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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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274話 羽ばたきたい椋鳥 Ⅱ 1


 ロビンは、もはや寒さも冷たさも、熱さも感じなくなっていた。 

 痛みと苦しみだけが交互に――あるいは同時に訪れる。

 ロビンは自身が流した血の量を見て、不思議に思った。身体中の血をすべて、流しきってしまったようだ。


(もう、俺は死んでいるのか)


 そう思ったくらいだ。客観的に見て、あれほどの血を流して生きていられるはずがない。

 それなのに、空洞(くうどう)になったはずの身体は重くて持ち上がらない。

 最初のころは、肺が焼けただの、喉が破れただの、まだ分析する余裕はあった。

 そんな余裕はもはや、なかった。


 ただ、ロビンの本能が、生きることをもとめている。

 このまま死にたくないと願っている。


 階段上に、ずっと拘束され続けているルナを、助けてやらねばという意志さえ、湧き上がっていた。


(ルナちゃん――待ってろ)

 今、助けてやるからな。





 寿命塔に、腕が入らない。

 まったく手の打ちどころがない状態が、これほど精神を摩耗(まもう)するとは。

 もう、精神的にも肉体的にも限界であり、いかづちの音にも業火がふる音にも慣れきってしまって、多少のことでは目覚めない紅葉庵待機組は、大きな車両の音に、飛び起きた。


「な、なんじゃあ!?」

 ナキジンが椅子から転げ落ちた。


「――戦車?」


 クラウドは、この音に聞き覚えがあった。

 寝ぼけたアントニオが、紅葉庵のガラス戸にぶちあたり、「あいてて……」と顔をさすりながら店を出ると――大路に、どでかい戦車が轟音(ごうおん)を上げて、待機しているではないか。


「なにコレ!?」

 アントニオが絶叫した。


 戦車隊の正体はすぐに判明した。中から、L20の特殊部隊の装備をつけた、バーガスとバグムント、チャンが出て来たではないか。


「なにする気!? なんなの君たち!」

 アントニオが血相を変えて戦車に駆け寄った。


「ルウウウウウウウシイイイイイイイイ!!!!!」


 アントニオは、戦車にたどり着くまえに、胸倉をつかみあげられて、「ひぎい!?」と情けない悲鳴を上げた。


「アントニオ! これはどういうことだい!?」

「ララ!」


 クラウドが、あわててアントニオを窒息させようとしているララを止めに入ったが、ララの鬼のような形相に、怯んだ。


「なんでこんなになるまであたしに黙っていた! ルーシーはいつからあんな具合なんだい!? メシも食ってない、起きないってどういうことだ! ルーシーが死んじゃったらどうするんだ!!!!!」


「おち――おちついて。ララ」

「ララ様、どうかお気を鎮めてください」


 困惑気味のクラウドに対し、冷静な口調でララを落ち着かせたのは、いつもの秘書シグルスではなく、チャンだった。

 チャンとバグムントも、階段の様子を見て寸時言葉を失っていたが――彼らももと傭兵である。すぐに切り替えた。


「なにをする気だ、バーガス」


 紅葉庵の奥で仮眠を取っていたアズラエルとグレンも、轟音に気づいてやってきた。


「なにをって、この戦車の大砲で、階段とあの砂時計と、神様の像を木っ端みじんにしてやるのさ」

「……!!」


 戦車を見た時点で、なにをする気かは、だいたい想像がついていたが。

 最新式の戦車は、音すら立てず移動することができる。この轟音は、戦車がとてつもないエネルギーをため込んでいる音だった。

 山岳に一撃で穴を開ける威力を発揮する、光化エネルギー砲発射のために。

 アントニオが額を押さえたのを見て、バーガスが怒鳴った。


「あと五日しかねえ! 俺はもう、こんなのを黙って見てるのはまっぴらだ!」


 アズラエルもグレンも同意見だ。

 だが、こんなもので――戦車砲で、あれが止められるものなら、とっくにつかっている。


「“アレ”が、戦車砲で止められるとは、オレは思わねえ」


 意外にもバグムントが、くわえタバコを踏み消しながら言った。バーガスが「ンだとお!?」と怒ったが、

「だが、バーガスの気持ちはわかる」


「おまえがララに頼んだのか」

 この戦車の出どころは、ララ以外にあるまい。


「いいえ。私です」


 チャンが、無表情でバグムントの右頬にパンチをクリティカルヒットさせ、「うぐお!」とバグムントがよろけたすきに、青筋を立てつつ、彼が踏み消したタバコをひろって、携帯灰皿に入れながら言った。


