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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
654/927

270話 なぞかけ 1


 ――つめたい。

 とっても静か。ちょっと寒くて、でも、暗くはない。

 いつもお参りするひとが、石室の扉をすこし開けていってくれるから。

 夜は暗いけれども、それでも星のきらめきは見えたりする。


 二千年。


 星たちは、ぜんぜん変わっていない。

 ひとは、ものすごい勢いで変わってゆくけれど――。


(ねえ、そろそろここを出ようよ、イシュメル)


 ルナは、揺り起こされた。


「――ルナ。ルナ。だいじょうぶか。――腹は減ってねえか」


 アズラエルの声だ。ルナはぼんやりしたまま、「へってない……」と小さく答えた。

 ルナの答えを聞いて、アズラエルもグレンも顔を見合わせた。


 あれから、一日が過ぎた。


 空が宇宙一色になったのは、最初の数時間だけで、今朝、空はもとにもどっていた。

 雲が流れる、青空に。


 朝もやの中で、ルナの冷たくなった頬を両の掌で温めながら、アズラエルは白い息を吐いた。


「――毛布が湿っちまった」

「新しいやつを持ってくる」

「ああ」


 ルナは「トイレに行きたい」ともいわなければ、「お腹が空いた」「喉が渇いた」ということもない。

 ただ、ルナの身体から、桃の香だけがする。ルナの匂いがしない。

 ひとの気配が、しない。

 ルナが、ひとならぬものになっていきそうな気がして、ふたりは怖かった。


 クラウドはようやく、ルナの日記帳に目を通すことができた。

 ルナが、「地獄の審判」がはじまる前の日に見た夢は、まさしく、この現状を予言した夢だった。


 椋鳥(むくどり)が、真っ黒な階段のアトラクションに向かっていく。

 ルナは止めようとするが、「月を眺める子ウサギ」に阻まれた。

 そして、あの言葉。


 ――プロメテウスの涙は、どれだけ大勢の涙があれば、止むのかしらね? それとも、たったひとりの、後悔の涙なのかしら――。


 ルナは、イシュメルの夢を見たが、ほとんど覚えていないと言った。その言葉どおり、日記には、まったく書かれていない。

「ネズミ」、「なんとか村」、「グレンと結婚するはずだったのに、女のひとのアズから、うしろから刺された」

 書いてあるのはそれだけだ。


(なんとか村は、――カーダマーヴァ村のことかな)

 イシュメルがまつられているという。

(イシュメル、あなたは、後悔しているのか)


 ルナが夢を覚えていられなかったのも、イシュメルにとって、「思い出したくない過去」だったからかもしれない。


(それほどまでに、なにを?)


 推測(すいそく)しようにも、情報がこれだけでは、どうしようもない。

 ルナの前世は、悲劇的な結末が多い。思い出したくない過去というなら、ほとんどがそうだろう。


(その中でも極め付けか)


