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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
657/923

271話 カーダマーヴァ村 Ⅱ 1

※残酷表現があります。


 一週間経った。

 寿命塔は、二十三を表示している。

 ルナは眠り続けたままだった。


 グレンとセルゲイ、アズラエル、エーリヒが交代でルナのそばについた。雨が降ることもあったので、大きめのパラソルを用意して、ルナを雨から守り、季節柄、冷える夜はそばでたき火を焚いたり、ルナに毛布をかぶせたりした。


 試練は夜も昼もなく訪れる。ロビンが階段を這いあがるのを、アズラエルたちは息をつめて見守っていた。


 九庵は、侵入を(はば)む階段の、見えない壁に手を当て、いつまでも祈り続けている。


 一日一度は、若者たちが寿命塔に集まって、腕を入れようとするのだが、やはり腕は入らなかった。


 ついに、初雪が降った。


 紅葉庵にはストーブが()かれ、エミリとミシェルは、ひとつの毛布にふたりでくるまって、階段を見つめていた。エミリとミシェルは、毛布の下で手をつないでいた。


 もうすっかり、泣きあきるほどに泣きあきた。ふたりで励ましあい、ロビンとルナの無事を何度祈ったかしれない。


 食欲がまったく失せていたふたりは、さっき、ひさしぶりにあたたかいスープを口にしたところだった。

 ミシェルとエミリは、力尽きたように、呆然と、うつろな目で階段を見つめていた。


「ロビンも心配ね。――でも、階段上の、ルナちゃんも心配、ね?」

 年上のエミリが、ミシェルの手を握ってそういうと、ミシェルはまたぽろぽろと涙をこぼした。

「あたし、なにも、できな……」

「あたしもよ。あたしも……」


 時刻は、0時を過ぎた。

 ロビンの寿命がまた一日、なくなった。


 男たちは階段のまえで雷と業火を、まるで敵でも見るように睨み据えている。


 鬼たちのおかげもあって、ロビンは着実に階段を上がっていた。彼らがいなければ、いかづちと炎上が起こるたびに、一段目からやり直しだ。


 エーリヒが、0時を境に、グレンと交代して紅葉庵にもどってきた。


「やれやれ。雪まで降ってきた」

「上に、よけいにストーブはあるかい。持っていくか」

 ナキジンが言ったが、エーリヒは首を振った。

「上で焚いている火が意外と暖かいのでね、ルナも寒くはなかろう、できればグレンに、温かい飲み物を差し入れてほしい」

「わかった。じゃあ私が持っていこう」

 セルゲイが立った。


 代わりにエーリヒが空いた席に座り、九庵がつくってくれたカップラーメンを啜った。冷え切った身体に、実にありがたい食べ物だった。


 紅葉庵に毎日来る商店街のひとびとも、だいぶくたびれた様子だった。無理もない。昼も夜もなく交代で、地獄のようなありさまを毎日見続けて、憔悴(しょうすい)しない人間が、いるはずもなかった。


 元気なのは、鬼たちと、階下の喫茶・吉野のヨシノだけ。彼女も鬼たちやロビンに発破(はっぱ)をかけては、あたたかいうどんだの、おにぎりだのを差し入れてくれるのだった。


「軍人さんは、やっぱりタフだの」


 ナキジンは、ロビンのことも、アズラエルたちのことも、感嘆した目で見つめた。こんな悪夢のような現状にありながら、憔悴はあっても、動き続けている。エーリヒなどは、まったく様子が変わらない。


