271話 カーダマーヴァ村 Ⅱ 2
「カーダマーヴァ村の真ン前に、L19の軍が駐屯するようになったのは、夜盗が頻発するようになったからなんですって」
「夜盗?」
アルフレッドはともかく、ケヴィンはカザマと初対面だ。ケヴィンは、自分がアルフレッドの兄であり、ルナとも友人であることを説明してから、言った。
「L03の治安が悪化してから、このカーダマーヴァ村の歴史遺産目当てに、夜盗が激増したらしいんです。しかもこのあいだは、村の中のひとと外に出た人が結託して、価値ある書籍を何冊か盗み出してしまったんですって」
「まあ……!」
カザマは驚愕した。そんなことは、最近はなかったことだった。すくなくとも、カザマがこの村にいた時分は。
「おれたちも詳しいことはわからないんですけど、ガルダ砂漠の戦争? っていうのがあってから、L03のひとは軍事惑星群を信用しなくなったらしくて。カーダマーヴァ村のひとたちは、ここにL19の軍があるのは嫌なんですって。おれたちも、このあいだ、近くまで行ったら石を投げられました」
「……そうなのですか」
カザマはL19陸軍本部の休憩所で、自動販売機でコーヒーを買い、アルフレッドたちとソファに座った。
「それにしても――どうしてこんなところに」
カザマの質問は当然だった。ケヴィンたちは、L03の衣装を着こなしていて、まるでこの周辺に、昔から暮らしているようだった。
「おれたちは、バンクスさんってひとを探しに来て――それで、首都近辺の治安が悪くなったので、帰れなくなって、足止めを食らってるんです」
ケヴィンとアルフレッドは、かわるがわる話した。
世話になったバンクスというジャーナリストを探して、L52から軍事惑星群に探しに行き、ついにはL03まで来たこと。
ここまで道案内してくれたヒュピテムとユハラムが、自分たちをケトゥインの襲撃から守って、もしかしたら亡くなってしまったかもしれないこと。
ヒュピテムたちを探しにいったマイヨが、まだもどらないこと――。
「まあ、ヒュピテムと、ユハラムが……!?」
「カザマさん、ご存じなんですか」
「ええ。ええ。わたくしもL03出身ということもあって、次期サルーディーバ様にはご縁が。ですから、ヒュピテムとユハラムも知らぬ仲ではありません」
そういって、顔を曇らせた。
「そうですか――彼女たちは――」
「おれたちのせいです」
ケヴィンが暗い顔でうつむくのに、カザマは顔を上げ、ケヴィンの手を取った。
「いいえ。ヒュピテムもユハラムも、そんなことは思いません」
「バンクスさんもダメだったんです。L03には来ていなかった。――このあいだ、亡くなったことが分かって」
L18の森で、死体が発見されたそうです、とアルフレッドが力なく言い、また涙をこぼしたのを見て、カザマは痛ましげに双子を見つめた。
「バンクスさんがここにいるかもしれないって、半ば賭けのような旅につき合わせてしまって――ぼくたちが、死なせてしまったようなものです」
アルフレッドは、しくしくと、泣き出した。
バンクスの死がわかったのは、つい三日前のことだ。双子は、まだ悲しみの真っただ中にいた。
ケヴィンは袖で涙を拭き、「カザマさんは、どうしてここに?」と聞いた。
カザマは一瞬詰まったが、「実は……」とここまできた経緯を話した。
すべてを話すつもりはなかったのだが、ケヴィンたちがあまりに真剣に聞くものだから――「それで?」「それで?」と先を促すものだから、カザマは最終的に、ごまかしなく一切を、双子に話してしまった。
「じゃあ――イシュメル様に助けてもらえなきゃ、ルナっちも、ロビンさんってひとも、死んじゃうかもしれないってこと!?」
ケヴィンの大声に、休憩していた軍人が一斉にケヴィンたちのほうを見たので、あわてて声を低めた。
「端的に言えば、そうです」
「じゃあ、カザマさんは、イシュメル様に、ルナちゃんたちを助けてもらえるように、お願いしに来たってことですか?」
「ええ」
アルフレッドは、ロビンのことを思い出した。彼もバーベキューにいた。アズラエルと同じ傭兵だったはずだ。男の自分も憧れてしまうほど、カッコいい男性だったのは覚えている。
「でも、カザマさん、あの村は一度出たら、二度と入れないんだよね?」
「ええ。ですから、中にいる知己にお願いしてみるつもりでしたが、――まさか、あんなふうに追いやられるとは」
カザマは、ショックを隠し切れない顔をしたが、ふいに気付いた。
「どうして、そのことをご存じで?」
カーダマーヴァ村が、一度出たら二度と入れない村だということを、だれに聞いたのだろうか。軍のだれかか。
双子は、顔を見合わせた。そして、決意したように、ふたり、声をそろえて言った。
「カザマさん、おれたちが行きます!」
「ええっ!?」
カザマは驚き、それから、村によそ者は絶対に入れないと何度も説明した。
門の前で病人が伏していても、助けるために誰かが村から出てくることはないし、入れてもらうこともできない。それは太古からの決まりで、一度だって、破られたことはないと――。
「そもそも、イシュメル様が、よそ者を中には入れません」
カザマは言った。よそ者が門から、または壁をよじ登って入ろうとしても、門の上に鎮座するイシュメルの目から光線が出て、侵入者を焼き尽くすのだという。
ケヴィンたちはそれを聞いて、一瞬怯んだが、
「――でも、おれたちはたぶん、“村から出ていません”」
「え?」
「ぼくたちは、村の中で死んだはずです」
アルフレッドも、そう言った。