 これだけはわかる。

 イシュメルは、深い“後悔”の中にいる。





「こうしていても(らち)があきません。わたくし、カーダマーヴァ村に行ってこようと思います」


 ずっと階段を見つめていたカザマは、そういった。


「イシュメルを目覚めさせるために?」

 クラウドが尋ねると、カザマはしばらく沈黙し、ちいさく言った。

「……今のわたくしには、それしか方法が、」


「だけど君は、もうカーダマーヴァ村には帰れないだろ?」

 そういったのは、アントニオだ。


 きのうのうちに、アントニオとペリドットが呼ばれ、緊急対策会議が開かれた。

 紅葉庵は、「地獄の審判の緊急対策本部」となった。

 この商店街に二百六十年いて、「地獄の審判」も四回は経験してきたナキジンにも、予測不可能な事態になったからだった。


 階段頂上にある「寿命塔(じゅみょうとう)」に、商店街の若者たちの腕が入れば、こんなことにはならなかったのだが、寿命塔は拒絶している。


 そして、ルナまで、カーダマーヴァ村にまつられている、イシュメルと同じ格好で、階段上に拘束(こうそく)されることになった。


 寿命塔に腕が入らないということは、ロビンの魂が拒絶しているか、月の女神の差配か、どちらかだろうとペリドットは言った。


 だが、どちらにしろ、このままでは、長寿の者から寿命を分け与えてもらえない。

 ロビンの残りの寿命は30年こっきり――つまり、三十日しか残されていない。


 また、ルナがなんのために階段の頂上に拘束されることになったかわからないが、ひとの力では動かせない――おそらくルナも、三十日、このまま拘束されることになる。


(かかりきり、ね……)


 クラウドは、かつてアンジェリカがルナを占ったときの言葉を思い出していた。


(羽ばたきたい椋鳥には、“かかりきり”になるとアンジェは言っていた。こういうことだったのか……)


 今朝、こういった不可思議な状況には慣れっこの、K05区の医者を呼んでルナの身体検査をしてもらったが、特に異常はなかった。脈もふつうで、熱があるわけでもなく、ルナ自身も、調子の悪さを訴えることはない。


 ルナは、ただただ、眠っている。

 排せつもなければ、食事も、水分も取ることもなく、ただ、眠り続けている。


 ペリドットいわく、ずいぶんな密度で月の女神とシンクロしているから、生命の危機はないそうだが、安心できる状況ではない。

 

 月の女神が計画していることは、だれにも分からない。昨夜から、現状は一向に変わらない。


 アントニオは、「地獄の審判」にはいくら太陽の神の化身でも、介入はできないと言った。セルゲイも、夜の神の塔に行ったが、反応がなかった。アントニオのいうとおりらしい。


 ルナも、どうしたら解放されるのか、わからない。

 月の女神からの指示は、あれきり、なかった。


 このままでは、ロビンは三十日で寿命が切れて力尽き、ルナも最悪の場合は一生――拝殿に拘束され続けることになる可能性がある。


 カザマは決意したのだった。

 直接イシュメルをたずねて、ロビンを救ってもらうよう、頼み込んでみるしかないと。


「たしかに、わたくしはカーダマーヴァ村には入れません。ですが、中に知己(ちき)もおります。――とにかく、行ってみなければ始まりませんわ。イシュメル様に接触してみないことには」


