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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
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32話 ルナ Ⅱ 1


 めのまえが、パッと光彩で埋められた気がした。


 イルミネーションに着飾られたレストランの室内だ。見ただけで、高級レストランだということが分かる。窓に目をやると、外は暗く、雪が降っていた。室内は寒くないのでルナは気付かなかったが、冬だった。


 そして。

 飾られているのはクリスマスツリーだ。この電飾がきらめいて、ルナの視界をまぶしくさせていたのか。


 ルナはファーのついた可愛らしいワンピースを着ていて、同じファーのついたグレーのブーツを履いている。髪はまとめられていて、おそらく化粧は、だれかにしてもらったのだろう。窓ガラスに映る自分は小綺麗にセットアップされ、まさしく用意万端だ。


 ――なんの?


「ルナ。こっちよ、こっち」


 同じくパーティードレスを着た母のリンファンが、ルナを呼ぶ。

 奥まった個室のほうへ案内され、――ベロアのカーテンに覆われた室内に入って、ルナは腰を抜かしそうになった。


 そこには父のドローレスがスーツを着て座っていた。それはいい。母が出てきたのだから、父が出てきてもかまわない。


 ではなく。


 アズラエルの父親アダムと母親エマルが、笑顔でドローレスと談笑し、アズラエルが無表情でワイングラスを傾けている光景に出くわしたからだ。


「おお! ルナちゃん、久しぶりだなあ!!」

「あいっかわらずちっちゃいねえ。ちゃんとおまんま食ってんのかい?」


 アズラエルの両親が手を伸ばして、ルナの頭をなでなでしてきたからたまらない。座っていたアズラエルが吹きだした。


「エマル、麻婆豆腐の辛さどうする?」

「アダムが辛いの苦手だからねえ。ひかえめでお願い。ルナちゃん、まあまあ、座って座って。いいねえリン、女の子って。着させがいがあるじゃないか」

「これ選ぶまでさんざアレもいや、コレもいやって。何時間かかったか。服だけで」


 リンファンとエマルも親しげに話している。


「……」


 ルナは呆気に取られてその光景を眺めていた。

 自分の親が、アズラエルの親と親しげに話している光景なんて、不思議としか言いようがない。

 さっき、女の子たちが言っていたことは事実だったのだ。


 アズラエルはルナの幼馴染みで、アズラエルとルナの両親は、仲がいい――。


 ルナはアズラエルの隣に座らせられた。アズラエルはこっちを見ずに、ワイングラスを傾けたまま、しかめっ面で食事をしている。

 ルナはアズラエルも正装なのに驚いた。髪はぼさぼさのままではなく、きちんとワックスで整えてある。ネクタイは取ってしまったのか、スーツの下の白いYシャツはくつろげられている。


 ルナが見ていると、アズラエルもこっちを見た。

 なに見てんだとか、すごまれると思ったら。


「……腕、大丈夫か」

 とぼそっと聞いてきた。


 ルナは意外な言葉に拍子抜けして、「だ、だいじょうぶ」とだけ答えた。


 それから、豪勢な中華の会食は、つつがなく進んだ。

 その間、おとなたちは盛大に盛り上がり、いつもしずかな父親が、たくさんしゃべるのを不思議な目でルナは見た。

 アズラエルは聞かれたことだけに返事をし、ルナにも話しかけなかった。ルナも会食を楽しみ、はじめて胡麻団子を食べて、ウサ耳を跳ね上げた。

 二時間もそれが続いただろうか。


「じゃあ、そろそろお開きかな」


 アダムがそう言い、「どっかで飲みなおさないかい」とエマルが。「レイモンドの店へ行きましょうよ」とリンファンが提案し、「アズラエル、ではまた」とドローレスが会計をするために立つ。


 ルナの母もアダムと、「ああ、ここはうちが払うから」などと支払い競争をしながら慌ただしく出て行ってしまい、いったい今日の会食はなんだったのだろうと、ルナもあとを追って立とうとすると――エマルが。


「ルナちゃん。これカード。支払い終わったらアズにわたして。じゃあ、またね」

 とルナにカードを預けて出て行ってしまう。


 ……いったいなんですか。


 呆然と、ルナが立ちつくしていると。


「まあ、座れよ」


 アズラエルは腕時計で時間を確認したあと、メニューを広げた。アズラエルはこういう場所も来なれているのだろうか。まだ十五歳のはずなのに、ウェイターに対する態度はこなれたおとなのそれだ。

