表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
649/963

267話 羽ばたきたい椋鳥 Ⅰ 3


「ルゥ」

 アズラエルは、なだめるように愛称を口にした。

「たかが階段だ。俺たちだって、上がれたろ」


「まァ多少――ケガすることがあっても、死にはしねえ。アントニオだって、そういってただろうが」

 グレンも言った。


「だめですっ!!」


 いつになく、ルナは鋭く言った。ロビンも驚いた顔で、頭をかいている。


「うさちゃん、――なにをそんなにビビッてるんだ?」


 ン? という顔でロビンはしゃがみこみ、ルナの顔を覗き込んだ。ルナは、必死な顔で首を振り、ドアの前をどかない。ルナの顔は、青ざめてさえいた。


「だめ。あれはだめ。あれはだめ。地獄だもの!」

「傭兵が、地獄を怖がるもんか」


 ロビンは笑ったが、ルナはどかない。

 

「あたしもルナに賛成」

 ミシェルまで、ルナと一緒にドアの前に立った。

「マジで、いやな予感がする。ナキじーちゃんがやめろって言ったのに、上がっちゃダメだよ」


 筋肉兄弟と、女には格段にヨワいロビンが、顔を見合わせた。


「ミシェル、ジジイはやめろって言ったんじゃなく、帰れって言ったんだよ」


 心配するなと言わんばかりにロビンが肩をすくめたが、ミシェルは怒鳴った。クラウドも驚くほどの勢いで。


「どっちだって一緒よ! やめたほうがいいっていうのに、どうして聞かないのよ!!」


 ――ルナとミシェルの、この異様な拒絶の仕方はなんだ。


 ここでなんとなく、やめた方がいいのかもしれないと気付いたのは、グレンだけだった。

 鈍いアズラエルはともかく、いつもなら、クラウドもこのあたりで気づくのがふつうだったが、大嫌いなロビンのこととなっては、クラウドの勘も鈍くなるようだった。


「ルナ、そんなにやべえのか」


 グレンが聞くと、ルナは目にいっぱい涙をためだした。グレンは「やめたほうがいい」のだと、本気で悟った。


「チッ、しょうがねえな。じゃァやっぱ、演習で――」


「こうしよう」

 クラウドが提案した。

「上がっちゃダメなら、ナキジンさんが止めるだろ。行って、聞いてみてからにしたら」


「ら・め・で・すっ!!!」


 ルナがモギャーと暴れ出した。びったん! びったん! びったん! 勢いよく飛び跳ねだした。

 このウサギの怒りようは、クラウドが、ララに絵を渡さなかったときと同じだ。


「だめ! だめ! だめ! ぜったいだめっ!!」


 ルナの、常にない大声に驚いたのか、レオナの子が盛大に泣く声が、リビングまで届いた。


「お、おいおい? うさちゃん、どうしたんだ」

 バーガスも不審を感じて、リビングに顔を出した。


「バーガス! ルナとミシェルを、つかまえといてくれ!」

「あ?」

「ロビンを合法的に、ぶん殴りに行く」

「お、おお?」


 アズラエルはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、玄関ドアを開けた。


「おい、アズラエ……」

 グレンが止めようとしたが、今度はアズラエルとクラウドが、ロビンを連行していく。


「モギャー! らめですううううう!!!!」

「ちょ、待ちなさいよこのバカどもおおおお!!!」


 バーガスは、意味も分からず、とりあえず、ちびうさとちびネコを両腕で羽交(はが)()めにした。小動物たちは暴れたが、白クマにとっ捕まえられては、身動きが取れないのだった。


「心配すんな♪ ハニーたち。こいつらには悪いが、俺がふたりとも沈めて終了だ」

「「「俺のハニーだ!」」」


 トラとライオンの遠吠えが重なったが、ロビンはほがらかに笑って、玄関を出ていった。

 ルナはその後ろ姿に、夢で見た椋鳥(むくどり)の大きな背中が重なって、青ざめた。





「ない! ない! ない!」

「どこいったのあたしのカード!」


 バーガスから解放されたルナとミシェルは、すぐにシャインで男たちを追おうと思ったが、シャイン・システムをつかえるカードが、どこにも見当たらない。

 ふたりは財布とカバンをひっくり返して探したが、出てこなかった。


「なんでこんなときに、カードがないのよっ!!」


 デジャヴュである。真砂名神社の星守りを買いに行くときも、これと似たようなことが起こった。

 ルナとミシェルは、互いに不安な顔を見合わせた。


「まだ――上がってなきゃいいけど」

「あ、あ、あった!」


 ルナのカードは、ルナが昨日はいていたジーンズのポケットから見つかり、ミシェルのカードは、別のバッグから見つかった。

 もうだいぶ、時間がたっている。ウサギとネコは、猛烈な勢いで家の庭のシャイン・ボックスに飛び込み、K05区のボタンを押した。

 あわてたせいで、商店街の入り口に出てしまった。鳥居があるところだ。


「あたし、紅葉庵に行ってナキじーちゃん呼んでくるから、ルナはロビンを止めて」

「う、うん!」


 低速ウサギよりよほど足が速いミシェルは、いち早く階段にたどりついた。まだロビンは上がっていない。ミシェルはほっとして、クラウドを探した。

 クラウドの姿がない。ナキジンを呼びに行ったのだろうか。

 階段の手前で、アズラエルとグレンが、なにか言い争いをしている。

 ミシェルは、紅葉庵に入るまえに、階段手前の、三人のもとへ駆けつけた。


「ちょっと! 上がらないでって言ったでしょ!」

「ミシェル」


 ロビンは再び歓迎の両腕を広げたが、それがよくなかった。

 紅葉庵から、ナキジンと一緒にもどってきたクラウドが、「ミシェルに触らないで!」と怒鳴った。


 強い風が吹いたのは、だれのせいでもなかった。

 ナキジンの麦わら帽子が、飛んだのも――。


 ロビンに怒鳴っていたために、クラウドは飛んだ麦わら帽子をキャッチしきれなかった。

 飛んだ帽子を、ひょいと手を伸ばして受け止めたのは、ロビンだった。


「うわちゃああああーっ!」


 奇声が飛び出たのは、ナキジンの口からだった。ナキジンが見ていたのは、ロビンの足元だ。

 ロビンの足は、帽子を取った勢いで、階段の一段目に上がっていた。


「イカン! アカン! ダメじゃ!」


 ナキジンは、ない髪をひっつかむかのように頭を抱えて叫んだが、もう遅かった。

 階段は、ロビンの足元から、黒色化していく。

 白い布を、黒い染料の水に落としたように――階下から頂上に向かって、みるみる黒が。

 ものすごい速度で、浸食していく。

 やっと階段まで来たルナも、アズラエルたちも、その異様な光景に目を見張った。


(この階段)


 ルナは、今朝見た夢を思い出した。


「たいへんだ……」


 椋鳥が向かっていったアトラクション。真っ黒な階段。空には稲光が光り、恐ろしい轟音(ごうおん)がなり響く、不気味な――。


「地獄の……審判だ……」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