 カーダマーヴァ村は、一度出ると、二度と村にはもどれない。それは、太古の昔から定められてきた決まりだ。


「……ミーちゃん」


 カザマの熱心な言葉に、アントニオも折れた。

 このまま、月の女神だけを頼りにして、三十日、手をこまねいて見ているつもりは、アントニオにもない。

 真昼の神の化身であるカザマには、なにかあったときのために、ここから離れてほしくはなかったのだが、カザマの意見にも一理ある。


 “よみがえりの神”であるイシュメルに、ロビンの寿命を延ばすか、もし階段途上で寿命が尽きたときに、よみがえらせてもらえないか頼んでみる。


 アストロスの武神がよみがえる際には、手を貸してくれた神だ。直接懇願(こんがん)しに行けば、もしかしたら、動いてくれるかもしれない。


「分かった。じゃあ、ミーちゃんにはカーダマーヴァ村に行ってもらおう」

「そうしますわ」

「一応、向かう前に、ペリーのところに寄って、報告して行ってくれる? それで、できれば、電話であっちの様子も伝えてほしいんだけど」

「ええ」


 ペリドットは、昨夜から椿の宿にこもって、アンジェリカとサルーディーバといっしょに、「パズル」の用意をしている。

 クラウドはきのう、すぐアンジェリカをたずねた。アンジェリカは、相変わらずZOOカードをつかえなかったが、元気そうだった。

 アンジェリカとサルーディーバは、交互に、クラウドを励ました。


「ルナは大丈夫だよ。月の女神が出てきてそう言ったってことは、きっとロビンさんには救われる道がある」

「わたくしもそう思います。――過酷(かこく)な儀式だと聞きましたが、地獄の審判は、乗り越えられるものだけが、上がれると」


 クラウドは苦笑しつつ、月の女神が言った言葉を、アンジェリカに伝えた。


「月の女神があたしに、“パズル”の用意をしろって?」

「ああ」

 クラウドはうなずいた。

「君もパズルをつかえるの」

「もちろんだよ」

 アンジェリカから、当然だといわんばかりに返答が返ってきた。


「ええと――パズルというのは――マクタバという少女が編み出した占術じゃないのか。どうして君が?」


 アンジェリカは肩をすくめて言った。


「パズルは、ZOOカードの応用編のひとつなのさ。あたしがZOOカードをつかえる状態だったら、自分でやったんだけど―― “ジャータカの黒ウサギ”を呼び出せば、あたしもペリドット様も“パズル”を使える」

「ほんとうかい!?」

「うん。あたし、ZOOコンペで、ジャータカの黒ウサギから“パズル”の話を聞いたときから調べてはいたんだ。“パズル”をつくったのは月を眺める子ウサギこと、月の女神だけど、動かしているのはマリーだ」


 クラウドから話を聞いたアンジェリカとサルーディーバは、さっそく椿の宿にいるペリドットのもとに赴いた。

 アンジェリカはルナの様子を見に行こうとしたが、なによりも“パズル”の用意が最優先だと、サルーディーバに言われてあきらめた。


 “パズル”。


 つかいかたは分かっているが、アンジェリカもつかうのははじめてだ。

 起動するまでにどれだけ時間がかかるか分からない上に、三十日しか時間はないのだ。

 パズルを知っていたアンジェリカに、ペリドットは、「不肖(ふしょう)の弟子という言葉を撤回(てっかい)するか」と、言って苦笑した。


「だてに、ZOOカードの製作者だけはある」

「あまり褒めないでください。あなたに()められると、逆に嫌な予感がするんです」


 ペリドットは笑った。

 アントニオとペリドットの心配をよそに、アンジェリカはマクタバの挑戦的記事を、まったく気にしていなかった。ペリドットが「不肖の弟子」を撤回したのも、パズルの正体を、アンジェリカが知っていただけではない。


「……マクタバって子は、逆にかわいそうです」


 ペリドットは、だいたい、彼女の言わんとすることが分かっていたが、一応「なぜだ」と聞いた。


「サルディオーネになる前からこんなにメディアに持ち上げられて――多分、十二歳っていうのが。若いから注目されたんだろうけど――たぶん彼女は、サルディオーネにはなれないんじゃないかな」


 ペリドットも同感だった。アントニオは、マクタバがサルディオーネに任命されるだろうと思っているようだったが、L03はそこまで腐っていない。長老会があったころなら、金さえ動けばマクタバはサルディオーネになれただろうが、サルーディーバとサルディオーネは、長老会とはまったく別物だ。


 現にアントニオも、「俺がサルーディーバだったら、彼女をサルディオーネにはできないけどね」と笑った。


 マクタバがまだ子どもだとか、アンジェリカに挑戦的だとか、身分だとか。

 そんな皮相(ひそう)な問題ではない――彼女がサルディオーネになれない、決定的な理由がある。


「ジャータカの黒ウサギを呼ぶまえに、パズルの説明をしておきますね。“パズル”は、前世を修復する占術です」

「前世を修復する占術――それで“ジャータカの黒ウサギ”か」


 アンジェリカは、(くだん)の記事が載った読みさしの新聞をたたみ、ペリドットのZOOカードを覗き込んだ。


 ペリドットは、まずZOOカードで、自身の化身である“真実をもたらすトラ”を呼び出そうとしたが、いつもすぐ呼び出しに応ずるはずのトラは、出てこない。


 しかたなく、アンジェリカの説明を待ってから、作業を行うことにした。




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