 ルナはふたたび、自分がいた席に着き、まだ残っていた料理を――エビチリと春巻きを自分の皿にのせた。


「ね、ねえ……」


 ルナはエビチリを口に運び、ジャスミン茶を自分の分だけ注いで、聞いた。


「今日のこれは、なにかな?」


「聞いてなかったのか?」


 ウェイターが来て、いくつか料理の皿を並べていった。ルナは、会話のせいで、ほとんど食べ物を口にしていなかったことに気づいた。


「見合いだよ。見合い」

「……ほ? だれの?」

「おまえ、本気でバカだったんだな。ほかにだれがいんだよ。俺とおまえのに決まってるじゃねえか」


「ぴぎ!?」

 ルナはガタンと立ち上がる。


「でかい声出すな。マナーがなってねえな」

 アズラエルは、ルナの皿の春巻きを奪い取り、ひと口でたいらげる。

「うまい」


「お、お見合いって、見合いって」

 ルナはかろうじて座りなおしたが。


(お見合いって。グレンとつき合わせないために、アズラエルとお見合いなんかさせるなんて)


 ルナは、これが夢だというのを忘れそうになって、本気で親に腹を立てた。だが、ようやく夢なのだと思い直して、気を取り直す。


「あたし、知らないできたの」

「そうみたいだな」

「アズラエルはどうして来たの」

「おまえと見合いするためだけど?」


 ルナは、どんな顔をして言っているのかをたしかめようとして、アズラエルのほうを向いたが、相変わらず性格の悪そうな笑みを浮かべているだけだ。


「もう、冗談はたくさ「おまえ、本気でグレンのこと好きなのか?」


 アズラエルが、残っていた(かに)紹興酒(しょうこうしゅ)蒸しの蟹の身をほぐし、ルナの口に運んできた。一瞬戸惑ったが、ルナが口をあけて食べると、アズラエルがふざけて頭をなでてくる。


「おいしいでちゅか、うさちゃん」

「からかいすぎですよ!」

「おまえほんとに、グレンのこと、好きなのか?」


 アズラエルはマイペースに話を進める。まったく、人をなんだと思っているのだろう。


「好きです!!」

 とりあえず、今のアズよりはよっぽど!


「寝たの?」


「……っ、と、そ、れは」

 それはわからない。

「……し、したの、したのです……」


「ウソだな」

 アズラエルは平然と言った。

「ヤツがおまえに手出してねえことくらいわかるよ」


「グレンはあたしを大切にしてくれています!」

 真面目なお付き合いだと、母親も言っていた。


「生徒会長殿の交友関係――おまえとつきあう前は、ルイーズ。口説いたその日にホテル直行。ヤツの無駄に多い見合い話のせいで一ヶ月で別れたあと、おまえとつきあうまで、アイツ、何人とヤッたとおもってんだ? もう女とつきあうのはメンドいってんで、ともだちんちのメイドとあわせて四、五人でお楽しみだ」


