表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第七部 ~邂逅篇~
683/932

280話 バラ色の蝶々 Ⅰ 3


(ドーナツ……)

 ルナは決意した。

(今日のおやつは、ドーナツにします)


「ただいま! 今日のおやつなに? ――あれ? これ、アイアン・ハート?」


 ミシェルも真砂名神社から帰ってきて、ルナと同じことを言った。


「ミンシィじゃない」

「ちがうちがう。コイツはアンの曲さ」

「だれ? だれか新しくカバーしたの?」


 ミシェルとレオナ、セシルの間で、聞き覚えのある会話が繰り返された。


(そろそろピエトやネイシャちゃんも帰ってくるころだし――アンの真似をして、ドーナツを揚げます)


 今日は日曜日。午後三時も過ぎて、屋敷内にはだいぶひとがいる。

 セシルとレオナに、エーリヒにセルゲイ、ミシェルもはやく帰ってきたし、アズラエルも自室にいた。ふたりの子どもが帰って来れば、おやつおやつと騒ぎだすだろう。


(今夜はニックとベッタラさんも遊びに来るってゆってたし――夕飯は、どうせお酒のおつまみになっちゃうから――バーガスさんといっしょにつくることにして――子どもの分はカレーとか――)


 ルナが夕食のメニューを考えていると、「虹色(にじいろ)ドーナツ」の歌詞で盛り上がっていた女三人の目が、ルナに向いていた。


「ルナあ、ドーナツ食いたい。つくって」

「うん」


 ルナがめずらしく、失敗なしでつくることができるおやつ。このあいだつくったドーナツはなかなか好評で、揚げるそばから子どもたちとミシェルに食べられてしまって、跡形(あとかた)もなかった。

 まるで、さっき読んだアンのエピソードといっしょだ。


「やった! ルナちゃん、ドーナツつくるの。じゃあ、並ぼう」

 先日ドーナツにありつけなかったレオナが、すでにキッチンに自分の席を用意していた。

「あたし、手伝うよ」

 セシルもいそいそとエプロンをつける。

「小麦粉出すね。あと、卵と牛乳でしょ」

 ミシェルが材料を用意し始める。


「今日は、できるだけいっぱい作りますよ!」


 ルナが宣言してエプロンをつけはじめたところで、アズラエルが呼びに来た。


「ルゥ」


 ルナはぴょこたんと振り向いた。


「クローゼットの中、光ってるぞ」


 アズラエルはうんざり顔で言った。ルナは小麦粉と卵を放り投げて、自室に走った。


「ルナーっ! ドーナツが先~!!」

「ZOOカードが先です!!」


 おなかすいたよー! と叫ぶミシェルの地団太(じだんだ)をよそに、ルナは階段をいっしょうけんめい駆け上がった。

 

 途中でアズラエルに捕獲され、自分で走るより早く自室にたどりついたウサギは、ぺっと放り出されてから、猛然とクローゼットを開けた。


「?」

「……ン?」


 アズラエルも首をかしげてのぞき込んだ。ZOOカードから、音楽が流れているのだ。


 ――この曲は、まぎれもなく、「バラ色の蝶々」だ。


「!?」


 ルナはぺぺっと自室のドアを開け、階段のはじまで行って、大広間を見下ろした。だが、音楽はかかっていない。それもそうだ。レオナが部屋でゆっくり聞きたいというので、さっきCDラジカセから出した。


 ルナはぴこぴこと走ってもどり、ZOOカードの箱をクローゼットから取り出した。銀色に光る箱からは、たしかに、さっきまで聞いていた「バラ色の蝶々」のメロディが。


 ルナがおそるおそる箱を開けると、キラキラと、たくさんの蝶々が、星とともに飛び出してきた。音楽はますます音量が大きくなり、ジャータカの黒ウサギと、導きの子ウサギが、ダンスしながら現れたではないか。


「ふわ!?」


 ルナが呆然と眺めていると、二羽のウサギは、声をそろえて歌い始めた。バラ色の蝶々のメロディに合わせるように。


 “忘れないで。忘れないでルナ。あなたが持っているチケットは、とても大切なものよ。”


 “三枚のチケット。だいじなチケット。一枚は、「傭兵のおおきなクマ」に。”


「ようへいの……おおきなくま?」


 ルナが首をかしげたところで、クラウドが背後にいたので、ルナは飛び上がるところだった。


「メモはいらないよ、ルナちゃん。俺がいるから」


 “一枚は、「誇り高き母ライオン」と、「お茶目なペンギン」さんに。”


 “最後の一枚は、「月夜のウサギ」と「バラ色の蝶々」に。”


