279話 第一次バブロスカ革命の記録と、アダムの涙、そしてユージィンの願い 3
――L系惑星群、軍事惑星L22の田舎町、ホレスト。
ドーソン一族の流刑地と言われる、辺境の軍事学校の校長室で、バクスターはニュースを見ていた。
それは、数ヶ月前に録画されたものだった。
情報が遮断されたバクスターのもとには、数ヶ月遅れで、「最新」のニュースのディスクが送られてくる。
彼の膝の上には、ディスクといっしょに、ロナウド家からこっそり送られた、「悲劇の英雄 ~アラン・G・マッケランの物語~」がある。
バクスターは、不思議に感じていた。
(ユージィンは、私の名を出す気がないのか)
ユージィンが逮捕されてから、ずいぶん日にちが経った。ユージィンがバクスターの名を出したなら、ここにも警察星の精鋭か、軍事惑星の警察が訪れているはずだった。
バクスターは、膝の上の本をパラパラとめくった。
(アミザも、思い切ったことをしたものだ……)
この本の「おかげ」で、ドーソン高官の何人かは、有罪が決定しただろう。だが、数人のことだ。L11の監獄星にいるドーソン一族の宿老たちの席を、軍事惑星から完全になくすためには、まだ足りない。
(第一次バブロスカ革命と、第二次バブロスカ革命の、記録があれば……)
このふたつの革命の――“ドーソン側のサインがひとつでもある”、記録があれば。
ドーソン一族が、罪なき人々を更迭し、投獄、また死に追いやってきた事実。
ふたつの革命が事実だったと、ドーソンが関わっていたことをあきらかにする記録があれば、「L18における、長きにわたるドーソン一族の専横」という証拠が出そろうのだ。
第一次バブロスカ革命の生き残りである白龍グループ、ヤマト、メフラー商社にも、証拠書類は残っていない。彼らの祖は命からがら逃げきり、再起を図ってそれらの傭兵グループを興した。
傭兵の間には、第一次バブロスカ革命の事実も、口伝として残っているかもしれないが、口伝やただの伝記では、裁判の有力な証拠にはならない。
ロナウド、マッケランにも、伝記としては残っているだろう。アーズガルドは無理かもしれない。あまりにドーソンに近すぎる。アーズガルドに記録は残っていないだろうが――そもそも、ただの記録ではダメだ。
第三次バブロスカ革命の事実で、ドーソンの高官を更迭できたのも――大勢のドーソン一族が逮捕されたのも、バンクスがエリックの手記を本として編集し、出版し、L55の関心を引いたことがきっかけだった。
しかし、バンクスの本はあくまでもきっかけ。実際に裁判によって、ドーソンの専横が罪として裁かれたのは、エリックのおかげだ。
エリックが、かつて心理作戦部の機密文書保管保持の部署に所属していて、その部署に、当時の裁判記録をかくしていたことが発覚した――その記録によって、やっと正当な裁判が行われて、彼らの名誉回復がなされた。
そして、綿密な警察星の調査によって、ドーソン高官、および一族の余罪が浮き彫りになり、現在の逮捕拘束にいたっている。
第三次バブロスカ革命時の、ドーソンの不当なる裁判の記録。
そこには、ユキトを銃殺刑に確定し、エリックやほかの仲間を無期懲役とする裁判結果の記録があった。
当時のドーソン首相、バクスターの父のサインも克明に記してあった。裁判長に裁判官、弁護士に検事、すべてがドーソンの息のかかった者ばかりで行われた、不当な裁判だったことを示す、有力な証拠だった。
決定打になったのは、エリックたちが収監されたバブロスカ監獄の存在だ。
ドーソンの「私」刑務所ともいえる、一族に逆らったものが収容される刑務所――バブロスカ監獄。
裁判にもならず、無実の罪で投獄された人間が、何人もいる。
だが、ドーソンの権力を、L18から取り上げるには、第三次バブロスカ革命の記録や、今生きているドーソンの者たちの余罪だけでは、無理だ。
L18から、ドーソンを消さねばならないのだ。でなければ、この先、L18におけるドーソンの独裁はなくならず、逮捕された宿老たちがもどりでもしたら、血で血を洗う報復が、かならずや行われる。
それだけはぜったいに、避けなければならないのだ。
報復は、ドーソンから傭兵に対してだけではない。
ロナウドとドーソンの対立も起こしてはいけないのだ。
L系惑星群の軍事力が結集している軍事惑星群内で戦争が起こったら、すべてはおしまいだ。
だが、ドーソンは、引かない。バクスターも、それはわかる。
――軍事惑星は、破滅への道を進むだろう。
それはすなわち、L系惑星群の治安の崩壊を意味する。
そうなったら、バクスターの親友であるセバスチアンやエレナ、ルートヴィヒ、彼らの平穏な生活も、根こそぎ奪われるのだ。
(第一次と第二次――いや、せめて、第二次バブロスカ革命の、証拠があれば)
ドーソンの独裁が、わかる記録でなくてはならない。それも、ドーソン側の、サインがなくては。できごとを記しただけの記録では、決定的な証拠にはならない。
(だが、ない)
バクスターも、実家中を探した。だが、ドーソンが揉み消してきた、第一次と第二次の記録は出てこなかった。
第一次バブロスカ革命、それは傭兵としての権利を求めた人間たちの、軍部への直訴であって、彼らは軍部と、民衆からも追い込まれて処刑された。それは悲劇的事実だが、それそのものは、ドーソンの専横を示す証拠とはならない。
(バラディアたちは、間に合うか)
バラディアたちが、証拠を手にするのが先か。
監獄星のドーソン高官たちが、L4系の戦乱を鎮めるために、解放されるのが先か。
バクスターは嫌な予感が頭を駆け巡り、振ってそれらの妄想を振り払った。
(ドーソンは、おそらく負けない)
いままでの歴史が証明してきた。バクスターは、それを知っている。直系の子孫として、それをいやというほど見てきた。味わってきた。
一族という巨大な力の前には、一個人の意志など、到底敵わない。
(――L系惑星群は、ほろびるのか?)
