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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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271話 カーダマーヴァ村 Ⅱ 3


「おもしろいではありませんか、長老さま。彼らが村に入れるかどうか、ためしてみては」


 再び、群衆はざわめきに揺れた。


「なにを言うか、マクタバ」

「だって、よそ者であれば、イシュメル様の“目”が彼らを滅ぼすはず」

「無駄に命を散らしてはならぬゆえ、こうして説得して引き取らせておるのではないか」


「……この村に入ることができれば、俺たちを村の者と、認めてくれるんですね?」


 ケヴィンが一歩、カザマの前に進んだ。アルフレッドも、膝が震えていたが、ケヴィンの隣に立った。

 イシュメルの像が、双子を見下ろしている。イシュメルの目が、キラリと光った気がした。

 双子は、一歩、二歩、慎重に進んだ。目の錯覚ではなかった。イシュメルの目に、たっぷりと緑光色が浮いている――侵入者を焼き殺す、鋭い光の塊が。


「ケヴィンさん、アルフレッドさん! お戻りください!」


 カザマの声が響いたが、ケヴィンはイシュメルの像に向かって怒鳴った。


「おれは、エポス・D・カーダマーヴァ!」

「ぼ、ぼくはっ、ビブリオテカ・D・カーダマーヴァ!」


 アルフレッドも、半分泣きそうな声で怒鳴った。


「どうか入れてください! 人の命がかかってるんです!」


 ケヴィンはそれから、なにも見ずに、夢中で門に向かって駆け出した。アルフレッドも「うわあああ!」と叫びながらケヴィンの後を追った。村人も、――カザマも、思わず目を瞑った。ケヴィンたちは、群衆の中に飛び込んだ。

 門が、ケヴィンたちが門内に入ったのと同時に――大きな音を立てて閉まった。

 だれも門を閉じてはいなかった。勝手に閉じたのだ。まるで、イシュメルが招き入れたようだった。


「は、ははは……」


 ケヴィンたちは無事だった。

 頭から村にすべりこみ、砂まみれになったケヴィンたちは、互いの砂だらけの顔を見合わせて、がくりと力が抜けたように突っ伏した。

 村人たちも目を白黒させていたが、イシュメルが招き入れた彼らを追い出す気は、ないようだ。


「ずいぶん勇敢じゃないか」

 ゴーグルをはめた少女が、笑いながら双子を見下ろしていた。

「カーダマーヴァ村にようこそ」


 門の外では、カザマが閉じてしまった門を見つめていた。

 イシュメルの目は、たしかに光っていた。だが、今は、陸軍基地の電燈を反射しているだけのようだ。

 カザマはほっとして、イシュメルの像に向かって、祈るように手を合わせた。


(ケヴィンさん、アルフレッドさん。どうか――お願いいたします)


 願いを込めて門を見上げ――それから、ふと気配を感じて、後ろを振り返った。

 うしろにいたのは軍人ではない。

 カザマは一瞬、ペリドットかと思った。それほど彼に、衣装が似ていた。けれども別人だ。

 彼は、左肩に大きな黒いタカを乗せていた。

 カザマは、ケヴィンたちを村の中に入れたのは、イシュメルではなく彼だと――唐突(とうとつ)に気づいた。


「――あなたは」


 カザマの視界を遮るように、砂ぼこりが舞った。カザマが再び目を開けると、男の姿は消えうせていた。


(あれは――)


 カザマはあわてて周囲を探したが、もう、だれの姿もなかった。





 あと七日。


 クラウドとエーリヒは、謎かけを解いてはいたが、それがなにを意味するのかまでは、まったく分からなかった。


 “ふたりの女が死に、ふたりの女が救い、ふたりの女が導き、ふたりの女が待っている。

 ふたりの男が死に、ふたりの男が救い、ふたりの男が導き、ふたりの男が待っている。“


「死んだふたりの女とは、ピトスとエルピス――つまり、ロビンの母親と、アイゼンとピーターの母親。プロメテウスの血族の姉妹……」

 エーリヒがメモしながらつぶやいた。

「だいたいこうなるんじゃないか」

 クラウドは、「女」と「男」に当たる部分を、人名で埋めたメモをエーリヒに突き出した。


「ピトスとエルピス」が死に、「真昼の女神と月の女神」が救い、「      」が導き、「エミリとミシェル」が待っている。

「プロメテウスと   」が死に、「イシュメルと    」が救い、「夜の神と太陽の神」が導き、「アイゼンとピーター」が待っている。


「……ふむ。おそらくは」

 エーリヒに異論はないようだった。

「空欄を埋めれば、答えが見えてくるのかな……」

 クラウドも、メモを見ながらつぶやいた。


「ピトスとエルピス」はすでに亡くなっているから、「死んだ者」となるだろう。詳細は不明だが、ロビンの母ピトスは、ドーソン一族に追われて命を落とした。エルピスの話は、ナキジンから聞いたばかりだ。「地獄の審判」で亡くなった。

「ピトスとエルピス」は姉妹。対となる。


「真昼の女神と月の女神」も対だ。月の女神はいま、裏でロビンを救う計画を立てている。真昼の神の動きは知れないが、化身であるカザマが、ロビンを救うためL03に旅立った。


