表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
666/944

274話 羽ばたきたい椋鳥 Ⅱ 3


 九庵が悲痛な顔で階段を降りきったそのとき、エミリは同じ顔で、ついに覚悟をした。

 そして、まっすぐに、階段に走っていく。

 それを止めたのはミシェルだった。両手を広げて、エミリの行く先を塞いだ。


「どいて、ミシェル!」

「ダメ!」


 エミリはミシェルを跳ね除けて先へ行こうとしたが、今度はアズラエルに二の腕をつかみ締められて、止められた。


「ダメだ。――おまえはダメだ」


 アズラエルは断固として言った。


「おまえがバーガスと同じような目に遭えば、ロビンはもっと自分を責める」

「――!」

「ロビンは、必死で上がろうとしてる。決意を鈍らせるな」

「……!!」


 エミリは、泣き崩れた。


 ロビンは、這い上がろうとしている。すべての力をつかって、這い上がろうとしている。

 すでに、百八段ある階段の、八十段目を超えた。

 もう力は尽きているはずだった。不死鳥の手助けがなければ。

 ロビンの頭にあるのは、もはや、階段を上がることだけだ。


 また、椋鳥たちが飛び立つ。

 階段は、真っ黒な死がいで埋もれていった。





「あんた、――あんた、しっかりおし」


 ケヴィンは、重いまぶたを開けた。

 身体がひどく重い。息は熱いし、頭がひどく痛かった。


「死ななくてよかったよ。あんなところで雪に埋もれているのを見たときは、どうなることかと」


 ケヴィンの顔を覗き込んでいるのは、見知らぬ顔だった。その中に、ひとりだけ知っている顔があった。マクタバの祖母だ。


「お――おれ」


 ケヴィンが寝かされているのは、宿泊所として提供されたゲルだった。


「イシュメル様の石室のまえで、遭難しかけたんだよ! まるで雪だるまだった」

「このひとたちが、連れてきてくれたんだよ」

「あ、ありがとう、ございます」


 ケヴィンは、見知らぬ二人の若者に礼を言った。彼らがケヴィンを発見し、ここまで運んでくれたのか。

 ケヴィンはどうやら、イシュメルの石室の前で泣き伏し、そのまま気絶してしまったらしい。


「ずっと眠っていたけど、ようやく目が覚めたね。でもまだ熱があるから、寝ておいで」


 マクタバの祖母の言葉にうなずき――はっと、ケヴィンは、枕もとの腕時計を見た。


「あ――あと一日――」


 ケヴィンは蒼白になった。地球行き宇宙船内の時間に合わせた時計が、あと一日しかないと告げている。

 ケヴィンが寝ている間に、リミットを迎えていた。


(おれは――なんて、バカなんだ!)


 またもやあふれてきそうになった涙を必死で(おさ)え、枯れた喉で、「マクタバさんの――その、パズルのほうはどうなんでしょうか!?」と聞いた。


 マクタバの祖母は、ケヴィンに白湯を差し出し、言った。


「リカバリっていうのはねえ、わたしもくわしいことは分からないんだが、滅多にあるものじゃないらしいんだよ。だから、マクタバははじめてさね」

「――!」

「だいぶ手こずっているようだね。リハビリってやつは、一時間かそこらで済むんだが」


 ケヴィンは、飛び起きて、ありったけ、自分の服を着こんだ。


「あんた! そんな体で外へ出ちゃダメだ!」


 老婆は止めたが、ケヴィンは猛吹雪の中を外へ出た。ゲルの外は、横殴りに吹き付ける吹雪で何も見えなかった。ホワイトアウトだ。三十センチ以上も積もった雪が、ケヴィンの足を一気に膝上まで隠した。


(イシュメルさま――)


 カーダマーヴァを埋め尽くす深い雪は、まるで積もり積もったイシュメルの後悔のようだ。

 ケヴィンは、慣れない雪道を、一歩、一歩と進んだ。頭が割れそうに痛み、視界も揺らいで倒れそうだったが、行かねばならなかった。

 イシュメルの、石室へ。


 目を開けていられないほどの猛吹雪に、数歩も進めなかった。あっというまに、自分がどこにいるか、分からなくなった。ケヴィンが立ち尽くしたとき、ふっと向かい風が止んだ。