「つきよのうさぎ!!」


 ルナは叫び、「ルナちゃん黙って」「黙れ、ルゥ」と両方から怒られた。ルナはふて腐れた。


 “忘れないで、忘れないで。チケットをだれにもあげちゃダメ。たいせつなチケット。たいせつな五人のためにあるの。三人が乗ってもどうかひと席あけておいて”


 “可愛い子ワニが蝶々を待っている。”


 “可愛い子ワニが蝶々を待っている。”


 最後のフレーズはリピートされた。二羽のウサギは、歌に合わせて踊りながら、消えていく。ウサギが消えるのと同時に、音楽も止んだ。

 銀色の光も、吸い込まれるように消えた。


「アズ! つきよのうさぎって――」

「あいかわらず、おまえのアタマの中身みてえな奴らだな」

「なんだと!!」


 ルナは叫んで、アズラエルをぺけぺけした。アズラエルは暴言の罰として、一番焦げたドーナツを寄越(よこ)された。


 いったい、クラウドはどこから現れたか知らないが、屋敷内にいたらしい。


 猫舌のくせに揚げたてのドーナツが好きな子ネコは、やはり子どもといっしょにルナの周りに張り付いていた。今回は、ルナが宣言した通り余分に生地をつくったので、おとなたちの口にも無事入った。


「揚げたておいし~い!」

「ルナ、もういっこ!」

「あたしも!」

「じゅんばんね、じゅんばん!」


 黙っていれば、揚げたそばから食べてしまうので、ルナはいっしょうけんめい大人の分を確保した。

 もちろん、自分の分もだ。


 猫舌ライオンのクラウドは、ドーナツが適温に冷めるまで待つことを余儀(よぎ)なくされたが、同じライオンのアズラエルは、ネコの舌をどこかに置いてきたヤツなので、焦げたドーナツを平らげたあとは、クラウドの分をちょろまかしていた。


 エーリヒは、揚げたてのドーナツははじめてのようで、まるでタカのクチバシのように、ツンツンとフォークでつつきまわし――やがて、ナイフまでつかって優雅に食べはじめた。


 クラウドは、ドーナツが冷めるのを待ちながら、思案していた。もちろん、さっきのZOOカードのことだ。


(チケット――宇宙船のチケットのことか?)


 これから宇宙船に乗る人間のことを示唆(しさ)しているのか。

「傭兵の大きなクマ」はおそらくアズラエルの父、アダム。これはZOO・コンペティションのとき、名前が出た。


(アダムさんにチケットが――)


 だが、不思議なのは、チケットは「五人のためにある」というところだ。

 チケットは、ペアである。つまり、六人乗れる状態なのに、必要としているのは「五人」。そして、「三人が乗っても、どうかひと席あけておいて」。

 傭兵の大きなクマ――つまり、アダムに「一枚」。

 ほかの二枚はペアで名前が出ているが、アダムの分だけは、「一枚」。


(いったい、どういう意味だ?)


 そして、「月夜のウサギ」は、もちろん、アズラエルの祖母で、ルナの近所に住んでいたツキヨだ。


(ツキヨさんに、チケットを?)


 だが、ツキヨにチケットが贈呈(ぞうてい)されたとしても、八十歳近い老女が、L77から宇宙船が停泊している星までくるには、相当の日数がかかる。

 とてもではないが、四ヶ月以内に来ることは無理だろう。

 来年の三月には、今期の船客の受け入れは締め切りになる。四月一日以降は、あらたな船客の受け入れはない。――間に合わないのではないか。


 クラウドは首をかしげた。


 そして、不明なのは、「誇り高き母ライオン」と「お茶目なペンギン」。

 なんとなく想像できるが――ライオンのほうは――それよりも、クラウドがもっとも気になったのは。


(バラ色の蝶々)


 大広間で流されていた曲は、クラウドも聞いていた。彼は、バンクスの本を開き、アンドレアの章をななめ読みしながら、コーヒーを際限なくかき回した。


(まさか――アンドレアは、生きているのか?)

 

 いつのまにかグレンも帰ってきていて、セルゲイから分け前をもらっていた。クラウドの皿に、ドーナツは最早なかった。ミシェルとアズラエルが、すっかり片づけていた。


「ただいま~、いい匂いだな。――お!? ドーナツか!?」


 バーガスが大喜びで、ルナに揚げたてをもらい――それが、最後の一個だった。

 クラウドがはっと気づいたときには、ドーナツの配布は終了していた。


「俺のドーナツは!?」

 皿に、冷ましておいたはずのドーナツがない。


 ――クラウドのテンションは、夕食まで、下がりっぱなしだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