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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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273話 パズル Ⅳ 1


「なんですって? 一億?」


 カーダマーヴァ村はすっかり雪に埋もれていた。

 次の日の朝、ケヴィンたちは水分の多い、固い新雪を踏みしめて、門まで向かった。そこにはカザマが白い息を吐いて、待っていた。

 双子は、昨夜マクタバに言われたことを説明した。


「パズルって占術は高いんだって……おれたち、ふっかけられたわけでもないみたいです」


 サルディオーネがする占術は、それぞれのサルディオーネたちが生み出した、いままでにない特別な占いで、確実に人生を変えられるものだから、それだけの値がするというのである。

 カザマも肯定した。


「……マクタバさんのおっしゃることは間違っていません、ですが……」

「でも、おれたち、そんな金、持ってませんし! カザマさん、そういうのって、地球行き宇宙船から出るんですか?」

「いいえ――それは」


 カザマも悩むように言い淀んでいると、マクタバが上機嫌でやってきた。


「一億なんて、破格だよ! ふつうは五億くらいかかる。まァ、長老会だのなんだの、間を取り持つ人間がたくさんいるから、サルディオーネ本人に入る金額は、ものすごく少ないけどね」


 マクタバの言うことは間違ってはいなかった。水盆(すいぼん)の占術も、宇宙儀(うちゅうぎ)の占術も、それくらいはする。


 アンジェリカが特別なのだ。彼女の占術は、三十分、数千万デルから受けられる。

 彼女が顧問(こもん)となっている政治家や、富裕層の連中は、時間延長とともに勝手に金を積み上げるが、それらはすべて長老会のふところに入っていた。


 数千万まで落とすから、アンジェリカに入る額面は、地球行き宇宙船でもらえる一般船客の報酬とかわらない三十万デルほど。

 ララくらいだ。正式な額とは別に、「こづかい」と銘打(めいう)ってアンジェリカに直接金をわたすのは。


 だがカザマは、今ここで、アンジェリカの話を持ち出さなかった。

 マクタバが、アンジェリカをライバル視しているのは、新聞のインタビュー記事で分かっていたからだ。


「しかし、マクタバさま。あなたはまだ、正式なサルディオーネではありません」

 カザマの言葉に、みるみるマクタバの顔がしかめっ面になっていく。

「たしかに、パズルは尊い占術かもしれません。ですが、まだサルディオーネでもないのに、そのようなお金を受け取るなどということは……」


「くれないなら、しない!」

 マクタバの癇癪(かんしゃく)が爆発した。

「地球行き宇宙船ってのは金を持ってるんだろ! だったら一億ぐらい出せるはずだ! あたしの占術をバカにしてるの!?」


「バカになどしておりません。ですが、今は緊急事態なのです。もちろん、ただでとは申しませんが、それだけのお金をお支払いするには、手続きがいるのです。いますぐは、不可能です」


 カザマは、熱心に説得したが、マクタバはそっぽを向いた。


「金がなきゃ、やらないよ」

「では、これで」


 カザマは自身の財布から有り金をすべて取り出したが、マクタバは受け取らなかった。


「そんな少しで、パズルを受けられるとでも!?」


 カザマはいよいよ、告げた。


「この村をお守りくださっている、イシュメル様のためでも、ですか?」

「え?」


 マクタバが、真顔でカザマのほうに向き直った。


「わたくしたちがお願いしていますのは、イシュメル様の“リカバリ”です。地球行き宇宙船に、イシュメル様を前世に持つ方が、乗っていらっしゃるんです」

「ええっ!?」


 なんでそれを先に言わないんだ! とマクタバは、また駄々っ子のように叫んだ。

 マクタバは昨夜、門の前にひとが集まっているから、おもしろそうだと思って寄っていった。すなわち――カザマが長老にした説明は、まったく聞いていなかった。


 昨日さんざん御託(ごたく)をならべていたが、つまりマクタバは、よそ者が大好きなのである。さすがに、夜盗(やとう)と組んで書物を持ち出す騒ぎには関わっていなかったが、村の外の者と関わりたい気持ちは、村のどの子どもよりも強かった。


 だから、双子を村に入れることも大歓迎だったし、家に泊めることも、嫌々な態度を見せながら、その実、たいそうはしゃいでいたのである。


 まさか、「パズル」の占術のことを持ち出されるとは思わなかったが――マクタバは、自分も有名になったものだと勘違いしていた。大騒ぎを起こして村に入ってまで、自分の占術を受けたいという人間がいる。マクタバは誇らしかった。


