは夢を見ている。
森の中だった。おそらく、フクロウたちと宴会をした森と同じだろうが、ひらけた広場になっていて、輝く星空の下、木々に囲まれた広場の中央には、大きな木が立っているのだった。
「大きなウサギの木よ」
「ウサギの木?」
ルナは、巨木を見上げた。たしかに言われてみると、幹の帽子みたいな葉っぱの群集は、ウサギ耳のように、二本、ぴょこん、と角を立てているように見えなくもない。
教えてくれたのは、だれだろう――ルナは周囲を見回して、仰天した。
広場が、いきなり、ものすごくたくさんの動物で埋められたからだ。
でも、大きな動物は一頭もいない。ぜんぶがぜんぶ、ウサギやネコ、子犬などの小動物ばかり――おまけに。
(みんな、女の子だ)
どの動物も、可愛いワンピースを着ていたり、リボンをつけていたりして、女の子だということがすぐに分かった。
「ちょっと、がんばっちゃった」
ルナに木の名前を教えてくれたのは、軍服を着た真っ白なウサギだった。
「あ――!」
たしか、ウサギコンペで、向かいに座っていたウサギだ。彼女の横から、ジャータカの黒ウサギもひょこりと顔を出した。
「いっしょにがんばったのよ。あちこちから、たくさん集めてきたの。あなたの手助けをしようと思って――」
「え?」
この、女の子ばかりの小動物の群れが、一体何を意味するのか、ルナにはさっぱりわからなかった。
しかし、すぐに解明した。
「うわあ! こんなにたくさん! ウサギさんたち、ありがとう!!」
喜びの声とともに、大きな青大将が姿を現したからだ。
「か、華麗なる青大将さん!?」
ルナは叫んだ。
「覚えていてくれたの、うれしいなあ!」
青大将はうれしげに、ほっぺたを赤くした。
「やっぱり、派手な名前にしてよかった! 俺は地味だもの。だから、いつもみんなに嫌われちゃって」
ルナは呆気にとられて青大将を見上げた。「華麗なる青大将」という名前は、自分でつけたのか――地味なのが、嫌で?
(き、きらわれるのは――地味だからじゃ、ない、と)
ルナは言いたかったが、怖くてなにも言えなかった。近くで見ると、ほんとうに大きい。
とにかく、ルナにもわかったことは、このたくさんの小動物たちは、ジャータカの黒ウサギと、真っ白な子ウサギが集めてきたのだ。月を眺める子ウサギの手伝いをしようと。
華麗なる青大将に、恋人をつくってあげようと、思って――。
どの子にしよう、とさっそく鎌首をもちあげて、広場を眺め渡した青大将。
「きゃああああ!!」
暗闇から、巨大な大ヘビの姿が現れたとたん、ウサギや子犬たちの間から、恐怖の悲鳴があがった。
四散した小動物たち。響きわたる悲鳴。「たすけて」「怖い」という絶叫――数分もしないうちに、草原から、小動物は消えた。
ルナは口をあんぐりとあけて、その顛末をながめていた。ジャータカの黒ウサギと、真っ白な子ウサギも、まさかの全員逃亡に、ぽっかり口を開けてしまった。
――気づけば、すっかりとぐろを巻いた中に、自分の頭を押し込んで落ち込んでいる、「華麗なる」青大将がいた。
「――やっぱりね」
俺なんか、どうせ――ヘビだから。
もごもごと、とぐろの中から、青大将の悲し気なつぶやきが聞こえる。
「ねえ、あのね」
ルナは言った。
「おなじヘビは、いやなの? ヘビ同士だったら、存外うまくいくかもよ」
ジャータカの黒ウサギと真っ白な子ウサギも、うしろでうなずいている。だが、青大将は首を振った。
「俺は、ヘビは嫌だ。同族嫌悪ってあるだろ? ヘビはなんとなく冷たくて、薄情で、俺は嫌だ。――君だって、ライオンなんかとつきあってるじゃないか。おまけにトラとパンダがキープされてる」
ルナは、べつにあのふたりはキープではないと言いかけたが、話がややこしくなりそうなのでやめた。
「あら、あたしは、運命の相手がウサギよ? とっても大きな、青いウサギ」
しばらく会ってないけれど、とジャータカの黒ウサギは言った。白ウサギも青大将を励ますように、言った。