 ルナはジャスミン茶を全速力で吹くところだった。今度は五百メートルくらい先まで。


「なんでそんなこと、アズラエルが知ってるの!?」


 アズラエルはそれには答えず、

「おまえと付き合って三ヶ月もたつってのに、寝てねえなんて、おまえ、女に見られてねえんじゃねえの?」


「……」

 ルナは否定できなかった。


「まさかとは思うが、結婚するつもりじゃねえだろうな?」

「そんな話……」


 ルナは戸惑った。戸惑って、つまった。グレンと結婚しようなんて。そんなところまで話が進んでいるのかなんて、わからない。でも。


「言っとくが、グレンとどうつきあおうがおまえの勝手だが、ママゴトだけで満足しとけ。結婚だけはやめとけよ」


「ママゴトとはなんですか! なんでアズに、そんにゃことをゆわれ、ゆわ、」

 怒りのあまり、噛んだ。


「まあ、飲め」

 アズラエルは、ルナのコップにジャスミン茶を注いだ。

「その調子じゃ、――さすがに結婚まで話は出てねえみてえだな。ほっとしたぜ。ま、生徒会長もガキじゃねえってことか」


 ルナは条件反射でそれをかぷっと飲んでしまう。一気に喉に入り、ゲホゲホ咳き込みながら、言い返す。


「みんな、おかしいよ!!」

「なにが」

「グレンとあたしが……!」


 ルナは、立ち上がって怒鳴りかけ、しかし口ごもって、また座り込んだ。


 なにを言ってもしかたがない。これは、夢なのだ。でも。

 いったいなんのための夢なのか、分からない。


「だれが、おまえの弁当捨てたのか、教えてやろうか」

「見てたの!?」


 見ていたら止めてくれたらいいのに――とルナは怒鳴りかけたが、この意地悪アズ(とくにこの年のころは最高クラス)が、そんな殊勝(しゅしょう)なことをするはずもなかった。


「最低だ!! 止めてよ!! 見てたんなら!」

「俺が、射撃場出てったら、タフィがおまえの弁当箱抱えて走ってくとこだった。アイツ、いまはグレン狙いなんだってな」

「グレン狙いかどうか知らないけど、ほんっと最低だね! そのタフィもアズも!!」


 あのできごと、夢でなかったら、一週間は立ち直れない。

 アズラエルが、意外なことを言われたように目を細めた。


「なんで俺も最低なんだ」

「見てたんだったら、フツー止めるでしょ!」

「最低なのはおまえだろ。俺とはむかしっからの付き合いなのに、最近じゃろくに寄っても来ねえ。ミランダみたいにビビってんのかと思えば、そうでもねえし。グレンにコクられたら人変わったみてえにデレデレしやがって。……俺にあんな弁当、作ってくれたこともねえくせに」


 本気で不貞腐れた顔をするアズラエル。


「どっちが最低だよ。ひとをふりまわしやがって」

「……!」


 ルナは、口から出かけた文句を飲み込んで、口をパクパクさせた。


「でも、グレンは――」

「出るか」


 唐突に、アズラエルが言った。


 タクシーはルナを家まで送ってはくれなかった。

 車はアズラエルの言うままに、つぶれた商店街の左脇に、砂利道が下りになって続いていて、その先にひっそりとあるラブホテル――コテージが五、六軒連なっていて、壊れかけたネオンが点滅している――へ入っていく。


「!?」

 どうしてこんなさびれた場所へ?


 意味が分からなかったが、アズラエルはルナに降りるよう促した。薄情なタクシーは、さっさと帰ってしまう。


「ちょっ! ギャー!? ここはどこ」

「いいから。来いって」


 アズラエルが強引にルナを抱き上げる。ルナはめちゃくちゃに暴れてみたが、アズラエルはビクともしないうえに、遠慮のない強い力でルナを抱くので、肩がきしんで悲鳴を上げた。


「痛い!」

「じゃあ暴れんな」


 駐車場に、車は一台も停まっていない。コテージを利用している客は、いないようだ。

 アズラエルがその中の一室にルナを抱えて入る。


 ルナの暴れように、ちょっとうんざりしたのか、「黙ってろ。なにもしねえ」と吐き捨ててルナをベッドに放り投げた。


 ルナはなにか言い返したかったが、売り言葉に買い言葉で、へんな方に話が進んでも困る。

 肌寒さを感じて、ルナが震える体を抱きこむと、アズラエルが言った。


「寒いだろうが、すこしのあいだガマンしろ」


 暖房をつけてはくれなかった。それから彼は、部屋の中を熱心に物色し、ルナのいるベッドまでもどってきた。


「話があるんだけど」

 彼は言った。


「はなし?」


 いきなり、妙に重くなった口を、アズラエルはこじ開けるようにして、開いた。


「真面目な話――ドローレスさんとリンファンさんから、どれだけ聞いてる?」


 さっきまでふざけていたアズラエルの声は、真剣な響きを帯びていた。

 ルナがアズラエルの顔を真正面から見ると、彼は眉を上げて見せた。顔だけはかろうじて軽さを保っていたが。


「まだ、なにも聞いてねえって顔だな」


 ルナは答えることができなかった。


「俺とおまえの見合いは特別だっていったろ? 時間がねえんだ。おまえの親は、おまえにじっくり話す時間がなかった。それは――しかたねえと思う」


 アズラエルは、一度黙して、それから言った。


「ドローレスさんは、おまえが俺を選んだら、俺から話してやってくれと、そういった。おまえは、いますぐどっちと出るか選ばなきゃならない」

「どっちとって? なんのこと……?」

「俺と出るか、お前の親と出るかだ。この星をな」


 意味が分からず、ルナは困惑した。……いったいなんの話?