「こういう“現象”が、戦車でどうにかなるとは私も思っていませんが、バーガスさんに怒鳴られましてね」

 安全主義の宇宙船で、死人を出す気かと。

「幸いにも、ララ様のご協力もありまして、戦車をお借りできました」


「できましたって――」

 返却できねえかもしれねえぞ、といったアズラエルに、チャンはこともなげに言った。

「それはララ様もご承知です。やるだけ、やってみましょう」


 ララは猛然と坂道を駆け上がり――「ルーシー! ルーシー!」と叫びながら拝殿に到着し――そこにいた人物を見て目を丸くした。


「おまえ――エーリヒか」

「おや。金龍幇(コンロンパン)の。お久しぶり」


 エーリヒも、拝殿から、階段下の騒ぎは見ていた。

 大路に到着した、最新式の戦車一台と、物騒(ぶっそう)な道具がさぞかし詰まっているだろう、大型車両一台。


「あれで、この階段を吹っ飛ばす気かね」


 ララはそれには答えず、不敵な笑みを浮かべた。


「そうか、おまえか。だからあたしに知らせなかったんだね?」


 ロビンがここで生き残っちゃァ、都合が悪いか。

 ララがそう言って顔を歪めると、エーリヒは肩をすくめた。


「私がこの宇宙船に乗ったのは、疑問を解決するためでね、そのほかの意図はないんだよ」


「どうだか」

 ララは鼻を鳴らし、

「今はそれどころじゃない。そこをどきな! ルーシーの隣は、あたしの居場所だ!」


 ララがルナに飛びついたので、エーリヒはルナから離れた。


「ルーシー! ルーシー! こんなに冷え切って……!」


 ララは、スーツの上着を脱いで、ルナに被せられた毛布の上から、かけた。


「それでは、意味をなさないのでは?」

「うるせえ! だまってろ」


 エーリヒのツッコミにララは怒鳴り返し、ルナを愛おしそうに抱きしめた。


「待ってな――すぐあなたを、解放してあげるからね」

「……」


 エーリヒは、ララに抱きしめられるルナを、おもしろそうに見つめていた。





 商店街の面々が見つめる中――戦車から、小さな山なら一撃で崩してしまう、一発目の光化エネルギー砲が放たれた。


「こんなもんで、地獄の審判が終わるわけがない……」


 九庵がつぶやいたが、大路(おおじ)に戦車を持ち込んだ連中も初めてである。


 エネルギー砲は、見えない壁に命中した。山にドーナツにしてしまうエネルギー砲は、数分間放射し続けたが、なにひとつ役割を果たせず、エネルギーを使い果たした。


「くっそォ!」


 バーガスが、これでもかとスイッチを押した。

 ロビンがいる位置を避けて、連続して大砲が撃ち込まれる。だが、見えない壁はビクともしなかった。


「――ダメだ」

 アントニオの顔に焦りが見えた。

「バーガス君! はやく戦車から出て!」


「――!」


 アントニオの声を聞きつけて、チャンとバグムントが、バーガスを戦車内から引きずり出した。バーガスの足が、地面に降りた瞬間――。


「うおおっ!!」

「きゃあ!!」


 戦車を、いかづちが直撃した。爆発こそはしなかったが、戦車はいかづちを受けて中央部分がへこみ、砲台は真っ二つに折れた。


「避けろ! 避けろ――!」


 ナキジンの悲鳴。

 大路一帯に、いかづちが落とされる。

 ロビンを打ち付けているのと同じいかづちが、さらに戦車を襲った。


 五分も続いただろうか。

 雷鳴が止み――商店街の皆が恐る恐る、逃げ込んでいた店から出て来た。

 戦車は、見る影もなく、大破していた。


「なんちゅうことをするんじゃ! わしらまで死ぬわい!!」

 ナキジンが、涙声で怒鳴った。

「その鉄クズをさっさとどけろ! 神さんの邪魔をしちゃイカン!!」


 商店街の悲鳴をよそに、背後に待機していた車両から、グレネードランチャーを持ち出したバーガスは、間髪入れず、階段に向かって放った。


「やめんかあーっ!!」

 ナキジンの悲鳴が(とどろ)く。

 

 見えない壁は、壊れなかった。


「くそっ! くそっ! くそお!」


 バーガスはランチャーを投げ捨て、車両にある武器を探った。


 ――最初に気付いたのは、だれだっただろうか。


「おい」


 その声に導かれて、皆が、上空を見上げた。


「……?」


 拝殿前にいるララもエーリヒも、大路に出て来た商店街の皆も、砲弾の音に、目覚めて紅葉庵から出て来たミシェルたちも、目を見張った。


 バーガスは機関銃に手を伸ばした。取ろうとすると、腕に小鳥が乗っていた。

 驚いて手を引っ込めたバーガスだったが、小鳥は、バーガスの肩にも乗っていた。

 足元にも、たくさんいた。


「あァ!?」


 踏みそうになって、あわてて避けたバーガスは、大路全体と、拝殿に至るまで、びっしりと小鳥で覆われているのを目にして、絶句した。


「どこから現れた」


 アズラエルも、怯むほどの小鳥たちの群れを見て、つぶやいた。


「なんだこりゃ――スズメか?」


「違う」


 ナキジンが言った。自分の肩に乗っている、小鳥の姿を見て。


「――ムクドリじゃ」





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