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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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274話 羽ばたきたい椋鳥 Ⅱ 2


 真砂名神社が、椋鳥(むくどり)で覆われている。


 おびただしい数の椋鳥が、拝殿から階段脇の樹木、灯篭の上や、紅葉庵の屋根――まるでロビンを囲むかのように、集まっていた。すべての小鳥が、ロビンを見ている。


 小鳥たちの鳴き声と羽音が、炎の音さえかき消す。


「うわ! ちょ、ルーシーに乗っかるんじゃないよ!」


 パラソルにも、ルナの肩や頭にも乗っていた。ララは慌てて払ったが、小鳥は増える一方だ。拝殿前の砂地は、椋鳥でびっしり覆われていた。

 まるで、宇宙船にいるすべての椋鳥が飛んできたといわんばかりの、異様な数だった。


「なんや、これは」


 鬼たちも、階段を埋め尽くす椋鳥に首を傾げ、一度降りた。まるで鳥たちが、居場所をつくれといっているようだったからだ。図体のでかい鬼たちが退くと、椋鳥は、わずかなスペースも埋めるように、階段に降り立った。


「なにが始まる?」


 グレンの言葉と同時に、キラリと、夜の神の錫杖(しゃくじょう)が光る。いかづちの試練がはじまる合図だ。


 階段下の樹木に群れをなしていた椋鳥たちが、いっせいに飛び立った。

 椋鳥たちは――見えない壁を突き抜けた。


 再び、鼓膜がぶれるほどの雷鳴と、白い閃光――だが、今度こそ、ロビンは焼け焦げていなかった。


 かわりに、ロビンの周りには、たくさんの椋鳥たちの亡骸(なきがら)があった。


 ロビンは、力の入らない手で、自分を守った椋鳥に触れた。ロビンの指先から(したた)った血が、まるで椋鳥の涙のようにこぼれた。指先に触れると、椋鳥の形をした消し炭は、かさりと音を立ててくずれ、風がさらっていった。


 ロビンの唇が、わずかに動いた。言葉は、椋鳥たちに伝わったのだろうか。どちらにしろ、アズラエルたちには聞こえない。その羽根のようにかすかな言葉を聞き取れるものがあるなら、神なる者以外にあるはずはなかった。