「あたしも、銀色のトラさんとの相性はいいけれど、ホントの運命の相手はべつにいるのよ。もちろん、ウサギだわ。このあいだ生きていたときは、生まれ変わってなかったけれど――それに、“器用なオオカミ”さんとの相性もよかったの。だから、あなたも、ウサギや子犬や、子ネコにこだわらないで、同類の中でも、もっと探してみたらどう」
器用なオオカミさん、はグレンの親友である傭兵のウォレスだ。
ルナは、夢の中ならなんでもわかるのになあ、とため息をついた。
青大将は、とぐろの中から顔を持ち上げた。
「俺は、ちいさくて、かわいくて、尽くしてくれる子がいいんだ」
ルナたちは、顔を見合わせ――ジャータカの黒ウサギが、ひどく深刻な顔で言った。
「……子ネコは、どっちかというと、気まぐれで、きっとあなたが尽くさなきゃいけないわよ? ウサギは、あなただけというより、多方面を見てしまうから、やきもきする羽目になるかも? 子犬は、尽くしてはくれるけど、ものすごく甘えんぼうで常に一緒にいたがるから、あなたは窒息しそうになるかもしれないわね?」
ついに、青大将は悲憤の絶叫をした。
「どこかに、俺の理想のウサギはいないのか!?」
「理想の相手――それが運命の相手かしら?」
ウサギたちは、ひそひそと相談し合った。
「小さくて、可愛くて、尽くしてくれる子ねえ――どうする――今度は、コマドリとインコでも集めてくる?」
「ルナ、だれかいい人はいない?」
「イマ――真っ赤な子ウサギは、ダメなんでしょ?」
「だって、だってだわよ」
「そうよね、だってよね」
ウサギたちが車座になって、うさ耳をぴこぴこさせながら話し合っているところへ、金切り声が聞こえた。
「見つけた!!!」
噂をすれば、なんとやら。
ウサギたちを見つけて、目を吊り上げているのは、真っ赤な子ウサギだったのだ。彼女はひとり――いや、一羽だった。かつて従えていたネズミたちはいない。なぜかは知らないが、服はぼろぼろで、ずいぶんみすぼらしい外見になっていた。
「苦労したみたいね、タマシイがボロボロよ」
「仕方がないわ。何度言ったって分からないんだもの。恨みばかりじゃ、不幸を呼び込むだけだって――」
黒ウサギと白ウサギは、気の毒そうに真っ赤な子ウサギを見つめたが、赤いウサギは目を血走らせて三羽のウサギを睨んだ。
さらに、どこから持ち出してきたのか、カマを振り上げた。
「このウサギども! あたしのジャマばっかりして!」
完全なる逆恨みである。そもそも、この三羽は、最近、真っ赤な子ウサギに関わってなどいなかった。
「ルナ! 逃げて!」
あわてて、ジャータカの黒ウサギと真っ白な子ウサギが、ルナをうしろにかばったが、真っ赤な子ウサギが鎌を振り下ろすことより――もっと、おそろしいことが起こった。
「うわあ! 可愛いウサギさん!」
青大将は、ルナを庇ったのではない。とても可愛いウサギを見つけて、大喜びであいさつをしたに過ぎない――。
「どいて! あたし、こいつらを片付けてしまわなけりゃ、」
「そんなこといわないで。このウサギさんたちはいい人だよ。それより、君――俺が怖くないの?」
「は? だれが、だれを怖いって?」
ルナたち三羽のウサギも驚いたのだが、真っ赤な子ウサギは、これっぽっちも青大将を怖がってなどいなかった。
大歓喜したのは、青大将である。
「ほんとに!? 怖くないの!?」
「あんたのなにが、怖いのよ――」
「嬉しい! 俺を怖くないと言ったウサギははじめてだ!」
ルナたちは、止めることができなかった――真っ赤な子ウサギが、青大将に、ひとのみにされてしまうのを。
「――!!」
三羽のウサギは、それぞれの耳をぴーん! と立たせてのけぞった。
真っ赤な子ウサギの悲鳴も、聞こえなかった。彼女がなにか叫ぶ前に、ぺろりとのまれてしまったのだから。
「ウサギさんたち、ありがとう」
青大将は喜びに火照った頬で、うやうやしく礼をした。
「俺の運命の相手が、見つかった」
そのまま、いそいそと広場を後にしていく青大将の後ろ姿を、ルナたちは見た。
草の上には、ぽつんと、星の光を受けて物騒に輝く、カマが残されていた。




