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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
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33話 バブロスカ ~わが革命の血潮~ 序文


 まず、この本を発行するに当たって、各所にお礼を申し述べたい。


 沈着にして熱き男、勇気あるわが友、バラディア。


 彼の愛馬の初乗りに、わたしがつき従ったのはまるで昨日のことのような気さえする。彼は幼かったが、それでもその瞳は正義に満ちていた。彼の瞳は幼きころのままなにもかわってはいない。


 彼の息子、オトゥールもまた、その清廉(せいれん)さは父を越える。清廉さにくわえ、慈悲深きその心はたしかにバラディアの魂を受け継いでいる。軍事惑星の未来を託すのに、これほどふさわしい青年も他にない。


 偉大なる熱血漢、エルドリウス。

 気高き魂の正義の男、ハーベスト。

 ドーソンの高潔なる反骨の男(はんこつ)、バクスター。


 この本を記すことを熱心に勧めてくれたL22のジャーナリスト、バンクス。


 わが同志、ユリオン、メドラー、オークス。――そしてユキト。


 たくさんのひとびとに感謝をこめ、いまもなお戦い続けている彼らにエールを送りたい。


 さきに謝辞(しゃじ)を述べたのは、わたしがこの本を最後まで書き貫くことができるか、さだかではないからだ。本来ならすべてを書き終えたのち、時間をかけて言葉を選びたかった。そして彼らの手を握り、おなじ謝辞を述べ、後事(こうじ)を託したかったのは無論だが、ひとは老いには勝てない。


 わたしには時間がない。


 あの革命で立ち上がった五人の戦士のうち、すでに四人は鬼籍(きせき)に入っている。

 あの革命を生きた言葉で語れるのはわたしだけであるし、この長年眠らせていた言葉を、ようやく外に出してもよい時代になった。この本を書き記して死ぬるのが、わたしの使命だと思う。


 わたしも老いた。

 バブロスカの真実を書き記せる時期が、もうすこし早く来ていたなら――。

 これ以上は老人の愚痴になる。よそう。


 昨年、ようやく、ユキトをはじめ、われわれ五人の名誉回復も、揺らがぬものとなったことは、L18のだれもが知りうる事実だ。


 なかでもユキトたちの星葬(せいそう)は、我らにとっても感慨(かんがい)深いものであった。


 この革命の犠牲となったのは、なにもユキトや我らだけではない。


 悲劇の女性、アラン・G・マッケラン。

 少年空挺団の少年たち。

 傭兵から将校になったアンドレア。


 L18の戦士たちも、耳にするのが初めての名前が、あるのではないだろうか。

 我らの影に、こうして名前すら知られず、消えていった革命の犠牲者があるのだ。

 終わったかにみえた革命も、この数十年のうちに、さらなる犠牲者を出した。

 それも、こうして、名すら知られることのない――。

 悲劇は尽きない。


 バブロスカ革命は、ようやく、ユキトの星葬で終わりを告げたのだ。ユキトが冬のバブロスカで銃殺された、あの夜に終わったのではない。


 はじまりもそうだ。

 決起したのは、我々ではない。

 この革命は、L18が創立されてからずっと続けられてきたものだ。

 我らの前に偉大な先人たちが列をなしている――我らは、その熱き血潮を、受けついだに過ぎない。


 いったい、だれが知りうるだろうか。

 この革命を始動したものたちの名は、一筆たりともこのL18に残されてはいないのだ。

 我らの名は、ユキトの名は、永遠に残るであろう。

 だが、この革命の最初の指導者たちの名は、だれにも知られることはない――。


 あのつめたい監獄、バブロスカはもうない。

 ユキトや、先人たちの星葬のあと、青年たちの手で、徹底的に破壊された。

 その青年たちは傭兵だけではない、将校もいた。軍人ではないものもあった。

 傭兵の青年と将校の青年が手を握り合い、感涙にむせぶ姿には、わたしの目頭が熱くなった。

 これこそが、革命を起こした我々が望んでいたものだったからだ。


 あの夜、ユキトだけが首謀者として処刑されたとき、我ら四人、だれひとりとして自らを責めぬものはなかった。オークスが獄中で肺炎になって死んだあとも、われらも数十余年の獄中生活を経験した。

 バブロスカが破壊されたとき、我らの心も救われていくようだった。


 すべて、終わったのだと――。


 バラディア大佐たちの尽力によって裁判のやり直しが繰り返され、やっと獄を出たとき、わたしはもう老いていた。獄にいるときからぽつぽつと、記憶を頼りに書き出した日記が、こうして日の目を見ることになった。


 だが、すべてわたしの目から見たできごとなので、客観性に欠ける。バンクスが、さまざまな関係者の取材にあたり、情報を集めてくれることになった。 

 この老人の繰り言を、本にまとめてくれるのはバンクスだ。

 彼のおかげで、わたしが知らなかったさまざまな事実も浮かび上がってき、わたしはその事実を知るたびに、しわがれた頬を濡らすことになった。


 バンクスの助力を得て、できうるかぎりここに記そうと思う。


 今朝は、すがすがしいまでに晴れている。


 針葉樹(しんようじゅ)の枝から落ちる雪の音。こどもたちのはしゃぐ声に、忘れていた。冬が、つめたく暗いだけではなく、われらの青春そのものであったことを。

 つめたくも、張り詰めた、心(おど)るすがしき青春であったことを。


 できるなら、この本のあとがきを記すことができることを願って。


 エリック・D・ブラスナー


(エリック氏はこの本の刊行を待たずして亡くなられましたが、本編の作成はじゅうぶんに終えられました。後記は、エルドリウス氏より寄稿をいただいております。)


 バンクス・A・グッドリー






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