281話 真っ赤なプードルのおしゃべり
わたしは「真っ赤なプードル」。
聞いたことあるでしょ。わたしって有名よね。オシャレで可愛くて、世界中のオトコはみんなわたしのトリコ! ……なあんてね。でも、それだけの自信はあるわ。
真っ赤な動物ってね、基本的に可愛い子とか、キレイな子が多いのよ。なぜかしらね、やっぱり恋が自分の中心だから、自然と自分を美しく見せることに、全力を賭けるからよね。
女って、もとがあんまり――アレでも――化粧の仕方や髪形の工夫で、いくらでもキレイになれると思うの。あと自信よね。それからいつでも、いろんなひとの目に触れることが大切。
……え? うん。そうそう、そうね。「美容師の子ネコ」。
たしかにキレイよね。
でも、わたしのほうがどっちかいうと美人よね。
うん。美容師の子ネコ、たしかに美人だわ。でもわたしのほうが、キレイだと思わない。
あの子は美容師だから、髪形とか服のセンスはまあいいと思うけど、子どものころからモデルをやってるわたしにはかなわないし。
でもでも――でもネ。
真っ赤な動物って、意外といるものだけど、わたし、「真っ赤な子ウサギ」にはびっくりしちゃったわあ。
なにがオドロキって――ビックリって――あの子、マジで可愛くないんだもん。
赤い動物で美人じゃない子って、わたしはじめて見た。
あ、ダメ? 言いすぎ? 正直すぎ? いや、だって、さあ……。
みんな、そう思ってるわ。口に出して言わないだけで。
真っ赤な動物って、基本的にキレイ系が多いわけ。でもさ、あのウサギだけは別。ブスなんだもん。
え? はっきり言いすぎ? だってマジでそうじゃん。
もともときっつい顔してるし、化粧の仕方も間違いだらけだし、きっつい顔をさらにきっつく見せる化粧してるし、服のセンスもなってないし、あの顔で真っ白のワンピースは似合わないでしょ。ナチュラル系、合わないんだって。
ああいうのが似合うのは、「茶色いプードル」とか「月を眺める子ウサギ」とか――なによりも、アイツ、性格ブスが思いっきり顔に出てるって。――だから、はっきり言い過ぎだって? だって、あなたもそう思ってるでしょ。
絶対、あの真っ赤な子ウサギ、友達いないって。
この宇宙船に乗ってからできた彼氏、友達、バーベキューパーティーをだいなしにしたから、みんなそろって宇宙船を降ろされたじゃない。
あの件に関しては、ざまあみろ、よね。
「真っ赤な子ウサギ」は、付き合っていた軍人気取りのヤンキーに、ひどいことを言われたの。
「真っ赤な子ウサギ」は妥協してたわけ。そのうち、本物の軍人と付き合うってことで――遊んでやっているつもりだった。
だから、ヤンキーが、宇宙船を降りるまえ、「てめえみてえなブスと付き合ってやっただけ、ありがたく思え」っていったもんだからさ。
男の方も、宇宙船に乗っているあいだの暇つぶしに、自分と付き合っていただけだと知って、大ショックも大ショック。
ほかの友達も、真っ赤な子ウサギだけ宇宙船に残されるって聞いて、「ずるい」だの「なんでおまえだけ」とか、さんざん悪態ついて降りたみたいね。
もちろん、かりそめの恋も友情も、そこでパア。
だからって、「月を眺める子ウサギ」を逆恨みするのはおかしいって。
――そうそう、そうなのよ。真っ赤な子ウサギが「月を眺める子ウサギ」をやたらライバル視するのはさ、「月を眺める子ウサギ」の彼氏が、「傭兵のライオン」だからなんだよね。
つまり、「傭兵のライオン」は、真っ赤な子ウサギが彼氏にしたい軍人の、理想の姿、なわけよ!
