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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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270話 なぞかけ 2


「“マリアンヌの日記”は、いわゆる“パズル”の応用編なんです」


 アンジェリカは、仕事カバンの中から、ZOOカードの記録帳としてつかっているノートを取り出し、白紙のページにボールペンを走らせた。


「“リハビリ”は、前世がもとになっている、魂のキズを修復します」


 アンジェリカは、リハビリ、と大きく書いて丸で囲んだ。


「悔いが大きく残る前世であったり、だれかに殺された前世であったり――怖い思いや、つらい思いが強かった前世は、魂のキズとして残っていることがあります。これはたとえ話ですが、海難(かいなん)事故で亡くなった人が、生まれ変わったら、海が怖くて近づけない、とか、そういうのあるでしょ?」

「ああ」

「リハビリは、海が怖い原因となっている前世を、その人の数ある前世から見つけ出して、修復する作業なんです。リハビリが完了すると、そのひとは海が怖くなくなる」

「なるほど」


 ペリドットは、ほんとうに聞いているのかどうかわからないうなずき方をした。


「そして“リカバリ”というのは、あまりつかわないパズルの項目らしいんですが――いわゆる、偉業(いぎょう)を成し遂げた前世を、復活させる」

「偉業を成し遂げた前世か。たしかに、それを持つものは少ないな」

「はい。――たとえば、パズルを受ける被験者(ひけんしゃ)の前世に、偉業を成し遂げた人物の前世がある場合は、リカバリをすると、今世でも、その力がつかえるようになります」


「待て? それは、ZOOカードでいう“回帰(かいき)”といっしょか」

 ペリドットが気づいた。


「あ、そうです。“回帰”は時間制限がありますが、毎日、一時間ずつでも回帰をくりかえすと、一年くらいで“リカバリ”と同じ状態になります。ララなんか、そうです」


 アンジェリカは思い出したように付け加えた。


「ララは、ビアードの前世を三年間“回帰”しました。だから、ビアードの能力がよみがえって、あれほどの経済人になったんです」


 ララのすぐれた経営手腕は、ビアードの才能です――アンジェリカは言った。


「“リカバリ”は、“回帰”を固定させる術か。時間制限はなく、完全に、前世をよみがえらせる」

「ええ。でも、あまり複数の前世をリカバリさせると多重人格みたいになりますから、慎重に選ばなきゃいけません。――まァ、偉人の前世なんて、たくさん持ってる人はごく少数ですけど。ララはビアードと性格も意志も似ています。あまり極端に違わない。だから、だいじょうぶなんです」


「このあいだの、アズラエルとグレンもそうか」

「そうです! アストロスの武神をよみがえらせる儀式も、あれも――リカバリみたいなものだと思います」

「――なるほど」


 パズルの概要は分かった。だが、問題は、どうつかうかだ。


「あたしがジャータカの黒ウサギに“パズル”のことを聞いたのは、パズルが完成するずっと前です。――だから、完成版はよくわからないけど、リハビリはともかく、”リカバリ”はかなり過酷らしいです」


「過酷?」

 ペリドットは嫌な予感がした。


「その偉人の人生を、術者が体験したようになるからですって」

 アンジェリカも、青ざめた顔で言った。


「……」


 ペリドットは、なるべくならやりたくないという顔をした。下手に拷問経験でもある人物の前世に当たったなら、その痛みや苦しみも、ダイレクトにくるということだ。


「……」


 ペリドットは迷い顔でZOOカードを見つめたが、弟子の前で、師匠が尻込みするわけにもいかなかった。

 不肖の師匠は、咳払いして、気を取り直した。


「結論としては、パズルを同時に、二ヵ所で起動しなければならない。ルナとロビンのリカバリを同時に行うために――」

「ええ」


 アンジェリカは大きく息をついて言った。


「ジャータカの黒ウサギを呼び出し、パズルを起動して、ロビンさんの前世を“リカバリ”してください。第一次バブロスカ革命の首謀者だった前世を、探すんです」


「わかった」

 ペリドットはうなずいた。


「ミヒャエルが、カーダマーヴァ村に向かうと聞きました。――あちらで、マクタバにルナの前世――イシュメルの前世を“リカバリ”してもらいます。おそらく、月の女神が言った、ロビンさんとルナの“リカバリ”を同時にする、というのはそういう意味だと思います」


「よし、わかった。――やるか」

 ペリドットは、しかたなく腕まくりをした。





「イシュメル様の(ほこら)に参ることも大切ですが――そうですか。マクタバという少女に、イシュメル様のリカバリを」


 カザマは、アンジェリカの頼みにうなずいた。


「わかりました。お願いしてみますわ」


「それより、冷凍睡眠装置をつかっても二週間強――十六日みたほうがいいな。それで、冷凍睡眠装置は一年内に二回もつかわないほうがいいっていう話だから、帰りは普通便がいいと思う。だとしたら、どんなに早くても往復五ヶ月だからね」


