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キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~邂逅篇~
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282話 真っ赤な子ウサギと、華麗なる青大将 1


 ルナは夢を見ている。

 森の中だった。おそらく、フクロウたちと宴会をした森と同じだろうが、ひらけた広場になっていて、輝く星空の下、木々に囲まれた広場の中央には、大きな木が立っているのだった。


「大きなウサギの木よ」

「ウサギの木?」


 ルナは、巨木を見上げた。たしかに言われてみると、幹の帽子みたいな葉っぱの群集は、ウサギ耳のように、二本、ぴょこん、と角を立てているように見えなくもない。


 教えてくれたのは、だれだろう――ルナは周囲を見回して、仰天した。

 広場が、いきなり、ものすごくたくさんの動物で埋められたからだ。


 でも、大きな動物は一頭もいない。ぜんぶがぜんぶ、ウサギやネコ、子犬などの小動物ばかり――おまけに。


(みんな、女の子だ)


 どの動物も、可愛いワンピースを着ていたり、リボンをつけていたりして、女の子だということがすぐに分かった。


「ちょっと、がんばっちゃった」

 ルナに木の名前を教えてくれたのは、軍服を着た真っ白なウサギだった。

「あ――!」

 たしか、ウサギコンペで、向かいに座っていたウサギだ。彼女の横から、ジャータカの黒ウサギもひょこりと顔を出した。

「いっしょにがんばったのよ。あちこちから、たくさん集めてきたの。あなたの手助けをしようと思って――」

「え?」


 この、女の子ばかりの小動物の群れが、一体何を意味するのか、ルナにはさっぱりわからなかった。

 しかし、すぐに解明した。


「うわあ! こんなにたくさん! ウサギさんたち、ありがとう!!」


 喜びの声とともに、大きな青大将が姿を現したからだ。


「か、華麗(かれい)なる青大将(あおだいしょう)さん!?」

 ルナは叫んだ。


「覚えていてくれたの、うれしいなあ!」

 青大将はうれしげに、ほっぺたを赤くした。

「やっぱり、派手な名前にしてよかった! 俺は地味だもの。だから、いつもみんなに嫌われちゃって」


 ルナは呆気にとられて青大将を見上げた。「華麗なる青大将」という名前は、自分でつけたのか――地味なのが、嫌で?


(き、きらわれるのは――地味だからじゃ、ない、と)


 ルナは言いたかったが、怖くてなにも言えなかった。近くで見ると、ほんとうに大きい。

 とにかく、ルナにもわかったことは、このたくさんの小動物たちは、ジャータカの黒ウサギと、真っ白な子ウサギが集めてきたのだ。月を眺める子ウサギの手伝いをしようと。

 華麗なる青大将に、恋人をつくってあげようと、思って――。


 どの子にしよう、とさっそく鎌首(かまくび)をもちあげて、広場を眺め渡した青大将。


「きゃああああ!!」


 暗闇から、巨大な大ヘビの姿が現れたとたん、ウサギや子犬たちの間から、恐怖の悲鳴があがった。

 四散(しさん)した小動物たち。響きわたる悲鳴。「たすけて」「怖い」という絶叫――数分もしないうちに、草原から、小動物は消えた。


 ルナは口をあんぐりとあけて、その顛末(てんまつ)をながめていた。ジャータカの黒ウサギと、真っ白な子ウサギも、まさかの全員逃亡に、ぽっかり口を開けてしまった。


 ――気づけば、すっかりとぐろを巻いた中に、自分の頭を押し込んで落ち込んでいる、「華麗なる」青大将がいた。


「――やっぱりね」

 俺なんか、どうせ――ヘビだから。


 もごもごと、とぐろの中から、青大将の悲し気なつぶやきが聞こえる。


「ねえ、あのね」

 ルナは言った。

「おなじヘビは、いやなの? ヘビ同士だったら、存外うまくいくかもよ」


 ジャータカの黒ウサギと真っ白な子ウサギも、うしろでうなずいている。だが、青大将は首を振った。


「俺は、ヘビは嫌だ。同族嫌悪(どうぞくけんお)ってあるだろ? ヘビはなんとなく冷たくて、薄情で、俺は嫌だ。――君だって、ライオンなんかとつきあってるじゃないか。おまけにトラとパンダがキープされてる」