傭兵と軍人は違う? ――そうね、たしかにそれはそうだけど、わたしたちL5からL7系の、フツーの女の子にとっては、あまり区別がつかないの。
真っ赤な子ウサギはさ、軍人に憧れているの。理由があるのよ。軍人にこだわるのにもね。
いい? ちょっと長くなるけど。
真っ赤な子ウサギにはね、お姉さんがいるの。それはそれは美人なお姉さんが。
美人なだけじゃないわ。
彼女は「選ばれたアメリカン・ショートヘア」。
猫は猫でも、種の名前が具体的に挙がるということは、その名を冠した動物により近い性質を宿すというわけ。「猫」は「猫」でも、「アメリカン・ショートヘア」。
彼女は、徳高きたましい。
上品で美しく、高貴な雰囲気を醸し出した女性。「真っ赤な子猫」とうりふたつなのに、彼女は「高貴」、真っ赤な子ウサギは「冷たそうな顔」と言われるの。
「選ばれたアメリカン・ショートヘア」は、いつでも選ばれたわ。
子どものころから、なにか集まりがあれば、すぐリーダーに選ばれるの。町内会のリーダーに。学級委員長に。学校の生徒会長に。ピアノの発表会でも、いつも代表だった。
つまり、いつでも人の中心にいて、トップに立つひとだった。みんなのあこがれの的であり、だれもがお近づきになりたい女性だったの。
天は二物を与えず、というのはウソだわぜったい。
いくらわたしでも、こんな姉持ちたくないわね。
当然のように、真っ赤な子ウサギは姉と比べられて育つ。
さて、高貴な姉は大学の卒業後、「選ばれて」L5系の、とある大企業の社長秘書になり、三年後に、素敵な男性と知り合って、彼に「選ばれて」結婚した。
相手はL22の将校。「誠実なセントバーナード」。
最初に言っておくわね。
同じ軍事惑星群でも、L22とL18って、ものすごく違うの。
L22がだれでも遊べる海水浴場だとしたら、L18は海溝。一般的に、L5系からL7系までの平和な惑星群でイメージしている軍事惑星って、L22のこと。
L22は軍事惑星群の広報担当、軍事惑星群の窓口であって、大都市が立ち並ぶ都会よ。
環境はL5系に似ていて、入星するときも、特別な審査はいらない。パスポート――入星許可証さえあればだれでも入れる――ほかの星と同じ。
暗くて重い歴史があって、L4系やL8系方面などの戦争に、実際に行っているのはL18、L19、L20。
この三つの惑星とL22は、同じ軍事惑星群でも、政治情勢も、社会環境も、まったく違うのね。
最近は、アーズガルドの軍隊なんかがL22に入ってきたけれど、もともとL22は、ほかの星とはくらべものにならないくらい、戦争に行かない軍人たちであふれているの。
真っ赤な子ウサギは、それを知らない。
真っ赤な子ウサギだけじゃないわ。基本的に、わたしたちL5系からL7系の女の子なんて、そんなの分からなくて当然なのよ。軍事惑星っていえば、みんな同じだと思っている。
軍人と傭兵の区別がつかないのと同じように。
姉が結婚したL22の軍人さんは、背が高くて、カッコよくて優しかった――おまけにいいお義兄さんだった――親戚じゅうに、蚊帳の外にされている真っ赤な子ウサギにも、その存在を無視することなくふつうに接してくれた――親戚にも家族にも、真っ赤な子ウサギは、空気みたいな扱いをされていたから。
真っ赤な子ウサギは、とっても嬉しかった。
嬉しかっただけじゃなく、好きになってしまったのよね。彼を。
もうこれは、「真っ赤な動物」の宿命というべきか――恋、となると、俄然行動力が出てしまうのには困ったものよね。
略奪愛、不倫、いっさい関係ないんだから。
でもお義兄さんは、妻の妹だから真っ赤な子ウサギに親切だっただけで、特別な感情は持っていない――当然だけど。
わたしたち平和な惑星の女の子には、軍事惑星群の恐ろしさなんてわからない。ただ、表面的に見えるものだけ見て、「カッコいい」と思うのよ。
真っ赤な子ウサギも同じだった。
日々の訓練で陽に焼けた、たくましい彼がカッコよかった。軍服姿が似合っていて、格闘技もできて、頼もしくて。
親戚中でも、家族の中でも、そして友人たちの間でも、彼は立派な軍人さん――いわゆる、L系惑星群の治安を守る、ヒーローだったわけね。
「選ばれたアメリカン・ショートヘア」に、ふさわしい夫――。
でも彼は、拳銃を腰に差してはいても、それを抜いたことはなかった。練習で撃ったことはあっても、ひとを撃ったことはない。もちろん、ひとを殺したことも、戦争に出たことも、テロの鎮圧に出たこともなかった。
軍人の訓練は受けているけれど、彼の仕事は惑星外からくる軍人志願者の、面接官だったのだから。
でも、――L18を知らないわたしたちには、彼が「軍人」なの。
彼が平和を守るヒーローなの。
そしていつしか、真っ赤な子ウサギのなかで、軍人はステータスになっていったのよ。
