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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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277話 プロメテウスの墓 2


 結婚式のあと、今度こそほんとうに、ヒュピテムとユハラム、カザマと、L09のスペース・ステーションで別れ、双子とマイヨは、L52へ向かう宇宙船に乗った。


 八月頭に、バンクスを探しにL52を出て、もう十一月半ばになっていた。

 双子はやっと、L52のスペース・ステーションに降り立った。


 何年かぶりにもどってきたような、そんな感じがした。

 L52は、こんなに近かっただろうか。

 ケヴィンもアルフレッドもそう思った。

 何ヶ月もかけて軍事惑星群を経てL03に渡り、とても長い旅路を歩んできた気がするのに、帰りは数日とかからなかった。


「アル――ケヴィン!!」


 L52のステーションには、ナタリアが待っていた。ナタリアはふたりに飛びつき、それからマイヨを見て、やっぱり腰を抜かした。ノミの心臓の彼女は、ほんとうに結婚したのね、びっくりしたとしきりに言い――すぐマイヨと仲良くなった。


 大都会のL52に降り立ったときから、不安でいっぱいなのか、マイヨの顔は強張(こわば)りはじめていたが、同じ女の子のナタリアに会ってほっとしたのか、元気を取りもどした。


 積もる話は、ありすぎて困るほどだったが、ナタリアは、旅の思い出を聞くことを急がなかった。それは、双子にとってはすごく助かった。


 双子が数ヶ月ぶりにアパートに帰り、泥のように眠ったのはひと晩だけだった。

 次の日には、すぐ行動を開始した。


 オルドの携帯に電話をかけたが、オルドはまだ任務中なのか、出てくれなかった。ピーターの名刺をもらっていたので、そちらへかけると、秘書室に通じた。


 電話応対してくれたのは、ピーターではなかったが、ケヴィンとアルフレッドは、丁重に礼を述べた。


 電話を終えると出版社に向かい、手配してくれたコジーに礼を言った。

 編集者コジーは双子の無事を喜び、すぐにバンクスが入院しているという病院を教えてくれた。


 そして。

 双子とバンクスは、首都ラスカーニャの大学病院で、ついに再会を果たした。


「バンクスさん!」

「よう」


 明るい病室だったが、殺風景(さっぷうけい)だった。見舞い客も、コジーのほかには訪れないことを知らせる、閑散(かんさん)とした部屋だった。


 包帯だらけのバンクスは、十日ほどまえに、この病院に入ったばかりだ。右腕は痛々しいまでに包帯で膨れ上がっていたし、顔も、動かすのがつらそうなほど、ケガだらけだった。


「元気そうじゃねえか、よかった」


 バンクスの破顔に、双子の感情は、崩壊した。


「バンクスさん、おれは――おれたちは、」

「バンクスさん、うわあああああ……!」


 アルフレッドは、バンクスの膝にすがって、声を放って泣いた。


「生きててよかった、よかった、よかった……!!」


「ありがとう」

 バンクスは静かに言った。

「ぜんぶ、コジーさんに聞いた。俺は、どれだけ後悔したかしれねえ。――おまえらを巻き込んでしまったことを」

 俺は、おまえたちの根性を見誤っていたのかもしれねえ、とバンクスは苦笑した。

「おまえたちが、L03まで俺を捜しにいってくれたこと――ほんとうに、嬉しかった」

 アルフレッドの肩を、左手で撫ぜながら、バンクスは言った。

「二度と、こんなことはしないでくれよ? ――でも、ほんとうにありがとう」


 あんなところまで、俺を捜しに来てくれるのは、おまえらくらいのものだ。

 バンクスが、(まぶ)しいものを見るような目で、双子を見つめた。


 こらえていたケヴィンの涙腺も、あっけなく崩壊した。双子は顔がバンクス並みにはれるほど泣きつづけ、初日は、それで終わってしまった。短い面会時間が、あっというまに過ぎた。


 双子は、明日、またバンクスの話を聞きに来ると宣言して、看護師に病室からつまみ出された。


 翌日の面会時間は、バンクスのわがままが通ったのか、長めに取られていた。

 とにかく、バンクスにしろ、双子にしろ、積もる話がありすぎたのだ。


「――じゃあ、バンクスさんは、ウサギに助けられたの!?」

「ああ。本のネタにもならねえがな」


 バンクスは苦笑いし、笑うとキズが引きつれて痛いのか、「いてて」とふたたびしかめ面になった。


「……」


 ヒュピテムとユハラムは、ノワのタカに助けられ、バンクスはウサギときた。

 双子は、顔を見合わせた。


 ――取材は今日で終わった。俺は三日後にここを出て、L22の裁判所に飛ぶ。それからL11の流刑星(るけいせい)にいく。おまえらとは、ここで別行動だ。俺は、“アランさん”の足跡を追う。――