 アズラエルは嘆息した。


「……やっぱり、なんにも聞いてねえんだな。これっぽっちも。それなら最初っから、なにも言わずに宇宙港に行けばよかったよ」

「な、なに? いったいなんなの。なにが、」

「あわてるな。つうか、なにも聞いてねえなら、ショック受けるなよ。おまえも、仮にも傭兵を目指してンなら、――向いてるとは思えねえけど。こういうことは、ありえた話なんだ。だから、おまえも傭兵らしくすばやく決めろ。で、決めたら後悔するな」


 ルナは思わず、姿勢を正してうなずいた。


「今日の話も、冗談じゃねえよ」


 今日の話とは、突然のお見合いのことだろうか。

 ルナは、口も頭のなかもこわばったまま、言葉が出てこなかった。まだ、理解しかねた。


「悪いが、時間はそんなにない。あと一時間くらい」

「それしか時間がないの!?」

「ああ。理由は、道中でおまえの親か、俺が教えるさ。いま聞きたければ俺が教える。ここまでは分かった?」


 ルナはまたうなずく。


「俺たちは、旅行のふりをして、L52に行ってしばらく様子を見る。おまえの両親と、俺たちはL52で合流。俺の親父たちは、落ち着いたら連絡寄越(よこ)すそうだ。スタークとオリーヴはもう先に行ってる――いったい、いつまでかかるかわからねえしな。おまえの親は、最終的には傭兵も辞めて、もどらずに、L77で新しい生活を始めるそうだ」


 ルナは、思わずどきりとした。

 これは、夢の中の――。


(これは、夢の中の、できごとだよね?)


「俺んちは、これが初めてじゃねえ。俺、七つから十二の年まで、ここに、L18にいなかったろ? ずっと、逃亡してたんだ。家族で」


「逃亡……?」


「あの日のことは覚えてる。生まれて初めて、L18を出た日だ。今日みたいに、家族みんなでメシ食いに行って――さっきの店だ。美味かったろ? あの中華料理。うちは、ずっとボロアパートで地味に地味に暮らしてたから、高級レストランなんて生まれて初めて行った。そのあと、旅行だってんで、スタークも俺も大はしゃぎだ。

 L25について、一週間もしてからだ。旅行じゃねえ、親父は長期旅行なんて言ったけどな。L18には帰れないって分かったとき、スタークが泣いて暴れたよ。オリーヴは物心ついてねえ時期だったし、二歳だしな。まだよかったけど。

 おふくろが初めて、俺に謝った。

 俺は七つで、まだその理由が分からなかった。でも、おふくろのせいで、L18にもどれねえってわかったときは、おふくろを責めて――親父に殴られた。二メートルは吹っ飛んで、顔の形が変わったよ。おふくろにはしょっちゅうどつかれてたが、親父は、いままで俺を殴ったことはなかったから、これも初か。初めてづくしだな。よく考えたら。

 いろんなとこを転々とした。五年の間――どこ行ったかな? もう覚えてねえよ。L52には一番長くいたけど、L4系にもいた。行ったことがねえのは、L7系くらいだ。俺は、家族と離れて、一年だけ、ばあちゃんと暮らしていた時期もある」


 めずらしくアズラエルは饒舌(じょうぜつ)だった。だが、話しているあいだ、一度もルナのほうを見なかった。


「……アズ……」

「ン?」

「――あたし、ほんとうになにも知らないみたいなの」

「ああ」

「なんにも、聞いてないの」

「落ち込むことじゃねえよ」


 アズラエルは、いままでにないくらい深いため息をついていった。


「だから、緊急だっていったろ? おまえの親だって、決意してからたぶん一週間もたっちゃいねえ。でも、今だってけっこうギリギリなんだ」


 アズラエルは、ルナを怯えさせないように、必死で言葉を選んでいるようにもみえた。



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