あたしは姉には及ばないけれど、軍人の彼氏ぐらい、作ったっていいじゃない。
義兄よりカッコよくて、素敵で、――そう、たとえば、ほんとうに戦争に行ったことがある人、――うん、なんだか、特殊部隊とかカッコよくない? そして、あたしを一番大切にしてくれて、熱心に愛してくれる人――物腰が柔らかで、あまり荒っぽくないひと。
そんなひとだったら、あたしきっと幸せになれる。義兄よりすごいひとだって、みんな思ってくれる。そんな人を彼氏にしたあたしも、みんなの注目の的! 羨ましがられる。
学校を卒業して、バイトしてお金をためて、軍事惑星群に行こうと思っていた真っ赤な子ウサギに、地球行き宇宙船のチケットがきた。
渡りに船よ。地球行き宇宙船なら、軍事惑星群の男も乗っている――彼女は宇宙船に乗った――「軍人」の彼氏を作るためにね。
でも、結局。
「傭兵のライオン」にフラれ、軍人志望のヤンキーとケンカ別れし、ルシアンで出会ったもと軍人にはすげなくあしらわれ、「あんなブスはゴメンだな」と陰口を叩かれて。
軍人がよく来るからと、しつこくラガーに通ったけれど、気持ち悪い男につけ回される羽目になって。
最終的にロビンの事件。
それでも真っ赤な子ウサギはくじけなかったわ。
軍事惑星出身者が集まる合コンにも顔を出してみたけれど、金目当ての詐欺師に引っかかって、お金だけ強請り取られた。
真砂名神社のふもとのお店で、男に殴られたとき、やっと運命の相手が現れたと思った。でもちがった。彼は――ヤンくんは、それはそれは、イマリの理想の男性だったけれども、彼女がバーベキュー・パーティーでしたことの、つけを払わなければいけなくなった。
真っ赤な子ウサギは思ったわ。
あたしはきっと、何をやってもダメなんだわ。
あたしの願いなんて、叶いっこないのよ。
あたしには、運命の相手なんていないんだわ。
「月を眺める子ウサギ」のせいで、あたしはメチャクチャ!
彼女はすっかり落ち込んで、あきらめていた。
まさか、思わなかったでしょうよ。
まさか、ほんとうに「理想通りの」恋人が現れるなんて。
でもその理想の恋人は、自分が考えていたような、ただ「カッコいい」だけの、ひとではなかった。
だって、彼女がそう「望んだ」んだもの。
まさなの神様は、彼女の願いをかなえたわ。
本当に戦争に行ったことがあって、特殊部隊で、真っ赤な子ウサギを熱心に愛してくれるひと。物腰が柔らかで、荒っぽくないひと。
現れた、理想通りの人。
知らないって怖いわね。
――それが、どんな男かも知らずに。
優男で、見た目は柔和。ルックスも真っ赤な子ウサギの好みよ。髪は短くて、義兄ほどではないけれど、すらりと背が高くて――軍事惑星の人間は大きい人が多いけど――性格も穏やかで、キリキリした真っ赤な子ウサギを、大らかに包み込んでくれるひと。
けれど。
彼はL22の軍人が知らない、「心理作戦部」という、陰に隠れた本物の特殊部隊の人間。
彼は、腰の拳銃をためらいなく抜ける人、そして戦争にも、テロの鎮圧にも行ったことがあって、人を殺すことになんの躊躇もない人。尋問で、戦争の現場で――もう、何人殺したか分からない。
だって、彼はひとも自分も、ゴミだと思っているんだもの。
日和見だからおだやか。冷めているから優しい。
彼女を一番に思ってくれて、熱心に愛してくれるひと――熱量を、考えるべきだったわね。
彼女の理想通りの人間が、理想通りの「運命」を持っているとは限らない。
ねえ。運命の相手って、一応運命も、自分と重なるところがあるのよ?
つまり、一蓮托生。
観覧車でのんびりイチャイチャしたいのに、恋人がジェットコースターのチケットしか持っていなかったらどう?
いやが応にも、自分もジェットコースターに乗る羽目になるのよ?
まだジェットコースターはいいわよ。
お化け屋敷だったら……ああ嫌だ! 考えるだけで怖すぎる!
あの子のお姉さんだって、そんな羨ましがるほど恵まれているわけではないの。だってよく考えてみて。
彼女は常に「選ばれる」の。
選ばれてしまうの。だから、あまり自分で、なにかを選ぶことは少ない。
素直と言えば素直だけど――よい縁が来るから、恵まれているといえるけど――ひとによっては――自主性もあまりなく、運命のいいなりみたいな感じになってしまう。
ひとそれぞれだけど、わたしはイヤね。
そういう意味では、真っ赤な子ウサギは、彼女よりずっと自由なの。
自分で選べるの。
だから、もっと冷静になってみるべきだったわね。
そんなにこだわらなければ、もっと安心安全快適で、ステキな恋ができたのに。
あんまりにもイマリが願うから、まさなの神様も、月の女神もかなえたけれど、心配顔で彼女を見ているの。
みんなも要注意! まさなの神様はほんとうに願いをかなえてくれるのよ。
だから、自分の願いはよくよく考えてみたほうが、幸いよ……?