カザマは、「どういう意味です?」と聞いた。
「おれたち、サルーディーバ――さまに会ったんです」
首都トロヌスの王宮で。ケヴィンはそのとき、彼に言われた言葉を繰り返した。
――エポス・D・カーダマーヴァよ。そしてビブリオテカ・D・カーダマーヴァよ。兄はドクトゥス。知恵者の弟。イシュメルを、目覚めさせたる者たちよ――。
そなたらは、大いなるさだめによりて、ここへ導かれた。行け! カーダマーヴァの地へ。そして、イシュメルを、長の眠りから解き放つがよい――。
「……!」
カザマは驚愕のあまり、口を両手で覆った。
「まさか――あなたがたが?」
「おれたちも、言われたときはよくわかりませんでした」
ケヴィンは興奮して言った。
「でも、カザマさんの話を聞いて、意味が分かった。おれたちはきっと――イシュメルを目覚めさせるために、ここまで来たんです」
「ぼくたちは、はじめてここに来たんだけど、懐かしい感じがして――はじめて来た気がしなかった」
「おれたちは、きっと、カーダマーヴァ村に住んでいたんです――前世は」
カザマは信じられないように、しばらく口を覆ったまま固まっていたが、次第に、その目が潤んでくるのが双子にもわかった。
彼女は、双子の手を取った。
「――お願いできますか? どうか、イシュメル様に、お会いして――」
「やってみます」
「ロビンさんも知らない人じゃないし、ルナちゃんは、ともだちです」
「ヒュピテムさんたちに助けられて、バンクスさんも、ダメで――おれたち、なにもせずに、L52に帰りたくない」
ケヴィンは思いつめた顔で言った。
「おれたちにできることだったら、協力させてください」
カザマたちは夜半、もう一度門の前に立った。今度は、石は降ってこなかった。カザマが緊張の面持ちで、門の向こうに声をかけようとすると、門が、開いた。
「そなた――ミヒャエルか」
「アサティルさま!」
アサティルは、カーダマーヴァ村の長老である。ミヒャエルは砂と雪が混じった大地にひれ伏した。ケヴィンたちも慌てて真似をして膝をついた。
「昼間は悪いことをした。門の近くにいた者の中に、お主を見知ったものがいての。すまんかった――驚いたじゃろうに」
老人は、門から出てこようとはしなかったが、カザマをそう言って労わった。長老の後ろには、バツが悪そうにたたずむ村人が数人いた。
「L19の軍がここにおっても、最近は夜盗の類も少なくない。カーダマーヴァ村を出た者が、中の者と謀って、書物を盗み出そうとした事件があっての」
昼間、ケヴィンたちから聞いた話だ。カザマは伏せていた顔を上げた。
「よい、おまえはもう、この村を出た身じゃ。――息災のようじゃの、安心した」
「おかげさまを持ちまして」
カザマは再び深々と礼をし、三度、舞う仕草をした。ケヴィンたちは、ひさしぶりにその舞を見た。
――ヒュピテムたちを思い出して、胸が痛んだ。
「それより、一度村を出た者が帰ってきてはならぬことを知っているはず。なにゆえ、もどった」
「はい――わたくしは、どうしてもイシュメル様にお会いせねばなりませぬ」
カザマは、昼間、ケヴィンたちに説明したことを、もう一度話した。
村人たちのざわめきがひどくなった。いつのまにか、門の向こうは村人でいっぱいだった。
「――では、今、真砂名神社の拝殿に拘束されている、ルナと申す者が、イシュメル様の今世のお姿と」
「はい。ルナ様のお姿は、石室でお眠りになるイシュメル様のお姿とまったく同じ。イシュメル様が解放されねば、ルナ様も解放されませぬ」
「……」
長老は、長いひげをわしづかんで、しばらく考える様子を見せた。
「わかった。村の者に任せよ。そなたはもう、村には入れぬ身じゃ」
「お待ちください、長老様」
カザマは、ケヴィンたち双子を示した。
「彼らは、カーダマーヴァ村の者でございます」
「なんだと」
「王宮のサルーディーバ様が仰せになりました。彼らが、イシュメル様を解き放ちます」
「この者らが……?」
カザマは、ケヴィンたちがかつて、カーダマーヴァ村の住民であり、村から出ずに亡くなったことを話した。
「バカな!」
ついに、村人から声が上がった。
「そんなメチャクチャな話があるか!」
「前世、この村にいたからといって、今はよそ者だろう!」
「村の中の墓をしらべてみてください! エポスとビブリオテカという名が……」
「その名を持つものが、村に幾人いると思うのだ!」
「うちの子も、ビブリオテカだよ!」
「そうだ。イシュメル様の祠をつくったエポス兄弟にちなんで、その名は村にありふれてる!」
カザマは言葉を継げず、黙ってしまった。
「長老! そんな言葉に騙されて、こいつらを入れてはいかん!」
「ミヒャエル、あんたはいい子だけどね、だれでも知っているよ。これは決まりなんだよ。よそ者はダメだ」
「よそ者は去れ!」
「帰れ!」
村人たちの怒声が重なっていき、見かねた軍人たちが基地のほうから駆けてくる前に、群衆の声を割りさく声がした。
「おもしろいではありませんか!」
「マクタバ……」
「マクタバ様」
村人たちが道を開けた。長老が、村人たちが名を読んだ少女は、まだ幼かった。顔の半分を覆うほどの大きなゴーグルをつけ、大きな口は三日月形に口角を上げ、笑みを浮かべていた。
(この方が、マクタバ……)
カザマも新聞を読んでいた。新しいサルディオーネ候補に挙がっているという――。
「(カザマさん、このひとに、“リカバリ”という術を頼むんですね?)」
「(ええ、そうです)」
ケヴィンが小声でカザマに聞いた。カザマはうなずいた。