 だからよけいに、安売りするつもりはなかった。


 金の話ばかりして、占術を受ける人間は、ケヴィンたちだと勝手に思い込んでいた。


「さ、最初っから、それを……」


 マクタバは、じたばたと新雪を踏みかため――迷うようにぐるぐるとその辺を周りだした。


「安売りは、しない――ぜったい、できない。――こういうのは、最初が肝心だから――」


 マクタバは、ちらちらとカザマと双子を見ながら、最終的に、(えら)そうにふんぞり返って言った。


「ポテトチップ、一年分」

「は?」

「とくべつだよ! イシュメル様のためだからね――ポテトチップ一年分で! ひと袋もまけないよ!」

 

 双子は(あご)を落としそうになったが、カザマは微笑んでうなずいた。


「どんな味が、なにが、よろしいかしら」

「しゅ、種類があるの!? じゃ、じゃあぜんぶ! ぜんぶの種類が食べたい! ありったけ持ってきて!」

「……」


 双子は言葉を失って、カザマとマクタバを見比べた。

 




「カーダマーヴァ村の子どもは、ポテトチップスを本などで見て知ってはいますが、食べたことはありません」


「ええ!?」

 アルフレッドは驚いた。


「L03では、だいたいがそうでしょうね。あの菓子を、知る人間のほうがめずらしい。カーダマーヴァ村は、……ほかの地域にくらべるとすごく厳しい環境かもしれません。情報だけは、入ってくるんですから」


 カザマは切ない笑みを浮かべた。


「閉鎖的な村で、外界の者は入れないし、自分たちも出ていくことができない。なのに、新しい情報だけは、次から次へと入ってくる。世界の情報に埋もれながら、自分たちは出ていくことができない――実物に、触れることができないんです。歴史の守りびとといえども、悲しくなるときはあります」

「……」

「だから、村の人たちは、イシュメル様にも外へ出てほしいのです。まるで自分たちの境遇(きょうぐう)が、石室にいるようなものですから」


 アルフレッドは、村の外に出た。「パズル」の報酬となるポテトチップスを、なるべく大量に買い付けに行くためだ。


 もう、アルフレッドは村には戻れない。すべてを、ケヴィンに託してきた。

 カザマは、村の中にいるケヴィンと連絡を取り合える位置にいなくてはならないから、ここを離れられない。


 かわりにアルフレッドが、首都トロヌスに次ぐ、大きな都市メノスに向かうことになった。メノスは、ここから二時間ほどの場所にある。そこはまだ、治安がそれほど悪くはないが、遠い。カーダマーヴァ地区駐屯地から出るジープに乗せてもらうことにした。


 メノスにはL19とL20、L18の軍の駐屯地があって、売店には、ポテトチップスがある。


「あるだけ買っていきましょう」


 カザマは、カーダマーヴァ地区の駐屯地内の売店で、ポテトチップスと名の付くものはすべて買い集めた。

 目と鼻の先にある駐屯地で売っているこの菓子を、マクタバたちは食べたことがない。

 アルフレッドは、なんともいえない思いで菓子袋を見つめた。


 二十個ほどのポテトチップスを紙袋に詰めて門まで来ると、マクタバがそわそわと待ちかまえていた。 


 紙袋を受け取ると、踊りだすようなしぐさでさっそく袋を開け、頬張(ほおば)った。彼女が開けたのは、コンソメ味だった。


「おいしい!」

 子どもらしい笑みが、マクタバの顔いっぱいに表れた。


「マクタバ様、すぐそこの駐屯地のポテトチップスはすべて買ってまいりました。これからアルフレッドさんがメノスの駐屯地で買ってまいります。残りは、すべて終了してから、かならずわたくしが、お送りいたします。一年分といわず、これから毎年、お好きなだけ、わたくしが宇宙船からお送りします。ですからどうか、イシュメル様の“リカバリ”を」


「しょうがないな。今回だけ。――今回だけだからね!」

 マクタバは、カスを頬いっぱいにくっつけて、口を尖らせた。

 

 マクタバとケヴィンは、マクタバのゲルにもどった。マクタバは一番大きなゲルに飛び込むと、ケヴィンに「入って!」と促した。

 ケヴィンは大きな幌布(はんぷ)を寄せて中に入り――「うわあ」と声を上げた。


「すごいでしょ」


 ゲル内は広かった。直系二十メートルもあるような巨大なゲルだ。その一面――床も、半円形の天井も、埋め尽くすように、三十センチ四方のテレビモニターみたいなものが、隙間なく並んでいる。