 ルナは、べつにあのふたりはキープではないと言いかけたが、話がややこしくなりそうなのでやめた。


「あら、あたしは、運命の相手がウサギよ? とっても大きな、青いウサギ」


 しばらく会ってないけれど、とジャータカの黒ウサギは言った。白ウサギも青大将を励ますように、言った。


「あたしも、銀色のトラさんとの相性はいいけれど、ホントの運命の相手はべつにいるのよ。もちろん、ウサギだわ。このあいだ生きていたときは、生まれ変わってなかったけれど――それに、“器用なオオカミ”さんとの相性もよかったの。だから、あなたも、ウサギや子犬や、子ネコにこだわらないで、同類の中でも、もっと探してみたらどう」


 器用なオオカミさん、はグレンの親友である傭兵のウォレスだ。

 ルナは、夢の中ならなんでもわかるのになあ、とため息をついた。


 青大将は、とぐろの中から顔を持ち上げた。


「俺は、ちいさくて、かわいくて、尽くしてくれる子がいいんだ」


 ルナたちは、顔を見合わせ――ジャータカの黒ウサギが、ひどく深刻な顔で言った。


「……子ネコは、どっちかというと、気まぐれで、きっとあなたが尽くさなきゃいけないわよ? ウサギは、あなただけというより、多方面を見てしまうから、やきもきする羽目になるかも? 子犬は、尽くしてはくれるけど、ものすごく甘えんぼうで常に一緒にいたがるから、あなたは窒息(ちっそく)しそうになるかもしれないわね?」


 ついに、青大将は悲憤(ひふん)の絶叫をした。


「どこかに、俺の理想のウサギはいないのか!?」


「理想の相手――それが運命の相手かしら?」

 ウサギたちは、ひそひそと相談し合った。

「小さくて、可愛くて、尽くしてくれる子ねえ――どうする――今度は、コマドリとインコでも集めてくる?」

「ルナ、だれかいい人はいない?」

「イマ――真っ赤な子ウサギは、ダメなんでしょ?」

「だって、だってだわよ」

「そうよね、だってよね」


 ウサギたちが車座(くるまざ)になって、うさ耳をぴこぴこさせながら話し合っているところへ、金切り声が聞こえた。


「見つけた!!!」


 噂をすれば、なんとやら。

 ウサギたちを見つけて、目を吊り上げているのは、真っ赤な子ウサギだったのだ。彼女はひとり――いや、一羽だった。かつて従えていたネズミたちはいない。なぜかは知らないが、服はぼろぼろで、ずいぶんみすぼらしい外見になっていた。


「苦労したみたいね、タマシイがボロボロよ」

「仕方がないわ。何度言ったって分からないんだもの。恨みばかりじゃ、不幸を呼び込むだけだって――」


 黒ウサギと白ウサギは、気の毒そうに真っ赤な子ウサギを見つめたが、赤いウサギは目を血走らせて三羽のウサギを睨んだ。

 さらに、どこから持ち出してきたのか、カマを振り上げた。


「このウサギども! あたしのジャマばっかりして!」


 完全なる逆恨みである。そもそも、この三羽は、最近、真っ赤な子ウサギに関わってなどいなかった。


「ルナ! 逃げて!」


 あわてて、ジャータカの黒ウサギと真っ白な子ウサギが、ルナをうしろにかばったが、真っ赤な子ウサギが鎌を振り下ろすことより――もっと、おそろしいことが起こった。

 

「うわあ! 可愛いウサギさん!」


 青大将は、ルナを庇ったのではない。とても可愛いウサギを見つけて、大喜びであいさつをしたに過ぎない――。


「どいて! あたし、こいつらを片付けてしまわなけりゃ、」

「そんなこといわないで。このウサギさんたちはいい人だよ。それより、君――俺が怖くないの?」

「は? だれが、だれを怖いって?」


 ルナたち三羽のウサギも驚いたのだが、真っ赤な子ウサギは、これっぽっちも青大将を怖がってなどいなかった。

 大歓喜したのは、青大将である。


「ほんとに!? 怖くないの!?」

「あんたのなにが、怖いのよ――」

「嬉しい! 俺を怖くないと言ったウサギははじめてだ!」


 ルナたちは、止めることができなかった――真っ赤な子ウサギが、青大将に、ひとのみにされてしまうのを。


「――!!」


 三羽のウサギは、それぞれの耳をぴーん! と立たせてのけぞった。

 真っ赤な子ウサギの悲鳴も、聞こえなかった。彼女がなにか叫ぶ前に、ぺろりとのまれてしまったのだから。


「ウサギさんたち、ありがとう」

 青大将は喜びに火照(ほて)った頬で、うやうやしく礼をした。

「俺の運命の相手が、見つかった」


 そのまま、いそいそと広場を後にしていく青大将の後ろ姿を、ルナたちは見た。

 草の上には、ぽつんと、星の光を受けて物騒(ぶっそう)に輝く、カマが残されていた。



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