「だれだって、多少の泣き言は出てくるわ。でも、みんななにも言わんで、見守っとる――ロビンさんもなァ、よく、がんばって、」


 いきなり彼は寝落ちした。セルゲイは苦笑し、彼に毛布をかけてやった。


「おじいちゃん、地獄の審判って、百年に一度あるくらいだっていったけど、」


 ミシェルが小さな声でつぶやいた。カンタロウは座ったまま、居眠りをしていた。彼は、地獄の審判が始まってから、ほとんど寝ていない。


「二十年前も、あったのよね?」

「……二十年前も、“地獄の審判”があったって?」


「ン? ……んん、」

 半分寝こけていたカンタロウは、クラウドの言葉に揺り起こされた。

「おお……聞きたいんか、その話」


「できれば」


 カンタロウは目をこすりつつ、ポットからコーヒーを紙コップにつぎ、せんべいを(かじ)った。


「二十年前の地獄の審判はなァ――壮絶じゃったよ」


 壮絶ではない地獄の審判などない。

 だが、それでも、見ているこちらも、もう二度と思い出したくない(むご)さだったと、常にキリリとした顔から表情をなくして、カンタロウは言った。


「上がったのは、九つと五つの、年端(としは)もいかん子どもじゃったから……」


 紅葉庵で半分居眠りしていた皆の顔色が変わった。一気に目が覚めた。


「子ども……?」

 エミリの顔も白くなっていた。


 ――地獄の審判になるだろうことは、容易に予想がついた。


 なぜなら、突然現れた、身なりのいい婦人とその息子であろう兄弟。婦人は子どもたちに階段を上がらせようとし、弟のほうは泣きわめきながら、階段を上がることを拒絶していたからだ。


 兄のほうは逆らいこそしなかったものの、膝が震えていた。ものすごい形相(ぎょうそう)で階段に背を向けていた。怯えていたのだ。


 ナキジンたちは、これほどまで、上がることに抵抗を覚える場合は、「地獄の審判」になる可能性が高いと、婦人に言い含めてあきらめさせようとした。

 さすがに、こんな年端もいかない子どもが「地獄の審判」を受けたことはないし、子どもと言えど、「地獄の審判」は魂に課せられる罰である。


 おとなも子どもも区別はない。

 ――容赦はない。


 商店街の皆は必死で止めた。だが、婦人はするどい声で言った。


「おまえたちが生き延びるには、これしか方法がない!」


 その言葉を聞いて、兄のほうがすっかりあきらめて、階段を上がり始めた。泣きわめく弟の手を引いて。


「イヤだよママ! 助けて、行きたくない! こわい!」


 ナキジンたちは寿命塔が現れた瞬間に、婦人の言った意味を悟った。


 兄弟の名の下に現れた数字は「9」と「5」。

 そして、「0」をカウントした。

 すなわち、兄弟の寿命は、尽きていたのだ。


 この兄弟は、今年中に死ぬ予定であったのだ。どこから聞きつけたかは知らないが、母親である婦人は、息子たちの寿命を延ばす方法を、生きながらえる方法を、この「地獄の審判」に見た。


 一日とて猶予(ゆうよ)はなかった。

 ナキジンたちはあわてて、寿命塔に腕を突っ込んだ。


 ――まさに地獄絵図であった。


 かつてない、むごい審判がはじまった。子どもの悲鳴が響き渡るのを、ナキジンたちは幾日も聞かなければならなかったのだ。分かってはいても、耐え切れず、子を持つ者の幾人かは、地獄の審判が終わるよう、真砂名神社に懇願しにいった。


 だが、一度始まった審判は、階段を上がり切らねば終わらない。


 ナキジンたちは寿命を分け与えたが、大の大人も――傭兵や、肉体も精神も(きた)えた大人たちが途中で力尽きることもあるこの「地獄の審判」を、子どもが耐えきれるとは思えなかった。


 だが、やはり自ら階段に踏み込んだ子ども。ただものではなかった。


「半分くらいまでは、自力で上がったのや」

 カンタロウはぽつりと言った。


 兄のほうは、途中で力尽きた弟を引きずって、十段上がった。


 子どもたちもすさまじかったが、母親はもっとすさまじかった。我が子がいかづちに打たれ、炎に焼かれるのを、顔色も変えずに見続けていた。食事も取った。ただ、子どもたちが階段を上がるのを、目をもそらさずに見守っていた。


 やがて、弟が先に力尽き、兄が動かなくなると、母親は立った。


 今度は自ら、二人の息子を抱えながら階段を上がった。鬼の助けは受けたが、一度たりとも弱音を吐かず、いかづちを受け、業火に焼かれながら――。


「ご婦人が上についたころには、もう服は全部焼け焦げて、真裸(まっぱだか)になっておった。腕をなくし、足も片方なくして、それでも子らを抱えて上がって――もう、元の美しい顔も髪も、焼け焦げてなくなってしまわれて――わしらはせめて、絹の着物でくるんで埋葬した」