 ロビンは、渾身(こんしん)の力を込めて、身を起こした。

 ――階段を、上がるために。


「なんじゃこれは」

「――椋鳥が、ロビンを守っておるのか」


 こんな現象も、はじめてだった。

 椋鳥たちは再び一斉に羽ばたき、盾となって、ロビンを太陽の火から守った。

 太陽の業火に、一瞬にして消し炭になった小鳥たちは、ちいさな鳴き声をこぼすこともなく、消えていく。


「“椋鳥”ならば、あの壁の向こうに入れるのですね」


 アズラエルたちは、はっと後ろを振り返った。チャンの額には、汗が浮かんでいた。


「チャン!?」


 クラウドが止める間もなく、チャンは武器庫の車両に引き返し、中から盾を持ってきた。

 L系惑星群一の硬度を誇る鉱石でつくられた、盾だ。

 チャンはそれを携えると、階段に向かって走り出した。


「やめとき! 兄ちゃん!」


 キスケが止めたが、チャンは突き進んだ。

 見えない壁は、チャンを弾くことなく、受け入れた。


「なんだと!?」

 バーガスの叫び。バーガスもあとを追うが、バーガスは弾かれた。

「ちっくしょう! どうして俺は、入れねえんだ!」


 いかづちの試練がやんだ(すき)に、チャンはロビンのもとまで駆けつけた。


「チャン! ロビンを守ってくれ!!」


 バーガスの絶叫。

 太陽の神が手にした火の玉が、ごうっと燃え上がる。


「……!!」


 ――太陽が、降ってきた。

 チャンは、ロビンの上半身と自分を守って、盾をかざした。


 ゴゴッ、ゴツ、と燃える岩が際限なく降ってくる。


「うぐっ――う、」


 一瞬とて尽きない、砲弾にさらされている気分だ。


「うああ!」


 盾の範囲から外れているチャンの足に、太陽が直撃した。チャンの身体がぐらりと(かし)いだが、チャンは踏ん張った。


「チャン!!」

「あんた! 逃げなされ! 太陽の火を盾で防げるわけがなかろう!」


 ナキジンが叫んだが、チャンは逃げなかった。


「うう――!」


 盾が、高温に耐えきれず、どろりと溶けた。


「うわああああああああ!!!」


 チャンの悲鳴が響き渡った。

 盾は蒸発し――太陽のかけらが、一斉にチャンを襲った。


「――っ」


 熱にひしゃげた、チャンのメガネが、音を立てて落ちた。

 ロビンに重なるようにチャンの小柄な身体が倒れこみ――ふっと、階段が元の姿にもどった。

 ロビンのように、(すす)になってはいなかったものの、大火傷を負ったのは間違いなかった。

 ギリ、と噛みしめたロビンの歯のすきまから、声にならない、チャンの名が(こぼ)れ落ちた。


 壁が消えたのを、アズラエルたちは感じた。

 ロビンたちを助けに上がろうと、一歩足を踏み出したアズラエルたちに、ナキジンの叱責が飛んだ。


「ダメじゃ! 足を踏み入れるな!!」

 ナキジンの背から、大きな白い翼が広がるのを、アズラエルたちは見た。

「ええか。階段に一歩でも足をつけば、再び試練がはじまる。飛べない連中は引っ込んどれ!」


 ナキジンの翼が、大きく羽ばたいた。

 彼は、階段に足をつけることなくロビンのそばまで向かった。


「もう、来るな」

 ロビンはうめいた。

「頼む――だれも、寄越さないでくれ」


「……」

 ナキジンがうなずくと、ロビンは再び身を起こして、階段をよじ登った。


 チャンを抱え上げてもどってきたナキジンは、

「ロビンが、もうだれも寄越すなというとる」

 と、言った。

「この兄さんが小柄でよかったわい。おまえみたいなのじゃったら、わしひとりでは無理じゃった」

 ナキジンがバーガスの肩を叩き、「つらいのはわかるが、黙って見守るんじゃ」と告げた。


「救急車を呼んでくれ!」


 クラウドが叫んだ。チャンのケガはひどいものだった。生きているのが不思議なくらいの大火傷だった。


「無理をしなすった」

 ナキジンは気の毒そうな顔で、運ばれていくチャンを見た。

「チャンさん……!」

 ミシェルが、涙声でチャンを見送った。


 救急車が去っていくのと同時に、暗雲が立ち込めはじめる。

「地獄の審判」が再開した。

 真砂名神社界隈を覆いつくしている椋鳥のざわめきも、大きくなった。


 気づけば、ロビンが、五段も上がっている。


「く、――は、――は、」


 ロビンのか細くなった呼吸が、ここまで聞こえるようだ。


「おい! 上がるぞ」

「助けたれ!」


 再び三人の鬼たちが階段を上がっていくのを、バーガスは歯噛みして見つめた。


「ロビン! ロビン、ちくしょうっ!」


 壁は、またバーガスたちを阻んでいる。バーガスは、拳を打ち付けた。


「俺も入れろおおおおお!!!!」


 バーガスの絶叫が、宇宙をつんざく――バーガスの足が、一歩、踏み出ていた。壁の中に、入ったのだ。


「バーガス!!」

「黙っておれといったのに!!」

 ナキジンの絶叫。


「ロビン! 待ってろ!!」


 バーガスはロビンのもとまで一気に駆け上がり、夜の神の錫杖が光るのを見て、全身でロビンを(かば)った。


「こいつは、弟みてえなもんなんだ!」


 いかづちが、嵐のように降り注いだ。バーガスの悲鳴はかき消されて聞こえなかった。


「おまえが助かるまで、俺が代わりになってやる!」

 