「救う者」と「導く者」はもしかしたら変動があるかもしれない。

「エミリとミシェル」は、ロビンが階段を上がるのを待ち続けている。


 そして「男」のほうは。

「プロメテウスと    」は、もしかしたら第一次バブロスカ革命で亡くなった者か。

 だとすると、プロメテウスと同列に並ぶものが、もうひとりいることになる。

「イシュメルと    」がロビンを救い、「夜の神と太陽の神」がロビンを階段頂上へ導いている。

 そして、「アイゼンとピーター」が、「プラン・パンドラ」を始動させるため、椋鳥の紋章の持ち主であるロビンを待っている。


「――ということは、イシュメルのほかに、もうひとり、“男性”で、ロビンを救う者があるということか?」

「そうなるね」


 エーリヒとクラウドが、顔を見合わせたときだった。


「やあ。様子はどう」


 アントニオが姿を見せた。アントニオは毎日、リズンを閉店し、翌日の準備をしたあと、紅葉庵に顔を出している。


「なにひとつ変わらないさ」


 エーリヒが肩をすくめ、クラウドが「今、なぞ解きをしているところ」とメモをひらひらさせた。


「いよいよ、あと一週間か……」


 アントニオも(くま)ができた目をこすりながら、店内の時計を見た。時刻は十時近い。


「俺にも見せて」


 そばのパイプ椅子に腰かけたところで、アズラエルがもどってきた。


「エーリヒ、交代だ」

「そんな時間かね」


 エーリヒが立って、コートを着込んで外へ出た。アズラエルは店先に置いてあるポットから、コーヒーを注いだ。

 雪さえ降っていないが、キンとはりつめた冷たさが、皆の息を白くさせていた。


「すみません、わしが階段を上がれれば……」

 九庵が申し訳なさそうに言ったが、だれも彼を責める者はいなかった。

「人手があるのは、本当に助かってるよ」

「まだ、何があるか分からねえしな」

「ルナちゃんはどう」

「眠ったままだ――そっちも、進展はねえのか」


 エーリヒが座っていた席に、アズラエルが座った。アントニオがルナの様子を聞いたが、こちらもまったく、なにひとつ、変わった様子はなかった。


 嘆息を隠して、アントニオがふと、ルナのいる階段頂上を見上げた。

 そのときだった。


「――?」


 ルナの上空に、白銀色の光が降りているのが、アントニオの目にはっきりと見えた。

 思わず彼が立ち上がったところで、再びいかづちの試練がはじまった。


「なんてことだ」


 間を置かず繰り返される、いかづちと炎の試練にさえぎられて、見えなかったのか。


 アントニオが階段上に向かって走り出すと、「どうした」とアズラエルが、アントニオのあとを追った。不審に思ったクラウドも、追いかけて来た。


 アントニオが息を切らせて坂道を上がり切ると、銀色の光は、吸い込まれるようにルナの身体に消えた。


「これは――」

「どうしたのかね」


 ルナのそばにはエーリヒがいる。彼には、白銀色の光は見えていないのか。

 猛然と走ってきた三人を見て、そういった。アズラエルもアントニオに尋ねた。


「いったい、どうしたんだ? なにかあったのか」

「いや、ルナちゃんの上に光が――」


 アントニオは言いかけ、はっとしたように、並んだルナとエーリヒを見た。――マジマジと。


「なにかね」

 無表情だが、エーリヒは嫌そうにアントニオを見た。


「もしかして」


 彼は、ついにひらめいた――。


「アズラエル、クラウド、下へ降りて」


「あ?」

「え?」


 アズラエルとクラウドの、不審な顔。


「君たちは、しばらくルナちゃんのそばに近づかないで」

「なんだと!」


 アズラエルが瞬間沸騰した。彼は、ほんとうはずっとルナのそばにいたいのだ。だが、なにが起こるか分からないし、片時も目が離せないから、ずっとそばに居続けるのは無理で、しかたなくほかの人間と交代しているのだ。

 あわててクラウドがアズラエルをなだめ、「どういうこと?」と聞いた。


「君たちだけじゃない、グレンとセルゲイも近づけちゃダメだ。ミシェルちゃんもしばらく、ルナちゃんの近くに来ないように」


 クラウドの質問に対する答えではなかったが、クラウドには分かった。


「もしかして、それって、ルナちゃんに縁の深い人間を、側に近づけちゃダメってことだね?」

「そう! そういうこと!」

 アントニオはルナを見たまま手を打ち、

「エーリヒ、悪いけど、しばらくルナちゃんにつきっきりでいてくれる?」


「なんで俺はダメでエーリヒはいいんだ!」

「アズ、落ち着いて!」

 クラウドがアズラエルを羽交い絞めにする。


「私はかまわんが」


 トイレに行きたいときはどうすればいい、とエーリヒは当然の疑問を口にした。だがアントニオは、

「ルナちゃんは放っておいていい。そのままにしておいて」

 いや、むしろ、ルナちゃんをひとりにしたほうがいい、と言った。


「なにかあったら、どうするんだ」


 グレンも階下から上がってきて、顔を(くも)らせていた。いつ月の女神が顔を出すか分からないのに、ルナを一人にしておけない。グレンが言うと、今度はアントニオが逆ギレした。


「分からない奴らだな! そもそも、君たちが過保護に引っ付いてるから! “彼”が出てこなかったんだよ!」


「彼?」

 いつのまにか、セルゲイもいた。


「“彼”はね、君たちが大嫌いだから。だから、出てこなかったの!」


「だから、“彼”ってだれだ!」

 グレンが怒鳴ったが、アントニオも怒鳴り返した。


「“ノワ”だよ!!」


「あァ!?」

 アズラエルが吠えた。


「君たち筋肉兄弟神を、召喚(しょうかん)する儀式をしただろう!? そのとき、イシュメルの次に、君たちを助けた男がいただろ!」


 全員が、それぞれの顔を見合わせた。そして、ついにその容貌(ようぼう)を思い出した。


「もしかして、不精ヒゲの――」

「けっこういいガタイの、ペリドットみてえな――」


 セルゲイとグレンが輪唱し、アントニオは「そうだ」とうなずいた。


「あれは、ノワだよ。“LUNA(ルナ) NOVA(ノワ)”だ。ルナちゃんの前世なんだ」





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