「こんな雪、経験したことないでしょ」

 ゲルにいた若者が、ケヴィンの前に立って、風よけになってくれていた。

「イシュメル様の石室に行くんだよね?」

 もうひとりが、ケヴィンの後ろにいた。


「う――うん」

「俺が足跡をつけたところを進んできて」


 まえの男の子が、ケヴィンに大判のストールをかぶせて言った。


「俺たち、エポスとビブリオテカっていうんだ」

「俺がエポスで、弟がビブリオテカ」


 ケヴィンは目を見張った。前にいる兄がエポスで、うしろにいる弟がビブリオテカ。


「俺たちも、イシュメル様には出てきてほしい。だから、協力させて」


 石室は、すっかり雪で埋まっていると思っていた。

 だが、石室はすっかり雪が寄せられて、たくさんのひとが集まっていた。カーダマーヴァの若者たちが勢ぞろいで、石室の前の雪をせっせとどかしていた。


「君が、イシュメル様の石室のまえで倒れていたのを見て、みんなが立ち上がったんだ」

「え?」

「よそから来た人が、凍え死にしそうになるほど、祈りを捧げているっていうのに、俺たちときたら――って」


 ケヴィンは詰まってしまった。特に祈りをささげたわけではなかった。ケヴィンはただ、悲しみをぶつけてしまっただけだった。


「おお! エポス殿!」


 雪かき隊を指示していた、ひげもじゃの壮年男が寄ってきた。よく見れば、若者だけではない。壮年の者も多くいた。


「どうだ、お具合は」

 ケヴィンは、エポスが自分の名であったことを思い出した。

「なんとか……」

「なんとか、じゃないよ。まだ高い熱がある。俺たちも頑張るから、無茶しないで」

 もうひとりのエポスが言った。


「だいぶ雪をよけたよ!」


 石室の階段下から、声がした。階段は、すっかり雪がなくなっていた。


「よし、じゃあ、みんなで力を合わせて、扉を開けるぞ!」


 石室の取っ手に、ロープを巻き付け、みんなで引っ張ることにした。


「お、おれもやる」

 ケヴィンも参加した。


「せーので、引くぞ!」

「せーの!!」


 大きな石の扉は、若者が数十人集まってロープを引いても、びくともしない。

 それでもケヴィンたちは、一生懸命ロープを引き続けた。


「せーの! イシュメルさま! 出てきてください!」

「よいしょ! 俺たちは、あなたとともに過ごしたいんです!」

「せーのっ! イシュメル様―っ!」


 吹雪の中、ぽつり、ぽつりと人が集まってきた。


 



 地球行き宇宙船でも、最後の一日を迎えていた。


 あれだけいた椋鳥たちは、もはや真砂名神社の屋根を覆うだけに減っていた。

 寿命塔が、「1」をカウントしたときから、だれも紅葉庵に引っ込まなくなった。


 エミリとミシェルは、坂道を上がり、拝殿まえの寿命塔に寄り添い、ロビンを待った。

 もう、いかづちの音に怯えることも、太陽の火がロビンを焼き尽くすことからも、目をそらしはしなかった。


 ロビンは、目を凝らせば、肩が呼吸に動いているのが分かるが、さっきから動かない。


 鬼たちも、じっと様子を伺っているだけだ。

 ルナの桃の香りは、ますます強くなっている。


 クラウドは、周囲が急に明るくなった気がした。

 目の錯覚ではない。

 一瞬走った強い閃光に、紅葉庵で居眠りをしていたナキジンも、ルナのそばにいたエーリヒも、目覚めた。


「これは」


 階段と拝殿に、宇宙から銀白色の光が降りている。それらはルナとロビンの位置だけ、目がチカチカするようなまばゆさだった。

 

「ロビン・D・ヴァスカビル、ルナ・D・バーントシェント、“リカバリ”完了。――“リハビリ”開始」


 拝殿にいるエーリヒたちは、むせかえるように強くなった桃の香りとともに、ルナの声を聞いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