 バンクスは、この言葉どおり、双子と別れたあと、L22の、アランの裁判があった裁判所へ飛び、L11へ飛び、それから、L18にもどった。

 ジェルマンの同盟幹部だった軍人にも、話を聞きに行った。


「本には名前を出さないという約束で、話をしてくれたひともいた」


 バンクスは、取材の合間に、L18のホテルやモーテルを転々とし、執筆をつづけた。

 そして、本の刊行を終え――アミザから振り込まれていた報酬は、一部を自身の逃亡資金に充て、残りをケヴィンとアルフレッドの口座に振り込んだ。

 自身の口座をゼロにしておき、いざというときはケヴィンに金を送ってもらうつもりだったんじゃないのかというオルドの想定は、外れていた。


「俺はもともと、アミザさんからもらった報酬は、おまえらにやるつもりだった」

「……え」


 俺は、本の印税もある。バンクスは言った。彼は、逃亡資金に困っていたのではなかった。


「じゃあ――いったい」


 本の刊行が、L系惑星群全土でなされた、あの日――。

 アミザが狙撃された、あの日だ。


 バンクスは新聞でそれを見て、行動が遅かったことを悔やんだが、後の祭りだった。

 急いでL18のスペース・ステーションまで来て、ドーソンの秘密警察がうろついているのを発見した。 

 バンクスは、もう、L18から出られなくなってしまったことを悟った。


 ピーターに電話をすると、「刊行前にL52に飛べと、あれほどいっただろうに!」と叱られ、バンクスも、油断していたことを後悔したが、もう遅い。


 ロナウドとアーズガルドの捜索隊が、L18に入ったことを知らされたが、バンクスは彼らと合流することもできず、必死で逃げ回っていた。携帯もL18の軍にジャックされて、居場所がバレてしまうありさまで、バンクスは携帯を捨てた。


 とにかく、L18じゅうを逃げまわった。

 スラムからスラムへと渡り歩き、大量に現金を持っていたせいで、傭兵くずれのチンピラにまで襲われる始末だ。


「完全に、俺の失策だった」


 そのとき、バンクスは、L18の軍ではなく、チンピラから逃げていた。

 逃げ続けて、いつしか、ソテロの森付近に来ていた。撃たれた右腕から血が滴って、バンクスはついに、進退窮(しんたいきわ)まった。


 森へは入りたくない。一見、隠れるにはいいように見えるが、冬も近づき、冬眠のために食欲旺盛(おうせい)なクマがいる。

 だが、チンピラたちは追ってくる。


 そのときだった。

 バンクスの視界に、ウサギがいた。


 それは、うっかり踏みつぶしそうになるくらい小さな、チョコレート色をしたウサギで、夜闇に紛れて、いつからいたのか分からなかった。

 森が近いし、ウサギがいても不思議はない。


 ウサギは、まるでバンクスを導くように、数歩進んでは、バンクスを見上げる。


 あのときの心境は、説明できるものではない。バンクスは、意味も分からぬまま、直感に従ってウサギを追った。

 ウサギは、森に向かっている。

 バンクスは、覚悟した。


 ウサギのあとを追って森に入り――愕然(がくぜん)とした。

 死体がある。

 バンクスはごくりと喉を鳴らした。バンクスに似た背格好の男が、バンクスと同じバックパックを持って、同じ右腕を怪我して、倒れている。


「おい! 森に入ったぞ!」


 現金目当てに、チンピラたちが迫ってくる。やつらも、夜の森に入ることをためらっているようだった。

 ふたたび銃声がして、バンクスは追いつめられた。

 バンクスはあわてて、キャップに自分の血をこすりつけ、死体に被せた。

 そのままバンクスは、森の奥へ逃げた。

 ウサギが導いた先には、山小屋があった――。


「じゃあ、最初に発見された遺体っていうのは、その、」

「ああ。俺じゃねえ。どっかのスラムのチンピラだ」


 バンクスは、森にそんな死体が放置されているのは珍しくないといったが、バンクスと同じケガを負い、量販店の大量生産ではあるが同じバックパックを持ち、同じ背格好の男が倒れているのは、さすがによくあることではなかった。


「だが、そいつのおかげで俺は助かった」


 死体を見て、自分たちの撃ったタマが当たって、バンクスは死んだと見たチンピラたちは、死体のバックパックだけを持って消えた。それ以上、バンクスを追わなかった。


 次に死体を発見したのはL18の警察で、それをバンクスだと決めつけたのも彼らだった。そちらに見つかっていたら、逆に命はなかった。

 バンクスは、二度も死体に助けられたことになる。


 バンクスは、ロナウドの救助隊に助け出されるまで、野生の動物や、L18の捜索隊に見つかることを恐れ、戦々恐々としながら山小屋に潜んでいた。


 傷から熱が出、いよいよ終わりだと、何度も思った。だが、その小さなウサギが、いつでもバンクスを見守るようにそばにいたのだという。

 たまに、木の実がついた枝さえ、持ってきてくれることがあった。


 ある日、バンクスのそばにずっと寄り添っていたウサギが、突如、耳をピンと立たせて走り去った。そのすぐあとに、救助隊が来た。

 まるで、あのウサギが、救助隊を呼んでくれたようだと、バンクスは言った。


「俺は、あのウサギに礼を言いたかったが、俺が助け出されるときは、もういなくてなァ――」


「……」

 双子の絶句した顔を見て、

「信じられねえだろ。……だから、本にもならねえ話だっていっただろ」


 バンクスは苦笑したが、双子は信じた。なにしろ、そんな体験を、L03で、イヤというほどしてきたのだ。

 面会時間の終了が近づいたのをバンクスは見て、「明日も来てくれるか」と言った。

 双子はうなずいた。


「今度は、おまえらの話を聞かせてくれ」

 



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