 ――バーガスは、鬼たちに救出された。ナキジンでは無理だった。


 バーガスが救急車で搬送されていくのを横目で見て、今度は九庵が駆けあがった。


 なぜか、だれも止めなかった――いや、バーガスの容態に気を取られて、だれも気づかなかったのだ。


 バーガスが侵入できたように、九庵もまた、なんの障害もなく、弾かれることもなく、階段に足を踏み込んだ。


 九庵がかつて上がった場所より、さらに上に上がっていたことも、だれも気づかなかった。――九庵自身も。


 一気にロビンのそばまで来て、呼吸を整えた。

 審判はまだ始まっていない。


 九庵は、ズタボロのロビンの腕を丁重に持ち上げ、自分の肩に回すようにして、その大きな身体を抱えあげた。

 いかづちが降る。

 九庵の悲鳴が(とどろ)いて、はじめて皆は、九庵が階段を上がっていたことを知った。


「九庵!」


 アズラエルは目を見張った。ナキジンも――カンタロウも。大路にいた皆も、拝殿から身を乗り出して見ていたエーリヒも。

 そして、運ばれている張本人のロビンもだ。


 ――九庵は、消し炭にならなかった。


 いや、たしかに雷に打たれ、溶岩の塊が彼を焼いていく。まさしく、ロビンではなく九庵の身体を。彼はたしかに一度、燃え尽きていた。

 けれど、雷や(ほむら)が九庵を焼いたそばから、彼は再生するのだ――不死鳥そのままに。


「いや、マジか」


 アズラエルは目を擦った。ハンシックでアンディがルナを捕らえに来たとき、九庵はルナを守って戦った。そのときの姿が重なる。

 アズラエルがあのとき、彼の攻撃の姿が、不死鳥が羽ばたいたように見えたのは幻ではなかったということだ。


「パウル」

 カンタロウは思わず、彼のほんとうの名を読んでいた。

「よう、ここまで来たのう」


 ナキジンも泣いていた。大路の皆も、鬼もだ。


「パウル、気張れ!」

「がんばれーっ!!」

「六十段目超えたで!!」


 声援が、九庵とロビンを追う。九庵が階段を一段ずつ上がっていくたび、雷を受けるごとに、炎が降り注ぐたびに、階段を覆いつくすような不死鳥の羽根が広がり、九庵をもとの姿によみがえらせる。


 ロビンもまた、不死鳥に守られるようにして、一度たりとも試練の火を浴びることがない。

 

 九庵も無我夢中ではあったが、やがて気づいた。痛みがない。これほどのすさまじい炎の嵐に焼かれても、むしろ身体は軽い。心もだ。痛みはほとんどない。

 そのことが、とても不思議だった。

 ロビンが、奇妙な顔で九庵を見ていることも、彼本人は気づかなかった。


 九庵は、ロビンとともに八十段目あたりに到達した。拝殿が見える気がした。あれほどまでに焦がれた拝殿が――。


 すくなくとも、エーリヒの姿ははっきりと見える。

 しかし、そこまでだった。

 九庵もロビンも、前に進まなくなった。ふっと、雷が――炎の雨あられが止む。


「降りろ」


 ロビンが即座に言った。

 不死鳥がわずかに蘇らせてくれたのか。自力で立てなくなっていた身体は、今や二本の足でしっかりと立っていた。火傷もすこし消えた気がする。血は止まった。


「いいえ、わしはまだ……」

「あんたがもう、これ以上上がれないんじゃねえのか」

 

 ロビンの苦笑に、九庵は悟った。九庵自身が、ここまでということなのか。

 しばし拝殿を見上げた九庵は、合掌し、ロビンの身体をまた丁重に、階段に座らせた。少しは不死鳥の力によって癒えたとはいえ、十分満身創痍(まんしんそうい)のままだ。

 九庵は、ロビンを励ますように言った。


「あと少しです。がんばってください」

「ああ。ありがとう、十分だ」


 ロビンは、男に、こんなに素直に礼を言ったのはいつぶりだろうかと考えた。


 九庵が階段を降りるのを見届け、彼が階段から出たとたんに始まる、ふたたびの試練。


 ロビンはもう、階段の下を見なかった。上だけを向いた。

 ただひたすらに、這うようにして前に進んだ。





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