279話 第一次バブロスカ革命の記録と、アダムの涙、そしてユージィンの願い 2
E353近くの人工星、エリアE348――。
アダムたちは、宇宙船の乗り継ぎのために、スペース・ステーションで待機しているところだった。
改札に宇宙船のチケットを通すと、ピッと電子画面に表示された文字と音声案内。
「アダム・A・ベッカーさま、転送郵便が届いています」
アダムは内容を予想して、嫌だなあと思ったが、受け取らないわけにもいかないので、郵便物預かりセンターに向かった。
E353行きの宇宙船が出るまで、あと二時間はある。
届いていた転送郵便は、アダムの想像どおりで。
上品な封書にタカの紋章がシーリングされているのを見たアダムは、深々とため息をついた。
同じ封書が三通。バラディアからのものだ。内容は見ずともわかっていた。アダムは、この手紙を定期的に受け取っている。最近は、バラディアだけでなく、オトゥールからもらうこともあったし、知己の貴族軍人からも受け取っていた。
アダムは、申し訳程度に中身を確認し、内容が同じだと見て取ると、すぐ駅に備え付けのシュレッダーに入れながら、つぶやいた。
手紙が紙くずになっていくのを見つめながら。
「俺は傭兵だよ、バラディアさん」
バラディアの手紙は、アダムをロナウド家の将校に斡旋したいと願う気持ちを、切々と書き記した内容だ。
彼は、アダムを将校にしたがっていた。一傭兵グループの長などでおさまる器ではないと、常日頃から説いていた。
アダムはかつて、L4系での戦争で、バラディアを含め、孤立無援と化した将校たちおよそ百人を、無事帰還させた経歴がある。
いつまでもそのことを恩に感じてもらう必要はないし、バラディアも、アダムの家族の逃亡支援をしてくれた。恩の貸し借りは終わった。
それらのことは、アダムの生き方とはなんら関わりがない。
(俺は、傭兵として生きていく)
たとえどんなに望まれても、軍に入る気はなかった。それに自分は、もう老兵ともいえる年代である。まだ引退する気はなかったが、これから軍部に入ってひと苦労する気にはなれなかった。
「そういうのは、もっと若ェやつらにやらせるべきだ、バラディアさん」
アダムは、ここにいないバラディアに向かってぼやいた。この言葉も、何度本人に向かって繰り返しただろう。だが、バラディアはなかなか引かないのだった。
これからは、オトゥールや息子のアズラエル、そういった若い連中の時代だ。アダムは家族を支えはするが、先に立って進んでいくべきではないと思っていた。
アダムは、無心に四通目をシュレッダーに通そうとして、あわててやめた。四通目だけはほかの封書よりすこし大きく、分厚い。
「?」
アダムは封書をひっくり返し、シーリングの形を見て、仰天した。
――ハトの、紋章。
それはまぎれもなく、アーズガルド家からの手紙だった。アダムは、アーズガルドに手紙を送られる理由はわからなかった。
封書には、流麗な字で、「ピーター・S・アーズガルド」と差出人が記されている。
「ピーター?」
現、アーズガルド家当主。
アダムは面識もないし、そもそも、アーズガルドがドーソンの陰に隠れてあまり目立たないうえに、現当主のピーターも、“ママ”なしではなにもできないマザコンとの――表立っては言えないが――そういうウワサもある。
“ママ”というのは、ピーターの秘書陣のことだ。
くらべる相手が悪すぎる気もするが、同世代の次期当主たち――オトゥールやグレン、カレンにくらべたら、競争相手にもならないというのがもっぱらのウワサ。
たしか、前当主のサイラスは早死にしたので、若いピーターが当主なのだ。あまりに頼りないらしく、ドーソンすら今期のアーズガルドを警戒してはいないらしい。
(そういや、この子は、当主なんだもんなあ)
アダムは、息子と変わらない年のピーターの容姿を思い浮かべた。
「そのピーターが、俺に、いったいなんの用だ?」
宛人と差出人の筆跡は、おそらくピーター直筆。
ドーソンの高官が多数、監獄星送りになったことに巻き込まれて、ドーソンと運命をともにしてきたアーズガルドも多数が監獄星行きとなり、家の力はそがれた。
まさか、ピーターからの、アーズガルドの将校になってくれという要請ではあるまいなと、アダムは眉をしかめたが、そうだったら、エマルに話が来るはずだ。
エマルは、ユキトの子。アーズガルド家の血を引くものだ。――でも、エマルへの手紙ならば、名宛人の欄にはエマルの名があるはずだった。
これはたしかに、アダム宛ての手紙だった。
さすがにこの手紙だけは見当がつかなくて、アダムはその場で開けた。
中には、ピーター直筆の手紙と、二枚の法令用紙が折りたたまれて入っていた。
アダムはうろたえながら、手紙より先に、法令用紙を見た。こちらを見れば、手紙の用向きも分かるだろうと思ったのだ。
そして彼は、目をこぼれんばかりに見開いた。
アダムは何度も、何度も法令用紙に目を近づけてたしかめ――やがて、――その目から、大粒の涙がこぼれた。
駅のベンチで、分厚い肩を震わせて、男泣きに泣くアダムを見つけて、エマルが駆け寄ってきたのは、まもなくだった。