 ルナちゃんたちの、新しい担当役員の手配はこちらでやっておく、とアントニオは言った。


「ええ、アントニオ。――三十日しか、時間はない――いまはL09からL03へ出る便も不定期になっていますから、」

「まさに賭けだな」


 カザマはすべての用意を終わらせ、トランクを持って紅葉庵に来た。クラウドやアントニオと最後の打ち合わせをし、ロビンと、階段上のルナを見つめた。

 ロビンが階段を上がれる時間は、三十日しかない。

 すでに一日過ぎてしまった。あと――二十九日。


「行ってまいります」


 ルナはまるで、ロビンが上がってくるのを待つかのように、階段頂上から見下ろしていた。




 

「これが、“パズル”になります」


 ペリドットの前に浮かび上がったのは、百ほどもある、たくさんのモニターだった。モニターにはそれぞれ、映像が浮かび上がっている。


「これは――」


 そばに控えていたサルーディーバがぽつりとつぶやいた。


「これらの映像は、あなたの前世ではありませんか?」

「そうかもしれん」


 ペリドットは断定しなかったが、たしかにこれらは、ペリドットの前世なのだった。

 百を数えるモニターの、一番下の右端――そこに、ペリドットがいる。前世のひとつひとつ――生まれてから死ぬまでを、まるで映画の予告編のような短さに短縮して、繰り返し、繰り返し上映されている。


「これが俺の、ひとつまえの前世か」


 ペリドットが映っているモニターの左横のモニターは、美しい女性が映っている。原住民の貴族のようだ。ペリドットは興味深げに眺めたのち、映像が流れているモニターの数を数えた。


「六十八」

「ペリドット様、美人ですね」

「今の俺を見てりゃ、わかるだろ」


 モニターは、すべてついているわけではないのだった。真っ暗なモニターもある。


「ペリドット・ラグ・ヴァダ・マ・アース・ジャ・ハーナ・サルーディーバ。前世の数、二百六十八」


 中央モニターにいるジャータカの黒ウサギがそう言った。この百余りのモニターのほかに、あと二百、自分の前世があるらしい。

 ペリドットは肩をすくめた。


「いったい、これをどうつかう?」


 彼の問いに答えるように、中央モニターに、「リハビリ」と「リカバリ」の二文字が浮かんだ。


「どちらを実行しますか?」


 ペリドットは迷わず、“リカバリ”を押した。


「リカバリする人物の名前と、前世の名前を入れてください」


 名前を打ち込むキーボードらしきものはなかったので、ペリドットは口頭(こうとう)でこたえた。


「ロビン・D・ヴァスカビルだ。前世の名は、プロメテウス・A・ヴァスカビル、第一次バブロスカ革命の首謀者らしいんだが――」

「ロビン・D・ヴァスカビルの前世をリカバリします。第一次バブロスカ革命首謀者、プロメテウス・A・ヴァスカビル――」


 すべてのモニターの画像がいったん消え、あちこち、ついたり消えたりした。


該当(がいとう)しません」

 ジャータカの黒ウサギは言った。

「該当しません」


「なに?」

「該当する名前が存在しません。ロビン・D・ヴァスカビルの前世に、プロメテウス・A・ヴァスカビルという名は、存在しません」

「なんだと?」


 ペリドットは、拍子抜けした。アンジェリカも身を乗り出した。


「ロビンの前世に、プロメテウスの存在はないって言うのか?」

「ございません」


 まるで機械的な受け答えに、ペリドットは、これが本物のジャータカの黒ウサギではないことを知った。


「待て。では、第一次バブロスカ革命の時代に生きていた、ロビンの前世を――」


「第一次バブロスカ革命の正式な年代を入れてください」


 ペリドットは、姉妹と顔を見合わせた。


「正確な年代が分からない場合は、前世の名前が必要です。どちらも不明な場合、検索には、膨大(ぼうだい)な時間がかかりますがよろしいですか?」


「……」

「ペリドット、もう一度、“真実をもたらすトラ”をお召しになられては?」


 だまりこんだペリドットに、差し込まれるようなサルーディーバの意見。


「そうするか」


 ペリドットが同意したと同時に、真実をもたらすトラが姿を現した。彼は、クラウドの魂である、“真実をもたらすライオン”を連れていた。


『すまん。軍事惑星関連はこいつが担当だから、探しに行っていて、遅くなった』

「いや、かまわん。――、なにか情報はないか」


『そのことなんだが』

 真実をもたらすライオンが言った。

『君はパズルをつかおうとしているようだが、今のままでは、ロビンのリカバリはおそらくできないぞ』


 ライオンは、決定的なことを口にした。


「――たしかに、俺はパズルの術者ではないが」

『そういう意味ではない。そもそも、ふたりに必要なのは、リカバリとリハビリ、両方だ』

『ちがうだろう、“リカバリ”だ』

『いいや、両方だ。両方必要なんだ!』


 トラとライオンはにらみ合った。ペリドットと姉妹はふたたび顔を見合わせた。とにかく、トラとライオンは、あまり仲が良くない。


「まァ、待て」


 ペリドットが二人のケンカを止めた。


「じゃあ、とにかく、“真実”をもたらしてくれ。第一次バブロスカ革命時代のロビンの前世は何者だ? プロメテウスではないなら、だれだ」


『……』




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