バクスターは、チャンネルを変えて、窓の外を眺めた。
中も外も、しずかなものだった。刑務所だって、まだにぎやかだろう。校長室の外をだれも通らなかったし、だれかがドアを叩くこともない。低めに設定したテレビの音だけが、無音の室内に流れる。
砂嵐は、一時間前にやんだばかりだった。
メルーヴァ一行が姿を消し、ツァオという見張り役も暇を告げて出て行ってから、バクスターの身辺はますます寂しくなっていた。一日、だれとも口を利かない日がある。
そのおかげで、アランの本を読んでいても、だれにも見とがめられないのだが。
(メルーヴァが、L系惑星群をほろぼすのか、それとも、軍事惑星が自滅への道をたどって、ほろびるのか)
もはや、いつ死んでもいいバクスターの意志を生につなぎとめているのは、セバスチアンたちの存在にほかならない。
彼らが安心して暮らせる場所を、奪いたくない。
だから、みずからの力の限りを尽くして、戦争は食い止めたい。
バクスターは、クロークにかけてあったコートを取った。
最近の、あまりに物寂しいバクスターの生活ゆえか、ドーソン一族の波乱ゆえか、監視の目もゆるくなっている。バクスターは、多少の外出もできるようになっていた。
「――どこへ行く」
バクスターは目を見張った。ドアが緩慢な動作で開けられたかと思ったら、ユージィンが、重いドアを支えにするように、その姿を現したからだ。
「出頭でもする気か。それは私が許さん」
バクスターは、思わぬ来訪者に、にわかに返事ができなかったが、コートをクロークに戻し、ユージィンに駆け寄った。ユージィンはどこもケガなどしていなかったが、長い従軍からもどってきたときのように、軍服は薄汚れていたし、饐えた匂いがした。
「どうやって、」
聞きかけたバクスターを、ユージィンが遮った。
「どうやってここまで来たか知りたいのか。くわしくは聞くな。私はひとりだ。警察星の任意同行を、オトゥールが逮捕に切り替えさせた。私を追っているのは軍事惑星の警察だ。――しばらくかくまえ」
「なぜ、私の名を出さなかった」
バクスターは、言った。
「アランを死に追いやったのは私だ。――逮捕されるべきは、私だろう」
バクスターが地球行き宇宙船からもどってまもなく、あの事件が起こった。
アランの事件が。
あれは、バクスターの「最後の」汚れ仕事だった。父親に、「それ」を引き受けたら、ジュリとの結婚を認めてやると言われて、バクスターは実行した。
エルナン医師をつかって、アランを毒殺することを――。
あれほど後悔したことはない。父親が、そんなことでジュリを認めるわけがないことを、知っていたのに。けれども、あれはジュリを守るためだった――アランを手にかけねば、ジュリが殺されていた――言いわけにはならない。
アランを殺したのは、バクスターだ。
「なぜおまえは――エルナンは、私の名を吐かなかったのか」
「吐いたかもしれんな」
ユージィンはあざ笑った。
「だが、オトゥールとバラディアが始末したかったのは、辺境送りで役に立たんおまえではなく、この私だ。ドーソンの残骸ともいえるべき、この私だ」
ユージィンは、バクスターからコップを受け取って、やっと水を一杯飲んだ。
バクスターはやっと、真相を知った。
アランを殺害したのがバクスターであることは、調べればすぐ分かるはずなのに、バクスターのもとには、いつまでたっても警察は訪れなかった。
バラディアたちが逮捕したかったのはユージィンだ。だから、バクスターの「罪」も、ユージィンにかぶせた。警察星が、任意同行をもとめたのを、軍事惑星の警察が引き取って、逮捕に切り替えた。常から、警察星との連携が強いL19だけがなせることだ。
「おまえはジュリを、手にかけなかったのに」
バクスターの顔がゆがんだ。
ユージィンは、アランの死から数年後、バクスターの妻ジュリの暗殺を身内から強要されたが、それをはねのけた。実行しなかった。
けれども、ジュリは毒殺された。――アランと同じように。
「私はおまえに、ジュリが暗殺されることを知っていたのに告げなかった」
思えば、ユージィンが変わっていったのは、ジュリが死んだ後からだった気がする。
もしかして、彼は、ジュリの殺害を止めようとしたのか。考えられる気がした。ドーソンには似合わない、やさしい男だった。ジュリの殺害を止められなかったことで、今度こそ絶望したのか。
けれども彼は、グレンをその手に抱いた。グレンをドーソンという不死身の怪物と切れさせるために、冷たい態度を取ったバクスターとは違い、グレンを慈しんだ。
(――それなのに、おまえは、グレンを、)
グレンだけではない――レオンを、マルグレットを。
かつてその手で慈しんだ子どもたちを、その手にかけた。
「おまえは――グレンを愛してくれただろう」
バクスターは血を吐くようにつぶやいたが、ユージィンは嗤った。
「私とおまえは、同じ穴の狢だ。いまさら何を言っている。多少傭兵を助けたくらいで、いままでやってきたことが償えるとでも思っているのか」
「ユージィン……!」
「ジュリには手をかけなかったが、グレンは別だ」
「ユージィン、もう、やめよう。やめるんだ」
「グレンは、生かしておけない。――ドーソン一族は、私がすべて、始末する」
バクスターは目を見張った。
「私とおまえで終わりだ――バクスター」