 ナキジンは、鼻を啜った。


 ミシェルは「まさか」と言った。

「亡くなったの?」


 カンタロウはうなずいた。


「母親は亡くなった。――烈女(れつじょ)やった、まさに」


 呆けたように彼は言い、


「寿命塔にのう、母親の名も、寿命も、表示されることはなかったんじゃ。あの烈女は、最初っから命を捨てておった。子どもたちのために、なあ……」


「わしな、あのひとに、子どもが苦しんどるのによく平気な顔してメシを食えるなと、お茶を投げつけてしまった」

 紅葉庵の看板娘が、吠えるように泣き出した。

「あのひと、いつでも階段を上がれるようにしといたんだ……体力つけて。なんでわし、お茶くらい、ちゃんとあげればよかった」


 ナキジンも起きていた。彼は、慰めるように老女の肩を撫で、

「息子たちはそれぞれ、八十歳ずつの寿命を得た。――今、どうしておるかの。あれだけの地獄を見た子どもたちじゃ――」


「名前は? 名前を覚えてる?」

 クラウドは聞いた。

「おお。たった二十年前のことやからな」

 カンタロウは、そういってずずっとコーヒーを飲み、

「兄がアイゼン、弟がピーターじゃったか……」


「え?」


 クラウドは目を見張った。エーリヒも、細い目をこれでもかと見開いていた。


「母親の名は――ええと」


 カンタロウは、覚えていると言いながら、だいぶ時間をかけて記憶を探った。


「そう、そうじゃ、――エルピスというたかの」





 カザマがL09に到着したのは、まさしく宇宙船を発って、十六日目だった。


 冷凍睡眠装置から出たカザマは、本来ならば、一日休息をとらねばならないところを、L03行きの宇宙船内で休むことにして、すぐさまL03へ発った。


 幸いにも、L03の情勢は変わっていて、サルーディーバの無事が確認されたとかなんとかで、首都の治安情勢が変わったらしく――便は出ていた。


 L03に着くまで一日半、そしてL19の軍が派遣するジープに乗せてもらって、五日。


 カザマはやっと、カーダマーヴァ村に着いた。


 すでに二十三日が経過している。猶予(ゆうよ)はない。カザマは、宇宙船内のクラウドたちと連絡を取り、一向に状況が変わっていないことを知らされた。


 二十年ぶりにたどりついた故郷は、変わっていなかった。カザマは懐かしさに胸を熱くしながら、高くそびえる門を見上げた。


 ――二度と、帰ることはないと思っていた、ふるさと。


 イシュメルの銅像が見下ろす門の直前まできたカザマは、精いっぱいの声を張り上げた。


「ミヒャエルと申します! わたくし、カーダマーヴァ村の者でございます! どうか、どなたか、わたくしの話を聞いてくださいませんか!」


 門の向こうから、こたえはなかった。


「どうか、お願いです! わたくしが、門の内側に入れないことは重々承知しております! お話を聞いていただきたいので――きゃあ!」


 門がわずかに開き、中から、石が投げつけられた。


「一度村を出た者は、二度と入れん!」

「ばちあたりめ! 出ていけ! 二度と姿を見せるな!」


「――!?」


 カザマは呆然と門を見上げた。

 たしかに、村を出た者は、二度と村の土を踏めないのが習わしだ。だが、村の中に入れなくとも、交流までなくなることはない。外へ出ても、近くまで来た者は、門やイシュメルに向かってあいさつをしていくものもある。村人たちも、「元気にしているか」の声くらいは、かける。

 ここまで手ひどく、追い返したりすることはないはずだった。


(いったい……?)


 イシュメルの像が、カザマを見下ろしている。石は幸い、厚い布にくるまれた腕に当たったのでケガはなかったが、軍人たちが、「危ないですから、下がってください」とカザマをかばって連れて行こうとした。


「待ってください、わたくしは、ここを離れるわけには――」

「カザマさん!?」


 カザマは、自分の名を呼ぶ声に、思わず振り返った。

 たしかに「カザマ」と、呼ばれた。カーダマーヴァ村の者なら、ミヒャエルと呼ぶはずであるし、彼女の姓を「カザマ」と呼ぶのは、地球行き宇宙船に関わる者だけ。

 カーダマーヴァ村を出た者であるカザマは、もうカーダマーヴァの姓は名乗れない。だから、共通語読みのカザマで通しているのだ。


「アルフレッドさん!?」


 カザマは目を疑った。

 そこにいたのは、かつて地球行き宇宙船で、ともにバーベキュー・パーティーをしたアルフレッドであり、その上、同じ顔が、もうひとりいる。


「なぜ、あなたがここに?」


 彼はL03とは縁もゆかりもない、L6系の出身だったはず。


「カ、カザマさんこそ! ルナちゃんの担当役員さんですよね。どうしてこんなところに――うわ!」


 また石が降ってきた。アルフレッドとケヴィンは、カザマと一緒に、あわてて軍基地のほうまで逃げた。




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