 モニターがないのは、中央のマクタバが座る座布団がある場所と、そこまで行く通路のスペースだけ。


「せまいけど、座って」


 ケヴィンは、マクタバの後ろの、通路スペースに座った。


「これが――パズル?」


 ファンタジーに出てくるような、古代呪術を想像していたケヴィンは、マクタバに気づかれないように、期待外れの顔をした。


「うん。じゃあ、術式を開始するよ」


 マクタバが座布団の上に座り、化粧箱のような銀色の箱を開けた。ケヴィンは覗き込んだが、そこにあったのは、パソコンのキーボードだった。


「おとなしくしてて!」

「はい!」


 マクタバに語気するどく叱られて、ケヴィンは引っ込んだ。


「イシュメル様の今世の名前は分かる?」

「こんせ? あ、もしかして、ルナっちのこと?」

「ルナッチ? へんな名前」

「あ、い、いや、そうじゃなくて――ルナ・D・バーントシェントです」


 マクタバは、キーボードに、器用にブラインド・タッチで打ちこんだ。


「ルナ・D・バーントシェント――代理人、エポス・D・カーダマーヴァ」


 ケヴィンは、マクタバが名前を覚えていてくれたことに感激して、「え、おれの名前――」と言いかけ、「しずかにして!」とまた叱られた。


「まったく! 行儀の悪い代理人だよ!」

「すいません……」


 機嫌を悪くして、占術をしてもらえなくなったら大変だ。ケヴィンは口をつぐむことにした。


「“パズル”起動せよ」


 マクタバが命じると、一面のモニターが、一斉に画像を映し出した。モニターすべてが、映画の予告編のような短さで繰り返し、短いドラマを放映している。

 大きなゲル一面で、それがなされるのは、大迫力だった。ケヴィンは口を開けて、天井を見回した。


「さすがイシュメル様を前世に持つ人だ――すごい」


 マクタバの感嘆は、ケヴィンにもすぐに分かった。マクタバの目線にある中央のモニターに、「容量オーバー」と書かれているのだ。


「このモニターすべてつかっても、足りないっていうの?」


 マクタバは、ルナの前世の多さに驚愕(きょうがく)しているのだった。


「あっ! ルナっちだ!」


 ケヴィンは、中央モニターのすぐとなりに、ルナの顔を見つけた。


「どういうこと……? 前世のほとんどの、“リハビリ”が済んでる……」


 マクタバは、ルナという人物をパズルの検索にかけるのははじめてだ。だからもちろん、“リハビリ”をするのも“リカバリ”をするのもはじめてだった。

 なのに、前世の大部分の“リハビリ”が終了している。

 マクタバは不思議に思って、キーボードに打ち込んだ。


「このひとの、“もとの魂”はなんだ?」


 再びすべてのモニターの画像が消え、画像が目まぐるしく変わりだした。マクタバはそれを見て愕然(がくぜん)とする。


「ウソだろ……万を超えてる」


 これは、太古の神だ。――しかも、地球時代の。

 マクタバは確信した。


 ――三十分もこの状態が続いたかもしれない。早送り画像を見つづけたケヴィンが、車酔いに似た症状を覚えてきたころ、また一斉(いっせい)に、モニターが消えた。

 ふわりと――白銀色の輝きをまとった巨大な女神の姿が、マクタバの前に現れた。


「月の女神さま……!?」


 マクタバは腰を抜かし、ケヴィンは、その女神の美しさに口をぽっかりと開けて、見とれた。よだれのひとつも、こぼれていたかもしれない。

 まぎれもなく、ケヴィンの人生上最大のマヌケ面を、最大に美しい神の前でさらすことになった。ケヴィンにも“リハビリ”が必要になるくらいの大失態である。


「これ――このひと、ルナっち?」


 月の女神は、ルナの顔をしていた。ルナを、最上級に美しくした姿だ。


「イシュメル様の前世は――月の女神さま――」


 マクタバは呆然(ぼうぜん)とつぶやいた。マクタバに、「パズル」を授けた神である。


「もしかして――」


 月の女神は微笑んだ。ケヴィンはとろけたし、マクタバには、それですべてが分かった。

 マクタバがわかった、と思ったとたんに、月の女神の姿は消えた。


「あっ!」

 ケヴィンが残念そうな顔で膝をついた瞬間、マクタバは怒鳴った。


「エポス! あんた、外へ出て!」

「え?」

「あたしがぜったい、イシュメル様の“リカバリ”を完成させる! ――あんたがいると、集中できない! これは、そんな簡単なものじゃないんだ!」



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